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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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新たな希望の誕生

 リン村に着いた早々に妊娠がわかったアンジュは、妊娠初期の早い段階から、吐き気と目眩に襲われる日々を過ごすこととなった。だが吐き気に襲われながらも、今まで逃げていた娘との時間を取り戻そうとアンジュは調子の良い時は、ひたすらイヴとの時間を持とうと努めたが、大国への往復を単騎でこなした直後の馬車移動は、彼女が思った以上に体力を消耗していたらしく、スクイレル家のかかりつけ医となったセロトーニ医師により、切迫早産になるおそれがあるからと、ベッドから起き上がることを禁じられてしまった。


 今まで健康だけが取り柄だったのにと落ち込んでいるアンジュの様子を見たイヴは毎日、ミグシスと共にアンジュの部屋に赴き、彼女が体調が良いときは話し相手をしたり、歌を歌ったり、勉強道具を持ち込んで、日がな一日をそこで過ごすようになった。アンジュが吐き気がひどいときは、イヴはアンジュの背をさすり、ミグシスは柑橘系の果汁が入った水を持って来たり、額を濡らす布を用意したりと甲斐甲斐しく看病をし、アンジュが疲労で眠ってしまっても、二人は大人しくアンジュを見守るため、アンジュの部屋から出ようとはしなかった。


 グランが薬草医になるために師事出来る医師を探そうと考えているのを知ったライトは、グランの師としてバッファー国で、一番の名医と呼ばれているセロトーニを紹介してくれた。セロトーニは薬草医の権威で、ライトが王であったころ、城の宮廷医師長を勤めていた者だった。ライトが退位するときにセロトーニは自分も宮廷医師長を退き、ライトの長年の夢だった”片頭痛”の痛みを鎮める薬……”鎮痛剤”開発と後続の医師育成のためにライトと一緒にリン村を作った者であった。


 グランよりも先にイヴと知り合っていたセロトーニは、その日の夜に倒れたアンジュを診るためにグラン達の新居に訪れ、アンジュの診療が終わってからグランと面談を行い、彼等のかかりつけ医になることと、グランの師になることを快諾した。セロトーニはアンジュの身を心配しているグランに配慮し、自宅で出来る大量の課題を出し、グランが妻の傍から離れないで薬草医の勉強が出来るようにと采配をした。


 セロトーニ医師はグラン一家のかかりつけ医として、毎日往診に来たので、課題の添削もその時に行われた。よってグランは勉強机をアンジュの部屋に持ち込んで、イヴやミグシスと同じように出来るだけ、妻と一緒に過ごすことを心がけることが出来たので、グランは師となったセロトーニに深く感謝した。




 アンジュは妊娠中期になって、ひどいつわりと腰痛に悩まされるようになった。食べ物も肉や魚の匂いは受け付けず、食べても嘔吐してしまうため貧血にもなった。苦しむアンジュの様子を見て、イヴとミグシスは心を痛めた。と、いうのもイヴとミグシスは妊娠している女性が今まで身近にいなかったため、母親になるということが、こんなにも大変なことなのだということを知らなかったからだ。


 ミグシスは、アンジュが毎日吐き気や目眩等の症状で苦しんでいるのに、幸せそうにお腹を撫でる姿に、自身の母の姿を重ね合わせた。ミグシスの母であるイライザは実家でミグシスを生んだ後、実家を追い出されたとミグシスは聞かされている。恋人に捨てられて、子が出来たと知ったとき、母はどう思ったのだろうか?とミグシスは考えを巡らせてみた。


(どうして母は俺を堕胎せず、生もうと思ったのだろう?それにどうして母が生んだ赤子は黒髪黒目だったのに、何故赤子を捨てずに自身を娼婦に身を落としてまで、俺を育ててくれたのだろう?)


 ミグシスが物心ついた頃には酒浸りで心が壊れていた母は、自分は貴族に捨てられたと嘆くばかりで、まともな会話も出来なくなり、常に酩酊状態のようだった。ミグシスが覚えている限り、母はミグシスの世話はせず、母自身のことでさえ、自分では出来ないくらい心身共にボロボロな状態だったので、母と自分の世話はカロンと娼館の老婆がしてくれていた。


 ミグシスの母は6年間、ミグシスを部屋から出すことを極力避け続けた。世話をされた記憶もなければ、母に抱きしめられた記憶も、愛していると暖かい言葉を掛けられた記憶もミグシスには一切ない。


(……だけど、生まなきゃ良かったとは言われなかった。俺のことが嫌いだとも言われなかった。あんなに自分を捨てた貴族のナィールのことを嘆くのに、魔性の者を生んだと母が俺のことで嘆いたことは()()()()()()()……)


「?ん?ミグシス、どうしましたか?何故そのように泣いているのですか?」


 お腹がふっくらしてきたアンジュがベッドの上から声を掛ける。書き取りの練習をしていたイヴも、薬草の効能を勉強していたはずのグランも心配そうにミグシスを見つめている。ミグシスはアンジュの言葉を聞いて、右手で自身の顔に手をやり、自分の頬を伝う涙の存在に気付き、その事実に軽く驚いた。ミグシスは自身が泣いていたことに自分自身、気づいていなかったのだ。


「あ、あれ?俺どうして涙なんか……?す、すみません、俺……!どうして泣いているのか、自分でもよくわからなくて……」


(この涙は何なのだろうか……?母が亡くなったときでさえ涙が出なかったのに、何故今になって、母を思い出して俺は泣いているのだろうか……?)


 乱暴に自身の腕で涙を拭おうとするミグシスを見て、イヴが慌てて自分の手布を持って、ミグシスの顔を拭こうと背伸びをしたが届かなかったのでイヴは悲しい気持ちとなって、目に涙を滲ませ始めた。それを見ていたグランが黙ってイヴを抱き上げ、ミグシスの涙を拭う手助けをしてから、イヴを片腕に抱き上げ直し、泣いているミグシスの頭を自分の胸に引き寄せた。暖かい胸の中で、ミグシスは声もなく静かに涙を流した。




 妊娠後期になるとアンジュのお腹は、はち切れそうに大きくなった。吐き気はなくなったが、腰痛と足のむくみに悩まされ、相変わらず寝たきりの状態で過ごすことをアンジュは強いられた。体の痛みを訴えるアンジュのため、イヴとミグシスやマーサやサリーやアイビーが昼間は交代で腰や足を摩り、夜はグランが、ずっとアンジュを摩り続けた。


 そして十月十日まであと10日という日の深夜に、アンジュは産気づき、それから丸二日掛けて陣痛に耐え、アンジュはグランやイヴやミグシスに見守られながら、双子の男の子を出産した。分娩室の外でもセデス達が大泣きで喜んでいたので、セロトーニ医師もこっそりもらい泣きしながら、後産の処置をしていた。アンジュが産んだ双子は兄がロキ、弟がソニーと名付けられた。





 ……ここが真実、その乙女ゲームの世界だとしたら、生まれるはずがなかった、小さな命が二つ誕生した。アンジュは二人の存在が何よりの希望のように思えた。


(……きっと、大丈夫だよな……。あの不安は妊娠時によくある気分のムラによるものだったんだろう……。第一イヴは貴族ではないし、ロキとソニーという弟達が出来たんだから、ゲームの設定であるシーノン公爵の一人娘ではなくなったんだから……。それにイヴは今、物理的に国を一つまたいだ遠距離の国にいるんだから、イヴがゲームの舞台となる、あのへディック国で()()()()をすることは不可能なんだから、もう大丈夫なはずだよな……。”恋の病”、”世界一の医者になる”……あの言葉が妙に気にかかるけど、俺の()()()()だよな……)


 アンジュの意識は双子を生んだ疲れの中、そんなことを思いながら、まどろみの中に沈んでいった。

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