二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑱
二人して、ため息を付いた後、”お姫様”を睨んでいたリアージュの顔が緩んだ。
{なんだ……私を裏切っていたわけじゃなかったんだ}
”お姫様”は苦い表情となった。
「それはどうだろうね。16才のあんたに私の記憶がドッと押し寄せてきて、それからのあんたは僕イベの情報に終始振り回され、結局牢屋に入れられて、収容所で一生を終えたんだから、あんたの言うように私のせいで人生破茶滅茶になったと言っても過言じゃないんじゃない?」
目の前の映像はネルフ国で人生を終えるリアージュの姿が映っている。リアージュは、それをチラッと見た後に肩をすくめた。
{そんなことないわ。前世の記憶が蘇ったのは金の神のせいで、あんたのせいじゃないんだから。ああっ、良かった〜!あんたにはあの女……唯がいたけれど、私には誰もいなかったからね。自分にまで裏切られてたのかと、さすがに私もちょこっと凹んでたんだ。でも、あんたが私を裏切ってなければ、もうそれで十分だわ。
それに、もしもあんたの記憶が蘇らなくても結果は多分、同じだったんじゃないかと私は思ってるの。だって私は心底働きたくなかったし、自分の低い身分も気に入らなかったし、私よりも身分が高かったり、美しかったり、賢かったり、とにかく私よりも上にいる人間が気に入らなかったの。あんたはイケメンと恋愛してみたいという夢があったみたいだけど、私には結婚願望は全くなかったしね。
あのまま僕イベのことを知らずに学院に通っていても、私は何らかの問題を起こして、結局退学していただろうと思ってるわ。もし問題を起こしてなくて、誰かと婚約を結んでいたとしても結果は同じ。だってへディック国は8月の盆終わりの日に滅亡して、貴族は一人もいなくなってしまったんだからね。……でも死んでから、あんたの世界に行くことになったときは本当に驚いた}
「そういやあんたは私の世界に憧れていたわね。どうだった、私の世界は?」
”お姫様”が尋ねると、リアージュは苦虫を噛み潰したみたいな顔になった。
{最悪だったわ!}
リアージュがそう言うと、目の前の映像がまた変わった。そこには強制終了される前の時間に巻き戻っている”お姫様”の姿が映し出されていたが、その中身自体は紅の神と交渉を交わして、”お姫様”の世界に来たリアージュだった。
ルナーベル似の神を謀り、”お姫様”の世界に来ることが出来たと思い込んでいるリアージュは、”お姫様”の世界に来た初日早々に、僕イベのイベントに行くことを回避してやったので機嫌が良かった。しかも念願のコンビニで思う存分買い物して、”お姫様”の家に戻ったら、どこもかしこもピカピカに掃除されていたので、これこそ憧れのお姫様の生活よ!……と大喜びしながら、綺麗になった居間のテーブルにコンビニで買ってきた物を並べ、祝杯を上げることにした。
”お姫様”のうっすらとした記憶から、何とかビールの入っている缶のプルトップに指を入れ、開けることに成功したリアージュは、久しぶりのアルコール……生前のリアージュは16才で重罪人として捕まって以来、一切のアルコールを口にしていなかったこともあり、ウキウキとした気持ちのまま、缶のビールをコップに注ぐこともなく、直接缶に口をつけて、久しぶりのアルコールを楽しもうとして……初めて飲むビールの冷たさに驚き、そしてその美味しさに舌鼓を打った。
「くぅ〜!冷たくて美味しー!想像した通り、ビールって美味しいのね!このシュワシュワするのが凄く喉にしみるわ!……ゲェッ〜プ!アハハハ、ゲップしちゃったわ!でも、この世界では失礼ではないのよね!異世界最高!」
リアージュの”お姫様”の記憶によると、この家の家賃も生活費もお小遣いも皆、”お姫様”の親が請け負ってくれているらしく、”お姫様”は働いてはいないらしい。”お姫様”は好きなときに好きなものを食べ、好きな時間に眠る生活を高校中退してから40過ぎの今になるまで、ずっと続けていたようだった。美味しいビールに感激したリアージュは期待を込めた目でポテトチップスが入った袋を開け、唐揚げが入ったプラスチック容器を開け、ビールを飲みながら、それをつまんで食べてみた。
「うわ、旨っ!この世界のポテトチップスも唐揚げも超旨いじゃん!食べ物も旨いし、酒も美味しいし、これで働かなくてもいいなんて最高過ぎじゃん!何よ、ここ!ホント天国じゃ……あっ!」
天国と口にしたリアージュは、地獄の前で会ったルナーベル似の神様の言葉を思い出した。
「そういや……、私の記憶はどっかの”英雄”の本当の願いが叶うまでの間だけだったっけ。うっかりしてたなぁ……物語がいつ完結するのか、聞くのを忘れていた。あ〜あ、ずっとこの世界にいたいのに残念だなぁ。ま、フラグをへし折ってやることが出来ただけでも良しとするかな。そうだ!せっかく異世界に来たんだから観光でもしてみようかしら?」
期間限定でしか、この世界にいられないなんて本当に残念だと思いながら、でも自分は神とのフラグをへし折ってやったのだから、この世界の”お姫様”の運命を変えることが出来たのだし、自分の生前の人生も改変されているはずだとリアージュはほくそ笑み、暫くしかこの世界にいられないのなら、思う存分、この異世界での生活を満喫してやろうと心に決め、飲みきってしまったビールの空き缶を放り投げ、今度は前世で馴染み深かったワインボトルに手を伸ばした。
神を出し抜いてやったと気を良くしたリアージュは、久しぶりに飲むアルコールに陶酔し、そのまま三日三晩好きなだけ飲み食いした。前世の”お姫様”同様怠惰な性格をしていたので、飲み食いして出たゴミを部屋のあちこちに放り投げ、買ってきた者が全て無くなった三日後には部屋はすっかり元の汚部屋に戻ってしまっていた。
好きなものを好きなだけ食べられて、好きなお酒をいくらでも飲むことが出来て、好きなときに好きなだけ眠ることが出来て、欲しいものは買ってもらえて、しかも働かなくてもよい。そんな夢のお姫様生活を叶えている”お姫様”が何故、こんな居心地の良い家を出てはイケメン達を追いかけ回すのか、そしてイケメン達がふりむいてくれないからと女達を虐めに行くのか、リアージュには当初、理解が出来なかった。
(確か前世の私は、私と違って、誰かを虐めて喜ぶのが楽しいわけではなかったはずだけど、どうしてこんな居心地の良い家を出ては、嫌がられるとわかっているのに、人に関わりに行くのかしら?私だったら面倒くさいから出来るだけ家を出ようとは思わないのに)
そう思いながら、三日三晩飲み食いして、酷い二日酔いで寝込むことになったリアージュだったが、7月末には”お姫様”がそれをしてしまう理由を否が応でも理解してしまった。理解してしまったリアージュは”お姫様”と同じように居ても立っても居られなくなってしまって、8月に入り、文字や数字が読めるようになり、パソコンの立ち上げ方も思い出すと、あれ程二度と近づかないと決めていた僕イベのファン情報サイトに、僕イベに出てくる登場人物への悪口や、僕イベの制作陣や僕イベを好んでいるユーザー達への誹謗中傷を連日書き込みを繰り返し、いくら忠告されても書き込みを削除しなかった。
しかもリアージュは、僕イベには逆ハーレムルートがあるとまで書き込んだ。僕イベと復讐ゲームの関連性を探っていたゲーマー達は、自分達の知らない逆ハーレムルートが存在するのかと騒ぎ出し、サーバーがパンクするほどネット内が大騒ぎとなったが、リアージュはそれでも構わず、書き込みを続けた。……何故、リアージュがこんな暴挙に出たかというと、それは”お姫様”が人に嫌がられるとわかっているのに、人に関わりに行く理由と同じだった。
”お姫様”とリアージュが、人に嫌がられるとわかっているのに、人に関わりに行く理由とは、ズバリ……”お姫様”もリアージュも、孤独に耐えられなかったと言うことだったのだ。




