リアージュのゲームと現実の世界(前編)
校門前に向かったリアージュは校門に着くなり、問答無用でヒィー男爵の命を受けた使用人達に縛られ、猿轡をされ、そのまま馬車に押し込められた。そして王都にあるヒィ-男爵家のタウンハウスに着くと、拘束を解かれたリアージュはシワシワの制服を剥ぎ取られ、そのまま風呂に放り込まれ、全身くまなく磨き上げられた後、マッサージで胸のところへ背中から肉をたぐり寄せて、腹からも肉をグイッと押し上げ、ない胸を寄せてあげて、何とか胸を作り上げ、コルセットをキュウキュウに絞り込ませて、ポコンと出たお腹にくびれを作られた後、外出用のドレスを着せ付けられ、化粧や髪を整えられた。……すべて父親に見守られながら……。
リアージュは父親立ち会いでの風呂や着替えなんて恥ずかしいから嫌だ!変態!と父親を罵ったが、ヒィー男爵はジト目で言い返した。
「こっちだって嫌だ!何が悲しくて、お前の風呂なんて監督しなければならないんだ!女の身支度はこうも空恐ろしい物だとは思わなかった!父親に見られるのが嫌なら、我慢することを覚えろ!……お前は、こうやって見張ってないと、直ぐに使用人に悪態をつき、鞭を使おうとするだろう!今は人手不足なんだぞ!
それにしても、お前がさっき着ていた、あのしわくちゃの制服は何なんだ!?それにお前が中々来ないから、寮の部屋まで迎えに行ったのだが、お前の部屋の中の散らかりようと来たら!全てのモノが出しっぱなしで、部屋の中は変な異臭がしていたぞ!たった一日一人にしただけで、何でお前の部屋は豚小屋みたいに臭くなるんだ?!……今から茶会と夜会に行く!お前も、もうすぐ成人!売れ残りたくなければ気合いを入れて相手を探せ!」
そう言ってヒィー男爵は、見た目だけは綺麗な令嬢となったリアージュを貴族の社交に連れ出し、9年近くもの間、社交をサボっていたリアージュの遅れを取り戻させて、婚約の縁を掴ませてやろうと片っ端から茶会や夜会へと出席させることに邁進した。ヒィー男爵の親心による行動は、怠惰を貪っていたリアージュにとっては地獄の始まりのようで、……それは前世のリアージュの世界でいうところの婚活地獄ロードの始まりだった。
この国の貴族の子どもは5才から貴族籍に入る。5才になる前は”神様の子ども”と呼ばれ、人間の子どもになる5才になると皆、簡単な文字なら読み書きできるようになり、6才になる前に生活に困らない一般的な文字を扱えるようになる。貴族の子は、家庭教師による一般教養と貴族教育、行儀作法、茶会の作法を5才から学ぶ。女の子なら淑女教育、花嫁修業……等を学び、男の子なら領地経営学、統計学、閨教育……等をその都度、必要に応じて追加で学んでいく。
5才になったら貴族の社交にも出るようになる。最初は母親に連れられて、昼間の茶会に参加する。最初の茶会は、母親が損得抜きで親しくしている友人で、同じ爵位を持つ貴族宅の茶会が一般的だ。子ども達は母親の振る舞いを見て、茶会の作法を実地で学ぶ。友人なら多少の行儀作法の間違いも大目に見てもらえる。それを経験することで実際に家庭教師が教えてくれることを肌で覚えていくのだ。
茶会の作法を完全に身に付ける7、8才ごろに、子どもが人前に出ても大丈夫だと判断した母親達は、次の段階として、大勢の貴族が集まる茶会へ子どもを連れて行く。ここでは子どもに話すことを禁じ、見学することだけを促す。ここでは爵位の差があり、はっきりとした身分差が存在する。子ども達は上級貴族と下級貴族の差を知り、それぞれとの付き合い方を見学して覚えていく。また親は子どもを常に傍に置き、自分達が茶会で何を目的として参加しているかを悟らせる。
茶会や夜会は貴族子女にとって、社交であるとともに戦場だ。貴族としての横の繋がり、仕事を通しての上下貴族の縦の繋がりを求め、情報収集や、商売敵への牽制、世情把握等……、小さな子どもにそこまでのものは今すぐ求めてはいないが、これが大人になるまでに出来るようになるよう、勉強に身を入れなければ、貴族社会では生きていけないのだと、子どもは実地で学んでいく。
と同時に、これは子どもの最初の見合いの場でもある。貴族の結婚は、政略結婚がほとんどだ。相手の身分や持っている領地から得られる資産を考慮し、縁続きとなるのに適した相手かどうかを探るため、茶会や夜会や乗馬等の社交で情報収集した大人達は、縁談の相手に当たりを付け、最終決定の材料として、茶会に出てきた子どもを品定めするのだ。大抵の貴族の令嬢は、この茶会で親同士により婚約者を決められてしまう。10才くらいからは茶会で話すことを許され、親から離れて自ら社交のために動けるようになり、令息達の中には、乗馬の会にも参加する者が出てくるのも、この頃からである。乗馬は主に貴族男性が多く、ここで彼等に気に入られた令息が婚約を持ちかけられることも多い。
決まらなかった令息令嬢は12才からの夜会参加で、自分達からも働きかけて、相手を見つけなければならない。夜会の目的も、茶会と大して変わらない。貴族としての横の繋がり、仕事を通しての上下貴族の縦の繋がりを求め、情報収集や商売敵への牽制、世情把握等……、違うのはここに来るのは母親だけではなく、父親も来るということだ。母親達の闘いよりも、もっと苛烈で底が深い闘いを男達はワイン片手に、にこやかな笑みのまま、静かに繰り広げているのだ。また男親同士が気が合えば、多少の身分差があっても、縁談が成立する場合が乗馬の会や、夜会では発生する。
……と、ここまで色々社交を重ねても15才まで婚約者を見つけられなかった者は、王命で学院に集められる。男の成人は18才だから、学院にいる令息は婚約者者捜しも配偶者捜しも、焦ってはいない。貴族の婚姻は政略結婚が主だから、10才20才年下の令嬢との結婚でもいいのだから、令息の親達も慌てて相手を探すことはしない。だから貴族の子息達は半分遊び感覚で学院生活を楽しむ者が殆どだった。
しかし……これが女だと話は変わってくる。女の成人は男よりも2才も早い16才だ。だから学院に入る令嬢はハッキリと……売れ残りの烙印を押されてしまったことになる。貴族の婚姻は政略結婚が主なのに、それでも婚約者がいないということは、令嬢にも令嬢の家にも問題があると、知らしめることになってしまう。だから学院に集められた令嬢達や令嬢達の親は、それはもう血眼になって、相手を探すことに奔走するのだ。
リアージュは4月生まれだから、後数日で16才になる。子どもの頃のリアージュは我が儘で自分が世界で一番可愛い”お姫様”だと信じていて、リアージュの母の友人宅でも身分差のある夫人宅でも、まともな社交は出来た試しがなかった。リアージュの母親はリアージュが7才の頃に亡くなっているし、それ以来リアージュは社交には一度も参加していない。だから社交界ではヒィー男爵家の一人娘は、家の為に働くことを嫌う、怠惰で性格の悪い娘だと知れ渡っていた。
ヒィー男爵には内縁の妻との子の中に男子がいるが、ヒィー男爵自身が婿養子の身なので、リアージュが養子縁組を認めない限り、男爵位を継げるのは、ヒィー男爵夫人の唯一残したリアージュしかいない。先代との約束のため、一応リアージュの父親であるヒィー男爵は、……それはもう死に物狂いになって、”ヒィー男爵家の婿”を探すためにリアージュを社交に連れ回ったのだ。




