その物語の英雄は片頭痛でした(中編)
ライトは思い出した。自分は日本という国で生きた”ライト”という名前の男性で格闘技の達人だったと。それを思い出したライトは、気が付いたら、人質の少女を助け出して、回りの敵をなぎ倒していた。それまで見たことも聞いたこともない不思議な格闘技を使い、ライトは危険から脱していた。
ライトが真白の世界で、銀色の妖精に会っていたとき、少女も、その真白の世界にいたらしく、少女は
「ライト様は、私の国を救うために、神の使いの銀色の妖精によって、英雄に選ばれていました!」
と、瞳をキラキラさせて、ライトを見つめてきた。しかもライトが今まで武術がからきしだったことを知っている侍従が、その言葉を信じてしまった。
(あなたの国が危機なのは、物語を見たいと願い、わざと銀色の妖精が、そう仕組んだのであって、儂達にとっては、あれは神の使いというよりも、邪神や悪魔と言ってもいい存在だと思います)
……とは、お転婆だが純真でお人好しな、その少女にはライトは言えなかった。この世界も生き物も、神が創造したかもしれないが、その運命も命も、神の玩具にされるのをライトは気に入らなかった。
気に入らない銀色の妖精の言う通りにするのは業腹だが、お節介な侍従と、自分にまとわりついてくる少女を守るために頭痛をこらえ、ライトは戦った。どうやらライトの前世の”ライト”は義理人情に厚い男だったらしく、自分に好意を寄せる者を見殺しにする人物では、けしてなかったからだ。孤立無援の絶望的な闘いになるとライトは覚悟をしていたが、思わぬ所からライトの味方が現れた。へディック国の王を代々守っていたという影の一族と名乗る、忍者のような手業を使う者達が目の前に現れて、彼等が自分達の命と引き替えにしてまで、ライト達を姫の国に逃がしてくれたのだ。その後ライトは、銀色の妖精の望んだ通りに、実は姫だった少女を救い、この国を救った。そして、いつのまにか、少女を妻にして、ライトはこの国の王になっていた。
王になったライトの前に、また銀色の妖精が現れた。また何かやらされる前に、こいつを仕留めてやる!と、意気込むライトに羽交い締めにされて、うめきながらも、銀色の妖精は礼を言ってきた。
{グェェェ!待て待て!もうあなたに何も求めていない!物語はハッピーエンドで終わったんだ!あなたにありがとうと言いに来ただけで、これ以上は何も望んでいない!信じて、この腕を解いて……、ゲフゥ~、ゲホゲホゲホ……、ああ、苦しかったぁ~。
私が選んだ、唯一の物語が終わったら、今後は私は何も干渉せず、この世界の行く末を見守るだけという、父神との決まりなんだ!だから、そんな狩人の目つきは止めてくれ!!神の願いを叶えてくれた英雄には、願いを一つ叶えるという取り決めがあって、私は、あなたの願いを叶えにきただけだ!それが、魂の転生召還を許可してくれた父神との約束なんだ!だから、願いを一つ、言ってくれ!金銀財宝でも、ハーレムでも何でもいい!!}
と言われ、ライトは片頭痛を治してくれ、もしくは鎮痛剤をくれと即答した。
前世に比べ、この世界の医療は、とても遅れていた。何せ熱を伴わない頭痛、腹痛、歯痛、腰痛等々は、全て気のせい、仮病で片づけてしまうのだ。外科手術なんてとんでもなく、あるのは薬草で作った、わずかな飲み薬と、何故か注射だけはあった。でも、その注射すら薬効は栄養補給のみ。
ライトは日々を悩ませる、片頭痛を何とかしたかった。痛みを抑える鎮痛剤が何よりも欲しかった。前世の”ライト”同様、格闘では負け無しでも、前世で自分が頼っていた鎮痛剤がない今世では、ライトは長年片頭痛に散々苦しめられていたので、心の底から、それを欲し、望んだのだ。……それなのに銀色の妖精は首を横に振り、ライトの願いを叶えることが出来ないと言った。
{この世界は、父神によって与えられた一つの世界に、3人の兄弟神達が、それぞれ一つだけ、自分が大好きな物語をその通りに再現させることを許された世界なんです。
3人の兄弟神達は、英雄が大好きなんです。色んな多次元の世界の中から、たった一つの物語をそれぞれが探しだし、選んで、この世界を創造したのですが、兄弟故、趣味思考が似ていたのでしょう。3人が選んだのは、どれもあなたの前世の世界の歴史で例えるなら、……そう、中世西欧に酷似した世界で、しかも魔法や超能力等が出てこない物語でしたので、その時代レベルの医療品しかお渡しすることが出来ないのです。……それに片頭痛や腹痛、蕁麻疹等は、人間を創造した神でも未だ、その病になる原因がわからない……ある種、バグ指定されている難病であるため、それを治せるのは科学的な根拠等の理論が不要な、魔法や超能力のある世界でしか治せない病なんです。だから私に今出来ることは、あなたの国に医学に秀でた者が集まる祝福を与え、今後の医療に役立つ薬草を生えさせる祝福を与えることしか出来ません}
神様なのに出来ることは自分が気に入った、たった一つの物語を父神の作った世界に再現させることと、その物語を自分が望むハッピーエンドに導いてくれる英雄に相応しい魂の召還転生だけだと宣った銀色の妖精に、ライトは思わずかかと落としを喰らわせた。
バッファー国に医学に秀でた者が集まったり、今後に役立つ薬草が生えるのは、喜ばしいことだったが、長年の片頭痛は治すことが出来ない、しかも鎮痛剤すら手には入らないと言われて、ガックリ落ち込むライトに、ライトの一番の願いを叶えられなかったことを気にしたのか、銀色の妖精は片頭痛の根治と鎮痛剤以外には、他に願うことはないのかと問いだした。
金銀財宝はいらないか?英雄は大好きなはずだろう?ハーレムはいらないか?英雄で男なら、すごく魅力的な望みなのだろう?としきりに銀色の妖精は勧めてくる。それなら、いくらでも好きなだけ用意できると言ってきたが、
「前世の世界では、タダで沢山の金をやると近づくヤツは、ろくでもない悪者と相場が決まっている。しかも妻帯者にハーレムを進めるヤツの気が知れん!儂は王になっても、妻は一人と決めてるんだ!」
と、穢れた者を見るようにライトは銀色の妖精を半眼で睨めつけた。前世の倫理観を得ていなかったとしてもライトは、この誘いを断っていただろう。何故なら金持ちになろうが、どれだけの女達を侍らせようが、頭痛が全てを台無しにするだろうからだ。
銀色の妖精の言葉で、ぬか喜びさせられたせいで、ライトは底なし沼に沈んでいくように、ズブズブと気落ちして、項垂れ、頽れていった。姫の国は落ち着きを取り戻しているし、安定している。長男エースも生まれたし、姫も元気だ。誠実で優秀な執務官達を集めたから、今後、あの国は自分がいなくなっても、大丈夫だろう……。もういっそのこと、死んで楽になりたいくらい、ガィンガィン響く頭痛をこらえながら、必死になって、ここまでやってきたが、もう疲れてしまった。それを止めることが出来る死の誘惑に、再び囚われて、ライトはそれを願おうとしたとき、銀色の妖精は言った。
{金銀財宝もハーレムもいらないなんて……。そんな英雄、今まで読んだ沢山の物語には一人もいませんでした。……え?死にたい?ダメですよ!英雄が自殺なんて!私はハッピーエンドが好きなんです!う~ん、何かないですか、願い事は?欲しい物や、やりたいこととか、会いたい人とか……}
ライトは、その言葉で死の誘惑が吹っ飛んだ。会いたい人?そんなのは決まってる!ライトは前世の”ライト”の何よりも大事な大事な妹と可愛い可愛い姪っ子に会わせてくれと願った。
ライトの願いに、銀色の妖精は頷いて了承してくれた。物語を面白くする以外の目的での魂の召喚転生など、初めてだけど、神の願いを叶えてくれた英雄には褒美が与えられるのは、この世界での決まりだから、何とかしてみせる。他の兄弟神達に内緒で転生させるから、時間はかかるが、必ずライトが生きている間に、転生させて会わせるからと銀色の妖精はライトに約束してくれた。




