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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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イヴリンの初めてのお客様(中編)

 お客様に会うことになったイヴリンは、お客様をお迎えする準備に大張り切りだった。


「タイノーさん、明日お家を飾るお花を見てもいいですか?イレールさん、お客様の馬車が来たときに馭者の人に飲み物を用意するときは温かいのと冷たいのを両方用意したらいいんですよね?後、お客様の馬用に林檎を何個用意したらいいのか教えてくれますか?明日はセドリーさんが門番をされるんですよね?セドリーさん、どうぞ明日はよろしくお願いします。皆んな、お仕事中にお邪魔をしてごめんなさい。明日はよろしくお願いします」


「リングルさん、お客様用のティーカップを見てもいいですか?おもてなし用の銀のスプーンは、いつ磨いたらいいんですか?アダムさん、神子姫(みこひめ)様は私よりも2才年上だと聞いたのですが甘いお菓子は食べてくださるでしょうか?神子姫様が神楽舞を舞われた後は、きっと喉が乾くのではないかと思うので、お飲み物を差し上げたいなと思うのだけど、私が神子姫様をお茶に誘っても失礼にはならないでしょうか?ああ、お仕事中にお邪魔をしてごめんなさい。明日はよろしくお願いします」


「エチータンさん、ノーイエさん。いつも父様のお世話をありがとうございます。明日、お客様がお見えになるときに私もご一緒することになりましたから、明日は、どうぞよろしくお願いしますね。お客様に失礼のないように私はいっぱい頑張りますが、何かいけないことをしてしまいそうだったら、こっそり私を止めてくださいね。お仕事のお邪魔をしてごめんなさい。本当に明日はよろしくお願いします」


「サリーさん、今まで()()のお世話を本当にありがとうございました。きっと母様は、とても喜んでいたと思うの……。母様のことは残念ですが、これからもサリーさんは、このお家にいてくださりますか?私の前からいなくなりませんか?……一緒にいてくれるんですか!良かった!ずっと一緒にいられるとわかって、私はすっごく嬉しいです!ありがとうございます、サリーさん!大好きです!ああ、マーサさんったら!そんな寂しそうなお顔になって、どうしたんですか!?心配しなくても私、マーサさんもアイビーさんも大好きですよ!明日は大事なお客様が来られるんでしょう?きっといつもよりも皆は忙しくなるのでしょう?だから私は自分のことはなるべく自分でしますから、皆んなは明日の準備を頑張ってくださいね!明日はよろしくお願いします」


 屋敷中を駆け回るようにして、イヴリンはお客様を迎える準備に余念がなかった。イヴリンの後ろではニッコリ笑顔のセデスと、眉をハの字にして心配そうな表情を浮かべているミグシリアスがいた。


「イヴリン様、さすがです!昨晩私に、公爵家の女主人としてのお仕事をお尋ねになられたばかりなのに、今日はすでにそれらを憶えられてからの使用人達への根回しの完璧さ!差配内容も満点の合格点を差し上げますよ!」


 セデスの賛辞に、頬を紅潮させて嬉しそうな笑顔になるイヴリンに、心配顔のミグシリアスが声を掛けた。


「そんなに張り切って大丈夫かい、イヴリン?昨夜はセデスさんに習ったことを復習するのに、いつもよりも夜更かししたんだろう?今朝だって、お花を選ぶのにいつもよりも長い時間、お日様の下にいたし、神子姫のお茶受けのお菓子を選ぶために、いつもよりも多くショコラを口にしただろう?それに、ここ数日は朝晩の気温差も激しいのに……。()()があんなことになったからって、急にイヴリンが公爵家の女主人としてのお仕事を頑張ってしなくてもいいのに……」


 イヴリンが心配で堪らないと、イヴリンの頭を労るように撫でるミグシリアスに、イヴリンは無邪気な笑顔で答えた。


「うふふ、大丈夫ですわ、ミグシリアスお義兄様!昨日の晩から、私のやる気がモリモリ沸き起こっておりますの!頑張ります、私!やってみせますわ、私!だって私、もうすぐ()()()()になるんですもの!私の5才のお誕生日にミグシリアスお義兄様は公爵子息に、私は公爵令嬢に一緒になるんですもの!


 ミグシリアスお義兄様は、すでに文武両道で完璧な公爵子息ですし、後は私が頑張って頑張って、完璧な公爵令嬢が出来るようになればいいだけですもの!ねぇ、ミグシリアスお義兄様、5才のお誕生日パーティーで、初めて()()になる私とダンスを踊ってくださりますか?」


 目の前でクルリ、クルリと、ゆっくり回り出したイヴリンに苦笑しつつ、ミグシリアスは嬉しそうに言った。


「ああ、喜んで!()()()()()()()()!でも、最初のダンスはシーノン公爵と争うことになるだろうけどね」


「?」


「いや、何でも無いよ。明日は無事にお客様を迎えられるといいね、イヴリン!」


「はい!ミグシリアスお義兄様!私、明日は、もっともっと頑張ります!!」


 イヴリンは胸の前で、小さな手で握りこぶしを作った。ミグシリアスは張り切るイヴリンの握りこぶしを自分の両手で優しくほどき、そっとイヴリンを抱き上げた。


(大丈夫。大丈夫なんだよ、イヴリン。そんなに気負わなくても大丈夫なんだよ)


 張り切っているイヴリンに水を差すようで、そう言いたい気持ちをグッと飲み込んだミグシリアスは、ただ愛しく思う小さな少女を抱きしめた。


(ああ、頑張り屋な()()()使()。君の努力が報われるといい。……これから先、ずっとずっと俺が君を守ってみせるからね……)


「?ミグシリアスお義兄様?」


 ミグシリアスの腕の中で、自分が何よりも大事だと思う少女がいる。ミグシリアスは少女に()()の頭を撫でられている今の自分の幸せを噛みしめた。


「明日も晴れるといいね、イヴリン」


「はい、ミグシリアスお義兄様!」





 大司教と神子姫が屋敷に来た。二人はシーノン公爵とイヴリンの顔を見た途端、何故か大いに驚いた表情になって、二人そろって赤面し出した。シーノン公爵が怪訝に思って理由を尋ねると、大司教は赤面したまま、しどろもどろに理由を口にした。


「す、すみません!あ、あなた様方の容姿があまりにも、バッファー国の教会の壁画に描かれた()()使()()である、()()()()()にそっくりで!!」


 そう言って大司教はバッファー国の壁画の説明を始めた。


 壁画の一番上の中央から光が射し、中央に立つ青年を明るく照らす。()()()()の青年が凜々しい出で立ちで、剣を地に突き刺して緑の大地にしっかと立っている。青年の足下には神の使いであるはずの金色の天使が彼に嫉妬し、()()()()()に転じ、青年の命を狙う様子が描かれている。


 青年の頭上には、神の使いの銀色の妖精が天から舞い降りて、金色の悪魔から命を狙われている青年を守ろうと銀色の盾を持たせようとしている。その盾からは()()()()()()()()と呼ばれる使徒が大勢悪魔に向かっていき、その守り手達の命がけの活躍により、悪魔は追い払われる。


 壮大な物語を一枚の絵にして描かれていたそれは元々、国とも言えないほど小さな国だったバッファー国がある人物が来たことにより、大国になったことを感謝して、その人物がこの国にたどり着くまでの冒険譚を宗教画にしたというものであった。


 一方へディック国の宗教画は、壁画の一番上の中央から光が射し、中央に立つ青年を明るく照らす。()()()()の青年が煌びやかな出で立ちで金色の大地にしっかと立っている。青年の足下には彼に嫉妬した()()()()の悪魔が青年の命を狙っている。天上から降り注ぐ光の中、金色の天使から剣を賜った青年は、剣を()()()()の悪魔に突き刺し、踏みつぶしている。


 血を大量に流し苦悶の表情を浮かべる悪魔は、己を守る()()()()と呼ばれる魔物達と共に断末魔を上げている。それを満足そうに見て笑う姿が描かれた宗教画は、前王がその青年のモデルとなっている。自身の父親の病死の原因をもたらせた悪魔を城の大聖堂に封じ込めた前王の活躍を宗教画としたものらしい。ちなみに城の大聖堂は立ち入り禁止のため、どんな宗教画が描かれているのかを知っている者は前王と亡くなった前の大司教のみであった。


「こちらに戻って来て黒髪黒目の者への扱いがひどいので、とても驚きました。私が子どもの頃に住んでいたときよりも、差別意識が強くなっているように思います」


 大司教は宗教留学で長い期間を大国で過ごしていたので、黒髪黒目の者や顔に傷を負う者に強い拒絶反応を起こす、へディック国の今の風潮に心を痛めていた。


「いつか、この偏見を無くそうと思っていて、今は空いた時間に亡くなった私の父の書類を読み返しているところなんです。偏見の原因になった理由さえ明らかになれば、改善への方向性が掴めますからね。それに神子姫をやっている、この子は、あの大国の壁画が大好きだったんです。だから、この子も進んで私の手伝いをしてくれているんです。


 あっ!私としたことが!まだ、ご挨拶もまだでしたのに、長々と!……失礼しました。私はシュリマンと言います。そしてこちらが神子姫で、()()()()()()と言います、どうぞよろしくお願いします!」


 シュリマンと名乗る大司教は、慌てて挨拶の言葉と寄進の礼と屋敷や庭への本心からの世辞を長々と話し出した。セデスと彼の一族達は大司教の語る二国の宗教画に対し、こみあげてくる思いがあったが、ここではけしてそれを口にすまいと各々が思っていた。……ただ、大司教が祈祷しだしたときに自分達のご主人様親子の健康祈願を唱える傍ら、大昔失った自分達の同胞への弔いも、少しだけ願うことは否めなかった。


 大司教の祈祷が終わり、皆は応接室から公爵家の大広間に場所を移した。そこで大司教が横笛を取り出し、一音鳴らせて合図を送る。神子姫エレンは無言で頷いた後に大広間の中央に進み出て、一礼頭を下げてから踊り出した。


 腰の辺りまである長い髪を結わないまま、ゆるやかに波打つ黄緑の髪が、神子姫の踊りに合わせ揺れている。長い睫から覗くアーモンド型の大きな緑の瞳は、神様の子どもだけを見つめ、サクランボのような色合いの唇からは目の前の神様の子どもの健康を願う呪い詩(まじないうた)が紡がれ、震える喉の肌の白さが、神子姫の神秘性を感じさせていた。体のラインを隠すような衣装から覗く、手首足首に付けられた小さな鈴は、神子姫の神楽舞に合わせ、謳うように小さく鳴っていた。


 一堂は皆の健康や幸福を願いながら、その舞を見ていた。

母様のことは、イヴリンの初めてのお客様の次のお話で語られます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 10話まで読ませて頂きました。 アイとイヴリンの繋がりとこれからのイヴリンの成長過程がどのように描かれるのか楽しみです。 お義兄様のキャラも個人的には好きですね!
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