イヴリンとアイとの別れ(後編)
イヴリンはアイを抱きしめながら、言葉を続ける。
「でもね、アイが教えてくれたわ。両親が私をとても愛してくれていることを教えてくれた。二人は私や使用人達、領地の人達のために身を粉にして毎日一所懸命に頑張って働いているって、アイのおかげで、私は知ることができた。
その証拠に私が『大好き』だと言って抱きついたら、父様は高い高いをしてくれて笑ってくれたわ。母様は顔を真っ赤にさせて、微笑んで抱き返してくれた。二人とも『あまり家にいられなくて、ごめんね』って、いつも私に謝るのよ。お仕事だから仕方ないのに、いつもそう言って謝ってた。それってね……二人とも本当は、もっと家にいて、私と一緒にいたいって思ってくれているからだって、アイが教えてくれたから、私は両親に本当に愛されていたんだって気づけたのよ。二人に愛されているんだなって気づけて、私はそれがすごく嬉しくて、毎日とても幸せだなぁ……って思えたの。
マーサさんやセデスさん達が私を両親と同じくらい、大切に思って大事にしてくれていることも、アイは教えてくれた。毎日毎日、皆が昼夜を問わず陰日向なく働いてくれていることや、身分差があったから私が苦しんでいたときに抱きしめたくとも抱きしめられなかったこと、そしてその事をとても後悔していることも、アイは教えてくれた。
その証拠に私が『大好き』だと言って抱きつくと皆、すごく嬉しそうに抱きしめ返してきてくれて、『私もです』と言って笑ってくれたわ。私が頭痛の時は隠しているのに、皆はとても辛そうな顔をしているし、私が元気なときは、皆が嬉しそうな顔をしていた。それってね……、皆が仕事としてだけではなく、本当に私を皆の子どもみたいに思ってくれていて、どんなときも私を大切にきづかってくれていたんだって気づけて、私はそれがとても嬉しくて、毎日すごく幸せだなぁ……と思えたの。
アイが全部教えてくれたのよ。私は……独りぼっちじゃないって!私には、私を愛して、私の味方になってくれる人が沢山いるって!」
{でも、イヴリンは皆から離れて、独りぼっちになろうとしたじゃない?それって片頭痛が、不治の病だからだよね?}
アイの言葉に、イヴリンは眉をシュンと下げた。
「……うん、アイの言う通りよ。私はアイの声が聞こえなくなって、母様もいなくなって、頭痛は治まらないし、どうしたらいいのか、わからなくなったの。
私の頭の痛みの気のせいが、”片頭痛”という病気だと打ち明けるのは、本当は私……、すごく怖かったの。……お医者様でもない、大人でもない、ましてや、まだ人間の子どもでもない私が病気だと言っても、誰も信じてくれないのではないか、私の頭痛は気のせいだって……仮病だって言われて、私が大好きな父様達に嘘つきだと思われたら、どうしようって思うと、言うのがすごく……恐ろしかったの。
……でもね、それ以上に大好きな皆に迷惑をかけてしまうだろう、今後の自分が何よりも嫌だったから、私は皆から離れなきゃいけないと考えたの。だって、どう頑張っても片頭痛の私では、公爵令嬢になれないんだもの。だから貴族になるのを辞めよう……独りぼっちで生きようと決心したの。
……だけど、皆が私の頭痛を病気と……片頭痛と信じてくれた。まだ4才の神様の子どもでしかない私の言葉を信じてくれたわ。
父様は、これからも家族は一緒だと言ってくれた。父様も実は私と同じように、小さな頃から頭痛によくなっていたんだと教えてくれて、貴族を辞めて、大国で2人の病気を治す方法を探すと言ってくれたの。母様は、体力だけは人一倍昔からあるのと言って、すでに大国へ一度行ってきて、私と父様のために、強力な助っ人を見つけてきたから、大丈夫よと笑ってくれた。
兄様になるはずだった、ミグシリアスお義兄様……ミグシスは、将来もっといい男になるから、これからも私の傍にいさせてと微笑んでくれた。セドリーさん達も向こうについたら、これからは遠慮なく、イヴリン様をいっぱい抱っこして、沢山、高い高いをしますから!と言ってくれたわ。
本当に……アイが教えてくれた通りだった。両親やミグシリアスやマーサさん達は、私を愛してくれていたわ。そして私を信じてくれたわ。本当に困ったときには、回りの大人が助けてくれた。私は今、とっても幸せよ、アイ!」
イヴリンの満面の笑みを見て、アイは泣き止み、フフッと笑って、自分を抱きしめるイヴリンをギュッと抱きしめ返した。
{そう言ってくれて、私もすごく幸せよ、イヴリン。……本当に、突然一人で修道院に行くって、言い出したから、びっくりしちゃった!でも……結果的に全てが丸く収まったから良かったわ。これでやっと心配事がなくなって、私はゆっくりと眠りに戻れるわ。じゃ……元気でね、イヴリン}
イヴリンは心の中で叫んだ。
「行っちゃ嫌です!アイ、ずっと私の傍にいて!」
アイは苦笑した。
{私はイヴリンに言ったでしょう?私はイヴリンだって。私はあなた。あなたは私。イヴリンはアイなの。お別れだけど、本当のお別れじゃないわ。……例え、目に見えなくとも、声が聞こえなくとも、いつだって私は、あなたの一番傍にいて、あなたの幸せを願ってる。
それにイヴリンは……独りぼっちじゃないでしょう?イヴリンには父様と母様がいる。ミグシスがいる。11人の優しい人達もいる。これからも、皆がずっと、あなたのそばにいてくれる……}
アイはゆっくりとイヴリンから離れて、また手を振った。
{さようなら、イヴリン。お別れを言って?今までありがとう。楽しかったわ}
イヴリンは心の中で泣いた。泣きながらも、アイに言った。
「さよ……なら、アイ。今まで……ありがとう。ずっと傍にいてくれて、本当に……ありがとう!」
手を振り、イヴリンと同じように泣いているアイの姿が段々薄くなり、やがて消えてなくなった。ミグシリアスの両手が下ろされて、馬車は小休憩のために止まった。馬車から降りて、セデスにコッソリ打ち明け話をしてから、両親とミグシリアスと林の中を散策するイヴリン。
……その姿をイヴリンの心の奥深くから見つめ、微笑みながらアイは、ゆっくりと瞼を閉じて眠りについた。
アイは自分が、その乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたことを知りませんでした。何も知らないアイは、イヴリンが片頭痛を患っていても、前向きな気持ちで生きていけるように寄り添い、励まし、少しだけ手助けした結果……イヴリンが悪役令嬢になる要素をことごとく排除してしまったことを知らないまま、永い眠りの世界に戻っていきました。
イヴリンは自分が、その乙女ゲームの悪役令嬢だと知りませんでした。何も知らないイヴリンは、自分の周りの人達を信じ、愛し、大切に思うようにアイに育てられたことで公爵令嬢を辞退しようとした結果……イミルグランの死んでしまう運命を回避させ、ミグシリアスの二つの未来以外の未来を彼が自ら選んでしまったことを知らないまま、これからも大好きな人達と一緒に生きていくことになりました。
イヴリンと同じ転生者であるイミルグランは前世の魂の影響で、本来の傲慢で冷酷な性格の氷の公爵様ではなく、傲慢で冷酷に見えるだけの、不器用な笑顔の生真面目で優しい人物になってしまった結果……、
影の一族は、前王への復讐を選びませんでした。彼等は、イミルグランの守り手になることを選びました。
ナィールは、乳兄弟を暗殺する運命を選びませんでした。ナィールはミグシリアスを自分と同じ復讐の道連れに引き込むより、最愛の女性の息子の幸せを願いました。
シュリマンはカロン王とイミルグランが、大国の壁画の人物に似ている謎に興味を持ってしまいました。その工程で彼は自分の父の死の真相に気づいてしまい、大罪を犯した前王と、息子を傷つけたカロン王を激しく憎むようになりました。
イヴリンやイミルグランと同じ転生者であるアンジュリーナは前世の記憶を持っていたことで、高飛車で我が儘で意地悪で、恋多き社交界の紅薔薇ではなく、弱気を助け強気をくじくガキ大将気質の心は父ちゃんな人物になってしまった結果……、
ルナーベルは同じ年の叔母に、優しいやんちゃな弟を持つ姉のような気持ちを持つようになりました。優しい叔母を本当の姉弟のように思い、野心家の父親を嫌い、自分を馬鹿にする貴族と自分を犯そうとした王を嫌いました。叔母と一緒に自分を助けに来た銀髪の仮面の騎士に、淡い想いを抱きながらも似合いの二人を心から祝福し、優しい叔母夫婦の幸せを願いました。だからルナーベルは、叔父を酷使させ、疲弊させて、叔父の死の原因を作った王に、激しい怒りを持つようになりました。
……これらにより、その乙女ゲームでのモブやサポートキャラだったはずの、彼等の運命も大きく変わってしまいました。
そして、10年後……。もう1人の転生者によって、その乙女ゲームは強引に始まってしまいます。その転生者は知りませんでした。片頭痛が原因で悪役令嬢がいなくなってしまったなんて……。
片頭痛が原因で……その乙女ゲームの中身が、すっかり変わってしまっていたなんて……。
ブックマーク登録や評価等、本当にありがとうございます。嬉しい気持ちでいっぱいですが、これから暑い季節になり、不定期投稿になるかもしれませんが、よかったら、これからもよろしくお願いします。




