その乙女ゲームのヒロインも転生者でした(中編)
その少女の名前は、リアージュ・ヒィー男爵令嬢と言った。リアージュは5才になって、貴族になり、社交の場に出るまで、自分は、お姫様だと信じていて、それを疑うことすらなかった。だって、自分を育ててくれる乳母達も使用人たちも母も皆んなが、
「何て可愛らしいお姫様でしょう!なんて美しいお姫様なんでしょう!」
と、毎日褒めてくれていたからだ。リアージュの物心つく前から、お姫様だと言われ続け、欲しい物は何でも好きなだけ与えられたから、リアージュはそれを信じて、毎日楽しく暮らしていた。しかし神様の子どもから、ヒィー男爵家の子どもになったリアージュは現実を知った。
皆が褒めてくれたのは、身内びいきもあるが、純粋に乳幼児のあどけなさや子どもらしさを可愛いと言っていただけで、実際のリアージュの容姿は中の上……もしくは上の下といった所であり、そして神様の子どもから、普通の貴族の子どもになったリアージュは、お姫様どころか下から数えた方が早い、下級貴族の一人娘でしかなかったのだ。リアージュは自分がお姫様ではなかったことに大層怒り、そのことについて、とても苛立ち、可愛い顔を醜く歪ませ、地団駄踏んで悔しがった。
(何でこんなに可愛い私が、お姫様じゃないの!何でこんな馬鹿な連中の顔色を伺わないといけないの!褒められるのは私だけであるべきよ!だって、どう見たって、この中で一番可愛いのは私なんだもん!なんで、可愛い私が、こんなブス達を褒めて、おだてないといけないのよ!まったく、忌々しいったらないわ!)
「可愛い」、「綺麗」、「美しい少女」、「天使みたい」……等の褒め言葉は貴族社会においては社交の挨拶の常套句代わりによく使われていて、貴族社会に出たばかりのリアージュにもたまにそう声を掛ける大人もいたが、それはホンの数名だけだった。貴族にとって社交とは遊びではなく、仕事の意味合いが強く、大多数の貴族達は自分達の社交を有意義なものにするために、力のある上位の貴族との縁を結ぶことに最善を尽くそうと考えるのが当然だった。だから彼等はちょっと可愛いだけの下級貴族の子どもよりも、自分達の仕事に繋がる爵位が上の子どもを褒めるために、それらの言葉を多く使った。
リアージュは茶会で、その言葉を言われるのが、自分よりも可愛くないが、爵位は自分よりも上の令嬢ばかりなことに気づいたとき、その場で怒り、罵声を上げ始めた。リアージュの母は神様の子どもから人間の子どもになったばかり故のむずがりだと釈明しながら、口汚く喚く5才児を抱え、その場を去り、家に帰ってから、身分というものがある以上、それを受け入れねばならないと我が子を叱り諭したが、リアージュは我慢ならなかった。自尊心をガリガリと削られたリアージュは、貴族の社交に出ることが嫌で堪らなくなってしまったのだ。
「あぁ~、そういうことね!何でこんなに可愛い私が、ちんけな男爵令嬢なんだろうと思っていたけど、そういうこと!……な~んだ、やっぱり、私って、お姫様になるべき星の下に生まれてきたのね!」
顔だけは可愛いが、傲慢で我が儘で自意識過剰な少女と前世の自分の魂は、非常に馬が合い、親しみ馴染んで融合するのは、あっという間だった。ゲーム知識のメモを書きながら、リアージュはブツブツと独り言を言い続けた。
「……顔が可愛いのは嬉しいんだけど、凹凸がない幼児体型って、どうなのよ!ゲーム監督の好みなのかしら?……やっぱり、ヒロインは可愛くて明るく前向きで、ちょっぴりドジなのがお約束なんだよね!
ハハハ、うっざ!!あざとすぎ!二次元ならいいけど、現実だとウザ過ぎだよね、こんな女!……まるであの女みたい。こんなのに引っかかるなんて、男どもも見る目なさすぎ!まぁ、チョロいのは楽で良いけどさ」
攻略対象者の男性達の欄を書き終わった後、悪役令嬢の子細を書きながら、リアージュは顔をしかめる。
「絶対、キャラクターデザインの人の趣味だよね!あそこまで悪役令嬢を美化する必要ってあるの!?何よ、この美貌の差は!?ヒロインは確かに可愛いけど、悪役令嬢を天使か妖精に例えられるような、すっごい美少女にする意味ないよね!
少女漫画で、平凡な少女が美人のライバルとの恋のバトルに勝つって設定はあくまで設定で、ヒロインはライバルよりも可愛いのが、お約束でしょ!何、言葉通りにキャラ作ってるんだか!空気読めないよね!お前はマジメか!ってーの!!
それに、この体型の差はどうよ!どう見たって、あっちがヒロインの体型でしょうが!それにイヴリンの声の声優は、超売れっ子の実力派声優さんってどういうことよ!こういうのはヒロインに起用するのが当然でしょうが!大手事務所のごり押しのアイドル声優なんて、どうせ2、3年後には消えるわよ!
あっ!そういや、その声優、どっかの元俳優の実業家の娘だったような……。あ~、所謂、親の七光りってヤツだ。確か実業家の親がスポンサーになってて、娘が好きだって言う、一流絵師さんがキャラクターデザインに起用されたんだって、ファン達のプチ裏情報に書かれていたような……。
そうか、だからヒロイン、その娘と似た容姿にしたんだ!うわぁー、転生してから気づくなんて……前世の私ってマヌケねぇ。大人の事情に抗えないスタッフたちの無言の抵抗が、悪役令嬢の美貌を神がからせてしまったのねぇ」
一度溜息をついたリアージュは、エイルノン王子とミグシリアスの欄を指でなぞり、ほくそ笑んだ。
「うふふふふ!私の大好きなミグシリアス!ああ!ミグシリアスと現実に会えるなんて!……でも、エイルノン王子を選ぶと、フワフワハッピーエンドだけど、ミグシリアスだと一歩間違えば、危険と隣り合わせのハッピーエンドになるから、すっごくもったいないけど、ミグシリアスだけは選ばないでおいたほうが、前世平和なニホンジンの私的には安心できるかなぁ。でも本当はミグシリアスがいいんだけどな。
……ううん、本当は、逆ハーレムがいいんだけどなぁ。でもな~あれ、難関中の難関ルートだし、私はクリア出来なかったもの。乙女の夢みたいなラストだけど、ゲームでも無理だったんだから、現実には厳しそう。私の一番推しはミグシリアスだったけど、うっかり戦争ルートに入っちゃったら、怖いからここは二番推しのエイルノン王子を狙うべきかなぁ……。いや、丘の上で弁護士と話し合うのを阻止すればいいだけ、だから、やっぱ、ミグシリアスを狙う?まぁ、誰でも今よりは爵位は上だし、贅沢出来そうだから、誰でもオッケーかな!あ、でも友情エンドは無理無理!あんなグラマーな女と並んで立つのなんて、絶対に嫌よ!」
リアージュは、もう一度ハァと溜息をついた。リアージュの覚えている乙女ゲームでは、全てのレベルをMAXにすることも凄く難しかったのに、ミグシリアスの台詞はランダムで多数あり、目当ての台詞を引き当てた者はいない……はずだった。
(私も何回も何十回も粘ったけど、無理だった!もう無理無理、出せないって、こんなの!って思ってたら、私の幼なじみの男が、私の部屋で引きこもって、この逆ハーレムルートをいつの間にかクリアしてたんだった。あのときはすっごく腹が立った!!)
リアージュは自分が出来なかった、逆ハーレムルートを攻略した、あの幼なじみの男……チヒロを思い出し、口の中に苦みがこみ上げてくるような感じがした。




