グラン一家の旅での様子(後編)
バッファー国はへディック国とは比べものにならないくらい大きく、豊かな国で……民が皆、少し変わっているとグラン達は思っていた。何故ならばバッファー国の人々は老若男女問わず、皆が皆、グランやイヴの姿を見ると……まるで神の奇跡を見たかのように目を見開いて驚き、その次の瞬間には、その場でひれ伏し、涙を浮かべ拝み出すという事態に事ある事に出くわしたからだ。
それは出迎えの大勢の騎士達に、涙ながらに拝まれてしまったことを皮切りに、どの場所でも起こる現象だった。旅疲れを起こして頭痛がひどくなったグランとイヴのために、保養地に向かう途中の休憩に立ち寄った町々でも、皆が皆、一目グラン達を見ようと往来に出てきて、一目見るなり、その場にひれ伏し、拝み倒すので、その場の交通機関が麻痺してしまい、大騒動になってしまったし、体の回復を待ってから、向かった城では、城中の者がグランに頭を垂れ、今代の王であるエースまでもがグランの足下に身を投げ出し、どうぞ自分の代わりに玉座に座ってくれと傅くので、グランは困り果てて、ライトに助けを求めることとなってしまった。
こんな大騒ぎになってしまったのには訳があった。随分前に神子姫エレンと大司教シュリマンが、この国の教会の壁画に描かれた、神の使いの銀色の妖精にグランとイヴが似ていると驚いていた、あの理由が原因だった。二人の容姿があまりにも神の使いの銀色の妖精に似すぎていたために、バッファー国の人々は二人を本物の銀色の妖精だと思ってしまったのだ。
銀色の髪というのは、どこの国でも特別に珍しくもなんともない髪だったのだが、教会の壁画の銀色の妖精の髪色と、グランとイヴの銀髪は、その中でも群を抜いて美しく、本当に月の光を編んだかのように思えるほど、キラキラと輝き、見慣れたはずの銀髪でも皆が息を呑むほどだったし、その顔もまるでグランとイヴの顔を参考にして、銀色の妖精の顔を描いたかのように生き写しだったので、人々がひれ伏し拝み出すのも致し方ないことで、さらにはイヴを守るように常に傍にいるミグシスまでもが壁画の英雄にどことなく似ていたので、人々は奇跡の再来かと思わずにはいられなかったのだ。
グラン一家はバッファー国の城の大聖堂の壁画の前で、そう説明されて、あっけにとられてしまった。この壁画はライトの亡き妻で、この国の姫がまだ少女のころ、悪い大臣に国を奪われそうになり、命も狙われてトゥセェック国へ逃亡していたころに、ライトと出会い、ライトが神の使いである銀色の妖精に啓示を受け、英雄として覚醒し、悪い大臣から姫と国を救ったことに感謝して、その英雄譚を壁画にしたのだとライトの昔からの侍従だという男が自慢げに話をした。
ここまで似ているとは思わず、困惑するグラン達にライトは、今の自分はもう白髪だし、いいかげん、この壁画も撤去をしたかったから、良い機会だし、全部撤去すると言い出した。グラン達がバッファー国に着いてから、ライトはグラン達を国賓扱いで城へ招待すると言い、グランとイヴが旅疲れているのを知ると、直ぐに行き先を変更し、二人のために温泉のある保養地に滞在するよう取りはからい、そして今度は国中の壁画をグラン達のために撤去すると言い出した。ライトの息子である当代の王であるエースや城の者達は、その発言に驚きの声を上げ、度重なる厚意にグラン達は恐縮したが、ライトは聞き入れず、強引に撤去を決めてしまった。
「儂にとってはグラン殿とイヴちゃんが何よりも大切で、この先二人がバッファーの国で生きるのに、少しでも憂いとなりそうなものを儂が許すはずがないと、エースも他の者達も知っておろう!そもそも儂は二人が儂の元に来たときのために、この国を大国にし……ゴホゴホ、いや、その……ゴホンゴホン!!え~と、その……いや、儂はその……、そう!儂は、儂を英雄視し神聖化するバッファー国の風潮を良しと思っていなかったんだ!……国を作るのは人であって、英雄や神の使いであってはならないんだと間違いを正す必要があったから撤去をするのであって、断じて君達のためではないのだから、気にしないでくれ」
そう言った後ライトは、グラン達にリン村という村に住まないかと提案した。リン村とは王家直轄領の中にある特別な村で、ライトは王を引退後、ここで村長をやっていると言葉を続けた。この村は医薬品の元となる薬草を育て、研究し、様々な薬を作って、この国の医療の進歩を促進するために、薬師や医学者が多く集められて作られた村だった。医学を志す者も、ここで勉強し、資格を取るのだとライトは説明した。
「聞けばグラン殿は自分とイヴちゃんの病を治すために医学を志したいとのことだし、ここなら移住の地に最適ではないかと思うのだが、いかがであろうか?儂が作ったリン村は元々儂の持病の薬を作ろうと思い立って作った村で、今ではバッファー国で最先端な医学を研究出来る場所となっているし、医師を目指す者を指導する師となる医師は皆優秀な医師達ばかりだから、いざという時、グラン殿やイヴちゃんの体を一番に見てもらえる。
それに国中の薬の大部分は、この村で生成されている。グラン殿を守る者達が興した商会の商品の仕入れに最適だとも言えるし、村に住む者や訪れる者は、儂の部下とその家族、医師、薬剤師とその家族、医学を目指す者とその家族、後は薬草栽培で生計を立てる農民は騎士を退役した者とその家族だけで構成されていて村を守る体勢は万全だし、皆、身元もきちんとしているものばかりを揃えている。だからどうか諾と言ってもらえないだろうか、グラン殿?」
「……ライト様。重ね重ねのご厚意、痛み入りますが一体、あなたは何を狙っておいでなのでしょうか?失礼な物言いをしてしまい、申し訳なく思ってはいるのですが、あまりにもこちらに都合の良いことばかりのお話に、我々は一抹の不安を抱かずにはいられないのです。一体、あなたはその条件の見返りに何を我々に……グラン様に要求したいと思っているのでしょうか?」
ライトが話す条件は余りにもグラン達に都合の良いものばかりだった。なので、その出来すぎた話に、セデス達が警戒心を見せると、ライトは肩をすくめて笑った。
「君達が警戒するのも無理はないが、ここは君達の親が命を賭けて守った、へディック国第二王子だった男に免じて、信じてもらえるとありがたいのだが。……儂は昔、君達の親や仲間に命を救われた者。自分達の命を犠牲にして彼等は儂を逃がしてくれた。その恩人の子らが命がけで守る王に、儂がいくばくかの配慮をしたところで、その恩が全て返せるとは思っていないが、老い先短い儂に、その機会が巡ってきたんだから、少しくらい、恩返しの真似事をさせてもらえないだろうか……」
ライトは驚く皆に苦笑を見せながら、リン村での生活の詳しい内容を語るため、城の応接室にグラン達を誘導していった。……小一時間後、結局、グラン達はライトの強引な恩返しにより、このバッファー国で、バッファー国の城よりも強固な防衛を施されたリン村で新たな新生活を送ることに決まってしまった。




