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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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イヴリンの初めてのお客様(前編)



「え?明後日(あさって)にお客様が来るんですか?私もお会いしてもいいんですか?」


 ここ数日()()()()()により、気分が落ち込んでいたイヴリンはマーサとミグシリアスと一緒に庭を散歩していた。


 シーノン公爵邸の庭には色とりどりの花が品良く咲き誇っていたが、シーノン父娘(おやこ)の体の不調を引き起こす原因となる、きつい芳香を放つ花は一輪だって植えられてはいなかった。イヴリン達から、やや離れた所ではタイノーとイレールが庭の草木の世話をしているように見せかけながら、密かに護衛をしていた。


「ええ!イヴリン様は、まだ()()()()()()ですから、本来なら屋敷の外の者とは、お会いすることは出来ないのですが今回は特別です!大司教様がイヴリン様のご健康を願って、こちらまで足を運んで直々に祈祷してくださるそうなんです!教会の中で一番神に近いと言われている()()()も一緒に来られて、イヴリン様と旦那様のために神楽を舞ってくださるそうなんですよ!」


「ミグシリアスお義兄様やマーサさん達、皆の健康もお祈りしてくれるの?……()()のも?」


「っ!?あ……、そ、それは……」


 イヴリンの言葉に喉がつまったようになったマーサに代わり、ミグシリアスはイヴリンと同じ目線で話すためにしゃがむと、イヴリンに優しい笑顔を見せて言った。


「もちろんだよ!だってイヴリンは父様や僕やマーサさん達、それに()()だって、すごく大好きでいてくれているんだろう?イヴリンは皆を家族みたいに大切に思っているんだから、大司教様達は、例え僕や母様が()()()()()()()()()、僕らの健康を一緒に祈ってくれるよ」


「ミグシリアスお義兄様は、私と一緒にお会いしないんですか?」


「う~ん、残念だけど、僕はイヴリンの5才のお誕生日にお披露目されるまでは、まだシーノンを名乗れないからね。そういう()()()だから残念だけど、僕はそこには同席できないんだ。ごめんね、イヴリン」


「……そういう()()()なら仕方がありませんがすごく残念です。私、お祈りの時はお義兄様のことをいっぱいお祈りしますね」


「ありがとう、()()()()()()()()。僕は同席できないけど君に何かあれば、必ず助けに行くから、その時は僕を呼んでね!」


「はい、ミグシリアスお義兄様!」


 イヴリンはミグシリアスの()に気づかない。その嘘に気づいて動揺したマーサをミグシリアスは視線で口止めさせる。実は……へディック国では()()()()()()()()として忌み嫌われているのだ。ミグシリアスの知っている教会にある壁画では黒髪黒目は()()として描かれていた。


 まだ正式にシーノン公爵家と養子縁組されていない弱い立場で黒髪黒目を魔性の者として扱う、教会の頂点に立つ人物達に会って変に気を悪くされては困る。この話が舞い込んできたときに出席を促すシーノン公爵やセデス達にミグシリアスは、そう言って説き伏せたのだ。


 そう、変に臍を曲げられて、祈祷されなくなるのは……とても困る!ミグシリアスは一生をかけて守りたいと思える存在が出来たので、その子が健康になるかもしれない機会を逃したくなかったのだ。


「初めてのお客様ですわ!緊張します……、私は()()()()()()がキチンと出来るでしょうか?……頑張ります!私、頑張りますわ!」


 小さな両手で拳を作り、胸の前で合わせたイヴリンは目を瞑り、心の中だけで不安な気持ちを呟いた。


(……ああ、アイ!どうして最近声を聞かせてくれないの?セデスさんは私がもうすぐ5才になるからアイは消えてしまうかもしれないと言ってたけど、アイが消えちゃうのなんて、私は嫌ですわ。


 ……ねぇ、アイ?私ね、キチンと出来るか、とても不安なの!前みたいにアイの声を聞かせてほしいの!アイに大丈夫!って言ってもらいたい……。アイは私なんでしょう?私ね……私、すごく寂しいですし、すごく心配なの……。


 ……大丈夫、私。……大丈夫ですよ、私。アイの声が聞けなくても、アイは私の中にいるはずだもの!もうすぐ私は()()()()になるんだもの!よし、頑張ろう!……頑張ろうね、私!沢山沢山、ウンとウンと頑張りましょう!!


 将来、父様やミグシリアスお義兄様のお役にたてる公爵令嬢に、いっぱい努力すればなれるはずですもの!!()()()()()()を完璧にこなして、いつもお世話になっているマーサさんやセデスさん達を安心させますわ!)


 庭にいる者達は懸命に祈るような姿のイヴリンを愛しそうに見守っていた。不安で胸がおしつぶされそうな自分を賢明に励まし、何とか勇気を奮い立たせようと4才の少女が必死になっているとは気づかずに……。





「今日は大事なお客様がお越しになるから、皆は心してお迎えするように」


 早朝、一族の長であり、シーノン公爵家の執事であるセデスの言葉に、他の10名は気合いが入った顔つきで、いつもよりもさらに念入りに屋敷中の掃除や飾り付けに精を出していた。


 このシーノン公爵家は茶会やパーティーは行わないが普段、来客はないわけではない。金の無心に来る親戚達、シーノン公爵の命を狙う親戚連中に雇われた暗殺者や、金持ちを狙う強盗や盗人などの悪人達や。シーノン公爵から領地経営の仕事を奪っていった親戚の無責任な行動で窮地に陥り、救援を求めに来た領民代表や、シーノン公爵とお近づきになりたいと果敢に行動する命知らずの上級貴族達・・・等々をセデスと一族の11名は、いつも冷静にそれらを裁いていくのだが、今日だけはいつもと違い、彼等は多少興奮気味の自分たちを抑えられないでいた。


 先日、この国の大司教から直々にシーノン公爵に感謝を伝えたいと書面での申し出があったのだ。この間アンジュリーナと同じ年齢の彼女の姪御が修道院に入るからと、アンジュリーナの夫であるシーノン公爵は彼女が修道女になるときに、修道院と教会に寄進したのだが、その額があまりにも高額だったため、教会は歓喜したらしい。


 これで前王の時代に教会の壁に塗られた赤が趣味の悪い色合いに変色し、まるで血が乾いたような、どす黒い赤になっている今の教会の外観を、シーノン公爵家の白亜の屋敷のような清廉な白に塗り直しが出来ると、その書面には溢れんばかりの感謝が綴られていた。それとは逆にアンジュリーナの姪御からは叔母()()への感謝の言葉と父親の希望通りに北方にある修道院に入れることになったと、淡々とした内容のお礼の手紙が届いていた。


 一通りの感謝の言葉の後、大司教はシーノン公爵の()()()()()()について書いており、人伝いで小耳に挟んだのだがシーノン公爵様の神様の子どもは、とても病弱だと聞いたので沢山の寄進のお礼……といってはなんだが直接お会いして、シーノン公爵()()とその神様の子どもの健康を神に祈りたいと言葉が綴られていたのだ。


 今現在()()()()で非常に落ち込んでいる彼らの主にとって、これら二つのお礼状は()()()()としか言いようのないモノであり、大司教の申し出も本来なら、やんわりと辞退するべきだったかもしれなかった。だが彼らの主である、シーノン公爵は娘の健康を心から強く願っていたので、その申し出を受け入れたのだ。


 そして使用人達も()()()()()()()()()()()()()()ではあるけれど、大司教直々に祈祷してもらえる機会なんてめったにはないから、これが良いきっかけとなって、ご主人様の気分が少しでも浮上する機会になればいいと思った。


 それに……、()()()()()()()!何と素晴らしい申し出だろう!イミルグラン様が体の不調から解放されるなんて、どれだけ喜ばしいことだろう!それに……。()()()()()()()()!何と何と魅力的な言葉だろうか!他の者なら何も怖がる必要が無い、強いお日様の光に怯え、昼間の光りから遠ざけなければならないイヴリン様が天気の良い昼間の時間に、お日様の光を存分に浴びながら何の心配もせずに

 庭で遊ぶことが出来たのなら、どれだけ喜ぶだろうか?


 他の者が大好物の食べ物をお腹がいっぱいになるまで食べられる幸せに気づかない中、本人が回りの人間に隠している()()()()大好物のショコラの小さな小さな一片を、本当に時々誘惑に負けて、おそるおそる一口だけ口にする時のイヴリン様の、あの時のお顔!


 時にのたうちまわるほどの激痛が頭を襲う恐怖を覚悟して、大好物を食べなければいけないなんて可哀想すぎる。大好きな食べ物に怯えるイヴリン様が何も心配せず、ショコラケーキを完食出来るようになったら、どれほどの素敵な笑顔になるんだろうか?


 神子姫と言えば、神様に一番近い立場にいるはずのお方だ。そのお方の祈りの言葉なら、我々の日々の祈りよりも神に届きやすいのではないだろうか?……と使用人達の期待はいや増すばかりだったのだ。





 馬車から降りた大司教と神子姫は白亜の屋敷を前にして、口をポカンと開けた。今日の門番を担当するセドリーは内心クスリと笑う。ここに初めて訪れる大抵の者は、皆同じ表情になるからだ。


 シーノン公爵邸は大きさこそ他の公爵家と屋敷の大きさはさほど変わらないが、その美しさが他を寄せ付けないほど、群を抜いて美しい屋敷だった。だから地方から訪れる者の中には、ここを王城だと思い込む者も多かった。


 国中で一番大きな建物は王城であるにも係わらず、その城が王城だと思われないのには訳があった。その城の外壁の()が血を塗ったように真っ赤だったからだ。何でも前王が王位に就いたときに自分の好む色を外壁に塗らせたらしい。


 前王は信心深かったらしく、自分が王位に就いたと同時に城の中の大聖堂を()()()()で立ち入り禁止にした代わりに、国中に沢山教会を作った。その際、その教会の外壁は皆、彼の好む赤色に統一されて塗られた。


 当時は、その壁がルビー色で美しいと大半の貴族が前王を褒め称えたらしいが今や時が過ぎ、血が乾いたような色合いに変色した城は、王都の中心にある王城なのに化け物が住む城にしか見えないと民の間では大不評だった。


 主人親子の健康を望んでいたセデス達は、浮かれながらも大司教と神子姫の事前調査は怠らなかった。大司教は半年前に大国のバッファー国からへディック国に戻ってきたばかりで、シーノン公爵とは面識がなかった。


 ここら周辺国の中では一番歴史が古いのはへディック国であったが、今現在一番国力があり、様々な分野で繁栄しているのはバッファー国だった。大司教は自身が15の年に、その国に宗教留学して、そのままそこで家庭を持っていたが半年前に、この国で大司教をしていた自分の父親が病でなくなったので家族を連れて戻ってきたらしい。その大司教の子が神子姫である。まだ7才の子どもではあるが、その神楽舞は素晴らしいと、先日、王に招かれて城で踊ったばかりらしい。


「お父様、ここは()()()()()のお住まいなの?」


 大司教の手をクイクイと引っ張りながら尋ねる神子姫に気づいて、我に返った大司教は首を横に振った。


「いや、ここはシーノン公爵の屋敷だよ」


「そうなの?こんなに綺麗なお屋敷は見たことないから、こっちが本物の王様のお家だと思っちゃった」


 心に思ったことをそのまま口にする子どもに大司教とセドリーは、お互い顔を見合わせ苦笑した。初対面ではあるが、その一瞬だけはお互い思っていることがわかっていたからだ。


(ここに来られた方で腹芸が出来ない者は皆同じ事を口にする……。そして、この後には決まって、こう言われるのだ)


((本当にあの悪趣味な赤いお城とは雲泥の差だ)……と)


「今日は、()()()、このお家の子どもの健康を祈るの?」


「ああ、そうだよ。お前は、ここの神様の子どもの健康をお祈りするんだ。お前は私よりも神を感じる能力に長けているからね。これからも沢山寄進がもらえるように念入りに祈っておくれ!」


「……はい、お父様」


 神に一番近いはずの大司教の俗物的な本音ダダ漏れの言葉に、この大司教の祈祷が本当に神に届くのか、一抹の不安を感じつつ、セドリーは大司教と彼に手を引かれて歩く神子姫を屋敷に誘導していった。

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― 新着の感想 ―
イヴリンが過剰評価されて苦悶してますね。
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