その乙女ゲームのヒロインも転生者でした(後編)
リアージュは、前世の自分に靡かなかった幼なじみのチヒロを思い出し、頭をかきむしった。チヒロの両親は不仲で、チヒロは大きな家に一人でいることが多かったらしく、チヒロの母親と親友だったらしい自分の母親がチヒロの世話を買って出たようで、前世のリアージュが物心ついたころから、母親はチヒロを自分の家で世話していた。前世の自分は庶民ではあるものの裕福な家の子だったと記憶していた。何故なら母親はチヒロがいつでも遊べるようにと子ども部屋に沢山のおもちゃや沢山のゲームを用意していたからだ。
前世の自分は初めチヒロは家族なのだろうと思っていたし、チヒロのことがあまり好きではなかった。というのも明らかに両親のチヒロへの扱いが特別扱いだったのが気に食わなかったからだ。チヒロがいないときは前世のリアージュが世界で一番可愛いと言い、何でも言うことを聞いてくれるのに、チヒロがいる時は母親も父親もリアージュの言うことを聞かず、何でもチヒロを最優先するので面白くなかった。
だから前世の自分はチヒロに、子ども部屋のおもちゃやゲームを絶対に貸してやらないと心に決め、貸してと言ってきたチヒロを蹴飛ばしてやったら母親に怒られたので、次からは見ていないところでやることにした。というのもテレビに出てくるアイドルや子役俳優よりも美しい、人形みたいなチヒロの顔が泣いて歪むのがとても面白かったからである。なのでそれからは、自分の母親の見ていないところで抓ったり蹴飛ばしたりして、よくチヒロを泣かせて遊ぶようになった。今にして思えば、それが前世の自分の初恋だったのだろうと思う。微笑ましく、何とも可愛らしい思い出だ……と前世の自分は記憶している。
そうやってチヒロで面白くおかしく遊んでいたのに小学校に入ると回りの者達がチヒロをチヤホヤしだし、チヒロも英語や水泳などの塾に通うようになり、あまり前世のリアージュの家に来なくなったので前世の自分は面白くなかった。前世の自分は幼なじみ以上の感情をチヒロに持っているし、何度も好きだと言ったのにチヒロは信じてはくれなかった。それどころか自分とチヒロの関係性を問う周囲に対し、チヒロは単なる顔馴染みであるだけで少しも親しくはないと嘯くので、それがチヒロの照れ隠しだろうとわかってはいたが腹立たしかったし、それを真に受ける周囲の女達にも最高にむかついた。
だから当然の報いを受けさせようと、それからは家にチヒロが来たときはチヒロに愛の告白をした後に、執拗にチヒロで遊んでやって関係を深めようとしたし、周囲の女達には罵詈雑言を浴びせてやった。それでもしつこい者達には、追い払うために叩いたりすると先生や両親に怒られるので、前世のリアージュは叩く以外の方法で前世の自分の物であるチヒロにまとわりつく者達を追い払うことに知恵を絞らねばならなかった。
前世のリアージュはチヒロが自分を見てくれるように、男も女も蹴散らせて、チヒロの回りに誰も来ないように画策し、チヒロを常に孤独へと追いやった。チヒロには、自分しかいないのだと気づいてもらい、いつかチヒロが自分の物であると理解してもらうため、前世の自分はチヒロを囲い込もうと、健気に頑張っていた。それなのに全然、チヒロは靡かなかった。こんなに健気にチヒロを孤独にしてあげているのに全くチヒロは、自分の乙女心をわかろうとはしてくれなかった。
中学生になったチヒロは、相変わらずイケメンで、まとわりつく女を蹴散らしても蹴散らしても、まだ沢山の女達がチヒロの遊びの女として、傍に居た。……まぁ、自分が運命の相手だと気づくまで、女遊びは大目に見てあげようかと、チヒロの遊びの女を一人づつ、ネットでさらし、誹謗中傷してあげながら、本命の彼女の余裕を気取っていたら、泥棒猫が現れた。
チヒロは、前世の自分が落ちて行けなかった進学高で、眉間に皺がある、不機嫌な顔をしている、つまらない女に一目惚れし、全ての遊び相手の女達と手を切り、あの美しい顔をボコボコに腫らして、あの女の兄がやっている格闘道場に通い出した。どうやら、今までのチヒロの行いが、あの女にもあの女の兄にも、不信感しか与えない事実に、大いに後悔したチヒロが一大決心をして、頭を丸坊主にして、あの女の兄に弟子入りしてしまったらしい。
信じられない!あの美しい顔は、私の物なのに!顔しか取り柄のないチヒロになんていうことをしてくれるんだ!と私は怒りに燃えた。今までチヒロにまとわりつく人間に施した、全ての嫌がらせを、あの女にしたのに、あの女は鈍く、あの女の兄とチヒロに、それを気づかれてしまった。
「今まで顔馴染みだからと大目に見ていたが、俺が今まで独りぼっちだったのは、やっぱりお前の仕業だったんだな!もう金輪際、俺に構うな!ユイちゃんにも、ライトさんにも、手を出すな!お前のしていたことは犯罪だって、いい加減、気付け!……今度、こんなことしたら警察に通報するからな!」
チヒロが雇った弁護士により、前世の自分の親に告げ口されてしまい、前世の自分は家を追い出されてしまった。それからは前世の自分はひたすらゲームだけの日々を送っていた。健気な片想いをしていた前世の自分は、失恋のショックから乙女ゲームに嵌まった。
二次元の男は美しく、常に前世のリアージュに優しかった。どんどん乙女ゲームに嵌まり、乙女ゲームのファンとのネット交流も盛んになり、私にも沢山のネット友達が出来た。ネットの中学の同級生だけのグループ通信にも毎日、乙女ゲームの情報を書き込んで、乙女ゲームの布教活動に勤しんでいた。
そうして何年も経ってから、娘にゲームを買いたいから乙女ゲームを教えてくれと、チヒロからそのグループ通信を通して、私に連絡が来た。久しぶりに会ったチヒロはやつれていたが、相変わらずのイケメンだったので、悔しかった。私のお勧めの乙女ゲームを買い、礼を言って、チヒロが走り去ろうとしたので、後を追いかけた。
チヒロが嫌がるのに構わず、後をついて行ったら、そこは病院で、あの女が死にかけていた。死にかけている女に、見せつけるようにチヒロに腕を絡ませてやったら、あの女の兄とあの女とチヒロの娘に激怒された。なのに、あの女は怒らず、悲しまず、笑って死んだ。……その笑顔にむかついた。なんであんたは、笑って死んだのよ、ユイ?……いいわ、あの世でもヘラヘラしてなさい!チヒロは私の物なんだから、返してもらうわよ!
チヒロはあの女を病気で亡くしてから、娘に私のことで激怒されて、家を追い出されてた。心ここにあらずのチヒロを私の家まで連れてくるのは簡単だった。チヒロは何故か私の部屋にあるモニターを使って、泣きながら自分で買った、私の一押しの乙女ゲームを始めた。
弱っている今がチャンスと襲いかかったら、絞め技で落とされた。それからチヒロは5日間、飲まず食わずで、ずっとゲームをしていた。私が扉を施錠し、監禁していたことも気づかないでいたらしい。
さすがに5日間も監禁すれば心が折れて、私の言いなりになるだろうと鍵を開ければ、あの難攻不落の逆ハーレムルートのエンディングスチルがモニターに映ってた……。
全ルートと隠しキャラの二つのルート全て攻略時に解放されるハードモード。別名逆ハーレムルート。条件は、全キャラ(悪役令嬢含む)好感度MAX、悪役令嬢の誤解を半年過ぎる前に解くこと、勉強、淑女教育レベルMAXであること、ミグシリアスの好感度MAXの時に出る最初の台詞が、『君のためなら悪魔にだって勝ってみせる』であることが必要……らしい。この逆ハーレムエンドでは、エイルノン王子と結婚後、各攻略者は、自分たちの恋愛感情を隠したまま、下級貴族の男爵令嬢の後見人になってくれ、悪役令嬢は男爵令嬢のために女官になってくれる。ラストのスチルは、皆に見守られながらエイルノン王子に抱きしめられる姿。
この逆ハーレムルートはネタバレ情報サイトからもたらされた情報だった。実はこの逆ハーレムルートは、未だに誰からも成功報告が上がってこない、無理ゲー、幻の逆ハーレムと呼ばれるものだった。ゲームが発売されて、一年経っても攻略できないと、苦情が多数寄せられた製作会社が、情報サイトにネタバレを提供してくれたが、それでも誰も攻略出来なかった……はずだった。
目の前で泣きはらした顔のチヒロが憑き物が落ちたような表情で見つめているモニターには、チヒロがクリアしただろう、そのエンディングの曲の映像が流れていて、それは私がそのゲームで、それまで見たこともない映像……歌もヒロインではなく、イヴリンとミグシリアスのデュエットだった。
ネタバレ情報サイトにも載っていなかったエンディング曲。これはきっと、逆ハーレムエンドをクリアしたのに違いないと気づいた前世の自分は、慌ててチヒロを押しのけ、持っていた携帯情報端末機器で、それを撮影した。
「たった5日間で全ルート攻略って、意味わかんない!!」
しかもチヒロは最初のゲームクリア後は、一回もセーブしていなかったから、逆ハーレムのスチルは保存されていなかった!すっごく悔しかったから蹴飛ばして、部屋から追い出した。あれから二度とチヒロとは会っていない……。
(そういや、あの後、前世の私は、サイトに私のハンドルネームで、逆ハーレムルートを攻略したって、証拠の映像を音源つきで、添付して報告あげたら、私は皆に、英雄だって言われ、賞賛を浴びたっけ。その後も、逆ハーレムルートを攻略した人はいなかったから、私は神様に選ばれた英雄として、ファンの間では知らない者はいないくらいの人気者になったんだった。……そうそう、確かパツ金碧眼のごつい男の娘の写真をアイコンに使っているファンから、メッセージが来て、やたらしつこく自分のトコロで、逆ハーレムルートを攻略してくれと誘ってきて、ウザかったから、『来世でね!』って、返信返して、すぐハンドルネーム変えたんだった……)
リアージュは、その後の自分については覚えてはいなかった。
「私、なんでここに転生したのかしら?どっかでトラックにでも跳ねられたのかしら?前世の健気でいじらしい私に神様が同情してくれて、一番好きだった乙女ゲームに転生させてくれたって、ところかしらね?うん、きっとそうよ!ま、前世より今世よね!私の将来は、お姫様よ!チヒロよりも、皆イケメンなんだから、こっちの方が断然いいわよね!玉の輿よ!王子妃よ!将来はお后様よ!
……そうそう、よくある転生物で、うっかり独り言がダダ漏れして、ざまぁされるって、ヒロインっていたよね!?私も前世は画面見ながら、独り言言っちゃうタイプだし、気をつけなくっちゃ!ああ!どちらにしても、皆イケメンだし、これだけルートを憶えている私には、怖いモノなしってか!?うっふふ!イヴリンちゃん、いつでもいらっしゃい!」
ベッドの上に仁王立ちして笑うリアージュは、まるで、前世の自分がよく知っている悪役令嬢の、その笑い方にそっくりであることに、気づいていなかった。リアージュは気をよくしたまま、ベッドでうたた寝を始めた。
うたた寝から目覚めたリアージュは部屋に誰もいないので、部屋の呼び鈴をならした。すると見慣れない執事と見慣れないメイド達がやってきたので、リアージュは悲鳴を上げた。遅れてやってきたリアージュの父親は、リアージュが高熱でここ数日間、意識不明で面会謝絶だったことや、リアージュの世話をしていた、老執事も老メイドも皆、高熱を出したので退職させたと説明した。
「私の鍵のかかる日記帳を取ってきて!」
リアージュがそう言うと、新しいメイドは場所を尋ねてきた。リアージュは机の二番目の引き出しだと言ったので、メイドはそこに向かったが、引き出しに鍵がかかっていて開けられなかった。それを見ていたリアージュは舌打ちしながら、首にかけていた紐を外し、紐につけていた鍵で引き出しを開けるようにと言った。メイドが日記帳を持ってくるとリアージュは枕の下に隠してあった、日記帳の鍵を取り出して、日記帳を開けた。
日記帳は、熱を出す前日の日付のまま、後のページは白紙で、紙の厚みも減少しているように思えないから、誰かが破り持ち去ったということもないようだった。……まさかの夢落ちかと、ガックリしているリアージュに父親は言った。
「日記なんてどうでもいい!明後日には学院の入学式が始まるんだぞ!本来なら寮入りは一週間前に済ませておかないといけないのに、病気だからと特別に自宅療養していたんだから、今日はもう寝て、明日には寮に入れるように!!」
父親が出て行った後、お茶をメイドに頼むと、新しいメイドは、お嬢様のファンを名乗る方から快方祝いだと、一流店の有名パティシェが作ったショコラケーキをいただききましたが、どうされますかと尋ねた。ショコラケーキは直径30センチもある、とても大きなケーキで、小さな白いカードには『いよいよ、学院に入学ですね!あなたのご活躍をずっと楽しみにしていました。頑張って下さいね!』と書かれていた。
「やったー!チョコレートケーキ大好きよ!やっぱり、可愛いと得だよね!……あれ、宛名がない?ま、いっか!それ食べてから、夢でやっていたように、メモ書きをしよっと!」
リアージュは喜んで食べ始めたが、ずっと寝ていたからか、あまりお腹は、すいていなかった。まるで夢で食べたパウンドケーキが、そのまま、お腹に入っているようだと思いながらも、それを残して使用人に下げ渡すという考えを持ち合わせていないリアージュはショコラケーキをまるまる1ホールを完食した後、気分が悪くなった。結局リアージュは、その後胸焼けを起こし、学院に向かわねばならない時間ギリギリまでベッドから出られなかった。
「ふん!メモが書けなくても、大丈夫よ!私、あの乙女ゲーム大好きだったんだから!バッチ来いよ!さぁ、はりきって入学式、遅刻しなきゃね!」
……リアージュは、その乙女ゲームがすでに違うゲームになっていることに気づいていないまま、学院の門をくぐった。
新たな転生者は、アンジュの前世のストーカー(幼なじみ)でした。




