エピローグ〜15年目の"卒業パーティー"(前編)
その年の3月は、本来ならエイルノン達の卒業式がある月であったが、夏の盆終わりの日にへディック国が滅亡し、9月から新しい国造りが始まり、それに向けての人々の大移動が始まり、人々の誘導やら国造りの補助等に学院の生徒も”体験職業訓練”という形で駆り出されていたため、結局エイルノン達の学年は卒業式も卒業パーティーも行われないまま、卒業証書と卒業の記念品だけが送付されるという味気ない卒業となってしまった。
先に述べた通り、エイルノン達は卒院後、4人揃ってトゥセェック国の国勤めとなった。そして新人研修後に割り当てられた業務は、学院の”体験職業訓練”と同じ内容だったため、彼らは即戦力となって、隣国が国として落ち着くまでの十数年間、隣国の国造りに大きく貢献することが出来た。
その間、4人は両国を行き来する多忙な生活を極めていたが隣国に赴く際は、どれだけ忙しくても必ず自分の友人達の元に顔を出し、その度に旧交を温めていた。そしてイヴやピュアの子達が大きくなる頃に、ようやく隣国は落ち着き出し、その頃にはエイルノン達にも、それぞれに一生を添い遂げる相手や相手との子が出来ていて、彼等4人は揃って、この新しい国に居を移していた。
へディック国が滅亡し、ヒールという新しい国が出来て15回目の夏は、ヒール国建国15周年ということもあって、その年内は色々な催しが行われることが決まっていたが、その最初の催しは、”合同卒業式”と”合同卒業パーティー”だと発表された。
というのも、15年前の秋から新しい国造りが始まり、人手が足りなかったこともあり、トゥセェック国とバーケック国とバッファー国の学院から学院生達が駆り出されていたため、その年の三年生は3つの国とも卒業式が出来なかったからだ。それを知ったイミル将軍……今はイミル首相が、当時の学院生達をヒール国に招待し、彼らの卒業式を城のあった空き地で執り行なうことに決めたからである。
エイルノン達は30を過ぎ、今更学院の卒業式など、照れくさい感じがして行くかどうかを迷ったが、家族の強い勧めもあり、4人は仲良く連れ立って一緒にヒール国の首都へと旅立った。8月の盆終わりの日の午前9時になり、”合同卒業式”は式典に出席する全ての者が城の空き地に集まってから始まった。
”合同卒業式”は暑い日の下で行うことが考慮され、開会の挨拶後直ぐに、各国の当時の学院長の話が5分ずつ行われたが、彼らの卒業を祝うために集まった元教師陣の紹介挨拶は省略され、当時の各国の学院の生徒会長の挨拶と答辞を合わせて8分ずつ行った後、国歌斉唱は省略されて閉会の挨拶となった。
その後は、そのまま”合同卒業パーティー”という名の”合同同窓会”へと移行し、集まった元学院生達は、旧友との再会を喜び合い、当時の話に花を咲かせていた。エイルノン達も久しぶりに会う、他の級友達の顔を見つけては話に夢中になってしまい、喉が乾いた彼らは水をもらおうと休息所に行き、そこで意外な人物がいたので驚いた。
休息所にはルナーベルとグランと何故か田舎にいるはずのイヴの姿があったのだ。
「あっ、エイルノン!トーリ兄様とエルゴールさんとベルベッサーさんも、おはようございます。皆んなお揃いで。この度は卒業式おめでとうございます!今日のような暑い日は、水分補給が大事ですので、こまめにしっかり飲んで下さいね!」
「あれ?何で、ここにイヴがいるの?」
目を丸くさせて驚きながらもイヴからミント水を受け取る彼らを見て、ルナーベルが穏やかに笑いながら言った。
「フフッ……イヴはね、今年の9月に学院に入学する我が子の入学式を見るために、早めに首都に来ていたんですよ。で、今日は薬草医の一人が夏バテしてしまったから、急遽助っ人として来てもらったの。もちろんミグシスも来ているわ。……と、そう言えばミグシスはどこに行ったのでしょう?グラン先生はご存知ですか?」
応急箱の確認をしていたグランは、ルナーベルに問われ、老眼鏡を持ち上げながら頷いた。
「ええ、知っています。今日は暑くなりそうですから、私が彼にミント水の追加補充を持って来るように頼んだのです。……ああ、久しぶりですね、エイルノン君達。お元気でしたか?卒業式おめでとう。今日はこの後、余興で”観劇”もあるようだから、沢山楽しんでおいで」
「「「「ありがとうございます、若先生……じゃなかったグラン先生!」」」」
そう言ってエイルノン達が、しばしミント水を飲みながら、イヴ達と話しているところへ、イミルを背負ったナィールが休息所に駆け込むようにして入ってきた。
「すまん、グラン!ちょっと診てやってくれ!こいつ、またぶっ倒れたんだ!」
グランはナィールの言葉を聞き、直ぐに休息所に設置していた簡易ベッドに寝かせるように指示をした。エイルノン達はナィールの補助に入り、皆でイミルをベッドに横たえさせた。
「僕達、邪魔になるといけないから、パーティーに戻るよ。ミント水をありがとうございました。ごちそうさまでした。暑いですし、皆さんも無理しないで下さいね。……じゃ、またな、イヴ。近いうちにまた家族と一緒に会いに行くよ」
「はい、待ってますね!じゃ、気をつけて楽しんできて下さい!」
エイルノン達が出ていった後、グランは青ざめたイミルの目の下をめくってみて、フゥとため息をついた。グランのため息と同時にイミルは目を覚ました。
「こ、ここはどこだ?……って、え?グランがいる!何故?」
慌てて起きようとするイミルの体をグランは視線で制止し、こう言った。
「目の下の裏が白い。それに目の充血……。これは貧血と、また寝不足のようですね。きっと15周年の行事の差配で、また無理をしたのでしょう。すみません、ナィールとルナーベル先生。事務所にいるゴレー医師のところに行って、貧血の薬湯と湯冷ましをもらってきてもらえますか?」
「おう、わかった!直ぐに持ってくる!じゃ、行こうか、ルナーベル」
「ええ、ナィール。では直ぐに戻ってまいりますので、暫くここを頼みますよ、イヴ」
「はい、わかりました!」
グランに言付けを頼まれたナィールとルナーベルが休息所を出て行った後、グランは眉間に皺を寄せてイミルに言った。
「イミル。あれ程、無理をしないで回りの人間を頼れと言っておいたのに。いい加減に自分を大事にすることを覚えて下さい。それが出来ないのなら、また私がこっそり一服盛って、無理やり睡眠を取らせますよ」
グランがそう言うと、イミルはわざと顔を引きつらせて、大げさに慌ててみせた。
「す、すまん、グラン!きちんと寝るから、それだけは止めて!」
イヴはグランの言葉を聞き、目を丸くさせて驚いた。
「父様……イミルさんに内緒で睡眠薬を盛ったことがあるのですか?またどうして、そのようなことを?」
イヴの質問にグランとイミルは、お互い顔を見合わせて、何と説明しようかと頭を巡らし……イミルが先に口を開いた。
「昔、私がある作戦で長年、俳優のカロンと名乗っていた頃があったのは以前、イヴちゃんに語ったことがあっただろう?実はね、イヴちゃんと初めて会った時は、その作戦の大詰めで体がヘロヘロになっていたんだ。でも誰にも代役は頼めないし、作戦は最終局面を迎える直前で、休むわけにはいかないからと無理を押して、一人で最後の作戦に向かおうとしていたんだ。
で、それを心配したグランに良い睡眠に導くエルダーフラワーのシロップを食べさせられた所、睡眠不足だった私は一発で眠ってしまったんだ。寝て起きたら大きな馬車に乗っていて、グラン達にお説教をされたんだ。『もうあなたは一人じゃない。私達がいるのだから頼って下さい』……と」
イミルがそう言うと、イヴはホッと息をついて、安堵の表情を浮かべた。
「まぁ、そうだったのですね。それならそうと言って下さいよ、父様。『一服盛った』なんて言い方は物騒な連想をしてしまう言い方ですよ。父様がしたことは、野菜嫌いの子どもに、体に良い野菜を摂らせたい思いから、野菜を細かく刻んでハンバーグに入れたことを子どもに隠して、食べさせる親心に近い、思いやりから来る行動だったのですから、そう言えばいいのに。悪趣味ですよ、父様」
「ううっ、愛娘に悪趣味と言われてしまった……」
娘に窘められたグランは眉を下げ、ガクリと項垂れた。それを見てイミルは苦笑しながら、取りなそうとイヴに言った。
「まぁまぁ、許してよ、イヴちゃん。私とグランは昔からの友達だったから、たまにこうして童心に返って、学生時代に、よくやっていた悪ぶったおふざけの物言いをして楽しんでいるだけなのだから。イヴちゃんは若い頃、友達とそういうノリでごっこ遊びをした思い出はない?つまりね、そのノリでの言葉遊びなだけで他意はないんだよ」
イミルにそう言われたイヴは、う〜んと自分の昔を振り返って、思い当たるものを見つけたのか、胸の前で両手をパチンと打ち鳴らせた。
「ノリ?……ですか?そうですねぇ……あっ!そう言えば、昔ピュアさんが鉄棒のテストの時に、気持ちの持ち方を変えたら鉄棒で逆上がりが出来るようになると助言をしてくれました!そういうことだったのですね。父様、悪趣味と言ってしまってごめんなさい。謝りますから、そう泣いて落ち込まないで」
泣いてしまった父の為に手布を出そうと、休息所の隅に置いた手荷物の方に向かうイヴに気付かれないように、グランはイミルに取りなしの礼を目礼で伝えてきた。
それはグランを助ける為にイミルに嘘をつかせてしまった詫びの気持ちが多分に含まれているものであることをイミルはわかっていたので、静かに首を横に振り、片手を上げて、気にするなと言葉を使わずにイミルも伝え返した。
15年前の7月。あの時、悪役のカロンは、あの場面では一服盛られないといけなかったと言う事をイヴに説明することは出来ないし、説明してもわかってもらえないだろう。そこでイミルは咄嗟に嘘の学院生時代の話を作って話したのだとグランは思っている。
だが真相は微妙に違う。何せイヴは普通の嘘を見抜くのが上手い。イヴに嘘を信じさせる為には必ず本当の事を織り込まないと容易に信じてはくれない。だからイミルは当然、本当の学生時代の話を織り込んだ。……ただし、それはイミルやグランのことではない。
学院生時代、悪い祖父の配下に見張られていたカロン王子だったイミルも、生真面目な学院生のイミルグランだったグランも、そんな悪ぶったごっこ遊びは一度もしたことがなかった。それをしていたのは……ユイだ。
(そう言えば、昔、ナィールがイミルグランの顧問弁護士として城に来た際にナィールを視た時に、押し寄せて来た記憶の中で、ユイの親友のひーちゃんの姿だけが、影絵のようになっていて容姿がわからなかった。
アンジュリーナもライト様も知らないユイの親友のひーちゃんは、誰だったのだろう?遠い異世界でユイに悪ぶったおふざけのごっこ遊びを教えた、ユイの初めての親友。大人になったユイは毒を盛ったと見せかけて実はユイの命を救った老婆は、親友のひーちゃんだったのではないかと死ぬ間際まで思っていたようだが……)
イミルグランが、あの場面を再現する際、あえて毒殺に見せかけたのは、僕イベの呪縛を解きたかった気持ちが強かったからだろうが、それでもあえて自分が先に食べて見せたのは、あの時のユイの気持ちが、来世でも残っていたからだろうとイミルは思っている。




