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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~オープニングムービー(ゲームが始まる一週間前)
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エイルノンの四つ葉のクローバー(前編)

「それであなたの初恋とやらは、その()()()()の子ですか?」


「僕が?彼を?とんでもない!先生きちんと聞いてますか!?僕の言っているのは、()()()()()の美少女の方ですよ!」


 後、一週間もすれば春休みは終わるという、昼下がり。仮面の先生との気楽なお茶会で、この話をしたのは、剣術を教えている時の彼の後ろ姿が幼い頃に出会った黒髪黒目の少年にそっくりだと、うっかり口を滑らせてしまったのが、きっかけだった。


 仮面の先生は胡散臭いと始めは思っていたが、親しくなってみれば、気さくでとても聞き上手だったから、ついエイルノンは、幼少期の話を彼にせがまれるままに話してしまったのだ。




 エイルノンは7才になるまで、一つ国をまたいだ大国バッファー国で育った。エイルノンが生まれた頃、父親であるカロン王には沢山の側妃はいたが、正妃は決まっていなかった。エイルノンの他にも王子や王女は沢山いて、エイルノンと同じ年の王子も他に3人もいた。


 エイルノンの母親は伯爵家出身で、他の側妃には公爵家出身の者が3人と、侯爵家出身の者も4人もいたものだから、彼女は自分は正妃にはならないと自他共に思っていたらしく、エイルノンの母親は産後の肥立ちが悪いから実家で養生すると言って後宮を出た後、息子を連れてバッファー国の保養所で生活しだした。へディック国にもヒィー男爵の領地にある保養所があったが、バッファー国の温泉の方が彼女の体の回復に役立つと思われたからだ。


 ただ、このバッファー国とへディック国は前王の時代に、()()()因縁があり、彼女達の素性がばれると、彼女達は追い出されてしまうと予想されたため、彼女達はへディック国の豪商の親子として、そこで生活を送っていた。だからエイルノンも国に戻るまで、自分が王子だとも貴族だとも知らずに生きていたのだ。


 バッファー国の保養所で、エイルノンはのびのびと育った。泥だらけでカエルを追いかけたり、木登りもしたし、エイルノンと同じように親の保養についてきた子ども達とも沢山遊んだ。男の子達と取っ組み合いの喧嘩もしたし、一緒にいたずらもした。女の子達には、エイルノンはとても美少年だと言われた。波打つ金髪を肩の所で緩く結んでいる髪型も凜々しい碧眼も、まるで物語に出てくる王子様みたいだと言われて、持て囃されていた。この保養所ではエイルノンは、皆の憧れの存在だった。……彼らがやってくるまでは。


「「「絶対あの人達は、妖精の国の王様一家だよ!」」」


 エイルノンがまだ、ただのエイルと呼ばれていた頃、エイルが暮らす保養所にやってきた一家を見て、教会の壁画の三人によく似た姿の人達がいると大人達も始めは、とても驚いていたため、その保養所に滞在していた子ども達も、そう囁き色めき立った。


 子ども達が()()()()()()だと思った父親と()()()()()()だと思った娘は、月の光のような輝きを放つ銀髪に透き通った青空を思わせる瞳と、真白の雪のように色白な肌を持ち、その造形は、まるで人間とは思えないほどの美しさだった。この二人の親子は教会の壁画の銀色の妖精にそっくりの容姿だったので、大人も子ども達も最初に彼等を見たときは、皆は神様の使いだと思って、つい拝んでしまったほどだった。


 ()()()()()()()()()だと思った母親は、燃えるような紅い髪に猫のようなオレンジの瞳で薔薇のように美しく、娘と顔がよく似ていて、これまた人間離れした美女だった。()()()()()()()()()()と思った、彼らの娘を守るように常に傍にいる少年は黒髪黒目で、どこか獣を思わせるような野性的な匂いを漂わす魅力溢れる美少年だった。この少年は壁画の黒髪黒目の()()にそっくりだった。


 そして、()()()()()()()だと思った彼らを守る付き人11人が皆、年齢不詳の武人集団だった。他を寄せ付けない雰囲気の彼らが守る、その一家が特別な存在なのだと、その保養所にいる誰もが思ったが、誰もその素性を知ろうと自ら動く者はいなかった。何故なら、それは彼らが乗っていた馬車がバッファー国の()()()()()をつけていたからだ。大人達は王家に関係する由緒正しき貴人達か国賓だろうと考え、子ども達は単純にその美しさから妖精の国からやってきた王様達だろうと口々に言い、羨望の声を上げた。


 保養所に着いた彼らは、皆に挨拶をして回り、子ども達だけで集まっている所には、小さな少女と黒髪の少年が挨拶に来た。少女は肩にようやく届くぐらいの長さしかない銀髪をキラキラと輝かせながら、頭を下げ、しばらくここで療養をするので、よろしくお願いしますと丁寧な挨拶をした。


 子ども達は、少女の姿や綺麗で可愛らしい声に、ホウッと熱に浮かされたような表情になったが、エイルはそれが面白くなかった。なので少女が、


「私、イヴと言います。頭が痛くなる病気でここに来たので、あまり遊べませんが、お話くらいなら出来ますので、どうぞよろしくお願いします」


 と、エイルに挨拶してくれたときに、


「フン!君、近くで見ると全然大したことないな!僕はエイル!僕の方が君よりお金持ちだし、君の銀髪青い目より、僕の金髪碧眼の方が皆、王子様みたいって、言ってくれるんだよ!髪だって僕の方が長いし、君より綺麗だろう!こんなに青い顔色で、へらへら笑って挨拶するような妖精なんているわけない!皆も妖精姫だなんて言うのはやめるんだな!この子は、ただの()()()おチビさんさ!」


 と、悪態をついてしまった。


 皆は気まずそうにエイルとイヴと名乗った少女から視線をそらせ、黒髪の少年はエイルを睨んだが、イヴは目を丸くしただけで、機嫌が悪くなることもなく、その場を去った。自分でも言いすぎたと思ったエイルは、ばつが悪くなり、これからは出来るだけイヴ達にかかわらずにいようと決めた。……そう決めていたのだが。


 そのイヴ達と、エイルが毎日会うようになったきっかけは、花壇の傍を歩いていたエイルが蜂に襲われたからだった。その時、反対側から歩いてきた銀髪の少女と黒髪の少年は、それに気づいて、黒髪の少年が他の蜂に気づかれる前に、エイルを襲った蜂をナイフで退治したのだ。


「うわぁ!かっこいい!ありがとう!ねぇ、僕の護衛になってよ!お金は、いっぱいあるよ!その子より僕を守ってよ!」


 その頃エイルは、自分は外国のお金持ちの息子だと単純にそう思っていたので、かっこよく蜂を退治して、自分を守ってくれた黒髪の少年を自分の護衛に雇いたいと思って声を掛けた。


「誘ってくれてありがとう。だけどごめんね。俺はイヴの傍を離れるつもりはないから、いくらお金を積まれても、君の護衛にはならないよ」


「ごめんね」と彼が言ったことで、エイルは何故か怒りや恥ずかしさを感じて、彼の傍にいるイヴに対して、無性に苛つき、対抗心を燃やしだした。父親と離れて暮らすことに対してか、本当の素性を話せない引け目からか、母親は自分を甘やかし、欲しい物は何でも与えられていたエイルにとって、初めての……手に入らないモノ。それを持っているのは、今まで保養所で一番お金持ちで、一番美しいと持て囃されていた自分の地位を奪ったイヴ。


 それからのエイルはイヴをライバルと決めつけて、事ある毎に彼女に()()を持ちかけた。……と言っても、イヴはエイルより2才年下の女の子だし、イヴは父親と同じ病気で苦しんでいて、それを癒やすためにここに訪れたのだから、エイルの相手は当然出来なかった。だから決まって代わりに黒髪の少年が、イヴの代理としてエイルと決闘を毎日することになってしまい、エイルは毎日負け続けた。


「ずるいずるい!イヴはミグシスを代わりにして、ずるいよ!」


「……ごめんなさい、エイル」


「イヴ。心優しき俺の癒やし手。俺が勝手に代わりをしているんだから、イヴが謝る必要はないんだよ。それに、そもそも……」


 8才年上のミグシスに勝てるわけもなく、いつも負けていたエイルは面白くなかった。だから、つい……言ってしまったのだ。


「僕はイヴとミグシスを賭けて決闘したいのに、何でいつも出来ないんだよ!どうせ()()のくせに!」


 エイルはミグシスに負ける悔しさから、気が付いたら、そう叫んでいた。すると……、いつも春の日だまりのように朗らかな微笑みを称えていた女の子の顔から笑みが消え、見る見るうちにその大きな青い瞳が潤みだしたとき、エイルはその涙に動揺……する前に子どもでも危険だとはっきりわかるような殺気というものを、初めて全身で感じるはめになった。


 イヴのすぐ横に立つミグシスから、かつてないほどの殺気が漂い、たった7才のエイルにそれが襲いかかってくるような気がして、エイルは奥歯がガタガタ鳴って体中の震えが止まらなくなってしまったのだ。ミグシスの殺気にも、エイルの震えにも気付いていないイヴは俯いて、たった一言だけ言った。


「エイル。いつも()()()()()ごめんね」


 ミグシスはエイルを殺気で牽制しながらイヴを抱き上げ、先ほどとは打って変わったような優しい笑顔で言った。


「イヴ。俺の愛しい銀の光。俺の可愛い小さな天使。君はずるくなんかない。相手の病気を知ろうともせずに好き勝手を言うエイルのほうがずるいんだ。今日もエイルが来るからと、無理にベッドから起きてきたイヴの優しさに気づかないエイルの方がずるいんだよ。さぁ、今日は、もう部屋に戻ろうね、イヴ。疲れたろう?また林檎をウサギさんにしてあげるからね」


「はい。……ミグシス、ありがとう。じゃ、私は帰るから、エイルまたね」


 ミグシスの肩に顔を埋めたまま、イヴはミグシスに連れられて、エイルの前から去って行った。その日の夕方、エイルからその事を聞いたエイルの母親は、エイルを叱った。


「病気の人のことを仮病と思うのは、あなたが病気の辛さを知らないからです。人に対して思いやりの気持ちを持ちなさい、エイル!明日きちんとイヴちゃんに謝ってくるんですよ!」


「だって、お母様、イヴは……」


「だってではないでしょう!!イヴちゃんとイヴちゃんのお父様は、とても辛いご病気を抱えていらっしゃるんですよ!イヴちゃんは家族の付き添いで来ている、あなたや他の子ども達とは違うんです!それなのにあなたと来たら、毎日毎日イヴちゃんのお部屋に押しかけていって……。イヴちゃんはあなたが帰ってから、いつも寝込んでいると、お付きの人に聞いたんですからね!」


「え?そんなの僕……、知らない。だってあの子、そんなこと言わなかったよ?僕がいつ行っても、いつもニコニコしてるし、機嫌が悪いところなんて僕は見たことないよ?」


 エイルは、この保養所で育ったから病気の人は、病による不快症状、具合の悪さに苦しむが故に、よく機嫌が悪くなり、周囲の者に八つ当たりするということを身を持って知っていた。だからいつも穏やかにエイルを笑顔で迎えてくれるイヴが、本当に具合が悪いとは信じられなかったのだ。エイルの母親は、大きくため息を吐いた。


「あそこの親子はとても我慢強く、どれだけ体調が悪くても、八つ当たりなどせずに一人で耐えておられるの。とても優しく、とても芯の強い方達らしいの。だから奥様もミグシス君もお付きの人達も、二人をとても心配して、何とか病から救えないかと思っておられるのよ」


 明日はきちんと謝りなさいと言われたエイルは、そのままトボトボと自室に戻った。そこに漆黒の少年が足音も立てずに、窓から侵入した。


「な!?ミグシス!どうしてここへ?」


 エイルは、この保養所の中では、上等と呼ばれる部類の部屋に住み、大勢の護衛に守られていた。なのに、その護衛の誰一人にも気づかれることなく、この部屋に入ってくるなんて、常人にはとても無理なことだったから、エイルはとても驚いた。ミグシスは黒目に殺気を静かに満ちさせながら、何でもないことだと言った。


「俺は元々()にいた者だからな。それより俺の愛しき銀色の姫から、お前に伝言だ。明朝5時に草原で待つ。お前の望む決闘に付き合うと……。フン、こんな小僧に付き合ってやるなんて、俺の銀色の天使はどれだけお人好しなんだか!やい、小僧!今回は見逃してやるが、またイヴを傷つけるようなことをするなら次は容赦しないからな!」


 15才の本気の殺気にガタガタ震える7才のエイルは、震えながらも言った。


「あ……あ……、今、イヴは?」


 睨む眼光をいっそう険しくさせながら、ミグシスは言った。


「イヴは頭痛に苦しみながら、部屋で眠っている!ここには彼女の療養にきたのに、お前のせいでイヴはゆっくり過ごせない!なのにイヴは、これが初めての()()()()()というものかもと嬉しそうにベッドで言うんだ!!忌々しい!!あんなに可愛いイヴに、あんなに嬉しそうに言わせるお前が、俺は嫌いだ!」


 ミグシスの言葉に怖いのも忘れて、思わずエイルは目を丸くした。


「ミグシス、大人げない……」


 その声にミグシスは殺気が消えて、耳や首まで赤くした。


「るっさいな!お前と同レベルで悪いか!お前だって、本当は俺が欲しいんじゃなくって、イヴと遊びたいから、決闘だって言って毎日押しかけてくるんだろうが!もう俺は帰る!……じゃ、明朝必ず来いよ!」


 ミグシスは来た時と同様、足音を一切立てずに帰っていった。


「え?……僕がイヴと?イヴと……遊びたかった?」


 エイルはミグシスの言い捨てた言葉に、呆然とした。 

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