グラン一家の旅での様子(前編)
イミルグラン改めグランは家族とセデス達を引き連れて新天地に向かう決心をし、皆と旅立った。グランは、今まで仕事ばかりで家庭を顧みることが出来なかったので、家族との失われた時間を取り戻そうと、積極的に家族と触れ合うことに努めた。
その結果、アンジュリーナ改めアンジュは新婚旅行みたいな、甘くて幸せな夫婦の時間をグランと過ごすことが出来たし、イヴリン改めイヴは初めてグランに肩車や、お馬さんごっこをしてもらい、上機嫌となった。またミグシリアス改めミグシスがセデスの孫弟子だと知ったグランと早朝に手合わせすることが日課となったミグシスは、尊敬するグランとの鍛錬を経験し、彼が剣術も体術もカロン……ナィールと同じ位に強いと知り、とても驚き、文武両道に優れて、しかも優しいグランを、さらに尊敬するようになった。セデス達11名は、そうして心ゆくまで家族との交流を楽しんでいるグランの姿を心から喜んだ。グランは家族との交流の合間に、セデス達と今後についての話し合いも重ねた。長くシーノン公爵として勤めたグランには、グランの領地経営の改善案で、多くの収益を上げた領民から感謝の言葉と共に渡された配当金や、元々グランが長年働いていた事務次官時代の給与や退職金、王の執政の代行報酬等の資金があった。その総額は、グラン一家とセデス達11名の一生を余裕で養えるほどの資金であったので、もう働く必要は全くなかったのだが、グランはセデス達に商会の仕事は継続すべきだと言った。
何故ならセデス達が、グランとイヴの気のせいを何とか治せないかと思って、薬を集めるためだけに始めた商売とは言えない商売を行っていた、セデス達の商会は自国だけではなく他国の民にとっても、なくてはならない大事な薬を安価で提供してくれる、ありがたい商会となっていたし、各国で雇っている商人達の職を失わせるわけにはいかないと考えたからだった。
本来、どの国においても薬というのは高額な物であり、貴族でもなく金持ちでもない民にとっては、どれだけ熱が出て苦しんでいたとしても、手に入れるのは難しい物だったのだが、セデスが立ち上げた商会は、元々彼等の主人のためを思って買い集めた用済みの薬をそのまま捨てるよりは良いと、利益度外視で安く売っていたので、この周辺諸国の庶民達には、とてもありがられていた。
また商会の商人達の雇用も、家柄や性別、年齢を問わず、能力と人柄重視での雇用だったため、本来まともな職を得られないだろう貧民街の、心ある民達が多く起用されたので、多くの民を悪に落とさない役割を商会はすでに担っていたのだ。今まで王の執政を代行していたグランは、多くの民のためにも、この均衡を崩すべきではないと判断した。セデスはグランの判断を英断だと言って褒め称え、そして今まで通りに商会の仕事を自分達に任せて欲しいと願い出た。
元々、この商売はグランの気のせいに効く薬を探すために始めた仕事だったが、この仕事は本来の自分達……影の一族としてのセデス達の得意分野である隠密・諜報、その他の活動を行うための隠れ蓑に最も適している仕事だったため、今後も油断無く、グラン達を守るための情報収集に役立たせられると、グラン達を守ることを決め、グラン達の守り手になったセデス達は考えたのだ。
グランは元からそのつもりだと頷いた。グランは自分と娘のイヴの頭痛を治すため、まずは医師になりたいのだと打ち明けた。グランは公爵位を返還して貴族ではなくなった。……よってグランは、自分が本当にやりたいことや、なりたいものを口にする自由を得たのだった。
グランの心からの願いを聞いたセデスは、諾と頷いた。例え貴族ではなくとも、セデス達にとっては、グランは王で、彼の願いを叶えることは至上の喜びだった。セデスは、グランの眉間の皺が薄くなっていることに幸せを感じ、彼の望む全てを叶えるための段取りを考えた。
セデスは、王になる勉強以外は専門外だったので、彼の国についたら、その専門の教師を探そうと心の中で算段しつつ、薬草辞典を手渡し、まずはこれを憶えるところから始めましょうと話した。
トゥセェック国を旅する間、まだ神様の子どもだったイヴは、初めての外出で度々熱を出したが、ゆるやかな旅の行程故、皆焦ることなく、その回復を待ち、穏やかに旅を再開した。
またグランもイヴも何度となく頭痛に襲われたので、二人は旅のほとんどをお揃いの白いハチマキで、額をきつく巻いた状態で過ごした。アンジュもミグシスもそしてセデス達も、二人と同じように額にハチマキ姿となり、そのまま旅を続けたので、行く先々で、一行は物珍しそうな視線にさらされた。
と、いうのも髪を結うためのリボンはあっても、額に巻くという習慣が、へディック国にも、その隣国のトゥセェック国にもバッファー国にもなかったので、常時その姿で過ごすグラン達は、異国感にあふれて見えたようだった。
さらには、この国でも熱のない痛みは気のせいだと言われたが、グラン達がきっぱりと病気だと言い切ることで、この商人一家の国では病気なのだろうと、納得されてしまった。
トゥセェック国に入ってからは、皆、変装を解き、そのままの姿で旅を続けようとしたとき、ミグシスは少し躊躇していた。元々セデス達は、へディック国の前王が黒髪黒目を忌避した存在にした理由を知っていたし、グランは実力重視で外見に拘る者ではなかったし、アンジュは前世で日本人だったから、嫌うことはなかったし、イヴはアイと同じ黒髪黒目のミグシスに好印象を持っていたから、ミグシスの外見を彼等は嫌うことはなかったが、ミグシス自身は14才まで魔性の者として、忌み嫌われていたために、隣国でも厭われるのではないかと不安に思ったからだ。
でも、トゥセェック国では、黒髪黒目は魔性の者ではなかった。この国では髪や肌や瞳が何色だろうと誰も嫌われることがなかった。全ての存在を受け入れているトゥセェック国に、ミグシスは戸惑いつつも、それを嬉しく思い、世界は、とても広いのだと知った。明るい気持ちになったミグシスを見て、皆は嬉しく思った。
そしてトゥセェック国を出て、しばらくしてバッファー国の国境に入ったとき、グラン一家は、大勢の騎士を引き連れた白髪の紳士に出迎えられた。
「ようこそ、このバッファー国へ。あなたに会うのをずっと前から楽しみにしていました。私はこの国の前王をしていた者で、名をライトと言います。あなたの隣にいるチャラ……いえ、あの女性から話は全て聞きました。私はあなた方への協力を喜んでさせていただきたいと思っております。遠慮はいりません。
私はあなたとは……遠い血縁関係にありますし、それに私も片頭痛ですから、あなたと娘さんと私は、頭痛友達で、同じ病と闘う同志に当たりますからね」
こうしてグラン達は、このライトにより、暖かくバッファー国へと迎え入れられた。




