その時が来る前に……(前編)
ミグシスが王都に行ってしまった翌日からイヴはひどい頭痛になってしまい、数日寝込むことになってしまった。その間、グランやセデス達は各々が自分に出来ることで、ミグシスがいなくなって落ち込んでいるイヴを慰めた。
リン村でも料理担当となったリングルとアダムは、イヴを慰めるために食べても頭痛にならないチーズやショコラをいつか作って見せると闘志を燃やし、洋裁が得意なサリーはイヴの気持ちが明るくなれるように沢山の可愛い服を考案してみせたし、お洒落が好きなアイビーはイヴが短く切った髪を村の子ども達にからかわれていることを知ると、短くても可愛く見えるように様々な工夫を考えてみせたし、イレールとタイノーはイヴが忍者ごっこが好きだったことを思い出し、今度はもっと手の込んだ忍者ごっこが楽しめるように忍者のことをセデスに尋ね、本格的な遊びが出来るように色々と考えたし、セドリーとエチータンはイヴとミグシスが、お互いのことを心配しているのを知っていたので、徹底的に二人を守ることに自分達の能力を生かすことにしたし、マーサとノーイエは、どんなときもイヴを支えようと決意を新たにし、イヴの傍に居続けたし、銀色の妖精の守り手の長であるセデスはイヴに、イヴがしたいことややりたいことを尋ね、それを知るといつも全力でそれを叶えてみせた。
勿論イヴの血を分けた家族達もイヴを慰め、励ましていた。グランはアンジュには内緒の話として、イヴに自分とアンジュの馴れ初めを教えてイヴを励ましたし、ロキとソニーは小さいながらも大好きな姉を守るためにセデスに守り手としての教育を受けることを望んだし、アンジュはイヴが無理をしないように、肩の力を抜くことを教えるために、スクイレルの女性だけで海に旅行に行ったりもした。
リン村でイヴと頭痛友達となったライトも当然、落ち込むイヴをそのままにはしなかった。前世の料理知識を生かし、苺大福やわらび餅やカレーライスなどを次々と作り出しては、せっせとイヴに食べさせてチーズやショコラ以外の食べ物でイヴを喜ばせようとしたし、スクイレルのかかりつけ医でグランの師となったセロトーニもイヴを元気づけるために、色んな薬草茶のことを教えたり、簡単な科学実験をイヴ達姉弟に見せたりしていた。
月に一度か二度の子ども集会で出会う子ども達もミグシスがいなくなって、落ち込んでいるイヴを見て、何とか元気づけたいと思っていたが、……中々それは上手くいかなかった。と言うのもリン村に来てから直ぐにアンジュが体調を崩し、妊娠していたことがわかったため、アンジュが無事に赤子を出産するまでイヴはアンジュの傍を離れなかったので、イヴが村の子ども達との交流をし出したのはロキとソニーが生まれた後からだった。
「初めまして、イヴ・スクイレルです。今日から子ども集会に参加させていただくことになりました。皆様、どうぞこれからよろしくお願いいたします!」
マーサとミグシスに手を繋がれて、初めて集会場に顔を見せて、可愛い声で挨拶したイヴに村の子ども達は興味津々だった。元々リン村の子どもというのは、退役し農業をするようになった騎士の子どもやリン村で薬を作っている薬草医の子どもが数名いるだけで、他の子ども達はリン村を守るために三ヶ月ごとに入れ替わる騎士の子どもや薬草医の勉強をする者の子どもが大半だったので、新しい村人というのは特に目新しい存在ではなかったのだが、イヴだけは村中の子どもにとって特別な存在として受け止められてしまったのが、イヴの運の尽きだった。
村中の大人達に特別扱いされている(神聖視されている)一家の子ども……しかも本当に天使か、月の神の娘のように美しいイヴに男女を問わず皆が、心奪われてしまったのだ。普通に声をかけることも出来なくなるくらい挙動不審になってしまった子ども達は、自分達の好意を素直に表現することが出来ず……結果、彼等の第一声はこんな残念な言葉になってしまった。
「「「女なのに短すぎる髪の毛で変なの!それに目がつり目で怖い顔!」」」
そんなことは少しも思っていないのに、そう言ってしまった彼等はイヴの眉がシュンと下がったのを見て、自分達の失態に気付いたが、子ども特有の意地がそうさせてしまうのか、それを瞬時に訂正して、直ぐに謝罪することをしなかったせいで、その一瞬後にミグシスに殺気全開の目で睨まれて彼等は恐怖に怯え耐えられなくなって、数名の子ども達が粗相をしてしまい、大騒ぎとなってしまったので、彼等はイヴに謝罪が出来ないまま、最初の出会いを終えてしまったのだ。
最初の出会いで躓いた彼等は、その後イヴを遊びに誘うことが出来ず……、また勇気を出して遊びに誘っても、イヴは”片頭痛”という病気で寝込むことが多く、断られてばかりだったし、月に一度か二度の集会も出てこない時があったので、完全に関係を修復する切っ掛けを掴めないままだった。
だからミグシスがいなくなって落ち込むイヴを励まして、この機会にイヴと仲良くなろうと目論んだのだが、最初に謝れなかったことが災いし、口を開けば悪態が出てしまい、イヴと手を繋ぎたいのに、それが素直に言えずにイヴの綺麗な髪をむんずと引っ張ったり、しまいには中々イヴと仲良しになれないのを逆恨みして、イヴが頭痛がして辛そうなのに気づかない振りをして、わざと大声を上げて、自分を意識してもらおうとする悪手ばかりを選び……結果、イヴと仲良くなれないまま、リン村を出て行く子ども達が後を絶たなかった。イヴが村の子ども達と上手く付き合えるようになったのは、ミグシスがいなくなってから一年後のこと。王都にある騎士団本部からやってきた騎士がイヴの護衛となってからだった。
ミグシスが王都に行ってから一年が経ち、イヴは7才になっていた。その日、イヴはイヴの家庭教師をしているセデスから課題を出され、早速いつものように自室で、その課題に取りかかろうとして、自分の背後を歩くミーナという名前の護衛騎士に向かって声を掛けた。
「あのね、ミーナ。今日は私は午前中は自室で課題に取り組んでいるから、護衛はいらないと思うの。だから、ミーナは午前中はお休みをしていても大丈夫よ」
イヴがそう言うとミーナは首を横に振って言った。
「いえ、私はお嬢様の傍をいついかなる時も離れません。それに自室と言えども安心は出来ません。不届き者というのは家人の隙を狙って忍び込んでくるものだとセデス先生に”忍者”というものを教えてくれたアイ様という方が言っていたと私は伺っております。王都の騎士団を代表して、スクイレルの”銀色の妖精姫”を守る任を仰せつかった身としましては、たとえお嬢様の言葉でも、それに従うことは了承しかねます」
女性にしては長身のミーナは、最近王都からやってきたイヴの護衛騎士だった。ミーナはエース王の抱える騎士団の中で最も剣技に優れた騎士で、イヴを可愛がっているライトが、商会の仕事をセデス達が再開させたことで警備が薄くなるのを危惧し、自分の息子に騎士団一強い騎士をイヴの護衛として寄越すよう依頼して、やってきた者だった。
「初めまして、私はミーナと言います、お嬢様。私が来たからにはどんな敵からもお嬢様を守って見せますので、これからどうぞよろしくお願いいたします!」
ミーナはとても責任感の強い騎士で、小さなイヴが持病の片頭痛と闘っていることも、ミグシスがいなくなってからイヴが村の少年達につきまとわれたり、短い髪をからかわれたり、頭痛があるのに無理に遊びに誘われたりされていたことも教えられていたため、リン村にやってきたときからイヴを守る使命感にメラメラと闘志を漲らせて、リン村にやってきた当日から毎日イヴに貼り付き、イヴを苛める村の男の子達をガン泣きさせ、心底びびらせ、イヴに謝罪をさせてから、二度とイヴを困らせることがないようにと徹底的にやりこめてしまい、小さな子ども相手にやり過ぎだとセデスから優しくお説教をされるほど、イヴを守ることだけに心血を注ぎ続けた。
セデスにお説教を受けてからは、彼等に対する対処方法を変えたミーナだったが、それでもイヴを守ることに変わらない情熱を燃やし続けていたので、数ヶ月も経たない内にミーナは、茶髪の細身の美女であるにもかかわらず、その殺気全開の恐ろしい攻撃を年端のいかない子どもにも仕掛けようとする容赦のなさから、村人達にまるで愛しい子を守る狼のようだと評されるようになってしまった。
「……わかったわ、ミーナ。じゃ、今日も護衛をお願いします……。あ、あのね、ミーナ。お部屋に着くまででいいから、一緒に横に並んで歩いても……手を繋いで歩いても……、ううん、なんでもないです!」
「……手を繋ぐのは、いざという時に手がふさがっていてはお嬢様をお守りできないので了承は出来ませんが……。これでよろしいでしょうか、お嬢様?」
イヴが少し寂しそうに呟いていたのを間近で見ていたミーナは、手こそ繋ぎはしなかったが、イヴの横に並んでイヴの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き出した。普段は護衛としての立場をわきまえ、横に並ぶことを避けるミーナが見せてくれた小さな優しさにイヴは一瞬、目を丸くさせて驚いた後、頬を染めて嬉しそうに、ややずれたスキップで歩き始めた。
「お嬢様、ゆっくり歩かないと危ないですよ」
「エヘヘ……、あのね、私、ミーナと一緒に歩けて、とても嬉しいの!だから今日はミグシスへのお手紙に、ミーナと初めて並んで歩けて嬉しかったですって書くの!それにね!セデス先生の今日の課題の手紙にも書いちゃおう、っと!ウフフ、今日の課題はね、『遠くにいる友達に出すつもりで手紙を書く』だから、私はアイにも手紙でミーナのこと書くわ!」
「えっ、ミグシスさんへのお手紙だけではなく、アイ様への手紙にもですか!?」
ミーナはミグシスやアイとは会ったことがなかったが、イヴやグラン達の話から、二人がイヴや皆にとって大切な存在であることを知っていて、イヴが毎日ミグシスに宛てて書いている手紙をイヴの代わりに出す役目も引き受けてくれていた。イヴがミグシスだけではなく、アイ宛ての手紙にも自分とのことを書くのだと嬉しそうに話すのを見て、ミーナは暫し歩を止めて、耳を赤くした後、ゴホン!と咳払いし、平静を装って、イヴの自室へと入っていった。
※セデスが忍者に詳しいのは、へディック国にいたころのイヴが眠っていたとき、たまたま起きていたアイと夜間の警らをしていたセデスが意気投合し、忍者談義に花を咲かせたからです。いちご大福は前世の知識を使って、ライトがこの国に流行させたお菓子で、和食文化がバッファー国には浸透しています。ちなみに料理スキルは兄妹で支え合って生きてきたライトだからこそのもので、アンジュには料理スキルはありません。




