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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~オープニングムービー(ゲームが始まる一週間前)
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エルゴールの思い出のお嬢様(後編)

 神楽舞が終わり、大人達の歓談が始まろうとする前に”神子姫エレン”をしていたエルゴールはシーノン公爵の神様の子どもに、()()()()()()に誘われた。


「あんなに素敵な舞を一所懸命に舞って、お祈りしていただいて、今日は本当にありがとうございました!とても嬉しく思っていますし、綺麗な舞に感激してしまいました!私は嬉しいときに踊りたくなるのですが、いつも目を回してしまって踊りきれないので羨ましいです!本当にあの神楽舞、きれいですごくて、かっこよかったです!


 私たちのために遠い所から来ていただいて、沢山舞われて、お疲れになられたでしょうし、喉も渇いておられませんか?もしお嫌でなければ、私の小さなお茶会の初めてのお客様になっていただけたら、私、嬉しいのですが、いかがでしょうか?」


 神子姫エレンの祝福の神楽舞は美しいと評判で、ぜひ自分達の家で踊ってくれと貴族達はこぞって依頼してきたけれど、依頼を受けて向かった先では自分達で依頼してきたくせに、物乞いを見るような蔑んだ視線を寄越す貴族ばかりで、エルゴール達をここまで歓待してくれたのは、このシーノン公爵家が初めてだったし、たった7才の子どもである神子姫エレンを労う者も今まで誰もいなかった。


 自分が崇め敬う、神の使いの銀色の妖精によく似た神様の子どもの言葉は、とても優しくて労りの心があふれていて、こんなに優しい気遣いが出来るのは、もしかしたら本当に神様の使いの子どもだからかも知れないと思いつつも、その優しい言葉を嬉しく思ったエルゴールの頬は、うっすらと紅潮していった。頬を赤くしたままエルゴールはシュリマンの方を見て、この後のことを目線で問うと、父は笑顔で行っておいでと言い、シーノン公爵も優しい目線で促してくれた。


 お茶会に出たいと思っていたエルゴールは喜びの余り、言葉がつまってしまって声が出ず、コクンと頷いて同意を表すのに精一杯だったが、神様の子どもである小さな少女はエルゴールが頷くのを見て、笑顔で喜んでくれた。大人達に見送られ、自分よりも白くて小さな手に引かれて歩くエルゴールは、何だかくすぐったい気持ちと嬉しくて飛び跳ねたくなる気持ちを堪え、神子姫エレンとして、しずしずと歩いて行き、少女に促されて入った部屋を見て驚いた。


(!?えっ?もしかして、この子の自室?)


 どうして()()に招いてくれたのか、理由を聞きたいが自分から先に、この少女に声をかけることは出来ない。


「どうぞ、楽になさってくださいませ!」


「お招きありがとうございます。()()()


 神様の子どもは5才になるまでは、屋敷の外の者に名を名乗ってはいけない。呼び方を指定されていないのでエルゴールは、取りあえず、その神様の子どものことを”お嬢様”と呼ぶことにした。


「いえ、こちらこそ、素敵な神楽舞をありがとうございます、神子姫エレン様!」


「様付けはいりません、お嬢様。わたしは、神子姫を任されてはいますが、貴族位では侯爵位の者ですから。まだ神様の子どもでいらっしゃいますが、お嬢様は公爵位におなりになるお方ですから、上位に当たる貴方様に様付けされては、父に叱られてしまいます。どうぞ呼び捨てで、お呼びくださいませ」


 エルゴールは促されるまま、ソファに座って、改めてその部屋の全体を見ながら言った。その部屋は、ウサギのぬいぐるみやレースのかかった白いベッド、ふかふかのクッションなど、小さな女の子が好みそうなモノが、所狭しと置かれている。


(どう見ても、このお嬢様の自室だよね……)


 エルゴールは神子姫エレンとして、父と色々なお屋敷に招かれているが、神子姫エレンだけをお茶に誘う貴族の子どもは今までいなかったので、エルゴールは初めての茶会の誘いに驚き、緊張しつつも嬉しく思っていた。誰かに誘われることも初めてだったエルゴールは、それが女の子の自室だったことで動揺し、思わずゴクンと喉が鳴った。


 へディック国の貴族のしきたりの中には、変わったしきたりがいくつかあり、()()()()()という行動に対するしきたりもその中の一つと言えるしきたりだった。ベッドまで置かれているプライベートな自室に、同性の他人を招くことは貴族にとって、『最高に親しみをもって、最大限にあなたを歓迎したいと思っています、心からあなたを親友だと思っています』という意思表示だ。


 だが、お互いが婚約者がいない状態で、相手が異性だと違う意味の意思表示になる。『純粋にあなたに好意を寄せています。恋しています。あなたと親密な関係になりたいと思っています』という意味になってしまうのだ。


 自分達は幼い子どもだし、そんな深い意味はないはずだと思いながらも、エルゴールは内心とてもドキドキしていた。初めて茶会に誘われたことと、それが彼女の自室で行われたことの二つの理由により、エルゴールは胸の動悸と顔の赤みが引かなくなってしまった。


(どうしてこの部屋に入れてくれたの?()()()が今、”神子姫エレン”の姿だから、女の子と思っているのかな?友達になりたいと……、親友になりたいと思ってくれたのかな?こんなに優しい良い子と友達になれるのは嬉しいけれど、()が男だとわかったら、ガッカリしちゃうかな?でもガッカリしなかったら?それでも()のこと、好きだって思ってくれたら……()、すごく嬉し……)


 そこまで考えて、ボッと顔に火が付くように熱くなったエルゴールは慌ててかぶりを振った後、自分の考えたことを思って、体をモジモジとさせてしまった。エルゴールは、自分自身を落ち着かせるために深呼吸した。


(違う違う!何を考えているんだ、()は!?お嬢様は()()()を神子姫エレンだから、自室に呼んでくれただけ。お嬢様はまだ貴族教育を受けていない小さな神様の子どもなんだから、誤解しちゃだめだ!変に意識しちゃいけない、”神子姫エレン”!)


 自身の考えたことに動揺するエルゴールに、目の前の神様の子どもはさらに追い打ちをかける言葉を言った。


「ありがとうございます、エレン()。今日は私達の健康を神様に祈ってくれて、嬉しかったです!それに初めて私、アイ以外の子どもに会えて、興奮しています!」


 お嬢様のその言葉に、神子姫エレンをやっていたエルゴールは驚きで目を見開いた。


「え?どうしてわかったの?()が男だって?」


 黄緑の髪は腰まで長く、細い眉も垂れ目の大きな緑の瞳もサクランボのような色合いの唇も、肌の白さも、その顔立ちも、どこもかしこも母親そっくりの女顔だ。おまけに”神子姫エレン”は男女の性別を超える存在だからと体のラインを隠すような衣装を着させられている。どう見ても、か弱い少女にしか見えない自分のどこを見て……と動揺するエルゴールに、お嬢様は首をかしげた。


「え?鼻筋がエレン君のお父様とそっくりだし、その手……、剣を握っている者しか、そのタコはできないって、ミグシリアスお義兄様が教えてくださいましたわ!この国では女性が剣を振るうのは禁止されているそうですから、男の子だと思っていたんですの!もし間違いだったら、謝ろうとも思っていましたけど」


 悪びれもせず、エヘヘ!とあっけらかんと話す神様の子どもに、エルゴールはつられて笑顔になった。さっきまでは銀色の妖精姫ではないかと緊張していたが、こうして話をしていると、普通の可愛い少女なんだと安心する。打ち解け合った二人の小さなお茶会はエルゴールにとって、とても楽しい時間だった。


 神子姫エレンをしていなくても母親似のエルゴールは、初対面の者には女だと思われてばかりだった。母に似ているのは嬉しいけれど、間違われることが嫌だったエルゴールにとって、お嬢様は自分の性別を正確に言い当てた、初めての他人だった。


 それに高飛車でも我が儘でも傲慢でもない貴族の令嬢なんて初めて会うし、お嬢様が自分達に心をこめておもてなしをしてくれようと、頑張っているのがよくわかって、エルゴールは嬉しい気持ちで胸がいっぱいになった。


(まだ5才にもなっていないのに、こんなに一所懸命おもてなしを頑張ってくれるなんて、何て健気で愛らしい女の子なんだろう!お嬢様は、あのしきたりを知っているのかなぁ?それとなく探ってみよう!……もし、知ってたら……。知っていて、ここに誘ってくれたのなら……いいのになぁ。ハッ!僕は何て事を!……会ったばかりだというのに、()()それは早すぎる!!まだ僕らは子どもなんだから、お友達から始めるのが先だろう!……いや、でも、こんな可愛いお嬢様なら、貴族令嬢になったら直ぐに婚約の申し込みなんて山ほど来るよね!そうなる前に、何とかお父様を説得して……)


 顔を赤くさせモジモジしながらもエルゴールは、お嬢様が貴族教育を習っているのかとそれとなく探ると、お嬢様が自室に誘ったのには、やはり深い意味はなかった。茶会の作法は完璧だったが、それはお客様に会うのが初めてだからと、一昨日習ったばかりだったらしい。本格的な貴族教育は5才になってからだという話だった。


 内心ガッカリしながらも表面上は、貴族教育を2年先に受けている先輩としての話を続けると、お嬢様はどんな話題にも感心して聴いてくれて、きっとお嬢様は貴族の社交界にデビューしたら、老若男女問わず、瞬く間に皆の人気者になってしまうだろうとエルゴールは思った。お嬢様は明るくて素直で、気持ちがとても優しい女の子で、エルゴールはここに来て本当に良かったと思った。


(早くお嬢様の体が元気になるといいなぁ。そしたらもっとお嬢様といっぱい会って……、お嬢様が神様の子どもからシーノン公爵令嬢になったあかつきには、()は侯爵子息として常に傍について、何でも教えてあげて、もっと仲良しになって、そして大きくなったら……。ああ、僕、今日ここに来て良かった!誰にも知られていない、誰のモノにもなっていないお嬢様を、誰よりも早く知ることが出来て、本当に良かった!……僕だけのお嬢様だ。誰にも渡さない!)





「やぁ、本当に人の噂とは、アテにならないものだねぇ。氷の公爵様なんて、とんでもない!私はずっと、銀色の妖精の()と話しているのかと思ったよ。……それにしても、どうして大国の壁画の人物に、あそこまで、あのお二方は似ているのだろう?亡くなった父の手紙に壁画の事が書いてあったような?筆無精なのに、亡くなる直前に三通も城の大聖堂の壁画を称える変な手紙を送ってきていたなぁ。何だか気になってきたから、少し調べてみようかな?ああ、今日はここに来られて、本当に良かったよ。ね、”神子姫エレン”?」


 屋敷から門に続く帰り道、シュリマンはそう言った。シュリマンは、シーノン公爵親子が本当に銀色の妖精にそっくりで驚いた、シーノン公爵が温厚で清廉な人物で感動した……と話を続け、彼ら父娘を賞賛する言葉が止まらなかった。


 シュリマンの口から出た、()という言葉に、エルゴールはハッとなった。あまりにも楽しい時間を過ごしたため、金色の悪魔のことをすっかり忘れていた……と、エルゴールは我に返った。好色なカロン王が、お嬢様の存在を知ったら……と瞬時に思考を巡らせたエルゴールは、悠長に舞なんか舞っていてはダメだ!と思い、興奮冷めやらぬ父親に言った。


「お父様。僕、もう、”神子姫エレン”は、やりません!」


「え?どうして!可愛いのに!?」


「もう寄進も集まったから踊るのは辞めます!僕はあの王に負けない、強い男になりたいんです!」


 この息子の発言に大きくなってと成長を喜ぶ父親の賛辞も、神子姫エレンが男の子だと知って焦る門番の声もエルゴールの耳には入らなかった。神子姫エレンだったエルゴールは愛しいお嬢様のために、強い存在になることを決意する。


(僕がお嬢様を慕う気持ちは神様にだって止められないんだ!彼女が5才になったら、お祝いしにここへまた来よう。その時はお互いの本名を教え合って、仲良しのお友達から始めるんだ!お嬢様は僕よりも可愛い顔をしているから、きっとあの悪魔の王様に狙われちゃう!お嬢様を守らなきゃ!


 どうやって守ろう?そうだ!僕に生ゴミを投げつけた、あの男爵家の神様の子どもも、顔だけは可愛いかったから、王様に狙われそうなときは僕があの男爵令嬢を王様に投げつけて気を取られているうちに、お嬢様を抱きかかえて、逃げたらいいんだ!よし!強くなるぞ!


 ……もしかしたら、王子様の婚約者に選ばれちゃうかな?お嬢様は僕が会った、どの貴族の令嬢よりも綺麗だし、お嬢様の心は、それ以上に綺麗なんだもの。僕が王子様だったら、絶対お嬢様を選んでる!……嫌だなぁ、王子様にも渡したくないなぁ。そうだ!その時もあの男爵令嬢を投げつけてやろう!僕、強くなろう!!……そして大きくなったらお嬢様を僕の自室に招いて告白しよう!)


 神子姫エレンだったエルゴールは、強くそれを胸に誓った。……だが、その誓いは不幸な事故により叶えられることはなかった。





 早朝の祈りを終え、エルゴールは学院の聖堂の部屋から出て、鍛錬場に向かい、いつもの()()を手に取る。10年前に少女に見間違えられていた華奢な少年はもういない。その大槌は、学院内で一二の武芸の腕を競い合うトリプソンに剣術ではやや劣るモノの腕力では断然有利なエルゴールだけが自由自在に扱えるモノだった。エルゴールの誓いは未だに彼の胸にあり、少女が亡くなっても、あの時の誓い通りにエルゴールは強くなる努力を怠らなかった。


「……未だに僕は、お嬢様をお慕いしているんです。彼女が神様の庭に居ようとも、この気持ちは神様にだって止められないんです。……こんな僕をお許し下さい」


 10年間祈り続けたエルゴールの前に神が奇跡を起こしたのは、それから一週間後のことだった……。


※シーノン公爵が絶世の美中年男性になっているのは、イヴリンと一緒にいるからです。シュリマンとエルゴールの羞恥は、物真似タレントさんが本人の前で、物真似をする、あの感じだと、例えた方がわかりやすかったかもしれませんね。本来の貴族のしきたりには、自室に誘うなんてものは、絶対存在しないと思われます。この変なしきたりは、へディック国独自のものだと解釈してもらえるとありがたいです。その乙女ゲームのイベントの一つである、お部屋でデートをさせるためのもの……と捉えて下さい。


エルゴールはお嬢様が誰にも知られていないと思っていましたが、すでにミグシリアスが先に出会っています。生ゴミを投げつけた男爵令嬢=ヒロインは、エルゴールの中では、獣よけの餌くらいにしか思われていません。

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