二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑬
「……さっきも話した通り、私は”頭痛持ち”です。天気が悪いと痛くなりますし、逆に眩しい陽の光でも痛くなりますし、暑すぎても寒すぎても痛くなります。人混みに入っても痛くなりますし、大きな音やきつい刺激臭でも痛くなります。だから普段、学校にいる私は、頭痛の時は休憩時間の間は静かに眠って休んでおきたいので、休憩時間の度に会いに行くことも会いに来られることも望みません。
そしてデートの日に天気が悪かったり、また逆に良すぎたり、暑すぎたり寒すぎたりする度に、頭痛でデートが出来なくなり、土壇場で中止にしたり、途中で家に帰るということが多いということを念頭に入れておいて下さい。また天気や気候に左右されるということは、季節の変わり目や夏の季節や冬の季節はあまりデートは出来なくなるものと思っておいた方がいいかと思われます。
人混みに入っても痛みますから、人が多い場所……例えば遊園地や野球場といったスポーツ観戦や町中などをデートで訪れることもあまり出来ませんし、大きな音がするコンサート会場や、きつい刺激臭のするお店などは入れません。髪を結んでも痛くなりますから、髪のお洒落もあまりしませんし、寝不足でも痛くなるので夜遊びはしませんし、夜の長電話も出来ません。映画も本も頭痛が起きたら集中して見ることは叶いませんし、ゲームは頭が痛くなるのでしません。
次に私自身の考えている親密な男女交際のあり方について、話させてもらいます。私は親密に誰かと交際することになっても、結婚するまでは清い体でいたいと思っています。ですから肉体関係を望まれても応じることは一切出来ません。そして密室で二人きりになることは対面もよろしくないですし、万が一の間違いが起きてはいけないので、部屋で二人きりになる状況は徹底的に避けさせていただきます。
そして私は私の交際相手にもそれを求めます。私と交際をするのであれば、その間の貞節はきちんと守って……平たく言うと他の女性との不適切な関係を一切持たないでいただきます。それが守れないようであれば、私との交際は考え直された方がよろしいかと思います。また私は学生の間は学業を優先するのが学生の本分であると考えていますから、テスト前の二週間はデートをしませんし、電話もするつもりはありません。また私は兄と家事を分担していますので、放課後は夕飯の買い物とかあるのでデートは出来ません。
えっと、それと私はこんなにも頭痛で日々の生活を送るのにも苦労している身なのですが、来年度の生徒会長をやるようにと言われてしまったので、来年の一年間はデートがまともに出来ないと思って下さい。といいますのも、私は鎮痛剤が効きにくい身でして、頭痛時は授業で習ったことを頭に入れるのに、随分集中力を使ってしまいます。それなのに生徒会の仕事までとなると、とてもじゃないですがデートをする気力は湧いてこないと思いますから。
ああ、そうだ。私の兄ですが、もしかしたら皆さんの中で知っている方もいるかもしれませんが、私の兄は格闘家の信濃雷斗です。兄はとても心配性なので、もしも私が男女交際を始めたら、しばらくはデートに同伴すると思いますので、その時は兄も、どうぞよろしくお願いいたします。後は……あっ、そうそう!ここにいる皆さんの中で私に結婚前提のお付き合いを望まれている方がいたので、蛇足ながら付け加えさせていただきますが、私達は幼い頃に両親を亡くし、家族はお互いしかいません。ですから私は結婚しても兄と離れるつもりはありません。兄との同居を認めてくれる人としか結婚はしません。ちなみに私の兄も”頭痛持ち”です。
もしも結婚した場合ですと、私も兄も”頭痛持ち”ですから、家事はきちんとは出来ません。頭痛の時は基本寝込んでいますから、その間は洗濯も掃除も出来ないだろうし、炊事だってレトルトや惣菜や出前にだって頼ると思います。ここに出てこられた方々のご実家は、それぞれ名があるお金持ちのお家だそうですが、そういった名のある方々のお家同士の社交も出来ないと思いますので、それを踏まえてお考え下さい。
また私の容姿は今だけのものだと思われますが、私の頭痛は一生続きます。後数十年経てば、私の顔にはシミが出来てシワも増えて、美しい容姿など幻であったかのように見る影もなくなるでしょうが、私の頭痛は幼い頃からずっとありましたし、多分一生治らないと思います。ですので鎮痛剤も一生飲み続けねばなりませんので、薬代も一生かかるということを把握しておいて下さい」
”竹取物語”のかぐや姫は、自分は月の世界にいずれ戻るとわかっていた。だから自分を求める求婚者達に、手に入れることが不可能な宝物を望むことで、『私はあなた達の手の届かない存在なのだ』ということを示し、彼らを退けた。
そのかぐや姫が実在していたら、このような顔ではないだろうかと噂され、”月の姫君”などと密かに生徒達に呼ばれている唯もまた、”竹取物語”のかぐや姫と似たような状況に置かれていた。だが唯は『私はあなた達の手の届かない存在なのだ』とは示さなかった。唯が示したのは、その真逆だ。唯は『私はあなた達が手を伸ばす価値など全くない存在なのだ』と示し、彼らから唯を退けさせるために延々とぼやき続けたのだ。
果たして、唯の作戦は9割方は見事に成功した。たとえ、どれほどの美人だろうと頭と身持ちの硬すぎる女性は恋の相手としては敬遠される。だって彼らはまだ10代の青春真っ只中の遊びたい盛りの若者なのだ。恋人となった女性とは色んな所に二人でデートに出かけたいし、少しの時間だって会いたいし、声だっていつまでも聞きたいし、出来たら体の触れ合いだって多少なりともしてみたいと思うのは当然のことだ。なのに、あれもこれも頭痛だから出来ない、どれもこれも結婚前はしないと言い切る唯は、恋を存分に楽しみたい彼らにとっては面倒臭く、重く、鬱陶しく、つまらない女性で、恋の相手として相応しくなかった。
また彼らは皆、名家の跡取り息子であるからして、結婚の条件に唯の兄との同居などは絶対に不可能であるし、したくもないのだ。唯の貞淑さは結婚相手としては理想的だろうが、彼らの実家は皆、古くから続く名家で血筋を重視する傾向にあるので、親がいなくて施設で育った唯との結婚には、必ずや難色を示し横やりを入れてくるだろう。家の反対を押し切って唯と結婚したら、実家と縁を切られてしまう恐れだってありうる。彼らは裕福な家に生まれ、裕福な生活に慣れきっている身なので、貧乏な生活などは出来ないし、したくもない。また結婚は反対されなかったとしても、家事が出来なかったり、家同士の社交や会社の付き合いが全く出来ず、薬代に金がかかるという唯は、彼らの結婚相手としても相応しくなかった。
それに、もし仮にここで適当に唯の言う通りにすると嘘をつき、自分の言いように力づくで無理やり唯を自分のものにしようものなら、唯の兄の報復が恐ろしすぎる。信濃雷斗といえば、今、格闘技界に突如現れた期待の新星として、大注目をされている格闘家だ。彼の格闘術は独特で、海外では現代に蘇った忍者として大いに持て囃されている。唯と雷斗の顔は全く似ておらず、唯はかぐや姫に例えられるほどのたおやかな美人だが、雷斗は鬼や熊と恐れられるほどの強面の大男で、言われるまで兄妹だとは誰もわからなかったくらいだ。
そんな恐ろしい男の怒りを買ってまで、恋の相手としても結婚相手としても魅力のない唯を求めるほど自分達は唯を好いていないと自覚したのか、これでもか、これでもか……と次々繰り出される唯の口撃に一人、二人……また一人と生徒会役員が舞台から降りていった。”お姫様”は唯の取った方法に感心しながらも、唯の将来を案じずにはいられなかった。
確かにこの方法なら他の人を傷つけることはないだろう。でも、この方法は自分の言った言葉で自分自身を傷つける辛い方法であった。彼らが去るのを見る度に、観客と化している舞台下の生徒達が彼らが諦めるのも当然だという顔で迎え入れている姿を見る度に、女子生徒達が気の毒そうに唯に同情の視線を向ける度に、唯は自分は恋の相手として誰にも求められない人間なのだ、自分は結婚相手として誰からも望まれない人間なんだと思い知らされ、傷ついていた。
唯の話の全てが全て真実かどうかはわからないが、少なくとも唯の恋の相手や結婚相手になろうという人物は、”頭痛持ち”の唯をそのまま受け入れられる度量のある人間でなければならないし、そんな唯を支えられるほどの強い覚悟と愛情がある相手でなくては務まらないということが、”お姫様”にも他の者達にもよくわかった。
(ハァ……。一番賢いやり方だったとは思うけど、唯が自分で自分を傷つけることになるのは見てられないわ。まぁ、でも、これで全員が舞台から降りたのだから良かっ……って、まだ一人、残ってる!?一体誰が……あれは?嘘?あれは千尋?嘘でしょう?あんな生き生きとした目をして頬を染めて、あれじゃ、まるで生きている人間みたいだわ!)
他の生徒会役員達は唯の話を聞き、顔をしかめたり、苦虫を噛み潰したような顔になったり、顔色を無くしてから舞台から降りていったが、千尋はそうはしなかった。唯が話し始めると瞳をキラキラとさせて、唯があれが出来ない、これはしないと言う度にウンウンと嬉しそうに頷いて、こう相槌を返していた。
『そっか。信濃さんは”頭痛持ち”なんだね。それならデートが出来ない日や土壇場で中止になったら、家にお見舞いに行くし、途中で帰ることになったら家まで送っていくね。休憩時間は信濃さんは会いに来なくてもいいけど、俺は君の傍にいたいから、会いに行って君の横で静かにしているね』
千尋がそう答えると、唯は目を丸くさせ、”お姫様”はもっと目を丸くさせた。
『人混みが苦手なら人のいない場所……そうだね、公園とかはどうだろうか?夜遊びをしない真面目な信濃さんが俺は好きだな。長電話は出来ないと言うけれど、何分なら大丈夫?5分でもいいから声を聞きたいな。映画も本も頭痛が起きたら集中して見ることが出来ないなら、頭痛が起きていない間に一緒に少しずつ読んだり見たりしよう。ゲームは……俺自身、ゲームにはいい思い出がないから、俺もあんまりしないから大丈夫だよ』
千尋がそう答えると、唯は首をかしげて不思議そうに千尋を見て、”お姫様”はゲームにいい思い出がない理由は自分のせいだと知っているので、フンッと鼻を鳴らせた。
『俺は信濃さんの考える男女交際を全面的に受け入れるよ。だって俺は君なしには生きていけないもの。君の傍に一生いたいから、君に触れたくとも我慢する。全く問題ないよ。学業を優先するというのも大賛成だ。お兄さんと家事を分担して、放課後に買い物がある日は荷物持ちに同行させてね』
千尋がそう答えると、唯は頬をポッと染め、”お姫様”は千尋の過去の所業を知っているだけにその言葉がどこまで信用が出来るものなのかと疑った。
『確かにそこまでの”頭痛持ち”で家事も分担してしているなら、生徒会長の仕事は大変だよね。よし!それなら俺に、君の生徒会長の仕事を手伝わせてよ!君の手足となって働いてみせるから!』
千尋が腕まくりして力こぶを作って見せつけると、唯は苦笑してみせ、”お姫様”は千尋が唯に本気で惚れているのだとわかった。
『信濃さんのお兄さんが信濃雷斗だったなんて驚いたよ!一緒のデートもどんと来いだし、君と結婚出来るのなら同居も大歓迎だよ!君やお兄さんが頭痛の時は、俺が家事をするよ!洗濯も掃除も炊事もしたことはないけど、今から頑張って覚えるよ!俺は名家の生まれだけど、実家も祖父達も大嫌いだから、政治家にならない!結婚する時は信濃さんのところに婿入りさせて!』
千尋がそう答えると、途中まで唯は頬を染めて聞いていたが、千尋が政治家にならないと言った途端、何かに気づいたかのような表情になって、顔をこわばらせ、それを見ていた”お姫様”は、”お姫様”が語っていた不実な婚約者が千尋のことだと、唯が気づいたことを悟った。
『そんなのはお互い様だよ。俺の容姿だって今だけのものだ。誰だって歳を取るんだから、そんなのは気にしないさ。俺は生まれつき体が丈夫で健康なんだ!君の薬代でもなんでも稼ぐよ!だから信濃さん!俺と付き合って下さい!』
千尋がそう答え、再び唯の前に指輪を掲げてみせたが、唯はクシャッと顔を歪ませ、悲しげな表情となり、”お姫様”は唯の表情を黙って見つめていた。
(唯、あなた、もしかして……)
唯は舞台下にいる自分のクラスメイトの一人に声をかけ、自分の座席に置いているトートバッグを取ってほしいと頼んで持ってきてもらうと、中から茶封筒を取り出して、千尋に渡した。
「先程、色々と言いましたが、まだ一番大事な事を言い忘れていたことを思い出しましたので、それを付け加えさせてもらいます。私は……人を自分の都合の良い道具だとしか思えない人は信用できません。自分への好意を利用するだけ利用しておいて、その責任を負おうとしない人間を軽蔑します。私は……婚約者がいることを伏せ、別の人間を口説こうと8ヶ月も追いかけ回す人は……嘘つきは嫌いです」
「?婚約者?俺に婚約者なんていな……い。ええっ!?この書類って、もしかしなくても……俺の……女性遍歴が書いてある……」
唯の言葉に首をかしげた千尋は、茶封筒の中身が自分の過去の所業が赤裸々に書かれたものだと気づき、顔を青ざめさせて、土下座をし出した。
「っこれは!?す、すみません!ごめんなさい!俺は、俺は酷い人間でした!でも俺は君と会ってからは、君しか欲しくないから!他の女なんてどうでも良かったけど、君だけは違う!……ああ、それでは駄目なんですよね!過去のことは謝ります!俺が傷つけた女性達に土下座して回って謝ってきます!全ての女性達に謝って来ますから、どうか俺に最後のチャンスを下さい!俺、生まれ変わってみせますから!どうか、お願いです、信濃さん!俺は君と会って、初めて生きてるっていいなと実感できたんだ!」
「……」
唯が辛そうに顔をそむけると、千尋は絶望した表情となったが、その次の瞬間にはグッと唇を噛み締めたかと思うと、舞台の上から全校生徒達に向かって土下座し、自分の過去の所業を告白し出して、自分が過去に振った女子生徒達や自分に言い寄っていた女子生徒達に向かって懺悔を始め、謝罪を始めた。そうして、ようやく教師達が唯に声をかけたことで、やっと、この騒動は終わるはずだったのだが……。
『やったぞ!ついに捕まえたぞ!このつきまとい女め!』
体育館倉庫に隠れていた”お姫様”が教師達に見つかったことで、事態は急展開を迎えたのだ。




