二人だけの物語〜悪人の悪役志願㉑
8月のお盆の最終日の午後、リアージュは新しいシューティングゲームと格闘ゲームを買うために電車に乗り、町に出ていた。リアージュにとって初の遠出であったが、”お姫様”の新たな記憶が追加されたことで、大きな街の電気屋までの道順もわかっていたし、電車に乗るのにも戸惑うことはなかった。夏はリアージュの辛い記憶を思い出す嫌な季節ではあったが、その日は新しいゲームを買うことで頭がいっぱいだったので、リアージュは機嫌よく外に出て、目当ての電気屋へと行くことが出来ていた。
(わ、わからない……。どれもこれも同じに見える……)
電気屋の中に入り、”ゲームコーナー”と書かれた場所に向かったリアージュは、沢山あるゲームソフトを前にして、目をパチクリさせた。そんなリアージュに後ろから声がかけられた。
「何か、お探しでしょうか?」
「ああ、それが……」
リアージュが振り向くと、そこに若い店員がいたので、リアージュはシューティングゲームと格闘ゲームのことを聞こうとしたのだが、店員は振り向いたリアージュの顔を見た途端、リアージュのことを老婆だと思ったのか、先程よりも大きくゆっくりとした声で、こう尋ねてきた。
「今日はお孫さんのゲームを買いに来られたのですか?」
そう言われたリアージュはムッとして、言い返した。
「違うわよ!ゲームをするのは私よ!本当に失礼ね、訴えてやるわよ!」
「っ!?す、すみませんでした!」
そう言って走り去る店員の後ろ姿を見たリアージュはフン!と鼻を鳴らせた。
(……ったく。店員教育がなってないんじゃないの?)
リアージュは文句を言いに行こうかと、チラリと店員の走っていった方を見れば、先程の店員が年配の店員に「その人の見た目でお孫さんがいると決めつけてはいけませんよ。今後、気をつけて下さいね」と教えを受けているのが見え、そこへ鼻血を出した若い店員が走ってくるのが見えた。
(鼻血?……ああ、今日は暑いものね。何だか面倒臭くなってきたから文句を言いに行くのは止めよう。さぁ、早くゲームを探そう)
外の暑さを思い出し、うんざりした気持ちになったリアージュは店員に文句を言いに行くことを止め、ゲームソフトの陳列棚の横に置いているパンフレットを手に取り、目当てのゲームはないかと探し始めた。
(そう言えば僕イベのファン情報サイトを利用している何人かのファンが他のゲームにも、とても詳しそうだったっけ。あ〜あ、私があの時にムカついて書き込みさえしなければ、何が面白いのか、尋ねることが出来たのになぁ……)
リアージュはガッカリした気持ちになりながら、パンフレットを閉じ、ゲームの陳列棚を直接物色することにした。
(まぁ、でも……”お姫様”のお小遣いはいっぱいあるのだし、いくつか適当に買っても大丈夫だよね。……さて、どれにしようかな?)
リアージュは気を取り直し、ゲームコーナー内を回り、シューティングゲームと格闘ゲームが置いているコーナーを探し、そこに足を向けた時に、あるものを見つけてしまった。
「っ!?こ、これは!」
あいうえお順にジャンル分けされていたコーナーだったので、リアージュが足を向けた格闘ゲームの横は乙女ゲームのコーナーだった。そこに『店員おすすめ!』と書かれた”僕のイベリスをもう一度”を見て、リアージュは体中の血が沸騰しそうなくらいに怒り、目の前が真っ赤になった。リアージュは僕イベのソフトを鷲掴むと思いっきり店内の床に投げつけて、足でガシガシと踏みつけ始めた。
「キャ〜!お客様!そんなことをされては困ります!」
リアージュの狼藉を見て、女の店員が走って止めに来たが、リアージュはその手を払い除けて、さらに足で踏みつけた。
「っるっさいなぁ!こんなゲームは早くこの世から消えたほうがいいんだから、邪魔するな!」
この女の店員は何もわかっていない。この僕イベのせいで普通の人間だった”お姫様”は、神に人生を強制終了させられて、このゲームそっくりの世界に転生させられたのだ。こんなゲームは無い方が世に生きる人間達のためになると何故わからない?……とリアージュはゲームソフトを踏みつけながら説明してやったが、女の店員はリアージュの話を少しも信じてはくれなかった。
「誰か急いで主任か店長を呼んできて……いや、警備員さんを呼んできて!」
女の店員の声を聞き、走ってやってきた男性店員数名と警備員数名がリアージュの身を拘束しようと手を伸ばしてきたのでリアージュは大声で怒鳴りつけた。
「もう!手を離せって言ってるでしょうが!あんたらねぇ、お客様は神様でしょうが!手を離さないなら訴えてやる!」
すると先程の年配の店員がリアージュに負けないくらいの大声でキッパリと言い返してきた。
「お客様はお客様であって、神様ではございませんし、迷惑行為をするあなたはお客様ではありません!」
これ以上迷惑をかけるなら警察を呼ぶと言われたリアージュは、自分を拘束する店員達の手を振り払い、逃げるように電気屋を後にした。
電気屋の外に出たリアージュは、真夏の太陽の暑さに思いっきり顔をしかめた。手で日差しを遮りながら、どこかでお茶を飲んで休憩を取ろうと考えたリアージュは、太陽の暑さを避けるために影がある場所を探しながら歩き、ショッピングモールに行くことにした。ショッピングモールについたリアージュは、その中にある喫茶店に向かっている途中で、若い女達が集まっている店を見つけ、何の店だろうかと首をかしげた。
(あれは何を売っている店だろう?ぼんやりした色合いの店だこと。若い女がいっぱい並んでいて、煩いったらないわね)
人だかりで何を売っている店なのか、わからなかったリアージュは顔をしかめたまま、近づいていき……、その香りに足を止めた。
(あっ!この香りはショコラだ!……ショコラ……チョコレート。唯?)
店の前に並んでいる少女達は、スイーツを早く食べたいと瞳をキラキラさせて待ち望んでいるし、店から出てきた少女達は、美味しかったねと絶賛し合い、お土産の紙袋を覗いてみては、早くこれを家族や友人達に食べさせたいねと嬉しそうに話し合いながら去っていくのを見て、リアージュは頭の奥の奥で、”お姫様”があの女のことを名前で、親しげに呼ぶ記憶が頭に浮かんできたので、慌ててクルリと後ろを向き、店から遠ざかった。
(これは何?何の記憶なの?……チョコレートとあの女。ひーちゃんと唯。お代官様と越後屋。わけがわからない単語が頭に次々浮かんでくる。”お姫様”はあの女が憎かったんじゃないの?何故チョコレートを食べて喜び合う女達を見て、あの女を思いだして”お姫様”は泣いているのよ!)
動揺するリアージュの頭の中では、”お姫様”が今の今まで秘めて隠し持っていた”大事な親友”との記憶が色鮮やかに蘇ってきた。
(何よ、この記憶!?こんな記憶は今まで一度も思い出したことがないわ。……これはもしや、パソコンの中でゲーマー達が語っていたイースターエッグ?確かゲームを作った者がゲームの中にわざと隠している仕掛けのことよね?ある条件を満たしたらメッセージやら簡単なミニゲームとかが現れることがあるって書いているのを見たことがあるけれど、”お姫様”の中にも、そのイースターエッグがあったってこと?
嘘!?えっ?ショコラが”お姫様”の隠し持っていた記憶を開く条件だった?いいえ、今までショコラは何度も食べたことがあるけれど、こんな記憶なんて思い出さなかった。それじゃ何が……。ああ、そうか!”お姫様”と唯が出会った頃の年代の少女達が仲良くショコラを食べて話している姿を見ることが条件だったんだ!)
リアージュは男爵令嬢だった頃は誰かとショコラを分け合うことなんてしなかったし、貴族の社交は貴族にとっては仕事の意味合いが強かったので、茶会でショコラを食べていても、さっきの店で見かけたような、心底気を許し合い、和気あいあいとした雰囲気の少女達ではなかったので、”お姫様”のイースターエッグを解放する条件とは見なされなかったのだ。
一気に流れこんでくる”お姫様”の記憶に動転していたリアージュは、足がもつれて、ドタッ!と派手な音を立てて転んでしまい、その痛みに苛立ち、怒りのまま声が出てしまった。
「ウギャッ!痛ッ!何よ、これ!何でこんなツルツルした滑りやすい床なのよ!誰がこんな床にしたのよ!訴えてやる!」
怒鳴った後、リアージュは痛むお尻をさすりながら呻いていると、慌てて誰かが駆け寄ってくる足音が近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
転んでお尻をさすり呻いている自分を見て、大丈夫そうに見えるのかと苛立ったリアージュはムカついて、相手に怒鳴りつけようとした。
「はぁ?これのどこが大丈夫に見え……えっ!?あんた……」
リアージュは相手の顔を見た途端、口を開けたまま、動けなくなってしまった。何故なら目の前に現れたのが、”お姫様”のイースターエッグに隠されていた女だと直ぐにわかったからだった。




