イヴの入学式⑥
ミーナが抱きかかえ、会場までイヴを運び、その後ろを覆いを脱ぎ捨てたピュアが付き添い、新入生の座る場所まで行くと、イヴの席は平民クラスにあった。
(あら?スクイレルさんは特Aクラスのフロアに居室がありますのに、平民?おかしいですわね、私の実家の調べでは、確かスクイレルは北方の……)
ピュアが首をかしげながらイヴに付き添っていく。イヴが来ると平民クラスのクラスメイト達は、ヒソヒソ声でイヴのことを気遣う声かけをしてきた。
「大丈夫だったか?」
「さっきの貴族クラスの上級生だろ?いじめられてたのか?」
「入学一日目に災難だったわね」
「今度からは俺達が守ってやるからな」
と、皆がイヴを気遣ってくれた。イヴは「ありがとう」と小声で礼を言った後、彼らは何か自分に用事があったみたいなのだけど、自分の持病が悪化してしまい、彼らの話がまともに聞けなかっただけなので、いじめではないのだと、青白い顔色でクラスメイト達に説明した。クラスメイト達はイヴの顔色の悪さを痛々しそうに見た後、お互いの顔を見て頷き合った後、こう言った。
「そうだとしても、あなたの制止を求める懇願の声は、あそこにいたクラスの仲間達、皆にも聞こえていたのに、あいつらはあなたの声を無視していたわ。あいつらに、そのつもりはなくても、無視はいじめなのよ。
あなたは受験の日に、私たちの緊張を気遣ってくれたよね?あなたは周囲の者を気遣う優しい子だと、私達はあの時から知っているのよ。あの時から私達は仲間!あなたは優しいから、あいつらを悪く思わないんだろうけど、私達は違う。
仲間を無視して、苦しめたあいつらは敵よ。あいつらが敵ではないとわかるまでは仲間であなたを守ろうと、集合場所で皆で話してたの!身分差が厳しくて、貴族は民を虐げるけど、民には民の身の守り方があるのよ!それにね、学院内では平民は校則で守られているの。今朝のことは先生達も見ていたから、きちんと対処してくれるはずだしね!」
そう口々に言った後、ニカリと白い歯を見せて、「任せときな!」とクラスメイト達は笑顔を見せた。黒い覆いを外しているため、さっきの騒動を引き起こした犯人であると気付かれていないピュアは、居たたまれない思いに自身の身をキュッと縮込ませた。式が始まるまで、平民クラスの新入生達のお喋りは続いた。
「久しぶり!」
「これからよろしくね!」
「今度は皆でカレーを食べに行こうぜ」
などと小声で言葉を掛け合い、和気藹々と時間が来るのを待ち、イヴに対しての声かけも頻繁にあった。
「また会えて嬉しい!」
「あの時、話しかけてくれてありがとう!おかげで合格できた」
「今度は、お好み焼きを食べようね!」
「お茶しよう!」
と次々声をかけ、その後に、
「嫌な時は断れよ!」
「貴族相手だからって、無理はしちゃダメだよ」
「辛い時は声を上げろ」
「必ず助けるわ」
と続けられたのを見ていたピュアは首をかしげた。
(?ものすごく仲がよろしいですわね?受験の時に何があったのかしら?)
ピュアは、いくつかの疑問を尋ねたかったが、イヴの顔色を見て、今は静かにしておくべきだと思い直して、イヴと同じように座って式典を待った。イヴの早朝の寝込みを襲った片頭痛は、一旦は治験の鎮痛剤で収まりかけたものの、激しい振動により、痛みが再発してしまった。イヴは黙って座っているだけだったが、その頭の中では、イヴは満身創痍の状態での、片頭痛との激しい闘いをずっと続けていた。片頭痛が再発したイヴの顔色は、とても悪く青ざめていたため、ピュアはイヴの顔色の悪さに、自身の朝の行いを反省せざるを得なかった……。
9時になり、学院の入学式は式典に出席する全ての者が席についた状態から始まった。開会の挨拶後すぐに、学院長の話が3分、学部説明や教師紹介が8分、生徒会長の話が3分、国歌斉唱が1分42秒で終わり、20分も掛からずに閉会の挨拶となった。
入学式が終わると係の者から、この後の予定を告げられた。学院の入学式の後は、新入生達は入学式の案内を任されている上級生達に先導されて、学院内を見て回った後に解散、ということだったが、イヴの顔色を見た保健室の先生であるルナーベルは、入学式後は寮に戻って休むようにと、クラスメイトの前でイヴに、はっきりと伝えた。イヴは皆に迷惑をかけたくないと、これを了承した。
イヴが頷くとルナーベルは、イヴのように体調不良の者が他にもいることを話し、入学式を欠席した者や、欠席の連絡がない者がいたので、彼らの様子を見るために、先に会場を退出するのでイヴの世話を頼むとピュア達に告げて立ち去った。平民クラスのクラスメイト達は、入学式前の騒動を見ていたので、イヴに大いに同情してくれた。
「元気になったら、皆でイヴを案内してあげるから、今日はゆっくりと休んでおいでね!」
と女の子達はイヴに、暖かい声を掛けてくれた。
「貴族のいじめには、皆で立ち向かってやるからな!」
と、男の子達は胸を叩いて見せたり、腕の力こぶを作って見せて、おどけて、イヴを元気づけてくれた。イヴはクラスメイト達の励ましの声に感激し、嬉しく思いすぎて泣いてしまった。
「ありがとう!皆とクラスメイトになれて、すごく嬉しい」
と笑顔になり、ミーナに横抱きにされたイヴとクラスメイト達は拳を付き合わせて、「また、明日!」と言い合った。
入学式の最中、先ほどの男子学院生達が、イヴを凝視していたが、彼らは新入生を案内する仕事があったために、新入生の学院生達の前に立ち、会場を出ていった。新入生達も後に続いて行ったが、イヴはその場に残った。イヴの片頭痛をこれ以上悪化させないためには、人混みを避ける必要があったからだ。それをよく把握しているミーナがイヴを横抱きし、3年生であるピュアが、人に会わない道を先導するため裏口に向かって行った。……こうしてイヴの入学式は一応、無事に終了した。
寮に戻ったイヴは、部屋の前までピュアに付き添われた。イヴは礼を言い、片頭痛が治って、落ち着いた時間が取れるときに、ピュアの話を聞きたいと言い、ピュアはありがとうと、深々と平民のイヴに頭を下げた。
部屋に戻ったイヴはミーナの介助を受けながら、手洗いうがいを済ませ、居間のソファに座らせてもらった。イヴはフゥッと深くため息をついて、目を閉じた。ミーナは皮鎧を外し、片付けると共に、今日の昼食は自分が作るので、食堂のコックに材料をわけてもらうために部屋を出るとイヴに告げ、イヴはミーナに礼を言った。ミーナが部屋を出て行くと、イヴは自室に行き、ゆっくりと制服を脱ぎ、補正下着を脱ぎ、寝間着に着替えると制服をハンガーに吊し、ブラシをかけてからベッドに入り、しばし眠りについた。
ミーナ手作りの昼食は、ハトムギのリゾットとセロリのきんぴら、ひじきと大豆のサラダと林檎のウサギだった。イヴはミーナに礼を言うと、イヴはそれをゆっくりと味わって食べた。ミーナが食器を片付けて戻ると、イヴはミーナに少しだけ甘えても良いかと問うた。ミーナが了承すると、イヴはミーナに隣に座ってもらい、少しだけ肩に寄りかかって、少しだけ泣いた。その間、ミーナは静かにイヴを見守った。
イヴは精一杯闘ったが、片頭痛に最後には負けて、皆と最後まで一緒にいられなかったと泣いた。ミーナは集合場所でのことをピュアから聞いたのでそれはイヴのせいではないと言いたかったが、それを言っても、イヴの気持ちは救われないこともわかっていたので、黙ったままイヴを見つめ、イヴと手を繋いでいた。
何故ならクラスメイトと一緒にいることが出来なかったことだけではなく、自分があの場で体調を崩したことで、イヴの元に集まった人達が悪い人のように、周りの人々には、見えてしまったことをイヴは申し訳ないと思って、自分の不甲斐なさにも泣いていたからである。
お嬢様は人が良すぎる……とミーナは、心から思いつつ、イヴの気持ちをどうやって、軽くしようと考えを巡らせた。イヴが泣き止むと、ミーナは先ほどの林檎を剥いた皮を使って作った林檎の紅茶を作ってきて「一緒に飲みませんか?」とイヴを誘った。爽やかな香りの紅茶を入れると、ミーナは紅茶と一緒に、イヴの前に一通の手紙に出した。
「これ……、ミグシスから?」
ミーナは食堂からの帰り、メッセンジャーをやっている寮監の夫婦の一人娘のリーナから預かったと話した。イヴの青白かった頬がうっすらと血色が良くなっていった。
「ありがとう、ミーナ!」
イヴの気持ちが明るくなるのを見て、微笑んだミーナにイヴは心から傍に居てもらえて幸せだと思った。
「あっ!ミグシスが会えるって書いているわ!あんなに会えないって書いてたのに、どうして?でも、嬉しい!今度会える!やっと、やっと……」
イヴは今度は喜びの涙を流し、ミーナの胸の中に飛び込んで、嬉しい、嬉しいと泣きじゃくった。ミーナはイヴを抱きしめて、ポン、ポンと軽く背中を叩き、それ以上泣くと、また頭痛がひどくなりますよ、とイヴをなだめた。
結局、その後もイヴはベッドから出られず、夕方の散歩は一緒には行けなかったが、ミグシスの手紙と傍に居るミーナの存在に救われ、気持ちが浮上したイヴは、夕食後、夜の入浴は控え、清拭だけに留めてから、ミーナにお礼とお休みを言った後、ベッドに入った。
ミーナは入浴後、浴室の掃除を行った。自室ではグランとセロトーニ宛てに、イヴの症状やそれが起きた時の状況を書き綴った。
(ピュア様のことは後日の話、次第ですが……、あの男どもは、要注意ですね……。クラスメイトの方達のお話では、大声でお嬢様に詰め寄って、しかもきつい香水をつけていたそうですし。もう少しお嬢様が心安らかに過ごせるように、……何か手立てがないでしょうか?少し、先生方に……相談でもしてみましょうか?
明日はお嬢様が元気になっていますように……。お嬢様の頭痛を代われるものなら代わってあげたい)
イヴが頭痛を起こす度に、いつもミーナはそう思っていた。ミーナは明日からのことについて考えていたため、その日はいつもよりも遅くベッドに入ることになった。




