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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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イヴとミグシスの暫しの別れ(前編)

 アンジュがロキとソニーを出産後しばらくして、無事に薬草医の試験に受かったグランは毎朝、早朝に起きて、イヴと二人で温室や薬草園の水やりをするのを日課にしていた。ミグシスはそれを手伝いながら、ここ数日思い悩んでいることに考えを巡らせていた。


 ここには、とても強いセデス達がいる。セデスに師事を受けた兄弟子でもあるグランも、かなりの手練れである。それに不思議な体術を使うアンジュとライトもいる。この国の前王だったライトは、この国の()()だから、彼に気に入られているグラン達に危害を加えようという愚かな者は、この国にはいないはずだ。この村の者も皆、一見普通の村民にしか見えないがライトが連れてきただけあって皆、腕に覚えがある者達だから、きっと、グランとイヴや双子達の命は安全なはずだ。この国の気候と相性がいいのか、グランとイヴの()()()の回数も減っている。スクイレル家のかかりつけ医のセロトーニ先生は、とても優しいお爺さん医師で親身になって、父娘の治療に心を砕いてくれている。


 ()()()()()と結論を出したミグシスは、まず父のように慕うグランに、真っ先に相談をした。


「そう言うだろうと思って、ライト様に君のことをお願いしてあるから、こちらのことは心配せずにミグシスの思う通りにやってみなさい」


 そう言って、グランはミグシスの黒髪を撫でてくれた。セデスもライトもミグシスの決心を応援すると約束してくれた。そしてアンジュは……、ミグシスと二人で話したいことがあると言った。応接室で二人きりになってからアンジュは一度深く息をついてから、ミグシスを真っ直ぐに見つめ、話し出した。


「私もミグシスの決心を応援したいと思っています。でも一つだけ……ミグシスにお願いしたいことがあるのです。もしもここを出て、イヴ以外の女性を好きになったら……、好きになってもいいから、どうか……イヴを傷つけたり、貶めるようなことだけはしないでほしいの」


「っ?!」


 目を見開くミグシスにアンジュは、変な物言いをしてごめんねと謝罪しつつも必要なことだからと、さらに言葉を重ねていく。


「今、あなたがイヴをとても大切に想ってくれているのはわかっていますし、私達はそれを嬉しいと思っています。ですが……イヴが大人になるには10年以上の時間が必要でしょう?その10年以上の時間を過ごすあなたは、……イヴよりも早く()()()()()になりますし、その間に、イヴとは違う()()()()()を好きになっても少しも不思議ではないわ。


 あの国と違って、このバッファー国では黒髪黒目は()()()なんて呼ばれるぐらい、尊ばれています。しかもあなたは、今世のライト様の若いころに似ているらしいから、この国では、あなたは誰からも好かれ、持て囃される。……きっと大勢の女性があなたを求めてくるでしょうし、あなただって男なんですから、イヴ以外の女性を求めたくなるときが来ても可笑しくはないし、将来をその女性と添い遂げたいと思う未来だって……ないとは言えないと私は思っているの。


 あなたが将来、イヴを選ばなかったとしてもイヴは……自分の幸せよりも自分の好きな人の幸せを願う、優しい心を持っているから、きっとあなたの選択を受け入れてくれるはずです。……だから、どうかあの子の存在を疎ましく思うことがあっても、()()しようなんて思わないで」


「ち、ちょっと、待って下さい!何ですか、それ?俺がイヴを疎む?……?そんなのありえないし、俺がイヴを断罪なんて……するわけがないですよ!第一、俺がイヴ以外を好きになるなんて……想像できないです。……それに、ここで俺が持て囃されるのも好かれる理由も俺が壁画の青年に似ている容姿だからだってことだけでしょう、アンジュ様?それって、()自身を好いてくれているわけじゃないでしょう?」


 ミグシスは、真っ直ぐにアンジュを見つめた。


「イヴは、あの夜に雷が怖くて泣いていたのを俺が気づいて、心配して声かけしてくれたことが、すごく嬉しかったと言ってくれたんです。助けてくれてありがとうと笑って、お礼を言ってくれた。俺の優しさが嬉しかったと言ってくれて、優しい俺が兄になってくれて嬉しいって喜んでくれた。……俺、イヴに優しいと言われるまで、自分に優しさがあるって、知らなかったんです。誰にも言われたことがないし、自分でも気づかなかった……。


 あの夜だって、人の泣き声を不審に思ったから、見に行っただけだと……、俺は正直にイヴに言ったんです。俺は優しくなんてないし、そんな善良な人間なんかじゃないって、言ったんです!イヴは黒髪黒目の者が、魔性の者だと呼ばれていることを知らなかった。……知らなかったから俺に懐くんだろうと思ってた。イヴが5才になり、貴族になったら、嫌でも、魔性の者の噂を耳にするだろうから、……そうしたら、もしかしたらイヴはそれを事前に教えなかった俺に怒り、俺を嫌って避けるようになるかもしれないと考えたら、俺、怖いなって思って……俺、それがすごく怖くなったんです!


 俺はイヴと出会って少ししか経っていないのに、こんなにイヴを好きになってしまっているのに、その時にイヴに嫌われたら俺は……きっと立ち直れないだろうから、それなら、もっとイヴを好きになる前に、全部壊してやれと思ったんです。だけど、イヴは……イヴは変わらなかった。


 イヴは『あの雷鳴の夜、真っ暗な中、様子を見に行くなんて、ミグシリアスお義兄様は勇気があって、すごいです!』……って、瞳をキラキラさせたんです。『そのまま私を放っておくことも出来たのに、声かけしたのは、ミグシリアスお義兄様が優しいからです!』……って言って、微笑んでた。アンジュ様。……俺は魔性の者だってイヴに教えたのに、イヴは教える前と何も変わらなかったんですよ。何も変わらずに真っ直ぐに俺を見て、俺にいつもの笑顔をくれた。


 あの真っ暗な夜……雷鳴が鳴り、稲妻が白く光って俺達を包んでた。俺達はお互いの容姿も素性も、知らないまま出会った。イヴが俺のことで、最初に好きになったのは、俺の優しい所だって言ってくれたんですよ、アンジュ様。イヴは俺の容姿を知らないまま、俺の中身を好いたのだから、例えどんな容姿だろうと……俺が魔性の者だろうと関係ないのだと言って、俺に抱きついてくれたんです。


 俺も……イヴのことで、最初に好きになったのは、人の優しさに気づいて、喜び、感謝をそのまま口にする、そのイヴの素直さでした。俺もイヴの可愛い容姿よりも先に好きになったのは、イヴの中身でした。俺はまだまだ子どもで、世間をよくは知りません。だけど、これだけは確信しているんです。


 ……イヴみたいに、前向きに明るく優しい心根を持つ、愛おしい人間なんて、そうそういないって!こんな素敵な()を持つ女の子なんて、世界中探したって、イヴしかいない!……俺はそう思っているんです。だから俺、イヴが大事で、一番傍で守りたくて。イヴが幸せに笑ってくれるのが、俺の幸せで……。イヴが大人の女性になったときに、イヴが俺を選んでもらえなくても俺は……、ずっとずっとイヴの幸せをどんな形でもいいから守りたいって誓っているんです!」


「今はそうでしょうが……、例えばあなたが26才の時、心変わりをしないかしら?イヴと同じような心根の少女が現れたら?……そう、例えば……ピンクの髪に水色の瞳が似合う、可愛らしい男爵令嬢に、あなたは心惹かれないかしら?」


「26才の時?ピンクの髪?誰のことでしょうか?いや、誰でも同じです!イヴで無いなら、意味がない!!どうか、お願いします!俺の頑張りを見てもらえませんか!必ず、結果を出して見せます!アンジュ様!!」


 ミグシスの視線は真っ直ぐなまま、そらされない。アンジュは小さく頷いた。


「わかりましたわ!そこまで言うなら頑張ってきなさい、ミグシス。だけど、さっきのお願いのことは忘れないで」


 ミグシスが部屋を出て行き、入れ替わりでグランが入ってきた。アンジュはグランの胸に飛び込むようにして、抱きついた。グランは何も言わないまま、アンジュを抱きしめ返し、その紅い髪に口付けを落とし、優しく背を撫で続けてくれた。


(ごめんな、ミグシス。こんな変な念押しなんかして。俺……、もうミグシスはゲームのキャラじゃないって思っているのに、まだ不安なんだ。もう俺の息子だって思ってるのに、情けない父ちゃんでごめんな、ミグシス……)


「ミグシスがいなくなると、イヴは寂しがるだろうから、あの子を皆で支えてあげよう。今まで以上に愛してあげよう。……ね、アンジュ?」


 グランの優しい声に、アンジュはグランの胸の中で、コクンと無言で頷いた。グランはアンジュが落ち着くまで、彼女を自分の腕の中から出さなかった。

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