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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”お姫さま”のイースターエッグ
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二人だけの物語〜悪人の悪役志願⑤

 月に一度、多い月でも月に二度しか会わなかったが、”お姫様”と唯は、とても仲の良い友人であった。”世が世ならお姫様と呼ばれるほどのお嬢様”であると唯に思わせていた”お姫様”は、高校生になった唯が学校の友人か、それとも他の誰かから”お姫様”の噂を聞いて、”お姫様”の正体に気づく可能性や、唯自身が”お姫様”の正体に興味を持って、”お姫様”の正体を知ろうと自ら行動する可能性……何せ”お姫様”が通っている女子校と”お姫様”の年齢は唯にバレているのだ……もあったのだが、ある理由から唯は”お姫様”の正体に全く気づくことはなかった。


「まぁ、唯!こんなに額に跡がつくほど、ハチマキを絞めて公園にくるなんて……。いつもの()()が酷いのなら、無理して来なくてもいいのよ」


 唯のある理由とは、ずばり唯の()()であった。唯は”お姫様”にお友達となった初日に、自分は重度の”頭痛持ち”なのだと黒い帽子を脱ぎながら……唯は額にハチマキをきつく巻き、それを隠すために黒い帽子を被っていた……打ち明けていた。


 唯は鎮痛剤が効きにくい体質で、休日や家にいる時は痛みを誤魔化すためにハチマキをきつく巻いて日常を過ごしているが、学校ではハチマキを巻けないので、頭痛時には頭を襲う痛みに意識が集中してしまうため、他のことはどうでもよくなるらしい。だから学校にいる誰かに声をかけられても、授業以外で語られる他者の話はよほどの大事な話でない限り、右から左に聞き流れてしまうので、唯は学校で語られる、どんな噂話も記憶していなかったのだ。


「うっ、ひーちゃんの優しさが身に沁みるよ〜!心配してくれてありがとう、ひーちゃん!でも、今日はどうしてもひーちゃんに会ってお礼が言いたかったの。ひーちゃんが私の高校の行事のことを事前に色々と教えてくれたから、私は頭痛でも無事に行事をやり遂げることが出来たんだよ。


 4月の体力測定の時は、ひーちゃんが体力測定の効率的な回り方を教えてくれてたから誰よりも早く終わらせて、ゆっくり休むことが出来たし、この前の5月のオリエンテーションの時だって、ひーちゃんがオリエンテーション先の日陰の場所を教えてくれていたから、私は頭痛でしんどかったけれどオリエンテーションを途中で棄権しなくて済んだんだもの。ひーちゃん、本当にありがとう!」


 普通に考えれば、どうして他校の生徒である”お姫様”が唯の通う高校の行事のアドバイスが出来るのかと疑問を持ち、その理由を尋ねるだろう。でも唯は頭痛になっていることが多いため、大した疑問を持たず理由も尋ねず、ただ”お姫様”が先に教えてくれた情報があったから自分は助かったのだと、素直に礼を言ってくるので、”お姫様”はそれが嬉しくて、ついつい自分が知っている唯の学校の行事のあれこれを嬉々として前もって教えてしまうのだった。勿論、頭痛でない時に唯に疑問を持たれることも十分予想されるため、”お姫様”は唯に尋ねられる前に、その理由をそれとなく唯には匂わせていたのだが……。


「そんなにも感謝してくれるなんて私も嬉しいわ。()()()()()()()()から聞いた話を覚えていただけだったから、今年の行事と違っていたらと少し心配していたのだけど……。唯のお役に立てたのなら良かったですわ」


 ”お姫様”は唯の通う学校に自分が詳しい理由について、本当は千尋につきまとっていたから学校行事に詳しくなっただけだったが、唯には唯の通う学校には”お姫様”の婚約者がいると吹き込んでいた。千尋と唯の通う高校は名門の進学校であったため、千尋以外にも何人か名家の令息が実際に通っていたから、もしも唯が疑問を持っても、これで誤魔化せるだろうと思っての嘘だったが、普段から頭痛持ちの唯は、残念ながら名家の令息が通っていること自体も”お姫様”に教わるまで知らなかったので、その嘘をつく必要はなかったのだと”お姫様”は後で知った。


 でも”お姫様”は親の決めた婚約者だと偽って千尋のことを語るのは実に気分が良かったので、その後も”お姫様”は親の決めた婚約者の話だと言って、千尋の名前は伏せたままの状態で、唯に千尋の話を語るようになったのだが、”お姫様”の婚約者の話として千尋の女性遍歴の話を何度も詳しく聞かされた唯は、やがて”お姫様”の婚約者の話を聞くたびに眉間の皺を深めるようになっていった。


「ひーちゃんの婚約者を悪く言いたくはないけれど……、あまりにも不誠実すぎる婚約者だと思います。そんな風に幾多の女性を弄んでおきながら、悪いのは全部自分を誘った女性達だと言い捨てる無責任な男性と結婚しなければいけないなんて、いくらお家を存続させるためとはいえ、ひーちゃんが可哀相過ぎます。私、ひーちゃんには幸せになってほしいんです。ひーちゃんは本当にその人と結婚したいと思っているのですか?もしも結婚したくないのなら、何とか婚約を解消することは出来ないのですか?」


「私を心配してくれているのね。ありがとう、唯。……そりゃね、私も私以外の女性達と沢山関係を持つような人が婚約者なのは悲しいわ。でも仕方ないの。だって彼は親が決めた婚約者だし、それに何より私は彼を愛しているのだもの」


 唯が真剣に婚約解消は出来ないのかと聞いてくるのが面白くて、”お姫様”は悲劇のヒロインになりきって、憂いの表情を浮かべてみせていたのだが、半年も過ぎた頃には”お姫様”がそう答えるたびに、唯の顔つきは険しくなり、”お姫様”の婚約者に嫌悪感を顕にするようになった。


()()()()()()()()()()()()()をずっと悲しませ続けているなんて、本当に非道い人だよね。ひーちゃんが優しすぎるから、甘えているだけなのかもしれないけど、だからっていつまでもひーちゃんが傷つけられたままでいるのはよくないと思う。ひーちゃんは心を鬼にして、一度ガツンと言っておくべきなんじゃないかしら?


 そうだ!私ね、ひーちゃんがいつでも婚約解消を出来るようにひーちゃんに聞いた彼の女性遍歴をまとめた書面を作っておいたの!それさえあれば婚約解消を申し出たひーちゃんがお家の人に咎められることも、不利益を被ることも一切なく、婚約解消が出来るって、この間知り合った弁護士を目指しているという人に教えてもらったの!


 だからいつでもひーちゃんの気持ちが変わったら、それを使ってね!……え?婚約解消をするつもりはないの?そう……それなら二度とひーちゃんを裏切らないように兄さんに頼んで、不誠実な性根を叩き直してもらう?兄さんでも手に負えないような、どうしようもない人間なら、いっそのこと浮気なんて絶対に出来ないように、兄さん秘伝の必殺技で、あそこを潰し……」


 唯は”お姫様”の婚約者の不誠実な話を聞き続けたことにより、見も知らぬ”お姫様”の婚約者を完全に敵視するようになってしまったので、”お姫様”は笑いを堪えながら、唯の気持ちを宥めようと自分の持っていたカバンから例の物を取り出して、唯に手渡した。


「まぁまぁ、唯、落ち着いて。彼は他の女性に対しては屑な男だけど、それでも彼が本当に愛しているのは私だけなのよ。その証拠に私は彼に指一本だって触れられていないのだから。私は彼にとても大事にされているから、そんなに唯は心配しなくてもいいの。だから機嫌を直して。今日は前に唯に頼まれていた()()()を買ってきてあげたんだから。……ほら、唯の大好きな()()()()()()よ」


 ”お姫様”が例の物を……チョコレートを渡した途端、パッと表情が明るくなった唯は、その一瞬後、キョロキョロと周囲を見回し、急いでチョコレートを自分のカバンにしまい込んだ後、白い封筒を取り出して”お姫様”に渡した。封筒を渡した後、唯は自分のカバンの中を覗き込み、しまりのない惚けたような笑みを浮かべながら”お姫様”に言った。


『ヘッヘッヘ……。こんな上等な物を用意できるなんて、さすがは()()()()ですね』


 チョコレートが絡むと、何故か時代劇の悪者ごっこを唯が始めてしまうので、今回も”お姫様”はそれに付き合ってあげることにした。


『フッ、こんな物を手に入れるのは造作もないことよ。それより()()()。あまり羽目を外し過ぎるなよ。お上に見つかると後で困るのはお前だぞ』


『よぉくわかってまさぁ、お代官様。それでもねぇ、これだけは止められないんでさぁ。ああ、この匂い、たまんないねぇ。極楽浄土の匂いっていうのは、きっとこんな匂いがするに違いねぇ』


 顔だけを見れば時代劇に出てくるお姫様みたいなのに、言っている台詞があまりにも時代劇の小悪党っぽかったので、堪えきれなくなった”お姫様”は、声を立てて笑ってしまった。


「アハハハ!もうっ、唯ったら大げさなんだから!こんな100円もしない安物のチョコレートを上物と言って、わざわざ封筒まで用意するなんて!……それにしても子どもの頃に初めてチョコレートを食べて頭が痛くなって以来、どこのお店でもチョコレートを置いているのを見たことがないって、すごく不思議な話よね。唯が買い物しようとして入るお店は、どこでもいつでもチョコレートが売り切れているんでしょう?一度か二度なら偶然かもと思えるけれど、それが10年以上も続いているなんて……。


 もしかして昔、唯はチョコレートの神様に嫌われようなことをしたのかしら?いいえ、違うわね。チョコレートが大好きな唯が誘惑に負けてチョコレートを食べて頭痛にならないように神様がずっと唯のことを見張っていて、先に手を回してチョコレートを隠しているとしか思えないわね。……なんてね。そんなことあるわけないわよね。きっと普段から唯は頭痛になることが多いから、チョコレートの売り場を見落としていただけなのよ。


 フフッ、極楽浄土の匂いがチョコレートの匂いだったらいいと思っているなんて、唯は本当にチョコレートが大好きなのね。チョコレートを食べると高確率で頭痛になってしまう唯にとっては、チョコレートの匂いは地獄の匂いと例えるほうがふさわしいだろうに……」


『それを言っちゃぁお終いよぉ、お代官様……。あっしはねぇ。激痛を引き起こすことになるとわかっていても、どうしてもチョコレートが嫌いになれねぇんでさぁ。それこそ地獄にしかチョコレートがないのなら自ら地獄に落ちるのを選んでしまうかもしれないほどに……』


 唯はそう言って自嘲めいた笑みを浮かべる。唯がチョコレートの話をする時に時代劇の悪役みたいな口調をするのにはわけがあった。唯は……自分の大好物であるチョコレートを食べることに大きな罪悪感を感じていて、頭痛を引き起こす原因とわかっているチョコレートを食べたいと願う自分は、とても()()()()なんだと思いこんでいたからだ。

※唯が10年以上、お店でチョコレートを自分で買えなかった理由は、セデス達が裏で手を回していたからです。イミルグランよりも小柄で病弱に見える幼い唯の苦しむ姿を見た彼らは、少しでも頭痛になる回数を減らしてあげようと先回りして唯がチョコレートを買うのを常に阻止していました。ちなみに一度目の人生ではセデス達はいませんでしたが、唯がチョコレートを10年以上買っていないのは同じです。この時は妹を溺愛する兄を心配させたくないからと自らを律していました。

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