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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”お姫さま”のイースターエッグ
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二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑲

 リアージュが、”お姫様”の生きていた世界に来た初日。リアージュはコンビニに行った後は、他の場所へは寄らずに”お姫様”の家に帰り、綺麗になった部屋で酒を飲み始め、暫くして、それらの音に気がついた。


 ブウウン……と低く唸るような音はクーラーという冷たい風が出る機械から聞こえ続けている。台所から時折ガタッ、ガタガタン!と聞こえる音は食べ物を冷やす機械である冷蔵庫の製氷機で作られた氷が、氷の受け皿に落ちる音だ。ウィィィン……と玄関近くの家の外から聞こえる音は、どこかの家で動かしているだろう掃除機とやらのゴミを吸い出してくれる機械の音で、ゴオオン、ゴオオン、ジャップ、ジャップ……と機械音と一緒に水音が聞こえるのは、やはりどこかの家で使っている衣服を勝手に洗ってくれる機械である洗濯機とやらの音に違いない。


 前世の記憶から、それらの音は家電と呼ばれる機械が出す生活音であると、ぼんやりと覚えていたリアージュは、酒を飲みながら、それらの音を聞くともなしに聞いていた。この世界で生まれてきた”お姫様”と違い、異世界で生きていたリアージュにとって、それらの機械が立てる音は今まで一度も耳にしたことがない不思議な音だったから、初めは興味深く聞いていたのだが直ぐに聞き飽きてしまった。


(ああ、煩い……。特にクーラーの音が煩くて堪んない。ずっと唸っていて、まるで自分の耳鳴りの音なんじゃないかと錯覚しそうなくらいに耳障りだわ。それに冷蔵庫の氷が出来る音も嫌い。急に大きな音が鳴るんだもん。……それにしても不思議。人の声だけは全く聞こえてこないなんて……)


 今朝早くに家の前の道路に出た時は、多くの人間が行き来していたし、”お姫様”の住んでいる家は集合住宅なのだから、他に多くの人間が住んでいるはずなのに、人の声が聞こえてこないことがリアージュには不思議だったが、アルコールで酔い始めたら、どうでも良くなってしまい、ビールと一緒に不思議だと思う気持ちも飲み込んでしまった。


(フラグも折ったことだし、明日は何をしようかな?せっかく異世界に来たのだし、色々見て回りたいわ)


 ……そう、この時点ではリアージュは三日三晩も酒盛りするつもりはなかったのだ。だが、次の日の朝、家を出ようとしたリアージュは、雨が降っていたので外に出るのを断念した。


(雨は嫌い。特に夏の雨は大っ嫌いよ。だって、()()()()を思い出すんだもん……)


 リアージュの脳裏に浮かぶのは、誰もいない町をさまよい歩いたときの16才の自分自身だ。あのときのリアージュは貴族ではなくなり、窃盗やら万引をして捕まり、収容所にしばらく入った後二ヶ月近く、一人っきりで誰もいない町を旅していた。自分が暮らしていた屋敷にたどり着き、井戸に飛び込めば城に行けると思い、戸惑いなく井戸に飛び込んでしまったのは、その時の自分が正常な思考が出来なかったからだが、そうなった原因は何も激しい空腹と疲労によるものだけではなかった。


 右を見ても左を見ても、人が誰もいない町。二ヶ月近く旅を続けても誰とも会わなかったリアージュは僕イベをバッドエンドで終わらせたことで、この世界が終わりを迎え、自分一人だけが生き残ってしまったのではないかと思い、言いようのない孤独感に襲われて自我が崩壊寸前にまで追い込まれていたからだった。


あの辛い日々の思い出が、ついこの間のことのように鮮明に蘇ってくるのでリアージュは夏の季節が嫌いになったし、夏の雨はさらに大嫌いになった。だから雨の中、外に出たくなかったリアージュは、その日も酒盛りをし、結果的に三日三晩飲み食いし、その次の日は体調不良になってしまったから、雨は止み、空は晴れたというのに外には出られなかった。


(変だなぁ。私の体は一体どうしたんだろう?何だか体が重いような、だるいような感じがしてくる。頭もボーとしてくるし、喉も痛い。くの字に曲がった腰や足がとても冷たくなって、疼くように痛いし、肩も痛くて、ゴキュゴキュと鳴るし、それにお腹の調子も悪い……。これって本当に二日酔いなんだろうか?


 それとも、もしや何かの病気になったのかな?……ううん、額を触っても熱がある感じはしないから病気じゃないんだろうけど、どうも調子が悪い。おかしいなぁ……、ああっ、それにしてもクーラーは音以外は最高よね。ここにいれば、少しも汗をかかないから、お風呂に入る必要もないものね)


 ”お姫様”の記憶がうっすらしか思い出せていないリアージュは、その体の症状が”クーラーによる冷房病”……冷房のかかった部屋にずっといることで起こる体調不良だということがわからなかったから、色々と不調になっている今の自分は酷い二日酔いにかかっているだけだと思いこんでいた。


 リアージュは働かなくても食う寝る住むに困らない”お姫様”の生活は、誰よりも恵まれた生活だと、この世界に来た当初は信じて疑わなかった。だが三日三晩の酒盛りの後、体調不良で横になって寝ていたリアージュは、憧れの生活をしているのにも関わらず、一人ぼっちでいた16才の頃のように無性に叫び出したいような、どこかに走り出してしまいたいような、自分でもわけがわからない気持ちになり、折角憧れていた”お姫様”の世界に来たというのに、何故自分がこんな変な気持ちになっているのだろうかと、そう感じる自分自身に戸惑った。


「何だろう、この変な気持ち?……それにしてもここは、とても()()ね……」


 静かだとリアージュは言ったが、それは事実ではない。何故ならリアージュが初日に耳にした機械音は変わらず至るところで聞こえていたからだ。リアージュの生きていた世界では家電等という便利な機械はなかったから、それら家電が出す機械音は馴染みがなく、また実際に家電を動かしている人間を実際に見ていなかったことで、それが人が生きるために出している生活音だとは、リアージュにはどうしても思えなかった。


 もしかしたら”お姫様”ならば、その機械音こそが人間が生きている証だと認識し、それらの音に”人”を感じることが出来ていたのかもしれないが、リアージュはそれを聞いても生活音だとは認識出来なかったので、人がいることを音で感じられなかったから、人の気配が全くしないという意味合いで言ったのだった。


 リアージュが”お姫様”の世界に来て5日経つが、その間、”お姫様”が言葉を交わしたのは、あの家事代行業の男二人とコンビニの店員だけだった。コンビニの店員は『いらっしゃいませ』と『唐揚げを温めますか?』と『カードはお持ちですか?』と『箸は何膳お入用ですか?』と『5万円お預かりします』と『お釣りをご確認下さい』と『ありがとうございました』という7つの言葉を何の感情もこもらない声音で喋ったので、リアージュは、店員は人間ではなくて自動機械人形なのではないかと思うほど、人間味を感じられなかった。


 初日に外に出たときも、道行く人々や立ち話をしている人々は大勢いたのに、リアージュに話しかけてくる者は一人もいなかったし、”お姫様”の家がある集合住宅でも、他に住んでいる住人と廊下ですれ違っても誰も声をかけてくることもなく、リアージュを気に留める様子もなかった。


(まるで自分が誰からも見えていないみたい……)


 リアージュがそう思った途端、16才のときに感じた孤独感やら絶望感といった負の感情が一気に蘇ってきて、リアージュに襲いかかってきた。再び孤独感に苛まれたリアージュはいても立ってもいられなくなった。そこでリアージュは次の日から手当り次第、自分が住んでいる集合住宅の一軒一軒の家のインターホンを押して回ってみたり、集合住宅の前の道路に立ち、誰彼無く手当たり次第に話しかけてみた。


だが集合住宅では昼間にインターホンを鳴らせても不在の者が多く、たまたま在宅している家があっても『間に合ってます』とか、『ウチはセールスお断りです』とか、『警察を呼びますよ』と、どれも冷たい返事がインターホン越しに返ってきて、その返事をした人間が実際に玄関を開けてリアージュの前に姿を見せることはなかった。


 また道路に立って、通行人に話しかけてみたところ、こちらも『結構です』とか、『今、急いでいるので』とか、『知らない人と喋ったら駄目だから』とピシャリと言い捨てられるだけで、リアージュと話をしようとするものは誰もいなかった。炎天下の中、誰からも構われることを拒まれたリアージュは、暑さで頭がボウッとして喉が渇くまで外にいて粘ったが、誰一人として、リアージュを気に留める者は現れなかった。


 誰かと話がしたい、誰かに構ってもらいたい、リアージュという一人の生きた人間がここにいることに気がついてほしい。……リアージュのそんな欲求を叶えられたのは、8月に入り、文字や数字が読めるようになって、家電の使い方の記憶を思い出したリアージュが、興味本位で立ち上げたパソコンの中でだった。

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