へディック国とバッファー国の間にある、トゥセェック国の話(後編)
……その商人一家がバッファー国へと渡っていって、半年も経たないうちに、その変化をトゥセェック国は知った。へディック国から、多くの民が入国させてくれと押しかけてくるようになったからだ。へディック国の隣国は、トゥセェック国と北方にある国しかなく、後は深い樹海と見渡すばかりの海しかなかったので、トゥセェック国は急いで、その北方にある国にも問い合わせたところ、そちらにも大勢のへディック国の民が押し寄せているとの返答が返ってきた。
急いで間者に調べさせると、今まで誠実に民思いの国政を執っていた王とは思えない位、カロン王は横暴な王になってしまったらしいと報告が届いた。30才を過ぎてからカロン王は人が変わったかのように民のことを顧みず、遊興にふけることしか考えなくなり、彼の怠惰で城の国庫も空になってしまったらしい。悪い貴族と慣れ親しみ、彼等の言われるままに大量に武器を買い集めだし、危険な薬物まで手を出して贅沢な生活を自分一人が楽しむためだけに、民に重税に次ぐ重税を強いたため、民が逃げ出したということだった。
人が変わってしまったかのようなカロン王の悪政に耐えきれず、国を捨てたい、トゥセェック国や北方の国に帰化申請をしたいと毎日のように大勢の民が申し入れをしてくるので両国は、その対応に追われていた。カロン王の人格の急変に、トゥセェック国の王や重鎮達は戸惑った。
カロン王が18才で即位してから、謝罪の手紙を数年間も送り続け、民同士の国交を再開しての10年間も誠実だった彼らしくないと心配になり、どうしたのかと問う手紙を出したところ、信じられない手紙が帰ってきた。それまでの手紙と180度違う、読んで不快極まる内容に、トゥセェック国の重鎮等は衝撃を受けた。その手紙の文字は拙く、内容は口にするのも躊躇するほど醜悪で、別人としか思えない。その内容の一部を例に挙げるならば、逃げ出した民は、全て財を取り上げて処刑し、その財だけは送り返して欲しい……等の傲慢で身勝手なものだった。
カロン王に対する信頼は、またたくまに不信へと変わった。直ぐにこちらからの民や物品などのへディック国への出国を禁止し、国境に見張りの兵を増員することにした。カロン王の悪政が続き、疲弊している大勢の民を見捨てるのも忍びなく、しかし大勢すぎる受け入れに困ってしまったトゥセェック国と北方の国は、トゥセェック国の反対側の国のバッファー国に連名で、応援要請を申し入れた。
バッファー国は、昔は国と呼べないくらい弱小国であったが、ある男が王家に婿入りしたことで強大な国へと急速に発展した、ここら周辺国で、今一番勢いがある大国だった。トゥセェック国は、その男に貸しがあったこともあり、今では国交も盛んで、その国からもたらされる様々な物の恩恵を受けていた。バッファー国は、北方の国とトゥセェック国の要請を受け、へディック国からの難民の受け入れに対し、ある条件付けで引き受けてくれた。その条件付けは、あの男にとって当然だろうと両国はこれを了承した。
豊かな資源と広い領土に様々なものが発展し、しかも平和な国政が続いているバッファー国に大勢のへディック国民が渡っていった。またトゥセェック国にも大勢の民が移住してきた。その移民の中にいた、仮面の男がへディック国の民を見捨てなかったトゥセェック国に感謝し、この国のために働きたいと、トゥセェック国王に忠誠を誓いたいと騎士団に入団してきた。
武芸に優れ、しかも聡明だった、その男はどんどん出世をしていった。この男は入団審査時に、自分は一般民で弁護士をしていて、貴族相手に商売をしていたと自身の経歴を話していたのだが、入団後、あまりにも武芸に秀でているし、優秀すぎるので、その経歴は詐称で、実はへディック国の間者かと疑った上官が彼に問うたとき、男は笑った。「ああ、やっと声をかけてもらうことが出来た」……と。
自分は、この国の偉い人と話せる伝手がなくて困っていた。自分の言葉を聞いてもらうには、出世するしかなかったと言い出して、ある書類を上官に手渡してきた。近い将来あの愚王は、この国に戦争を仕掛けるつもりだから、戦に備える必要があるとの言葉を添えて……。
王や貴族の実情を話し、自分の顔の傷も、その王族達によって、傷つけられたと訴え、内密に手に入れたカロン王の実印で捺印された、大量の武器の買い付け受取伝票をトゥセェック国の上層部に渡してくれと証拠書類を上官に手渡した後、これがあの国の謀略の一端だと思われるのも嫌だから、自分は独房に入って待っているからと、男は武器を全て上官に預け、目元を覆う仮面も外し、自ら独房に入っていった。
トゥセェック国の重鎮等はこの男の情報の裏付けを取るため、間者を走らせ、それらは全て真実だとわかった後、男に会うため、独房へと男を迎えに行き、トゥセェック国の王や重鎮等が待つ謁見の間に男を招き入れ……驚愕が、その空間を支配した。
……10年後、その乙女ゲームが始まる時、男は、トゥセェック国の騎士団の……特殊部隊の将となっていた。神出鬼没で声と姿が自由に変えられ、剣技は鬼神のような強さを持つ男は、同じ部隊の者から仮面の悪魔将軍との異名をつけられていた。男はその特技を生かし大勢の仲間を従え、ある場所へと秘密裏に潜入にすることに成功していた。
後は、あれが始まるのを待つばかり……と、息を潜め、男はジッとそこで待っていた。へディック国立学院卒業パーティー……又の名を乙女ゲームの最終イベントが始まるのを……。




