イヴの入学式③
6時になったので、ミーナはイヴに部屋にいるように促してから、食堂に食事を取りに行くため、一人で部屋を出ていった。ミーナが一階に下りると、食堂の方から調理をしている音が聞こえてきた。ミーナは食堂に入り、コックの二人に挨拶するために声を掛けた。
「おはようございます!」
ミーナの声を聞き、一旦調理の手を止めた二人のコックが食堂のカウンターから顔を出した。
「おはよっ、ミーナ!今日もべっぴんさんだね!……あれ?イヴちゃんは?」
「おはようだね、ミーナっち!今日は晴れてて良かったね!……あれれ?今日はイヴちゃんは?」
イヴはここに来た初日に土産のジャムを持参して、彼らに入寮の挨拶をしていた。その時に額のハチマキのことを問うた彼らに、イヴは自分の持病のことを説明していた。ミーナは学院内外を偵察していて遅くなり、入寮の挨拶の時にイヴと一緒にいることが出来なくて落ち込んでいたので、次の日にイヴがミーナを伴って、二人一緒に挨拶回りをもう一度したため、寮のコック達とミーナはすっかり顔見知りとなっていた。
二人のコックは礼儀正しいイヴに好感を持ち、イヴの体調のことも心配をしてくれていた。ミーナは二人にイヴの片頭痛のことを伝えると、コック達は、慌てて二人分の朝食を用意してくれた。埃よけの布がかけられたトレイを手渡しながら、彼らはミーナに伝言を頼んできた。
「これを早く持って行ってやんな!もし、どうしても辛かったらイヴちゃん担いで、入学式に出てやるって伝えておいてくれ!」
「そうだよ!おっさん達はイヴちゃんの味方だ!朝食、早く体が良くなるように、いっぱい愛情込めといたからって言っておいてくれよ!」
「はい、ありがとうございます!」
ミーナは親切なコック達に見送られて、イヴの待つ部屋に戻った。部屋ではイヴが暖かいミルクティーを用意して、ミーナの帰りを迎えてくれた。ミーナがコックの伝言を伝えると、イヴは嬉しそうに微笑んだ。「元気になったら、お礼を言いに行きましょう」と明るい声で言い、ミーナは、その声にイヴの気分の高揚を感じて、嬉しく思った。
コック達が用意してくれたのは、フランスパンを薄く切った上に、ハムや卵や数種の生野菜を彩りよく乗せたオープンサンドだった。横に添えられたデザートカップには、ヨーグルトに苺がハートの形に飾り切りされていた。そのハートを見て、コックの言葉を思い出し、二人はクスリと笑い合った。
「「いただきます!」」
イヴとミーナは一緒のテーブルで朝食を摂り、食べ終えたイヴはグランが処方してくれた片頭痛予防薬の薬湯を服用し、ミーナは手早く、備え付けの台所で食器を洗い、布巾で拭き、トレイに重ねていった。
ミーナが食器を返しに行き、戻るとミーナはイヴに寮監の夫婦が様子を見に来てくれたとイヴに伝えた。イヴは、すでに歯磨きも洗面の掃除も終えたので、部屋に招き入れるようにとミーナに伝えた。
「おはよう、イヴちゃん!朝早く、ごめんなさいね!カインさんとリーさんにイヴちゃんが片頭痛だって聞いて、おばさん達、心配で心配で……。こんなに可愛いイヴちゃんをいじめるなんて、片頭痛ってのは、なんて意地が悪いんでしょう!……ホントに大丈夫なの?先生に連絡して、今日はお休みの手続きをしてきてあげましょうか?」
イヴは食堂のコック達にした説明を寮監をしている夫婦にも、挨拶時にジャムを渡しながら伝えていたため、夫婦はイヴのことを、入寮したときから何かと、気にかけてくれていた。
「二人ともありがとう。心配をかけてごめんなさい。私は式が始まるまで大人しくしていますし、私にはミーナがいてくれるから、大丈夫なんです」
「そうなの?大丈夫なのね?それならいいけど、無理だけはしちゃダメよ!いざとなったらウチの人にイヴちゃん背負って、入学式に出席してもらえるように先生に頼むから、辛い時は私達を頼ってね!」
「そうだぞ!……それと昨日はうちの子と遊んでくれてありがとうな!リーナと来たら、帰ってからも大喜びで、イヴちゃんの話ばっかりだったんだ!イヴお姉ちゃんが大好きだってさ!こいつだって俺だって、イヴちゃんを……娘みたいに思ってるよ。イヴちゃんなら、喜んで背負って入学式に行ってやるから、遠慮はするなよ!」
「……はい!心配してくれてありがとう!すごく嬉しいです!どうしてもダメな時は、遠慮はせずに頼むことにします。その時は、どうぞよろしくお願いしますね」
イヴは寮監の夫婦を見送ろうとしたが、二人は見送りはいいから、ギリギリまで休んでいるようにと、優しい言葉を残し、静かに部屋を出て行った。
イヴは居間のソファにゆったり座り、ミーナは化粧を直したいからと一旦自室に下がっていった。大人であるミーナは、いつもきちんとした化粧をしていた。もちろんイヴにとって、きつい匂いがする香水類は禁忌なので、ミーナはそれらは絶対に使わないし、平民の使う化粧品には、香料がほとんど入ってはいないが、それらを購入するときも出来るだけ、控えめな香りのモノを探し出して使用する徹底ぶりだった。
化粧をしなくても美しいのに……とイヴが言うと、イヴの護衛として恥ずかしくない姿でいたいからとミーナは答え、それに……と、続けられた言葉は、こうだった。
「それに……、化粧をすれば、敵に自身の状態を読まれにくいじゃないですか。お嬢様を守るために必要なことだと判断したら、私は何でもするんです」
ミーナにとって化粧は、美しさのためではなく、イヴを敵から守るための鎧の一部らしい。化粧を直したミーナが戻ってくると、イヴは「今日のアイシャドウと春の新色の口紅がミーナの大人っぽさを引き立たせていて、素敵です!」と褒めた後、しみじみとこう言った。
「村を出て、不安だったけれど、寮の皆さんは本当に親切で優しい人ばかりで、私、すごく嬉しくて幸せで、ありがたいなぁって思うんです。それにね、ミーナ。それに……ここはなんていうか、すごくなんだか懐かしい感じがして、落ち着きますのよ」
「?懐かしい……ですか?」
ずっとリン村で暮らしていたイヴは、グランやセデス達に、王都にある貴族の屋敷の構造は、多少の違いはあるが、外観はあまり変わらないと教えてもらっていたので、始めて学院を見たときは驚いたが、それを口にすることはなかったものの、白亜の建物に、匂いがきつくない花で埋められた中庭は、本当に大昔に住んでいた屋敷を思い出させて、イヴの顔は知らず知らず笑顔になっていった。
「ずっと昔にいたお家にいるみたいだなって、ちょっとだけ思ったのよ。11年も前だから、うろ覚えなのだけどね」
イヴはミーナに、小さな頃に一緒にいた大好きな友達やミグシスの昔話を笑顔で話した。ミーナは、イヴが食事を摂って、顔色が良くなったことを内心喜び、イヴの嬉しそうに話す様子を愛しく思いながら、イヴの話に耳を傾けた。
その後も二人は、たわいのない話を楽しみながら時間が来るのを待ち、集合場所に行く時間になると、イヴはミーナに横抱きにされた。ミーナの指示で片手には、外で履く白い運動靴が入った袋を持っている。
「お嬢様、それでは入学式に向かいますが、私は気配を消して移動しますので、移動の間、私に出来るだけ体を寄せて、息づかいを真似てもらえますか?」
イヴは了承の意を示すために、空いている手でミーナの肩の鎧の下の衣服をキュッと掴み、ミーナの体にピトッと自分の身を寄せ、密着させた。イヴはミーナに、にこやかにこう言った。
「はい、いつもありがとう、ミーナ。私ね、結局セデスさん達みたいな忍者には、なれませんでしたが、気配を消すのだけは、何とか出来るようになったんですのよ。では、お願いしますね、ミーナ」
「……はい、お嬢様」
イヴを抱えたミーナは気配を消して、集合場所へと向かって行った。長身の麗人のミーナに、小柄で銀色の妖精姫に例えられるほどの美少女のイヴ……という目立つ組み合わせであるにもかかわらず、学院生達に気づかれることもなく、ミーナはイヴを無事に集合場所へと運ぶことに成功した。ミーナはイヴに靴を履かせた後、空になった袋を小さく畳みながら、言った。
「私が同行できるのは、ここまでです。いいですか、お嬢様。何かあったらルナーベル先生を頼って下さい。ルナーベル先生は、お嬢様の味方だとグラン様達がおっしゃっておりましたので」
「ありがとう、ミーナ。では後でね」
「はい、お嬢様。後でお会いしましょう」
ミーナは来た時よりも素早く気配を消し、去って行った。イヴは額に絞めた白いハチマキを触り、そこにあると感触を確かめた後、集合時間が来たため、点呼を始めた教官の下へ、ゆっくりと歩んで行った。




