リアージュの入学式①
※やっと乙女ゲームが始まります。この回から物語の冒頭にチヒロがプレイした乙女ゲームのルールや登場人物紹介等を、ちょくちょく入れていきます。アンジュやリアージュの記憶と、重なる箇所や違う箇所がある文章になりますが、これは彼らの記憶が曖昧だったり、思い違いや忘れている箇所があるという設定にしていますので、この回からの物語冒頭文が、正規のゲーム知識だとご理解下さい。
【注】ーーーに囲まれている文章は、チヒロがプレイしていたゲームソフトの内容です。
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〈その乙女ゲームのゲームタイトル〉
”僕のイベリスをもう一度”※イベリス……花言葉は「初恋の思い出」
〈その乙女ゲームのあらすじ〉
その春、国立学院に入学する”あなた”は入学式に遅刻してしまいそうになり、慌てて走っていました。すると髪を結んでいたリボンが解け、風に飛ばされてしまいます。大好きだった母の形見のリボンを追いかけて”あなた”が足を踏み入れたのは、上級貴族用の正門前。リボンをつかまえてくれたのは、素敵な男子学院生達でした。学院生活を前向きに頑張る”あなた”に、何故か興味津々の彼らとの交流が進む中、”あなた”は誰かに虐めの標的にされてしまって……。
〈その乙女ゲームの遊び方〉
ゲームプレイヤーは”あなた”になって、勉強や淑女教育を頑張り、仲間との友情や愛情を深めながら虐めに立ち向かい、素敵な淑女となって、一年後の卒業パーティーでハッピーエンドを迎えられるように頑張って下さい。
(その乙女ゲームに出てくる主な登場人物紹介)
”あなた”……このゲームの主人公です。初回から名前変更出来ます。変更しなければゲームオリジナルネームの”ピュア”という名前でゲームを始めます。”あなた”は淡いピンクの髪をカールさせた髪型に透き通るような水色の瞳が愛らしい華奢な美少女です。性格は明るく前向きで優しい女の子です。”あなた”は男爵家に生まれた女の子です。小さい頃に亡くなった母のような立派な淑女になりたいと思っています。前日の緊張から夜眠れず、入学式当日にうっかり寝過ごしてしまったところから、物語は始まります。
※このゲームのエンディングは10エンド用意されています。全てクリア出来れば特典として、次回から”あなた”の瞳と髪の色が変更可能となります。
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入学式が始まるのは9時ちょうど。リアージュが飛び起きたのは8時50分だった。
前世のリアージュは庶民だったし、学校にも通っていた経験があったので、朝起きてから、自分がやらなければならないことの大体を把握していたし、今まで何でも使用人にやらせていた以前までの自分とは違い、大抵のことは自分で何とか対処出来る生活能力が最低限とはいえ、身に付いていた。
以前なら靴下や下着さえ、使用人に着せてもらっていたリアージュだったが、前世の記憶があれば、学院生の制服の着付けだって、何の苦もなく出来たし、顔だって洗面器に移してから洗うのでは無く、蛇口から出る水にそのまま手を突っ込んで、顔をジャブジャブ洗うことも、歯磨きだって一人で出来た。
問題だったのは髪と化粧で、リアージュの髪は天然パーマの柔らかな髪質だったため、ブラシで乱暴に梳かすと、ブチブチと髪が切れてしまうので、特別に注意して髪を整えなければならなかった。メイドに髪を整えさせていたときは、一本でも髪が切れたら、櫛を投げつけて叱責できたのに、自分自身では文句も言えないのが、妙に腹立たしかった。
化粧道具も前世の世界なら、化粧水も乳液も美容液も日焼け止めもファンデーションも混ぜてある、便利なモノがあったのに、この世界では、そんな便利なモノはなく、大きなボックスに入った沢山の種類の化粧品が洗面台に所狭しと置かれていた。リアージュとしての記憶から、これらは確かに自分用の化粧品であることに違いなかったのだが、リアージュはこれらをどう使うのかがわからなかった。
リアージュは母の死後から社交を怠けて、引きこもりをしている間、退屈を紛らわせるために、日に5度の化粧直しをメイドに命じていた。しょっちゅう使用人が代わるので、新人のメイドが沢山の化粧道具にうろたえ困る姿を馬鹿にしてみたり、新人が道具を間違えたときに鞭打ちをするのを楽しもうと、使用人が間違いやすいように、わざとラベルをはがすように命じていたため、リアージュ自身が化粧をしなければならなくなった今、……リアージュは自分の顔に白粉ひとつ満足に塗れない事態に陥っていた。
自分で間違えた化粧をゴシゴシ拭き落とした手布をリアージュは床に投げ捨て、こんなことになったのも、全て”道具”の自覚がない使用人達のせいだと苛々した気持ちで、鏡を睨み付けた。
(ついに今日、”僕のイベリスをもう一度”……通称、僕イベが始まるのよ!イベリスは花の名前。確か花言葉は初恋だったはず!オープニングイベントの出会いで、彼らは私に初めての恋をするのよ!)
前世の記憶を思い出してから、中々思い出せなかったゲームタイトルを今朝思い出したリアージュは、オープニングイベントで、攻略対象者達に一目惚れされるのだとわかっていた。……なにせ攻略対象者達と自分の接点は今までに、まったくなかったのだから……。
(私が攻略した9つのルートスチルには過去の出会いを匂わせる物は一枚もなかったはず……。子どもの頃に出会っていての初恋ならわかるけどさ、攻略対象者達は今年18才、隠しキャラのミグシリアスにいたっては26才で初恋って、現実的に考えるとちょっとイタイよね……。まぁ、それだけ、ヒロインが可愛くて魅力的ってことなんだろうけどさ!……ここが現実の世界っていうなら、男どもを確実に私のモノにするために、可愛い私をさらに最高に可愛く演出しなきゃね!)
そう考え気合いを入れて、片っ端から化粧品を調べようとしたリアージュの腹部から、突如グリュリュリュリュ……と音が鳴り、そういや昨夜から何も食べていなかったと思い出したリアージュは、空腹に耐えられなくなり、食べ物のことしか考えられなくなった。
(オープニングイベントで腹を鳴らせるヒロインなんてありえないでしょ!どうせ入学式には遅刻するんだから、朝食を食べに行ってもいいはずよ!)
食べた後に化粧しようと取りあえず、忘れてはならないアイテムの白いリボンだけは、何とか扱いづらい髪にくくりつけ、食堂に向かったリアージュはガランとした食堂の中に入り、食器を洗う水音を立てている厨房に向かって怒鳴り声を上げた。
「ちょっと、早く朝食を出しなさいよ!クビにされたいの!私は男爵令嬢なのよ!」
食堂の厨房の中で、二人の中年男性がうっとうしそうに食器を洗う手を止めて、怒鳴り返した。
「それがどうした。俺達だって男爵家の血筋だぞ!……さてはお前、昨日寮監室の前でいちゃもん付けていた小娘だな!?まだしおりを読んでいないのか?朝食利用時間は6時から8時まで。昼食は学院の学生食堂を利用すること。夕食利用時間は17時30分から19時30分まで。土日や休日の食事は申告制だ。もう朝食の時間は終わったんだ、諦めるんだな!」
この言葉に、リアージュはグッとつまった。
「そ、そんな私、ここに来てまだ何も食べていないのよ!何かちょうだいよ!お金なら払うから!」
「それが人にモノを頼む態度か!もっと他に言うことあるだろうが!お願いしますと頭を下げるんだよ!」
リアージュは空腹が我慢できそうにないので、その言葉に嫌々従った。
「うっ!!お、お願いすればいいんでしょ!頼むわよ!た、食べる物をよこし……、ちっ!……く、下さ……い」
リアージュの言葉は少しも心がこもっていないものだったが、それ以上リアージュに仕事を邪魔されたくなかった彼らは、フランスパンを丸々一本をそのまま渡してきた。リアージュは引ったくるようにフランスパンをつかみ取るとフランスパンに、そのままかぶりついた。
「とっとと、それ持って行きな!今度から時間厳守だからな!それともう9時15分だけど、大丈夫なのか?あんた新入生だろ?新入生は8時集合だったと思うが……」
「!?9時15分ですって!)
使用人から時間を聞いたリアージュはフランスパンを口に咥えたまま、礼も言わずに食堂を飛び出していった。
※実際の乙女ゲームと内容や展開などが違うと思われる方、”僕のイベリスをもう一度”は、このお話だけの架空の乙女ゲームなので、実在はしておりませんので、大目にみてください。
※イベリス・・・キャンディタフトとも呼ばれているお花です。




