二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑧
初めてのお友達で親友で悪友となった二人を地獄にいる”お姫様”は血の涙を流しながら視続ける。この後の7月、8月の夏休みの間、”お姫様”は唯とは会えなかった。”頭痛持ち”の唯と唯の兄にとって、夏の季節は暑さによって頭痛が頻繁に起こるらしく、事前に夏の二ヶ月は会えないと別れ際に唯に詫びられて、”お姫様”は内心ガッカリした気持ちになったが、ふと自分は”世が世ならお姫様と呼ばれる程のお嬢様”のフリをしていたことを思い出し、慌てて自分も夏休みは毎年避暑で別荘に行っているから会えないと詫びるつもりだったから、ちょうど良かったわ……と微笑んで見せることに成功した。
4月5月6月の三ヶ月間、”お姫様”は唯に正体がバレるのを避けるために千尋へのつきまといはしていなかったが、他にも気になるイケメン達へのつきまといや、彼らの周りにいる女達への嫌がらせも相変わらずにしていたし、家にいる時は親に強請って買ってもらったテレビゲームや、当時は金持ちの家しか持っていないパソコンを強請って買ってもらい、それらでゲームをしたりしていたのだが、7月に入った頃からは男達へのつきまといや、女達への嫌がらせを段々としなくなっていった。それはイケメン達に執着するよりも女達に嫌がらせするよりも、唯と一緒にいる方が楽しいと思うようになったからだった。
でも、夏の間は唯と会えないのならば話は別だと思った”お姫様”は、夏の間は今まで出来なかった千尋のつきまといをしようと考え、千尋が毎年夏の避暑に行く別荘へと押しかけて行ったのだが、何故か今年に限って千尋は別荘には来ていなかったから、”お姫様”は不思議に思った。そこへ若い女性達が通りかかったので、”お姫様”はいつものように木の陰に隠れた。千尋の別荘前を通りかかった女性達は、人気がない千尋の家の別荘を見て、話し始めた。
「あら、今年は八頭様はお見えではないのね。残念ですこと」
千尋の両親は、それぞれの恋人の元にいるので、ここを訪れるのは千尋しかいない。それを知っているということは、過去の千尋の遊び相手か、千尋と同じように金持ちのお嬢様達だろうと思われたので、”お姫様”は彼女達にどす黒い感情を持ち始めたが、別の女性の言葉に驚いて、その感情は吹き飛んでしまった。
「何でも噂では、八頭様は運命の恋に落ちたとかで、今までの自身の行いを激しく悔いて悶々として埒が明かないとかで全国滝行行脚に出ているらしくて、今年はこちらには来られないそうですわ」
”お姫様”はそれを聞いて、目を丸くさせて驚いて、心のなかで全否定をした。
(えっ!あの千尋が運命の恋?……まさか、そんなのありえないわ!あの中身空っぽの男が一人の女に執着するわけない。あいつは自分の両親に失望し、恋愛なんて信じてない。女達のことだって自分の性欲のはけ口位にしか思っていない屑な男なのよ!だから自分の行いを悔いるわけないし、滝行なんて絶対にしないはずよ!)
”お姫様”が驚いたように、目の前の女もすごく驚いた様子だった。
「まぁ!それは本当のことなのですか?あの八頭様が運命の恋?!あの方、多くの女性と浮名を流す割には女性に対しての思いやりなど一ミリも持ち合わせていない冷酷非道な男だと有名でしたのに……。八頭様が誰を好いているのか、あなたはご存知なの?」
「それが私も知りませんの。知っているのは八頭様の片恋の相手として、密かに囁かれている人物の噂があることだけですわ……でも噂の人物が本当に八頭様の想い人でしたら、私やあなたでは到底敵う相手ではございませんことよ。何故なら噂の人物は”月の姫君”なのですから……」
何度も自分の人生を視させられていた”お姫様”は、この女性の言葉の後半部分に若干の違和感があった。確か一度目の人生のときは『それが私も知りませんの。知っているのは八頭様の片恋の相手として、密かに囁かれている人物の噂があることだけですわ……』だけだったように記憶には残っていたからだ。
自分が忘れているだけだろうが、この後、女性が語る”月の姫君”にまつわる話が、あまりに突拍子もない話だったから、こんな御伽話みたいな話を忘れていたのかと自分自身に呆れながら生前の自分に目をやった。生前の自分はいきなり出てきた”月の姫君”という言葉に首をかしげている。
(”月の姫君”って何?あだ名?)
「”月の姫君”ですって!?」
それを聞いた女性が大きな声を出して驚いたので、隣の女性は慌てて口を塞げと身振りで示した。
「シッ!声が大きいですわよ。”月の姫君”のことは大きな声で話してはなりませんわ。彼女を害する者と”月の姫君の護衛人”に見なされたら、私もあなたも私達の家も、無事では済まされなくなりますわ」
声が小声になったので、”お姫様”も必死で耳を欹てて、会話を聞こうと前のめりになった。
「ハッ!そうでしたわね。私としたことが、つい取り乱してしまいましたわ。……それにしても”月の姫君”が実在していたとは思いもしませんでしたわ。あなたはあの噂が真実かどうかもご存知なのですか?」
(実在していた?それってどういうこと?)
「あなたがおっしゃっている噂とは、”月の姫君”の亡きご両親が、日本だけではなく11の国に多くの土地や不動産やダイヤモンド鉱山などを所有している世界有数の資産家だったという噂かしら?それとも”月の姫君”の亡きご両親が11の国の王族達に忠誠を誓われていて、それぞれの国で公爵位を賜っていたという噂かしら?はたまた”月の姫君の護衛人”の忠実な配下達が世界各国の中枢機関に何人も潜んでいて、各国が”月の姫君”の家のことを調べて、その正体を突き止めようとしたり、”月の姫君”の家にむやみに接近干渉を試みようとしたり、その豊かな財を奪おうとした際には、その国を内から滅ぼすことも厭わないとやんわりと匂わせて牽制しているという噂かしら?」
どれもこれも聞けば聞くほど恐ろしい噂話だったので、”お姫様”も目の前の女性も震え上がってしまった。実際にどの噂も本当だとしたら、世界の国々にとって絶対に怒らせたくない超重要人物を千尋は好きになってしまったということであるが、それはあまりにも現実味がない話だと”お姫様”は思った。
(一体、千尋はどこで、そんな危険な女と出会ったんだろう?千尋は両親も祖父母も嫌っていて、家関連のパーティー類には一切出ていないと言うのに……)
「そ、そんな噂がありましたの!?私が聞いた噂は、”月の姫君”が住まう町には犯罪者が一人もいなくなるという、座敷わらし的な噂でしたが、そこまでの噂があるなんて知りませんでしたわ!何と恐ろしい!……ねぇ、それってあくまで噂で本当のことではありませんわよね?」
「……そう思って”月の姫君”を攫おうとした、亡きご両親の親戚の者共は皆、”月の姫君の護衛人”達によって、立ち上がることも出来ないくらいに全力で可愛がられて家財産を失って、本人達は今、一生出られない外国の監獄にいて、毎日毎晩悪夢を見て魘されている……という噂が最近追加されたそうですわよ」
「ヒィッ!何ですの、そのリアル過ぎる噂は!怖い、怖すぎですわ〜!」
(本当に怖い女がいるのね……。そうだ、家に帰ってパソコンで”月の姫君”のことを調べてみよう)
別荘地から戻った”お姫様”はパソコンで”月の姫君”と検索してみたが、出てきた検索結果はアニメや小説などに関するものばかりで、女性達の言っていた噂の人物に該当するものは一つもなかったから、”お姫様”は彼女達の話はガセであると結論づけた。千尋がどこに行ったかわからないこともあり、”お姫様”は残りの夏休みは、ずっと引きこもってパソコンで遊んでいた。
(それにしてもパソコンって面白いわね。ゲームも出来るし、こうして家にいながらにして色々調べられたり、世界中の誰かと話も出来るのだから。……何々、秘された都市伝説シリーズ?神々に愛された姫君を守るために転生した忍者達の話?……プッ!嘘臭っ!何よ、これ?たった一人の姫君を救うために何千人もの人々が転生しているなんて、話盛りすぎ感アリアリでしょ!……ああ、でも、こういうの唯は好きかも……。あの子はスパイ小説とか時代劇とか物語が好きだもんね……。今頃、何をしているのかな、唯は。ああ、早く夏が終わればいいのになぁ……)
夏の終り頃には千尋のことさえ考えなくなっていることに、生前の”お姫様”は気がついていなかった。
※”月の姫君”は最初の人生では、かぐや姫のようにたおやかな美人であった唯に、唯の高校の学生達がつけたあだ名でしたが、二度目にセデス達が転生した際に、また彼ら11人が暴走し、イミルグランの資産を勝手に増やしたように、雷斗と唯の両親の資産を勝手に増やした結果、作中で語られているような状態になってしまいました。作中では出てきませんが雷斗は”月の兄君”と呼ばれています。ちなみに唯は自分達がそんなにも金持ちであることは、この時点ではまだ知りません。大人になってから”神様の子ども園”の職員(セデス達)に両親の資産のことを聞かされた雷斗はあまりの資産額の大きさに身の危険を感じ、独立に必要な分だけを受け取った後、その他の資産は、職員に紹介された信用の出来る財産運用のアドバイザー兼管理人がいるという銀行(セデス達)に預け、管理してもらっています。




