二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑭
”お姫様”が体育館倉庫に隠れているとバレたのは、舞台に上がってきた教師達が唯に話しかけた後、偶然カメラのレンズに反射した光を目ざとく見つけたからだった。走ってきた教師達は倉庫の窓から逃げようとした”お姫様”を捕まえ、体育館の中に連れ出し、残っていた教師達の何人かは、どよめく生徒達を指示し、”お姫様”の側から離れるように誘導し、一人の教師が電話をかけるために体育館を出て行った。
「随分見かけないと思っていたが、やはり現れたか!今日こそ警察に突き出してやるからな!」
「また標的は八頭か?つきまとい女!それとも八頭の取り巻きの女子生徒の誰かか?」
「おい!返事しろ!……おっ、そのカメラを見れば、誰を狙って嫌がらせをしようとしていたかが、わかるだろう。貸せ!」
教師達は”お姫様”を取り囲み、”お姫様”の持っていたカメラを取り上げた。”お姫様”は必死に取り返そうとしたが、教師達に体を押さえつけられ、思うように体が動かない。
「ちょっ!?離してよ!嫌よ、カメラに触らないでっ!」
”お姫様”がそう言って手を伸ばした視線の先に、舞台の上にいる唯が”お姫様”が上げた声を聞いて驚いている様子が見える。唯の側で土下座していた千尋は”お姫様”の声を聞いて、忌々しそうに”お姫様”のいる方を見て睨みつけた。
「え?……この声は、まさか……ひーちゃん?」
「もう俺に執着するのは止めたと思っていたのに!また来たのか、あの女は!」
千尋の言葉を聞いた唯は、ムッとした顔になって千尋に言った。
「っ!自分の婚約者のことをあの女呼ばわりするなんて酷いです!」
そう言った後、唯は千尋の横を通り抜け、舞台から下りて、”お姫様”がいる一番後ろへと走ってくる。千尋は唯の言葉に一瞬キョトンとした表情になったが、唯が”お姫様”の元に行こうとしているのを見て、慌てて土下座を止めて立ち上がると唯を追いかけた。”お姫様”の目が長年つきまとっていた千尋ではなく、唯の姿だけを追いかけるのと同じように、千尋も唯だけを見ているのだと、”お姫様”にはよくわかった。
(ああっ!唯がこっちに来る……。ついにバレてしまう)
千尋は運動神経が良く、あっという間に唯の横に走り並び、唯の誤解を解こうと必死に口を開いている。
「もしかして信濃さん、あの女が俺の婚約者だと思っているの?それ違うから!」
「嘘なんて付かないで下さい!あんなにひたむきにあなたを慕っていたひーちゃんが可哀想です!」
「嘘なんてついてません!っていうか、ひーちゃんって誰!?」
唯と千尋が”お姫様”の元に走り辿り着くのと、教師が”お姫様”のカメラの録画機能に気づくのは同時だった。
『信濃さんが映ってる!こいつは信濃さんを狙っているんだ!』
「違っ!」
「「「「「っ!何だって!なんて悪い女なんだ!」」」」」
教師の言葉に”お姫様”は、否定の言葉を上げようとしたが、それは生徒達の驚きの声でかき消えていった。
「「「「「今度の標的は信濃さんだったのかっ!?なんて恐ろしい女だ!」」」」」
「「「「「自分が気に入った男に見向きもされないのは、その男達が愛する女のせいだと逆恨みして、次々と嫌がらせをしているという噂があったが、どうやら噂は本当だったんだな!」」」」」
「「「「「私もこの女には中傷ビラをまかれたり、イタズラ無言電話を何回もかけてこられて迷惑したことがあったのよ!」」」」」
「「「「「高校もろくに行かずにフラフラ遊んでばかりの親泣かせの最悪な女が来たぞ!」」」」」
「俺が信濃さんを本気で好きなことをどこかで知って狙ってきたんだな!絶対にお前から彼女は守ってみせるぞ!」
生徒達は驚きの声を上げた後、次々と”お姫様”の悪い噂……いや本当のことばかりを大声で話し始めた。千尋は目を丸くさせて固まっている唯を自分の後ろに庇うようにして隠して”お姫様”を睨み、牽制した。すると唯は千尋の後ろから這い出してきて、前に飛び出すと”お姫様”を取り押さえている教師達に向かって言った。
「ち、ちょっと待って下さい!ひーちゃんを離してあげて下さい!これは何かの間違いです!ひーちゃんは私を狙ってなんかいません!きっと今日ここに来たのは、友達の私を心配して来てくれただけだと思うんです!」
(唯っ!)
唯がそう言うのを聞いた千尋や教師達や日頃の”お姫様”のことを知っている生徒達は、唯を気の毒そうに見つめ、皆が口々に唯を慰め、”お姫様”を悪しざまに罵った。
「「「「「信濃さん、可哀想に。すっかりあの女に騙されているんだね」」」」」
「「「「「中傷ビラやイタズラ電話に飽き足らず、今度は騙して傷つけようという魂胆だったのか!なんて卑怯な女だ!」」」」」
「「「「「そんな恐ろしいことしか考えないから、誰もお前なんて好きにならないんだよ!」」」」」
「ごめんね、信濃さん!俺が君を愛したせいで、あいつに標的にされていたんだね!でも、もう大丈夫だ!俺は絶対に君をあいつからも”頭痛”からも守ってみせるからね!」
皆の言葉を聞いても、唯は”お姫様”は自分を傷つけようとはしていないと必死に言い張った。唯が”お姫様”を庇う度に、周囲の者達は唯を気の毒がっていたが、あまりにも唯が皆の意見を聞き入れないものだから、やがて周囲の者達は怪訝そうに……”お姫様”を見るような目つきで唯を見始めたことに、”お姫様”は気づいた。
「「「「「ねぇ、信濃さんは本当に、あの女の友達なの?」」」」」
「はい、そうです!だからひーちゃんは私を騙してないんです!ひーちゃんは物知りで頼もしくて親切で、友達思いのとても優しい人なんです!ひーちゃんは優しくて素敵な、私の一番の親」
唯の言葉は、パチンッ!という頬を打つ音で遮られた。
”お姫様”は教師達の手を振りほどき、走って唯の頬を打った後、腹を抱えて笑い始めた。
「ア〜ハッハッ!ハハハッ!面白いったらありゃしない!ここまで完全に騙されてくれるだなんて思わなかったわ!……ああっ、しまった!ここで笑っちゃったら、この女を千尋から引き剥がす作戦がバレちゃうじゃないの、私ったら馬鹿ね!フッ!あ〜あ、でも仕方ないか!こうして見つかってしまって、証拠のカメラも取り上げられてしまったんだものね!」
”お姫様”に打たれた頬が痛々しい位に赤くなるのも構わずに唯は、ポカンとした表情で”お姫様”を見つめている。
「?ひーちゃん……?何を言っているの?」
「信濃さん、下がって!」
”お姫様”は唯を見ず、頬を打たれた唯を守るためにやってきた千尋の顔を真正面から睨みつけて、ニヤッと顔を歪めて笑ってやった。
「幼稚園の時からあんたを追いかけて10年ちょいになるわね、千尋!あんたは金持ちだし、顔だけはいいから、私の物にしてやろうと決めていたのに、少しも私を見なかった!私はね、本当はあんたなんて大嫌いだったのよ!中身空っぽのクズ男のくせに、顔が良くて金持ちだからと大勢の者達にチヤホヤされて……あんただけずるくない?
私は顔が悪くて金持ちじゃないから、私を振った男達や女達に酷くしたら、そいつら以外からも悪く言われるようになって、誰からも構われなくなった。あんたは金持ちで顔だけはいいから、どれだけ女達を酷く扱っても次々とあんたを構いに来る。私もあんたも中身がクズなのは同じなのに!
……だからね、私はあんたが幸せになるのを阻止してやろうと決めたんだ!この女はね、千尋の運命の相手なのよ。10年以上も千尋を追いかけてきた私には、千尋がどんな女と結ばれたら幸せになれるのかが、わかる!他のイケメン達の最愛の恋人達にも嫌がらせを繰り返していた私には、千尋が誰と結ばれたら幸せになれるか、わかるのよ!この女はね、千尋の運命!この女は千尋の幸せ!この女を逃したら千尋は幸せな人生を送れないのよ!
ここにいる連中も御存知の通り、この女は誰よりも美しい。だけどそれ以上に、この女は中身が真面目で不器用で……とてつもなく可愛くて綺麗なの。私や千尋と違ってね。この女もあんた達も、この女が”頭痛持ち”なことが欠点だと思っているのだろうけど、それだってね、この女と一緒にいて、この女のことを深く知れば、それは単に神様が意地悪して、そういう体質にしただけであって、この女自身は何も悪くないってことが直ぐにわかってしまうのよ!
そうよ、外見も中身も完璧な女を千尋だけが得るなんて、ずるいわよね!だから私は、この女が千尋を嫌うように仕向けるため、この女を騙して友達になったフリをしたのよ!この女は私の嘘を直ぐに信じただけの愚かなお人好しなだけで、私は本当に友達だなんて、これっぽっちも思ってはいないわ!……その証拠に、この女は私の本名も家も、私がどんな人間なのかも何も知らないんだから!この一年弱、いい子ちゃんのフリをして、この女に付き合うのは大変だったわ!私は美しい女が大嫌いだってことを、この町に住む者なら誰でも知っているでしょう?
ハハハッ!ザマァ見ろ、千尋!私は、この女を騙したけど、あんたの過去の所業は何も捏造はしていない!それは正真正銘、あんたが私と同じクズだという何よりの証拠よ!これで、この女はあんたを嫌うはずよ!あんたが死ぬ気で生まれ変わる努力をして、どんな女の誘いも跳ね除けて、実家に頼らずに自分だけの力で何者からもこの女を守れる強さを手に入れない限り、この最高の女はあんたの傍には来てくれない!
ウフフ……、ああっ、愉快だわ!千尋は、この最高の女を手に入れられなくなった!ねぇ、千尋。クズなあんたには同じクズな女がお似合いなのよ!そろそろ観念して、私の物になると誓いなさいよ!」
「嫌だ!確かに俺はクズな男だった!女達だって道具にしか思えなかった。でも俺は運命を見つけたんだ!誓うなら彼女に誓う!俺は彼女の傍にいるために、絶対に生まれ変わってみせる!」
”お姫様”と千尋が激しく言い合う中、学校からの連絡を受けた警官達が体育館の中に突入してきて、”お姫様”の身を拘束する。警察官に身を引きずられるように体育館の外に連れ出されている途中も、”お姫様”は罵詈雑言を千尋に浴びせ続け、最後に唯に視線を移した。唯は声もなく、ただ涙を流して”お姫様”を見つけ続けていた。”お姫様”は唯から目をそらせ、体育館の舞台の左の壁に設置されていた時計を見た。
「魔法が解けるのって、昼夜はあまり関係ないのね……」
時計の針は12時を少し回っていた。
そこまで視た時だった。地獄の底で自分の生前の人生を視ていた”お姫様”の目の前から、生前の映像が突如消えたのだ。それだけではない。”お姫様”と同じように地獄の底に埋められているはずの多くの罪人の姿も消えていた。真っ暗闇の中、一人ぼっちになった”お姫様”に、誰かが声をかけてきた。
{……ねぇ、もう、いい加減に強情張るのを止めてくんない?}
”お姫様”に声をかけてきたのは、リアージュ……来世の自分自身だった。




