二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑮
リアージュは16歳の姿で”お姫様”の前に仁王立ちで現れると腰に手を当てたまま、首まで大地に埋まっている”お姫様”を見下ろした。
{私さぁ、私の最大の味方って私だと思ってたんだよねぇ。だって、そりゃそうでしょ?自分の体を守れるのは自分だけ。自分以上に自分のことを一番大事に思って、自分が幸せに生きられるようにと常に自分のことを考えているのって自分以外にいないのが普通じゃん!……だからさぁ、まさか私の最大の敵が私だったなんて地獄に落ちるまで気づかなかったのよね}
「……なんのことよ?」
{フッ、今更とぼけなくてもいいわよ。そりゃね、一番の味方だと思っていたあんたに裏切られてたって知って、腸煮えくり返るほど腹立たしいし、あんたに殺意だってバリバリ沸いているわよ。でもあんたに報復しようにも、あんたは私だから痛い目見るのは結局私自身だし、もう死んでしまって地獄にいるんだから、どうしようもないでしょう。だって私はあんたなんだから。悔しいことにあんたの首を絞めようにも触れることだって出来ないんだから嫌になっちゃうわ}
リアージュは”お姫様”の首に触れようと手を伸ばしたが、その手は”お姫様”の首に触れることはなく、素通りした。目を凝らしてよく見れば、リアージュの体は半透明に透けている。半透明のリアージュは素通りした手を残念そうにこすり合わせると、体を起こしてグルリと地獄の底を見渡した。
{それにして、あんたは大した女だわ。ここにいる地獄の亡者は既に何回か入れ替わっているというのに、あんたは未だにここに居座って自分の非を認めようとはしないんだから。何十回……いえ100回も自分の人生を繰り返して視させられて、あんたと私の2つの人生で傷つけた人々の報いを受け続けているっていうのに、あんたは一向に反省した素振りを見せない。どうしてなのかしらね?}
”お姫様”は横に顔をそむけて、口に溜まっていた血をペッと吐き捨てた後、リアージュを睨みつけた。
「あんたは本当に私なの?私は何回も反省の言葉を繰り返していたわ」
”お姫様”に睨まれても、リアージュは意に介さなかった。
(それは最初だけでしょう?あんたは勉強が嫌いだけど地頭は良いから、ここのカラクリに気がついてからは反省の言葉なんて言わなくなった。私を誤魔化そうとしても無駄よ。だって私はやっと本当のあんたを知ってしまったんだもの}
リアージュの言葉を聞いて、”お姫様”は怪訝そうな表情になった。
「本当の私?」
{さっきも言ったけど、あんたは本当に大した女よね。なんたってあんたはただの普通の人間のはずなのに、自分自身の本当の記憶を自分で封じ込めて、別の記憶を捏造……改変していたんだから。あんたは本当の前世の記憶を転生したリアージュにも金の神にも視せなかった。
捏造された偽りの記憶だけを思い出した私は、あんたはあの女のことを心底憎んでいると信じていたし、僕イベの逆ハーレムエンドを初めて攻略したのはチヒロだと思い込んでいた。多くの人間達を視て僕イベの逆ハーレムエンドをクリアした”英雄”を探す労を惜しんだ金の神は、僕イベのファン情報サイトの件であんたを偽物の”英雄”だと断じたことで、あんた自身のことを深くは視なかった}
「……私は何も隠してなんかいないわよ。僕イベのファン情報サイトに投稿したのは千尋がクリアしたゲーム画像だもの」
{確かに投稿した画像は千尋の買ったゲームだったわね。でもね、そんなことで誤魔化せると思っているの?馬鹿ね、もしかして気づいてないの?あんたが繰り返し自分の人生を視せられる中で、あの女が出てくる度に罵るのを止めた辺りからね、あんたの人生の映像の中身が変わって映っていたのよ。そうよ、あんたが後生大事に私や神から隠していた、あんた自身の本当の記憶が目の前に映るようになっていたのよ}
「え?」
そう言ってリアージュは、”お姫様”の前から少し左横にずれて立ち、”お姫様”の視界を妨げない位置まで来ると、右手を前に翳した。すると、そこには”お姫様”がげっそりした顔つきの両親に伴われて警察署から出てくる姿が映し出された。
{あんたはあの日、あの女の高校に不法侵入したことが原因で、自分の高校から退学処分を喰らっても、あの女との関係を誰にも言わなかった。それだけじゃないわ!あんたは、あの女との一年間の記憶を自ら封じ、他の誰よりも憎むように思い込むことで……憎んでいるように周りに見せつけることで、あの女を守り、あの女を守るよう千尋を生まれ変わらせた。
外見だけじゃなく中身が伴った千尋は、より一層女達にモテるようになるとわかっていたあんたは、あの女を苛めることで、千尋の注意を引き、あの女が他の女達に嫌がらせを受けていることを知らせようとした。なのに、あの女があんたを庇うものだから千尋はそれを中々察知できなかった。結局千尋が知ったのはあの女の兄貴に教えてもらってからだった……}
リアージュがそう言うと、”お姫様”は目を一瞬丸くさせ、その後、直ぐに否定した。
「違うわ!私は私から千尋を奪ったあの女が憎ったらしくて仕方ないから嫌がらせの限りを尽くしたやったのよ!なのに千尋には弁護士を立てられて接近禁止命令が出されて、親からも一人暮らしをするように言われて、全部全部あの女のせいよ!だから二人が結婚する時には嫌がらせで直径30センチもある大きなチョコレートケーキを贈り、しかも『地獄に落ちろ!』とカードまで添えてやったのよ!」
”お姫様”が必死に違うのだと頭を振るのを、リアージュは薄ら笑いの表情で見た。
{ハッ!確かにチョコレートを食べると激しい頭痛になる”頭痛持ち”にチョコレートケーキを贈ることは嫌がらせに間違いないし、カードに書かれた『地獄に落ちろ!』も最低な言葉に違いないわね。でもね、あんたの本当の高2の記憶を視た後では、そのチョコレートケーキも、ケーキに添えたカードの言葉も、相手があの女なら意味合いは180度変わってくるわよね}
”お姫様”の目の前に、チョコレートケーキを前にして、泣き崩れる唯の姿が映し出される。生前は見ることが出来なかった唯の花嫁姿。しゃっくり上げて泣く唯が「ひーちゃん、ひーちゃん」と言っているように見えるのは”お姫様”の願望がそう視せているだけだろうか……?唯の泣く姿が消えて、次に映し出されたのは家を追い出され、一人暮らしを始めていた”お姫様”がゲームショップで”僕のイベリスをもう一度”を買う姿だった。
{確かにあんたは、あの頃ギャルゲーやエロゲーや乙女ゲーに嵌っていた。そんな中、あんたが”僕のイベリスをもう一度”……僕イベを買った理由は覚えている?}
「推しの声優が出ているゲームだったからよ」
{いい加減にくだらない嘘をつくのは止めなさいよ。もう全部わかっているんだから。あんたが僕イベを買おうと最初に思ったのは、ゲームのパッケージに描かれている主人公と攻略対象者達の制服が、あの女の高校の制服と似ていたからよ。こんな偶然があるのかと興味が湧いたから、あんたは僕イベを買って帰った。そして実際にプレイして、もっと驚いた。そうよね?}
「……もう止めて」
リアージュはそう言って”お姫様”の目の前に映る映像を見る。そこにはゲームを進める度に驚いた表情となる”お姫様”の姿が映っていた。
{制服どころか校舎も恋愛イベントである学校行事もあの女の高校とそっくりだった。そして主人公のヒロインの性格は、あの女を連想させるものだった。……だから、あんたはつい懐かしさのあまり、魔が差した}
”お姫様”は動かせるだけ顔を横にそむけて、目をつぶって叫んだ。
「もう止めてって言ってるでしょ!」
リアージュは口元を歪めて笑ったまま言った。
{アハハ……止めてあげないわよ。だって本当はあんたこそが一番最初に僕イベの逆ハーレムルートも”隠された物語”もクリアしていた正真正銘の”英雄”だったんだから!}




