二人だけの物語〜悪人の悪役志願④
美少女は”お姫様”の返事を聞いて、とても嬉しそうな笑顔になって、右手を差し出しながら自己紹介をしてきた。
「お友達になってくれてありがとう!初めまして、私は信濃唯と言います。唯と呼んでくださいね。私は今15才で明日から高校生になります!どうぞ、よろしく!」
”お姫様”は手を差し出されたのを見て、これはもしや、握手を求められているのではないか?と戸惑いつつ、自分を偽って直ぐにそれがバレそうな事態に内心、焦りだした。
(そっか。初対面なんだから、自己紹介し合うのは当然のことだった。でも……)
自分では全くそうは思っていないし、周囲の人間にそう思われていることは甚だ心外で実に許せないことではあるが、今の自分は一部の町の人達に……悪人だと噂されている人物なのは事実だ。美少女は……唯は三日前から町に出ていると言っていたから、もしかしたら探検していた町のどこかで自分の名前を聞き、自分の噂を耳にしている可能性がある。その噂を唯が聞いていたとして、今、自分の本名を唯に名乗って自己紹介すると言うことは……。
『こちらこそ、お友達になってくれてありがとう!初めまして、私は悪人です。悪人と呼んでね。私はあなたよりも一つ年上の高2です。これからどうぞ、よろしく!』
……と名乗るのも同然のことであったので、”お姫様”は本名を名乗るのを躊躇った。自分を偽ろうとした早々に、こんな窮地に陥るのでは偽り続けることは難しいだろうと思われたが、唯は”お姫様”の躊躇を違う意味で解釈した。
「もしかして……お姉さんは名乗るのも控えなければいけないほどの大きなお家のお嬢様だったんですか?……すごい、本物のお姫様だ!そんな人に会ったの私、初めてです!それなら無理して名乗らなくてもいいですよ……あっ、でも、何か呼び名がないと不便かも。え〜っと、え〜と……そうだ!”お姫様”という愛称で呼ぶのはいかがですか?」
(そうだった。あのとき唯に”お姫様”という愛称はどうかと最初に言われたのが嬉しくて、私は自分のハンドルネームを”お姫様”にしたんだった)
地獄にいる”お姫様”は、自分のハンドルネームの名付けのきっかけを思い出しながら、二人の出会いの続きを視る。
「私の事情を察してくれてありがとう、唯。私はあなたよりも一つ年上の高2よ。あなたが察してくれたように私は自分の名前を唯に教えてあげられないし、私とお友達になったことも誰にも言わないでほしいのだけど、それでも構わない?」
「は、はい!誰にも言いません!”お姫様”!」
生前の”お姫様”は、とびきりの美少女である唯に”お姫様”と呼ばれて、すごく嬉しかったのだが、今の自分は”世が世ならお姫様と呼ばれるお嬢様”のふりをしていたから、そういう設定である者……お嬢様が、”世が世ならお姫様と呼ばれるお嬢様”ではなさそうな人間と秘密のお友達になったとして、その友人に”お姫様”と呼ばれることを喜ぶだろうか?……と、ふと考えてしまったので首を横に振って、さも自分はそう呼ばれることに飽き飽きしているのだ……という雰囲気を匂わせてみた。
「ありがとう、唯。では私達は秘密のお友達として、これから仲良くしていきましょうね。それで呼び名のことなのだけど、私は秘密のお友達になったあなたには”お姫様”とは呼ばれたくないの。だから他の愛称をつけてくれないかしら?」
(大昔の日本なら、ともかく!何が『あなたにはお姫様と呼ばれたくない』だよ!自分、どんなお姫様を想像して言ってるんだつーの!こんなの直ぐに嘘だとバレてしまうに決まってる!)
と、頭のどこかで自分ツッコミを入れて、自分の発言を直ぐに後悔した”お姫様”だったが、唯は何やら感動したような表情となったので、嘘だとバレていないことを知り、ホッと胸をなでおろした。
「そんな風に言ってくれるなんて感激です!じゃ”お姫様”以外で考えてみますね。え〜と、え〜と……”プリンセス様”……英語で言うのも駄目ですか?じゃ、プリンセスのプと、お姉さんは私よりも年上だから、”プーさん”……あっ、その顔は、さん付けも駄目ってことですか?……わかりました!えーっと、え〜と……。あっ、そうだ!確か子供の頃に見たテレビの時代劇で、お姫様のことを”おひぃさま”と呼んでいるのを見たことがあるんです!だから”おひぃさま”の”ひぃ”を取って、”ひーちゃん”なんて、どうですか?」
「お姫様だから、ひーちゃん……。まぁ、若干、安直な気もしますが、プーさんよりもいい感じですから、それでいいでしょう。ありがとう、唯」
差し出されたままの手を”お姫様”は躊躇う気持ちを悟られないように気をつけながら、そっと握る。すると唯は満面の笑みを浮かべ、キュッと手に力を込めた。”お姫様”は唯の手のぬくもりを感じつつ、誰かと握手するのも初めてだなと思った。
「喜んでもらえて嬉しいです、ひーちゃん!」
”お姫様”は、自分の本名とは全く結びつかない愛称であることに内心、ホッとしつつ、そういえば誰かに愛称で呼ばれるのも初めてだったと気が付き、唯に愛称で呼ばれるたびに何故か背中がムズムズと、こそばゆく感じたが、そのこそばゆさは決して不快なものではなかった。その後も”お姫様”は公園で唯と話をし続けて、何と別れ際には、次も日時を決めて会いたいと唯にお強請りをされてしまった。
”お姫様”は自分の正体を知られるのを避けるために本名を名乗れないし、同じ理由で家の住所も電話番号も唯に教えられないので、二人は不測の事態で会いに行けない時はどうするか?とか、何とかして連絡を取り合う方法はないか?とか色々考え話し合った末に、以下のような細かい取り決めをして、その日は別れて帰っていった。
『次に会うのは二週間後の日曜日の午後1時。集合場所は今いる公園。雨天中止。私達がお友達だと言うことは二人だけの秘密にすること。当日何らかの事情で公園に行けない場合を想定し、公園で相手を待つ時間は10分間だけとする。10分待っても来ない時は会えないと思うこと。何かを相手に伝えたい時は毎週水曜日に公園の掲示板に書き込みをすること』
この取り決めは、とてもよく考え抜かれた取り決めであるといえるだろう。大企業ならともかく、一般家庭にはまだまだ携帯電話もパソコンも普及していなかった時代、本名も家の住所も電話番号も知らない友達と連絡を取り合うには、これ以上に良い方法はないはずだ。でも、この取り決めには一つの大きな欠点があった。
……それはどれだけ綿密な取り決めを決めようとも、それは簡単に反故に出来る、何の拘束力もない他愛のないものであったということだ。その取り決めは自分がそれを守らなければ……自分が相手に会いたいと思って行動しなければ、二度と相手に会わなくてすむものであり、また逆に相手がそれを守らなければ……相手が自分に会いたいと思って行動してくれなければ、二度と相手に会うことは出来ないものであったのだ。
でも二週間後。唯は公園にやってきたし、”お姫様”も……唯は来ていないだろうことを確認しに行くだけだと自分に言い訳しながら、こっそりと公園にやってきて唯に見つかってしまい、暖かく迎え入れられ、その後も二人は秘密のお友達として会い続けた。
地獄の底で首から下の体が埋められた状態になっている”お姫様”は、フゥ〜と深く息をついた。目の前で視せられる”お姫様”の人生の中で、唯と秘密のお友だちとして会っている僅かな時間だけは、地獄にいる”お姫様”の身に激痛は襲ってはこないということが、100回以上繰り返し自分の人生を視させられたことにより、よくよくわかっていたからだ。
唯と出会う前の生前の”お姫様”は学校には時折しか行かず、普段は家でゲームをしたり漫画を読んだりして遊んでいる姿を両親に嘆き悲しまれたり、千尋や他に気になっているイケメン達を追いかけては嫌がられたり、彼らに群がる他の女達が気に入らなくて、女達の持ち物を隠したり壊したり捨てたりして牽制し、それでも彼らのそばにいるしつこい女達には、追加で中傷ビラを作ってばらまくという行為を日常的に行い、ほぼ毎日誰かを傷つけ続けていたから、地獄にいる”お姫様”は休む間もなく、ひっきり無しに彼らを傷つけた報いによる激痛に襲われ続けていた。
多くの者を傷つけた報いを受け続け、激痛に襲われ続け苦しみもがくのに疲れ切っていた地獄にいる”お姫様”は、やがて激痛が襲ってこない唯との逢瀬の時間を……生前の”お姫様”が、そうであったように……待ちわび、その時間が永遠に続けばいいと思うようになっていった。
でも現実には、それが叶わないことを地獄にいる”お姫様”は知っている。だって生前の”お姫様”が唯と秘密のお友達でいられたのは、”お姫様”の人生の内のほんの僅かな期間だけ……たった一年間だけだったからだ。




