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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”お姫さま”のイースターエッグ
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二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑨

 二学期が始まり、”お姫様”は相変わらず唯と月に一度しか会えなかったが、会えない時間はゲームをする傍ら、次に唯と会う時は何を話そうかとか、何を教えてあげようかと考えるので頭がいっぱいになって他の者のことはあまり考えなくなっていき、二学期の間も千尋と唯のいる高校には行かなかった。また、この頃から唯は頻繁に”お姫様”の行っている高校を受験すれば良かった……と口にするようになったのも、それに拍車をかけた原因でもあった。


 ”お姫様”を見ると途端に嫌そうに顔を歪める者達に比べ、唯は”お姫様”を見つけると嬉しそうに顔を綻ばせて駆け寄ってきて、別れ際には、ひーちゃんの傍にもっといられたらいいのに……と寂しげに別れを惜しむので、その度に”お姫様”は無意識に舞い上がり、徐々に唯を自分の次に大切な存在だと思うようになり、気がついたら唯のことを常に考えるようになり……やがて”お姫様”は、これからも唯とずっとお友達でいたいと思うようになっていた。


 そして高2の12月という大事な時期……自身の将来を考えなければならない大事な時期を迎えたこともあり、両親に何度も将来の進路を尋ねられ、高校に行くように今まで以上に促された”お姫様”は、当然嫌だと撥ねつけようとしたが、ふと、こんな風に思ってしまった。


(もしも私が、私のことを誰も知らない土地の大学に行ったとしたら、唯は追いかけてくれるかしら?そしたら学校でも外でも、ずっと唯と一緒にいられる……)


 そんなことを考えてしまった”お姫様”は、嫌々だが高校に行くことにした。勉強嫌いで怠惰だった”お姫様”は小中高と勉強を怠けきっていたから、当然、高校の授業など全くついていけず、またそれまでサボりにサボりきっていたので、学校の教師達からもクラスメイト達からも冷ややかに見られて遠巻きにされ、学校の行事も一人だけ浮いた状態で参加し、毎日が苦痛で仕方なかった。それでも”お姫様”は、唯と一緒にいるためにと、生まれてはじめて我慢というものをして学校に通ったのだが、今までの遅れを取り戻すのは容易なことではなかった。


 何せ”お姫様”は悪知恵だけは働くが、学校の勉強はてんで出来なかったし、出席日数が全く足りないことや今までの態度の悪さもあり、今後は土日や冬休みを返上して、毎日の課題に取り組まないと進級どころか退学さえ視野に入れていると通告されていたので、12月の間、”お姫様”は唯に会うことは出来なかった。なので唯一休みがもらえた元旦の日に、”お姫様”は唯に自分が思っている進路の話をしようと思っていたのだが、お互いに新年の挨拶をした後に、眉間にくっきりと皺が入った唯が何度もため息を付きながら、「ひーちゃんの高校に受験すれば良かったな。学校に行きたくない」と言ったので、進路の話をするのを忘れてしまった。


「どうしたの、唯?学校で誰かに虐められているの?」


「……う〜ん、虐められているわけではないと思うのだけど、実はね、入学式があった一ヶ月後から男子生徒が女子生徒をいっぱい引き連れて、しょっちゅう教室に来て私に話しかけるようになったの。そうすると休憩時間に寝られないから、頭の痛みが引かなくて、すごく辛かったの。だから一学期と二学期は出来るだけ休憩時間は逃げ回っていたんだけど、三学期もまたあの人達が来るのかなぁと思うと、それが憂鬱で……」


 鎮痛剤が効きにくく、学校ではハチマキを巻けない唯は、頭痛が起きた日は頭痛の痛みを少しでも和らげようと休憩時間は教室で寝ているのだが、男子生徒が多くの女子生徒を引き連れて、しょっちゅう来るようになったから、騒がしくて頭痛は酷くなるし、少しも休めなくなったのだと打ち明けた。


「何その迷惑な男!何ていう名前の男なの?」


 ”お姫様”が尋ねると、唯はしきりにウンウンと唸って名前を思い出そうとしていたが、暫くして諦めたように首を横に振った。


「名前?……なんて言ったかなぁ?確かネクタイの色が橙色だったから二年生の先輩だとはわかるのだけど、名前は、えーっと。えーっと……。……ごめんね、ひーちゃん。覚えてない」


 月の半分以上が頭痛になることが多い唯は、教科の教師達とクラスメイトの顔と名前を覚えるので精一杯なので、他のクラス……ましてや上級生など誰一人として覚えていないのだと打ち明けた。


(確か唯の高校の男子生徒のネクタイの色は一年生が深緑、二年生が橙、三年生が臙脂だったはず。橙ということは千尋と同じ二年生……。千尋の学年で、そんな迷惑な男子生徒がいただなんて少しも知らなかった)


 ”お姫様”は暫く会いに行っていない千尋のことを思い出しながら、唯に尋ねた。


「まぁ、そんな事情があるなら覚えていないのも仕方ないわね。じゃ、その人の顔は?……って、まさか、唯のその表情……。まさか顔も覚えてないの?」


 首をかしげたままの唯を見て、”お姫様”が呆れ気味に言えば、唯は首をすくめて謝った。


「……うん、ごめんね。だって頭がガンガン響くように痛む時に来られても、まともに顔なんて見てられないし、何かごちゃごちゃ言われても、ちっとも頭に入ってこないのだもの」


 迷惑をかけられているのに顔も名前も覚えていない唯に、”お姫様”は頭を抱えたくなった。


「迷惑をかけられているのに、顔も名前も覚えていないなんて……。唯は危機感がなさすぎて、とても心配になるわ。ねぇ、何でもいいから、その男のことを思い出せない?なんて言われたかとかも思い出せないの?」


 千尋の学年の生徒達の顔を思い浮かべながら、唯に手がかりとなる記憶はないかと問えば、唯は腕組みして、首をかしげて考え込んだ後、思い出したことを話し始めた。


「う〜んと……、確か男子生徒は日曜日に二人で人気のカフェに行こうとか、遊園地に行こうとか、コンサートに行こうとか、野球観戦に行こうとか、とにかく人が多くて煩い場所に行こうとしつこく何度も誘ってくるのが、すごく嫌だった……。行きたいなら一人で行けばいいのに、何で私を誘うんだろう?って思ってたような記憶がぼんやりとある。後は……、あっ、そうそう。その男子生徒の周りにいる女の子達が彼に誘われてるのに行かないなんて何様よとか、いい気になるなとか言っていたような……。


 でも、そう言った女子生徒達は、その男子生徒にすごく怒られて、次からは姿を見せないけれど、そう言ってくる女子生徒達は次々現れるから、ずっと賑やかで煩いの。ああ、そう言えば、その男子生徒は、何故か私が女子生徒達に何かを言われる度に、私が女の子達に悪く言われるのは自分の以前の行いが悪かったのが原因だから許してくれと土下座して泣いて謝ってくるのが、何かの喜劇を見ているようだなと思ったことはあるわ。女の子達とその男子生徒の言い争うような声で頭が辛いから、他所でやってくれないかなと何度も思ってた」


「喜劇って、唯、あなた……。本気で気がついていないの?」


「え?本気って、何のことなの、ひーちゃん?」


 ”お姫様”は唯のズレた感想に自分まで頭痛になりそうな気がした。間違いなく唯は、その男子生徒とやらに好意を寄せられている。なのに、そのことにまるで気がついていなかったのだ。


(これが唯でなかったら、わざと気がついていない振りしてるだけのぶりっ子女め!とか男子に言い寄られていい気になっているんじゃないわよ!と、そこにいたという女子生徒達みたいに罵ってやるところだけど、唯の場合、頭痛が原因で自分の容姿の良さどころか、誰かに好意を寄せられていることも本気で気がついていないのだから、どうしようもないわね……)


 公園にやってくる唯の服装は、いつもパーカーにデニムのズボン姿で少年のように見えるが、唯の顔はとびきりの美少女だからか、いつだって公園を訪れる人々……老若男女問わずに、唯はよく話しかけられているのを、唯と一緒にいる”お姫様”は知っている。その大半は何故か体調を気遣うものだったが、若い男性の何人かの中には明らかに唯自身をデートに誘うようなものも多かった。それを全部そつなく断る発言を繰り返す唯に、”お姫様”は軽い羨望と嫉妬の気持ちから、唯はモテていいわね……と言ったことがあったが、え?私、いつモテていましたか?……と真顔で問い返されて、逆に”お姫様”が返事に窮することとなったことを思い出しながら、”お姫様”は唯の話を聞いていた。


 その後の会話で、唯は酷い頭痛のせいで自分の容姿にはあまり関心が向いていないことや、家の外で会う他人は悪質な勧誘か誘拐犯かもしれないから最大限の警戒をしろと、自分を育ててくれた11人の大人達や自分の兄に事あるごとに言われて育ったことが判明し、その過保護な保護者達の言葉を鵜呑みにして成長したため、デートに誘われているという意識が唯には少しもないのだと”お姫様”は理解し、つくづく唯は損な生き方をしているなと思っていた。


(折角美人に生まれてきているのに、頭痛のせいで自分の容姿が優れていることにも気がついていないなんて、唯はなんて勿体ない人生を送っているのだろう。あの容姿を生かしたら男達にチヤホヤされて何かと優遇された生き方だって出来ただろうに……。まぁ、唯にしたら容姿が優れるよりも頭痛の起きない体で生まれてきたかったと思っているのだろうけど……)


 きっと小さな頃から唯はモテていたのだろうが、過保護な保護者達と頭痛によって、そのことに全く気づかず生きてきた唯の残念さが、”お姫様”の心に僅かにあった唯への嫉妬心を打ち消して、逆に唯を不憫だと思うようになっていた。話に聞く限り、唯を恋い慕う男は大勢の女子生徒達がつきまとっている様子が伺えたので、相当に見た目だけは良い男なのだろうと思い、”お姫様”は心の中で、それに該当する二年生の男子を思い浮かべてみた。


(千尋の学年は、確か千尋を含めて、とびきりイケメンの男は4人いる。大きな寺の跡取り息子と大病院を経営している会長の息子と警察長官の息子に祖父が政治家をやっている千尋。どの男も名家の生まれで金持ちでイケメンで、彼らの周りには玉の輿を狙った女子学生達が大勢いる。この中の誰かが唯に片思いをしているということよね。……もしかして千尋かな?ああ、それだけは絶対にないか。


 千尋は自分の容姿の良さを知っているから女を追いかけることは今までなかったし、変にプライドが高いから土下座して謝るなんて絶対にしないもの。それに千尋は”月の姫君”とかいう女性に夢中だって噂だったし、違うわよね。ということは他のイケメン達?ああ、でも副会長の男も違うわね。あれはイケメンなのに奥手な男で自分に近づく女達を睨んで追い払っていたもの……。じゃ、一体誰が唯を?まぁ、誰でもいいわ。一番大事なのは唯なんだから)


「唯。これからあなたの学校生活を平和なものにすべく、秘策を伝授しようと思うのだけど、その前に一つ確認していい?驚かないでね、唯。その男子生徒はね、唯に恋しているのだけど、唯はその人のことをどう思う?」


「うぎゃ、恋!?あの煩く遊びに誘ってくる人が?」


「驚かないでって言ったけど、そんな嫌そうな顔をしろとは言ってないわよ。……ハァ、その顔で唯がどう思っているのか、よくわかったわ。遊びに誘うばかりで、はっきり告白してこない、その男がヘタレだってことが一番の原因よね。はっきり告白されたら、唯も男の意図が理解できて、きっぱり断れるのに、断る雰囲気全開の唯に怖気づいて、告白できないヘタレだから、唯もその男に群がる女達も迷惑を被っていたのよ。……だからね、唯。三学期に入ったら面倒がってないで、まずは男の顔と名前を覚えて、そして1月2月の間に女達を出来るだけ沢山、唯の味方につけるのよ。……そしてね、3月に決着をつけるの!」


「う……うん!私、頑張る!どうやればいいか、教えて、ひーちゃん!」


「頼もしいわ、唯!大丈夫、唯ならきっと出来るから!いいこと、まずね……」


 入学式の一ヶ月後から追いかけて約8ヶ月も経つのに、顔も名前も覚えていないのだから、唯は男子生徒に全く好意を持っていないのだと判断した”お姫様”は憂鬱そうな唯に、今後の学校生活を平和に過ごすための秘策を伝授してやることにした。

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