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※名前なき主人公の復讐ゲーム最終章の始まり

 その彼は長い年月を、その復讐に捧げてきました。


 双子は不吉だと言い、殺すように命じ、生きていると気づいて命を狙ったのは、へディック国前王であり、自分の父であるナロン。そのせいで、彼は自分が一生をかけて仕えたいと心底思っていた親友から離れなければならなくなりました。


 彼が一生をかけて愛したいと誓った恋人を彼のフリをして犯し捨て、恋人の命まで奪ったのは、へディック国の王で、自分の双子の弟であるカロン。そのせいで恋人は娼婦になってしまい、彼に遊び捨てられたと思って心が壊れてしまいました。


 恋人の子どもは黒髪黒目でした。この国では黒髪黒目の者は”魔性の者”として、忌み嫌われている存在でした。黒髪黒目を嫌うように仕向けたのも憎き王家でした。


 恋人の子どもは周囲の者の心ない言動や行動により、誰からも愛されていないと思ってしまったのか、神様の子ども時代、その子どもは、ずっと……、こう言いながら泣いていました。


『うっ、うっ、ナィール……俺のアイがいないんだ。俺、アイのそばにいたいのに……』


 恋人が生んだ子どもは、神様の子ども時代、ずっと()()()()()泣いていましたが5才になり、神様の子どもから人間の子どもになると、愛を求めて泣くこともなく、すっかりと孤独に慣れ、誰からも忌み嫌われている自分を、自分自身でも嫌うようになってしまいました。


 彼と恋人と、その子どもを不幸に落とした奴らに彼は激しい憎悪を感じ、復讐を誓いました。へディック国の王家に復讐を考える彼は、胡散臭い人間に見える、自分の容姿……顔にある、大きな切り傷を生かして、闇に通じましたし、憎しみの余り、回りが見えなくなり、自分の親友を暗殺しようとまでしてしまったこともありました。


 でもあることがきっかけで正気を取り戻した彼は、自分の敵にこきつかわれていた親友と、親友と同じ病により、貴族になれない彼の娘と、恋人の残した子どもを他国へ逃がす計画に乗り、王に固執されていた親友に追っ手が行かぬよう事故死を偽装し、彼らを逃がしました。


 親友の命を自分で奪わなくてすんだことや、恋人の子どもを自分の復讐に巻き込まなくてすんだことが、彼の狂気を正気に戻すきっかけになりました。親友親子にも恋人の残した子どもにも、自分の分まで幸せに生きて欲しいと思った彼の心は静かに凪いでいました。冷静になることで、復讐する気持ちの他に、この国を憂いる気持ちが芽生えていることに気づきました。


 何故ならそれまで、この国を守っていたのは彼の敵ではなく、彼が一生をかけて仕えたいと心底思っていた、始祖王の再来と称えられた親友だったからです。


 カロン王は彼の親友を失ってから、悪政でますます国を困窮させ、気に入らない貴族を次々処刑していくようになりました。自分でも多くの者の恨みを買っている自覚があるのか、城に隠れ、大勢の怪しげな集団に警護をさせて公の場には出てこなくなりました。そして城の中から、沢山の武器を購入するように命令を出していたのです。


 そこで彼は隣国の軍隊に入り、いざという時は民を守ってもらおうと考えました。闇に通じる義賊的悪党達と手を組み、前王に父を暗殺された大司教と、自分の叔母の夫とその娘が、王に殺されたと思っている修道女(彼女には申し訳ないが彼らが生きていることは言えなかった……)を仲間に引き入れ、ありとあらゆる手段を講じ、心ある貴族を国外に逃がし、彼の親友の守り手が育てた忍者集団……”銀色の妖精の守り手”を親友の元に向かわせ、出来るだけの民を逃がしました。


 そうして少し時が過ぎたころ、彼は一通の挨拶状がきっかけで、親友のその後を知る機会を得ました。


 親友は……”銀色の妖精王”というあだ名の他に”王位を持たぬ王”と呼ばれる者になっていました。彼の親友は公爵から、ただの薬草医に職業替えしていたはずなのに、3カ国以上の王族や国の重鎮達に、賢者として慕われる存在になっていたのです(これにはびっくりしすぎて、顎が外れそうになった)。


 銀色の妖精王と呼ばれるようになった彼の親友は、彼に民衆を自分達の味方につけることが出来る、ある秘策を授けてくれました。お金や人をかなり使いますが、その方法だと確実に民衆は彼と同じ……()()になってくれると親友は言いました。


 そこで彼は大司教と修道女と銀色の妖精の守り手の中忍部隊を使って、その作戦を決行することにしました。費用は親友が、妻の姪のために寄進したお金がありましたので、何も問題はありませんでした(そのお金で全てがまかなわれた時は親友の愛妻家振りに軽くドン引きした)。


 今の国に残っている貴族は、民衆を同じ人間だとは思わない外道ばかりだったので、民の生活には興味がありませんから、その作戦は作戦と全く気づかれることなく、……この10年で、へディック国の民は彼と同じ、悪人へとなっていきました。


 彼は親友から秘策を授かっていましたが、親友の妻からも……とても不思議な予言を一つ授けられていました。その予言は、とても変わっていて、すごく奇妙なものでした。


 《親友の娘が学院一年生になり、彼女が16才になる日、カロン王はへディック国の国立学院の卒業パーティーに出席するために現れる》


 親友の妻の話は、とても荒唐無稽な話でした。へディック国の国立学院は男子校です。学院に令嬢が通学するなんて不可能な話です。それにへディック国の身分の差は厳しく、王子が男爵令嬢と結婚するなんてありえません。ましてや公衆の面前で自分の婚約者の公爵令嬢を断罪し、婚約破棄をするなんて信じられない話です。


 しかも、そんなあってはならない事を王が許し、王子と男爵令嬢の婚約を認めるなんて、話が酔狂すぎると彼は思いました。でも……、酔狂すぎる奇跡は起きました。カロン王が男子校を男女共学にすると言い出したからです。しかもあれほど身分差に厳しかったはずなのに、カロン王の取り巻きが平民を貴族にしてはどうだと言い出し、その話を聞いたカロン王は、ならば平民も学院に入れるのが良いと命じたのです。


 学院は勉強の場ではなくなり、貴族のお見合いの場へと変わることが決まったのです。そこに民が加わったら、高慢で卑劣で欲深い貴族が民に何をするか、わかりません。彼の親友のような心ある貴族は、皆国外に逃がしています。ここにいるのは、カロン王のような心が腐った貴族達の令息令嬢ばかりです。『親がそうだから、子どもまでそうだ』とは言い切れませんが、心配なのも確かです。


 もう自分のような思いをする者をこれ以上作りたくないと思った彼は裏から手を回し、民を守る様々な約束をカロン王の実印入りで取り付けることに成功しました。これで学院に入る平民を、貴族からも王家からも守ることが出来ます。男女共学が始まり、確実にカロン王が学院に来る情報が欲しいと考えた彼は、自分は”仮面の先生”に、修道女には”保健室の先生”になってもらい、学院に潜入しました。


 ……しかし、ここにいるのは、貴族教育を10年以上も受けてきた者ばかりです。貴族は自分達の不利益になるような情報をけして漏らさないように教育されていますし、自身の喜怒哀楽を他者にわからせないように誤魔化すことも得意です。王家の子息が入学してきて、何とか彼らの懐に潜り込むことに成功しましたが、肝心な情報は皆目、引き出せませんでした。


……問題の10年目となり、焦りが出てきた彼の目の前に、一人の道化(英雄)が現れました。






 その道化は男爵令嬢でした。元々9年近くも社交に顔を出さない、貴族失格な令嬢として、貴族社会で噂されていた者です。王家の血を引きながらも下級貴族という微妙な立場であり、しかも男爵家のために社交で働くこともせず、家に引きこもり、使用人達に悪態を言い、難癖付けては使用人達を嬲り、嘲笑することだけを楽しみにしているという、『最低最悪な貴族らしい貴族』と使用人達に陰口を囁かれている者でした。


 そんな令嬢ですから婚約者は現れず、当然売れ残って学院に入ることが決まったのですが、その彼女が、入学式の一週間前に高熱を出したのです。高熱から回復してきた彼女は、貴族、民を問わず、『人として大丈夫なのか、アレ?』と周囲の者を恐怖させて動揺させ、人々の心を不安にさせる、異様な道化へと変貌を遂げていました。


 以前の彼女は今と同じような最低最悪な令嬢でしたが、それでも一応、貴族教育を受けてきたおかげで、最低限の行儀作法や、貴族の心得だけは体得していたはずでしたが、高熱が出たことにより、それらを忘れ去ってしまったのか、……あろうことか貴族にとって、大事な式典である入学式をすっぽかし、淑女にあるまじき動物みたいな食べ方をし、人としての最低限の礼さえも言えない者として、生徒会の4人の前に現れたのです。


 ……すると、あれほど喜怒哀楽を隠し、あれほど他人に情報を語らず、あれほど自分の心を誰にも言わなかった鉄壁の貴族子息達……生徒会の王子、騎士団長子息、大司教子息、宮廷医師子息がそろって彼女に出会った後、保健室に押しかけ、修道女に愚痴を言い出しました。その顔からはいつもの無表情は消え去り、十代の青少年らしい潔癖さ、正義感を、その感情のままに声に乗せ、淑女にあるまじき行いをした彼女に対する嫌悪からか、己の心のままに吐き出したのです。


 学院の貴族令息達は、本来なら婚約や結婚を焦らなくともいいのですが、生徒会の4人はそうではありませんでした。王子は、王位継承者で早急の婚約を望まれていましたし、他の3人も侯爵家の跡取りなので、早急の婚約を望まれていたのです。だから生徒会の者も、ここに通学することが決まった令嬢達と同じような毎日を送っていました。


 連日連夜のお見合い社交、さらに彼らは生徒会の仕事をこなしていましたので、その疲れは令嬢達以上でした。その彼らに、今後もずっと道化をぶつけたら、彼らはどうなるでしょう……?






 その彼は、その乙女ゲームでは名前なき者(モブ)でしたが、その乙女ゲームに酷似した世界では、現実に生きる人間でしたので、復讐のために()()になることを決めました。そして彼と同じように復讐に命をかける者達と長い年月を復讐のために身を捧げてきました。


 名前なき彼らの復讐はついに最終章へと突入しました。後一年……。後、一年でついに、敵と直接対決です。敵は用心深く、敵を守る者達の結束も強固でしたが、彼らの油断を誘う名前なき(モブの)道化(英雄)が現れました。道化は、まるで彼らを救う英雄のように、彼らの復讐計画を手助けしてくれます。


 この道化をこれからも利用しますか?それとも逃がしますか?



 利用する ←

 逃がす



 決まりましたら、” ← ”のカーソルを選択し、スタートボタンを押して下さい。



 ……とは、誰も彼には尋ねませんでした。だって、ここはゲームの世界に酷似しているだけの……現実(リアル)の世界でしたから。その彼は、迷わず道化を敵の情報を知る生徒会の4人にぶつけることを選択しました。


 ……結果は火を見るより明らかでした。道化(英雄)のおかげで生徒会の4人は、()()達にそれぞれの実家の内情や秘密や愚痴を吐き出すようになりました。生徒会の4人は、婚活地獄ロードと生徒会の仕事と道化に生活を振り回され、疲労困憊となり、悪人達にとって()()()身動きをしないようになりました。


 しかも生徒会の4人が、道化を押さえ込んでくれるので、学院は平和となり、他の生徒達の安全が守られました。平和な学院なら間違いなく3月には……あの男もやってくるでしょう。王子の口から出た情報で、親友の妻の予言は本当だったんだと確証が得られたので、彼はほくそ笑みます。


(こんな逸材がいたんだなぁ……、彼女が()()()()()()に、ルナーベル嬢が彼女のリボンを()()()からこそ、こんなに全てが上手くいったんだ。……道化(英雄)様々だな。精々、後一年、そのままの道化(英雄)でいてくれよ……)


 こうして彼は、悪人達の物語を成功させる、名前なき(モブの)道化(英雄)として、その男爵令嬢を悪人達の復讐計画(ゲーム)で、これからも使うことに決めました。

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