リアージュの入学式③
リアージュは公衆の面前であることも忘れて、目の前の人物にダメ出ししてしまった。何故ならフランスパンを口に入れたままのリアージュに白いリボンを差し出したのは王子……ではなく、リアージュのライバルである、イヴリンだったからだ。吊り目を丸くして驚いているイヴリンは、ゲームの画面で見るよりも美人で、……驚いている顔からは相手を見下しているような高慢さは感じられず、それが乙女ゲーム通りのイヴリンの表情では無いことに気づいたリアージュはイラッとした感情を抱いた。
イヴリンは”僕のイベリスをもう一度”という乙女ゲームの悪役令嬢であり、隠れキャラクターの一人でもあった。冷酷無比で高慢な父親、卑屈で我が儘な母親の性質を受け継ぎ、多くの使用人を顎で使う、高慢で卑屈で嫉妬深い、我が儘な性格をしているとキャラ設定で書かれていた。義兄ミグシリアスに対しても、その出自を貶し、威圧的に接し、養子としてやってきた彼の黒髪黒目の見た目を嫌い、仮面をつけるように言いつけるというスチルがあった。
イヴリンは幼少期に両親の離婚、父親の突然死を経験したため、自分の周囲の人間が離れていくことを恐れるようになり、自身の婚約者に固執するようになったというキャラ設定があり、ミグシリアスルート解放後には、義兄となったミグシリアスに対しても、ミグシリアスの外見を嫌悪しているのに彼に執着しているという複雑な心情を持っている……という一文が、イヴリンのキャラ設定の最後に追加される。
リアージュは前世で、僕イベをプレイしていた頃、イヴリンのことが嫌いではなかった。自分の男を取るあの女みたいな明るく優しいヒロインの方が何となく気に入らなかったし、自分の婚約者を奪われるかも知れないという焦りや嫉妬の気持ちからイヴリンがヒロインを虐めるように指示する気持ちが、リアージュには手に取るようにわかったし、イヴリンが悪役だというのは間違っているとも思っていた。
イヴリンの声を当てているのは、超売れっ子の実力派声優さんで、”悪役令嬢イヴリン・シーノン公爵令嬢”をとても上手くやっていたし、それに……何よりイヴリンの表情がチヒロに似ているように思えて、その表情が前世のリアージュは、この世で一番好きだったのだ。
幼少期に両親の離婚、父親の突然死を経験したため、自分の周囲の人間が離れていくことを恐れるようになり、自身の婚約者に固執するイヴリンと、幼少期から両親の不和、両親のダブル不倫、両親の別居、そして育児放棄された経験から、自分にとって大事な人間が出来ることを恐れ、あの女に会うまでは誰にも固執しなかったチヒロは、誰の愛も信じず、愛なんて幻想にすぎないと言うくせに、誰よりも愛されたくて、愛したいと思っているところが同じで、外見だけが綺麗で心が空っぽのお人形なところが、リアージュの一番好きな所だった……。なのに目の前の現実のイヴリンときたら……!
(何よ、これ?ゲームのイヴリンと、まるで違うじゃないの!どうなってるのよ!?まるで能面みたいに表情が変わらないイヴリンはどこいったのよ!自分と王子以外は同じ人として扱わない高慢な振る舞いをするのがイヴリンでしょーが!何、お人好しみたいに落とし物拾ってくれちゃってるのよ!?……フン!何かつまんない!心が空っぽの病んでる感じがチヒロとイヴリンの唯一の長所なのに、それがないなら意味ないじゃん!つまんない!つまんない!
……まぁ、私は、この世界ではヒロインなんだし、所詮は私と悪役令嬢であるイヴリンとは相容れないってことよね!それにしても……さ。ホントに何なの、この女?何で、この女は素顔なのに、シミもソバカスもホクロもないのよ!?ここは現実なんでしょ!現実の世界だって言うなら、こいつのコレってどういうことよ!?ああっ、ムカツクわ~!現実の世界で、このビジュアルなんて詐欺でしょうが!ホントムカつく、この女!絶対ノーマルエンドと友情エンドは拒否してやるわ!
……さぁ、悪役は悪役らしく罵倒してきなさいよ!オープニングイベントの前にハプニングイベントが始まるなんて予想外だけど、現実の世界なら、それもありえるわよね!フフン、いつでもいいわよ。王子達の見ている前で、しおらしく可憐に泣いてあげるから、さっさと罵りなさい!)
イヴリンに罵倒された瞬間に嘘泣きしようと思ったリアージュは、身構えてイヴリンの罵倒を心待ちにしたが、いつまで待っても悪役令嬢であるはずのイヴリンは、リアージュを睨み付けることもせず、罵倒しようともしなかった。それどころか、いつまで経っても落としたリボンをリアージュが受け取ろうとはしないので、戸惑いの表情を浮かべ、首を傾げた。
「あの……このリボンはあなたのではないのですか?それと、あの私はイヴリンで……」
一向に罵ろうとしてこないイヴリンの様子に、段々とリアージュは苛々してきて、ついに我慢出来なくなり、リアージュはイヴリンの言葉を遮り、食べかけのフランスパンを目の前のイヴリンに突き出して、キッパリと言ってやった。
「わかっていますよ、自分は王子の婚約者で公爵令嬢だって、自慢したいんでしょ!私は下級貴族だから、いくらでも謝罪しますよ!だから大きな声で罵倒して下さい!派手に泣いてあげますよ、王子様達の見ているま・え・で・ね!」
リアージュが罵倒しても良いと言ってやったのに、いくら待っても、目をパチクリしているだけで目の前のイヴリンはリアージュを罵ろうとはしなかったので、リアージュはもっとわかりやすく、このポンコツな悪役令嬢に言ってやろうとしたが、それを言う前にリアージュが待望していた彼等が現れた。
……その新入生は入学式にも出席せず、講堂前の花壇の前でフランスパンを囓ったままフラフラと徘徊し、物を口に入れたまま喋ったために、前半の言葉が人外の言葉となっていた。
しかも新入生の落とし物を拾った人物に礼も言うこともなく、それどころか、その人物をキッと睨みつけたと思った途端、フランスパンを口から出し、食べかけのそれをその人物に突き出して、訳のわからない怒鳴り声を上げたのだ。
入学式が終わり、会場から出てきた多くの者が、その一部始終を目撃して眉をひそめる中、一番前にいた4人の男子学院生達は、ため息をついた。その中の金髪碧眼の男子学院生が呆れ声で言った。
「学院創設以来初めてじゃないか?多くの貴族が集まる大事な式に堂々と遅刻してきて、下々の者でもしないような、はしたない食べ方をしてくる令嬢なんて……。しかも、入学式が終わっても来ないからと心配し、様子を見に来てくれた者を怒鳴りつけるなんて、なんという礼儀知らずなんだろう!……ですよね、ルナーベル先生?」




