表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”お姫さま”のイースターエッグ
358/385

二人だけの物語〜悪人の悪役志願③

 千尋の学校の教師達から逃れるため、学校裏の竹やぶに逃げ込んだ”お姫様”は、目の前に突然現れて、『うわぁ〜ん、やっと人類に出会えたよ〜!』と独特な第一声を放った人間にとても驚いた。急に人が出てきたのにも驚いたが、何より驚いたのは、その人間がとびきりの美少女だったからだ。きっと大人になったら、たおやかな美人と例えられるだろうほどに顔だけを見れば、しとやかで大人しそうな印象の美少女だった。そう、顔だけを見ればだが……。


 だが……先程の発言といい、色あせた紺のパーカーといい、中に着ている白のトレーナーといい、所々破れたデニムのズボンといい、青いスニーカーといい、黒い野球帽といい……顔さえ見なければ、探検ごっこをしていて竹やぶで迷子になっていた、どこにでもいる少しやんちゃな少年にしか思えなかったので、いつもなら美人を見ると無差別に苛ついて悪態をつかずにはいられない”お姫様”も、目の前の美少女に激しく戸惑い、言葉が直ぐには出てこなかった。


「急に現れて驚かせてしまってすみませんでした!私は2週間前にこの町に越してきた者です。とは言っても引っ越してから体調を崩してしまって、起き上がれたのは5日前なんですけれど……。でも三日前から外で遊んでも良いとお医者様に言われたので、それからは町を探検してたんですよ。で、今日は春から通うことになる高校周辺を調べようと思ったのですが迷っちゃいまして……。困っていたところで()()()()に会えたので、嬉しくて思わず……。お姉さん?大丈夫ですか?


 そういえば、その制服、ここから随分離れたところにある、お金持ちのお嬢様が通うことで有名な、私立の女子校の制服ですよね?……え?どうして知っているのか……ですか?それはですね、昨日はその女子校近くを探検していたからですよ。で、女子校の近くにあったパン屋のお婆さんが、あの女子校に通う女学生達は世が世なら皆、()()()と呼ばれる家柄の娘ばかりなんだよと親切に教えてくれたからです。……で、お姉さんは、どうしてここにいるんですか?どうしてこんな女子校とすごく離れた場所にある竹やぶの中なんかに……」


 そう言って不思議そうに美少女が首をかしげていると、学校の裏のフェンス近くの方から”お姫様”を探していた教師達の怒鳴り声が聞こえてきた。


「ちくしょー!あの女はどこだ!どこにいる?」


「逃げても無駄だぞ!出てこい!」


「私達は君の顔を覚えているんだ!隠れても無駄だぞ!」


 その声を聞いた”お姫様”はチッと舌打ちし、怒鳴り声を聞いた美少女は目を大きく見開いた。


「っ!?お姉さん、もしかして悪者に追われてるの?」


「へ?悪者?」


 ”お姫様”は美少女の発言にまたしても驚いたが、悪者に追われていると思い込んだ様子の美少女の次の行動にさらに驚くことになった。何と美少女は”お姫様”の左手をギュッと握ってきたのだ。家族以外で手を繋ごうとする者なんて今まで誰もいなかったから、”お姫様”はすっかり面食らってしまった。


「大変、直ぐに逃げなきゃ!さぁ、行こう、お姉さん!」


 キリリとした表情になった美少女はそう言った後、”お姫様”の手を掴んだまま、元来た道を引き返して走り始めた。


「え?……ちょ、ちょっとどこに連れてくっ!?……うわっ、待って待って!早い早い!……うぎゃー!」


 その小一時間後。ずっとノンストップで走り続けた美少女と”お姫様”はグデングデンに疲れ切ってしまい、たどり着いた町外れの公園のベンチで一緒に倒れ込むようにして座りこんだ。


「ハァハァハァ……。フゥ〜!ここまでくれば、もう誰も追ってこないでしょう!安心していいですよ、お姉さん!私は兄のように強くはないのですが、走るのだけだったら兄よりも早いから足にだけは自信があるんです!それにしても都会は怖いところだというのは本当だったんですね。()()()を狙う悪者が本当にいるなんて私は想像もしませんでしたよ。……ああ〜、それにしても!お姉さんが無事で本当に良かったです!……フフッ、悪者からお姫様を助けたなんて、まるで自分が勇者になったような気持ちがします!」


「……」


 直ぐに息が整った美少女とは違い、未だにゼイゼイと息をしている”お姫様”は、隣に座る美少女が、物語の勇者もこんな気持ちだったのかもと無邪気に喜んでいるのを見ながら、どうやら美少女は昨日出会ったとかいうパン屋の老婆の言葉を鵜呑みにして、女子校の制服を着た自分のことを”お金持ちのお嬢様”だと思いこんでいることに気がついた。


 『あの女子校に通う女学生達は世が世なら皆、()()()と呼ばれる家柄の娘ばかり』……パン屋の老婆が教えてくれたという情報は一昔前も二昔も前のもので、今現在は、その女子校は成績が芳しくなくても、お金さえ出せば誰でも入れる女子校だということを、老婆も老婆に話を聞いた美少女も知らないのだと気がついたものの、”お姫様”は美少女の勘違いを正すことはしなかった。それどころか……。


「……私を悪者から助けてくれようとしてくれたのね。ありがとう、黒い帽子のお嬢さん。助けてくれたお礼は何がいいかしら?」


 ”お姫様”は漫画やアニメに出てくるお姫様を思い浮かべながら、出来るだけお嬢様らしく見えるように、上品に微笑んでみせた。すると美少女は頬を桜色に染めて、モジモジとしながらこう言った。


「お礼なんて、そんな……。あっ、そうだ!お礼代わりにこんなことを言っていいのかはわかりませんが、お姉さん。もし良かったら私と、お友達になってくれませんか?引っ越したばかりで私はまだお友達が一人もいないんです。こうして知り合ったのも何かの縁ですし、お姉さんがお友達になってくれたら私は凄く嬉しいのですが」





 実際の”お姫様”は、世が世ならお姫様と呼ばれるような家柄に生まれてはいないし、お金持ちの家のお嬢様でもない。それどころか、”お姫様”の母親が千尋のお世話係として、千尋の両親に高給で雇われている間は、少しは裕福ではあったものの、千尋が”お姫様”を怖がり、避けているのを不審に思った小学校の教師が千尋に事情を尋ね、幼稚園の頃から”お姫様”が大人の見えないところで千尋に暴行を加えていたことや、千尋が仲良くしようとした学校の友人が”お姫様”から、千尋と付き合うなと嫌がらせを受けていたことが発覚し、”お姫様”の母親は千尋の両親から解雇され、おまけに千尋に対する慰謝料まで請求されてしまったので、”お姫様”の家は貧乏になってしまったのだ。


 普通にパートで働いただけでは得られないような高給を失い、さらには高い慰謝料まで支払う羽目になった”お姫様”の両親は”お姫様”を叱りつけ、”お姫様”を教育し直そうとしたが、”お姫様”は普段から父親が家にあまりいないことや、家にいる母親が千尋を特別扱いしていたことを挙げ連ね、だから自分は寂しくて嫉妬して暴行を加えたんだと泣きわめきながら言い訳した。


 ”お姫様”の父親は、”お姫様”が物心もついていない幼い頃にリストラに遭い、朝早くから夜遅くまで働いても安い給金しかもらえない職場にしか再就職出来なかったことで、娘にあまり関われないことを申し訳ないと思っていた。”お姫様”の母親は、高い給金をもらって世話することになったお金持ちの子息である千尋を特別扱いし過ぎていた自覚があった。


 だから二人は”お姫様”の言い訳を聞いて、”お姫様”が()()()に育ったのは、自分達のせいだと思い込み”お姫様”に対して罪悪感を持ってしまったので、”お姫様”を叱れなかった。それに味をしめた”お姫様”は、その後も何か仕出かす度に、その言い訳を使い続け……”お姫様”の両親は、”お姫様”がそう言い訳する度に、娘に対する罪悪感を募らせていったことで、段々と疲弊していった。


 そんな事情があり、”お姫様”の家は貧乏になってしまったわけだが、”お姫様”が生まれ育った町は狭く、そして千尋は名家の血を引く御曹司であったことから、名家の子息を虐め、自分の両親を不幸にした”お姫様”の話は、あっという間に小学校の校区中に広がってしまったので、校区内の誰も彼もが”お姫様”を悪い子だと噂し、誰も”お姫様”と友達になろうとはしなかった。


 ”お姫様”は中学生になっても変わらず、しつこく千尋に……まぁ、その頃には他のイケメンにもだが執着し続けていたし、千尋や他のイケメンにつきまとう女達に嫌がらせを続けていたので、中学校でも評判が悪かったし、友達も出来なかった。高校受験の時は、勉強嫌いと怠惰な性格から真面目に受験勉強に取り組むことをしなかったのにも関わらず、無謀にも千尋が受験するレベルの高い進学校に受験して、当然玉砕してしまった。


 ”お姫様”の両親は、”お姫様”を高校に行かせようとの思いから、共働きで朝早くから夜中まで働いて苦労して、”お姫様”を女子校に入れたのだが、”お姫様”は高校生になっても千尋や他のイケメンに執着し、女達に嫌がらせを繰り返し、ろくに女子校に行かなかったので、小中高の校区内の人々から”お姫様”は親泣かせの悪人だと噂されるようになっていた。


 だから”お姫様”は女子校でも孤立していたのだが、今日こうして自分のことを全く知らない同年代の人間と出会い、普通に話しかけられ、いもしない悪者から自分を助けようと手を繋いで走って逃げてくれた人間の存在をとても新鮮に感じ……何故かそれが嬉しいと思ってしまったものだから、相手が自分のことを全く知らないことを良いことに、”お姫様”は皆に悪人と呼ばれる自分ではなくて、世が世なら()()()と呼ばれる家柄の娘のふりをしたのだが、ここでもまた予想もしなかった申し出を美少女にされてしまい……。


『まぁ、そんなことでよろしいの?いいですわよ。お友達になりましょう』


 そう答えてしまった自分に後で頭を抱えてしまうのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ