イヴの入学式①
入学式の日の早朝4時。まだベッドで眠っていたイヴは夢の中で、それに気づいた。
(ああ……またか……)
また……イヴが眠っているというのに、片頭痛が先制攻撃を仕掛けてきたんだ……と、イヴは眠ったままの頭で思った。まだぼんやりと夢うつつであったが、長年片頭痛に苦しめられてきたイヴの両手は、イヴが意識を向けなくても痛みを和らげるために、独りでに動くようになっていて、今も寝ぼけたままのイヴのこめかみを無意識のままで、揉みほぐし始め、続いて頭のてっぺんや耳の後ろや、首と髪の生え際等へも手を伸ばし、指圧を続けていった。
指圧はセロトーニ医師が考案した、”思いやり医術”というモノで、手指を使って、体を指圧し、不快症状を緩和しようという療法の一つで、イヴも片頭痛の度に実践していたからだった。
(……ダメだ、指圧が効かない)
段々と意識がはっきりしていく中、イヴの頭の中は片頭痛と、今日の入学式のことで、いっぱいになった。
(今月は何回、鎮痛剤を飲んだかな……、うん、まだ一回しか飲んでいないから、鎮痛剤は服用できる!やっぱり入学式だから緊張が頭痛を呼んじゃったかしら?うう~ん、何でこうも大事な時を狙ってくるんだろう?イヤイヤ、今回の片頭痛は結構良い敵よ!だって、まだ入学式まで5時間もあるもの!
確か父様は学院の入学式は、学院生生活の初めての大事な式典だから、よほどの事情が無い限り、遅刻や欠席はありえないって話していた。私もそう思うわ。この学院に入学して、最初の大事な式典ですもの、だから絶対に参加しなきゃ!
鎮痛剤が効くまで最低でも30分かかるけど、5時間もあれば何とでも出来る!もし鎮痛剤が効かなくても……最悪、ミーナに担いでもらって会場まで運んでもらうことだって出来るから、今回の片頭痛は良い敵!さぁ、鎮痛剤を飲んで30分ジッとしていよう!)
そこまで考えてから、ようやく本当に目覚めたイヴは、枕元に置いていた鎮痛剤を服用し、水差しの水を飲み、ハチマキを絞めて、もう一度、目を閉じた。
(今回の頭痛は……良い頭痛のはず!鎮痛剤を飲んだから、効いて楽になるはず!ハチマキを絞めたから、トイレまでは動けるはず!)
肯定的な考えを次々思い浮かべ続けた30分後、イヴはゆっくりなら動ける程度にまで回復した。頭に衝撃を与えないように頭の位置を動かさないように気を付けてゆっくり動くのが、イヴの頭痛があるときの基本動作だ。
(よし!まだ4時30分!大丈夫!……大丈夫よ!8時に講堂前に集合だから、時間に余裕はある!)
その後イヴは、ゆっくりゆっくり動き、トイレや洗顔などを終えて、制服に着替えるためにクローゼットまで、またゆっくり歩いて行った。
女子の制服は冬服は濃い黒色のAラインのセーラーワンピースで、丈は膝が隠れるか隠れないか位の長さだった。セーラーの襟には一本の白色の細いラインが入ったデザインとなっていて、袖は手首の所まで自然な曲線のパフスリープとなっていた。
胸元には白色の絹生地のリボンスカーフをつけ、ワンピースと共布で縫製された丈が短めで、襟がない形のボレロの上着を羽織り、セーラー襟は上着の上に出して着るようになっていた。寒いときは防寒用の厚手のカーディガンを上から着用することも出来た。
靴下や靴は自由なので、皆それぞれ違うモノを身に付けているが、貴族はハイヒールやパンプスを履く者が多く、平民だとローファーや運動靴が多い。靴下は、女性に冷えが大敵なのは身分に関係がないため靴下の他に、パンティーストッキング……パンストの二枚履きや、綿や毛糸素材のショートパンツを履いている者もいるが、こういうことは貴族も民も関係なく、男性には絶対知られたくない女性の下着事情だろう。
ちなみに夏服は下着が透けない布地の白色のセーラーワンピースのみでセーラー襟は同じ。袖はフンワリと膨らんだパフスリープが二の腕辺りの短さとなっていて、セーラー襟には一本の紺色の細いラインが施されている。胸元に付けるのは紺色の絹生地のリボンスカーフ。ちなみに一人で脱ぎ着出来るようにワンピースは冬服も夏服も、前ボタンがいくつかついていて、そのボタンを隠す仕立て……前立てが比翼仕立てとなっていた。
男子の制服は冬服は女子の制服と同じ濃い黒色の布地のブレザーで下に履くスラックス……ズボンも同じ色である。襟と袖には、一本の細い白のラインが入ったデザインが施されている。中には白地のカッターシャツを着用する。
寒いときはブレザーの中にV字のベスト、もしくはセーターが着用出来るようになっている。夏服はブレザーがなく、中のカッターシャツも半袖となっている。ちなみにネクタイの色は一年生が深緑、二年生が橙、三年生が臙脂色となっている。
靴下や靴が自由なのは女子と同じで、皆それぞれ違うモノを身に付けているが、貴族は革靴を履く者がほとんどで、平民だと運動靴が多い。貴族も民も関係なく、男子共通の悩みは汗と匂いらしく、靴下の素材や種類は女性よりも多い。またズボンの生地が貼り付く感触が苦手な者は、麻や綿素材のショートパンツをズボンの下に履くがこういうことは貴族も民も関係なく、女性には絶対知られたくない男性の下着事情だろう。
イヴは女の子なので、当然冬服のセーラーワンピースを着るのだが、その前にサリーが持たせてくれたイヴ専用下着を手に取った。これは女性の凸凹を強調するための矯正下着とは真逆で、イヴの大きな胸を形が崩れないように支えながらも、見事に隠せる仕様となっていて、しかも苦しくもなければ、蒸れもしないという、優れものだった。
イヴの体は12才の頃から、第二次性徴により体型が少しづつ、大人の女性の体に変化をし始めて、14才になる少し前くらいの頃には、母親似の体型になってきたので、心は父ちゃんなアンジュが母親(?)らしい心配をした。
「背が私のお母様そっくりの低身長……私のお父様には似なくてホント良かった!それでもって、顔つきと体が私似で、髪と瞳と頭の賢さと性格が、私の愛する旦那様似……って、愛の結晶感を感じられて幸せで、泣きたくなる位、毎日超幸せで、もろもろ素敵すぎて、可愛すぎるって思ってたけど……なんか、冷静に見てみたら、うちのイヴちゃん、超天使小悪魔ボディになってない?、皆もそう思うわよね?
でなかったら、ミーナが2年も前から、厚手のマントを持って常にイヴの傍に控えて待機するはずないものね……。うっかりしてたわ、私ったら……。娘がナイスバディになるのは、母としても父ちゃんとしても少し複雑だけど嬉しい……けど、沢山心配アリアリのアリで、急にすっごく心配になってきたわ!どうしましょう、旦那様?私、どうしたらいいか、わかんないわ!
だって全てのパーツがもう完璧すぎよ、うちのイヴちゃん!ロリエロ可愛い天使感、ハンパねぇ!何だ、これ!?ピュアピュア天使なのに、男のエロ可愛萌え心を打ち抜く、残酷なロリエロピュア天使降臨か!?エロ可愛いすぎて、私の父ちゃん心が嬉しいやら心配やらで、どうしたらいいか、わかんない!!さすが旦那様と私の愛の結晶!美しすぎる!可愛すぎる!エロ可愛くて、尊すぎる!
……って、言っている場合ではないわ!危ない!危険よ!巨乳美少女なんて、オイシすぎて、超危険!純粋な天使感満載の私の可愛いイヴちゃんが悪い男どもに狙われる!絶対、絶対、狙われて……(前世の日本人男性が考え得る、ありとあらゆるいけない妄想の世界が一瞬の間にアンジュの頭を駆け巡った)!?
……あかん!もう、破壊神降臨しそう!心の父ちゃんがリミッター外れちゃう!こんな天使、家を一歩でも出たら、即誘拐される!どうしたらいいの!そんなの許さないわ!……とりあえず、世の男どものアレを機能不全になるように片っ端からオッテいくべきだよね?」
……と、アンジュが暴走しかけるのを、グランが抑えつつ、スクイレル家の……主に男性の保護者達が似たような心配をしたため、その危険を出来るだけ回避しようと、サリーに片頭痛のイヴに負担をかけずに、無理なく体格を隠せる下着を開発させ、イヴの危機を回避させ……世の男性達のアレの危険を回避させることに成功した。これには桃のような美しい曲線のお尻を隠す下着もあり、上下の下着を着れば、イヴは華奢な体格の少女となった。これでアンジュの憂いは解消されたかと思いきや、補正されたことにより、華奢な体格となったイヴを見て、アンジュは別の心配をし出した。
「グッ!可愛らしすぎる、私の娘!でも、イヴちゃんの天使のあどけない顔に華奢な体格って……これはこれで、美少女愛好者を引き寄せてしまうんじゃないかしら?さすが旦那様と私の愛の結晶!どんな姿でも可愛すぎる!……って、言ってる場合ではないわ!どうすれば!?
手を出さず、遠くから眺めて愛でるくらいなら……百歩、いや千歩譲って許してやるけど、実際に手を出してくる奴らは……ヤッチャッテもいいよね?更生の余地なく、再犯を繰り返す性犯罪者の……を全員、モイデいく?フミツブシテいく?クサラセていく?よし!とりあえず騎士団詰め所に押しかけて、性犯罪者指名リストに書かれているヤツを片っ端から捕縛していくわよ!!」
と暴走するアンジュとそれに続いたスクイレル家の者達を、スクイレル家の家長と、銀色の妖精の守り手の長は……今度は止めなかったため、国内の性犯罪の指名手配犯は、根こそぎ捕縛されたが、アンジュ達の勢いは止まらず……今から2、3年前、その地位と権力のために誰も捕まえることが出来ず、自国他国問わずに多くの女性を誘拐し、人身売買や暴行を繰り返していた隣国の大貴族まで捕縛してしまった。
イヴは何とか制服に着替えると、ゆっくりと洗面台に戻り、鏡の前に立った。ハチマキを外し、頭に余計な刺激を与えないように、気を付けながら髪を梳きはじめた。丁寧な手入れを施されたイヴの髪は、それ自体が光を放っているみたいに美しい銀髪で、髪の長さは……短い髪型も好きなのだが、切ろうとしたらアイビーに悲しそうに泣かれてしまったので、イヴは背中の肩胛骨より下の辺りまで伸ばしている。
髪を梳った後、一旦髪を一つに結び、イヴは自分で調合した手作りの保湿液と日焼け止めのクリームを、顔と首と手の甲、忘れがちな耳の裏にも薄く均等に塗った。既製品の化粧品は全て香料がきつく、片頭痛のイヴには扱えなかった。
肌を保護する手入れを終えてから、イヴは髪を二つに分け、おさげの三つ編みにしていく。頭痛時に髪を結ぶのは、出来たら避けたいところだが、何となく……どうしてなのかは自分自身でもわからなかったが……学院生として、入学式はきちんとした身なりでするべきだと思えたのでイヴは自分の心のままにそれを行った。そして髪を結ぶと最後に、白いハチマキを手に取り、額にきつめに絞めていった。
(うん、これ位の痛みなら、日常生活に支障は出ない)
時計の針は5時を少し回った所を示している。入学式の持ち物の用意は、一週間前にすでに終えていて、身支度はゆっくりとだが整えることが出来た。朝食の時間は、まだ来ない。新入生の集合時間は8時だから、充分時間に余裕はある。イヴはここに来てから、学院の中庭を気に入り、早朝の中庭を散歩するのを、日課にして楽しんでいた。そして、日常生活に支障の出ない程度の痛み。……これらのことを踏まえ、イヴは決意した。
「よし!」
イヴは、中庭に行……かないことにして、その場で大人しく、ミーナが起きてくるのを待つことにした。何故ならイヴは……片頭痛歴12年の頭痛持ちだったからだ……。




