二人だけの物語〜悪人の悪役志願②
※この回の前半、千尋が女性に対し、思いっきり酷い発言をしていますが、ざまぁも後に受けているのでご了承ください
生前の”お姫様”はその日、千尋に会いに、千尋の通う高校に密かに侵入し、誰にも見つからないように隠れながら千尋を探していた。
「おい、八頭!八頭千尋!お前は生徒会長だろうが!明日の入学式のことで先生が呼んでいたのに、なんで行かなかったんだ!」
いかにも硬派で真面目そうな凛々しい面立ちのイケメンが、学校の中庭にいるチャラい見た目の千尋に目くじらを立てて近づいていっているのを見つけた”お姫様”は、とっさに中庭の端の生け垣に身を潜ませた。そこから見える千尋は、細身で色白で本当に日本人なのかと疑ってしまいそうなほど日本人離れした容姿をしていた。
千尋は幼稚園に通っている頃から女達に人気があり、”お姫様”が女達を退けても、後から後から他の女達が千尋に群がってくるので、違う高校に通うことになった”お姫様”は千尋を取られまいと、何度も自分の学校をサボっては千尋の学校に忍び込む日々を送っていた。その日も千尋は”お姫様”の知らない女を三、四人引き連れて歩いていたので”お姫様”はムカついて、あの女達にどんな嫌がらせをしてやろうかとイライラしながら生け垣に隠れて見ていた。硬派な見た目のイケメンに呼び止められた千尋は面倒臭そうに振り向きながら返事した。
「え〜、なんでって……かったるいから」
少し癖のある茶髪の頭を無造作にかきあげながら答える千尋に、硬派なイケメンがさらに怒りの声を上げた。
「なっ!?かったるいって、お前は生徒会長だろうが!お前が来ないから、俺が入学式のしおりをコピー機で人数分用意する羽目になったんだぞ!」
職務怠慢だと詰る硬派なイケメンに、千尋は鬱陶しそうな眼差しで答える。
「かったるいもんをかったるいと言って何が悪いんだよ。大体一年生の時の一年間の総合成績一位の者が二年生で生徒会長をやるって校則の方がおかしいんだ。生徒会長なんて聞こえがいいだけで、実際は学校と生徒にこき使われるボランティアじゃないか。俺は面倒なことは真っ平ごめんだ。お前みたいないい子ちゃんが生徒会長をやればいいんだよ。なぁ、お前もそう思わないか?硬派イケメン生徒会副会長?」
「ゔっ!……本当にお前は嫌味な男だな。こんな嫌なヤツに負けたなんて自分自身が情けない」
千尋に役職で呼ばれた硬派イケメンは悔しそうに呻き、その様子を見ていた千尋にまとわりついている女達は笑い声を上げた。
「キャハハハハ!もう八頭君ったら意地が悪ーい!」
「本当よねぇ、でもその悪いところが好き。ねぇねぇ、今日は午前中までだし、学校が終わったら私とデートしようよ?」
「こんな女よりも私とデートしてよ、八頭君!」
「あんた達なんかとデートするわけ無いでしょう?八頭君は私とデートをするのよ!ね、八頭君?」
女達がバチバチと火花を散らして牽制し合う中、千尋は興味なさそうな声で言った。
「俺はお前らとデートなんてしたくない」
千尋がそう言うと、それまで牽制しあっていた女達は一瞬、目を丸めた後、それぞれ頬を赤らめながら口を尖らせ、同時にこう言った。
「「「え〜!?だって私と……したじゃない!それってもう私達、恋人てことでしょ?」」」
声を揃えて同時に言った女達は、他の女達の発言に目を見開いてお互いの顔を見合わせて、その後、一斉に他の女達にも手をだしたのかと、千尋の顔を睨みつけた。千尋は無表情のまま、なんでもないことのように平然と言った。
「は?何で、したからって恋人だと思うわけ?俺は最初に言ったよな?俺は誰とも付き合わない。したからって誰も恋人にしないと……。それでもいい、一度でいいからと言って誘ってきたのはそっちじゃん。恋人だと思われるのは心外だ」
冷たいガラス玉みたいな熱のこもらない目の千尋の発言に、女達は皆、顔を歪めて怒りの形相となった。
「「「酷い!私、初めてだったのに!」」」
「は?お前ら馬鹿か?お前らが初めてでも初めてじゃなくても俺に何の関係がある?俺から誘ったことは一度もない。しかも俺は誰のことも好きにはならないし、恋人なんて作らないと最初に言っている。それでもいいからと俺を誘ってきたのはお前らだ。つまり酷いのは、こんな男だとわかっていながら、それでも良いからと言ったお前ら自身だ。自分達が悪いのにそれを俺のせいにするのは止めてくれ」
千尋がそう言うと女達はバチンッ!ピシッパシッ!ドゴォ!!とそれぞれに千尋を叩き、往復ビンタし、腹パンを喰らわせた。
「何さ、ちょっとイケメンだからって図に乗ってるんじゃないわよ!あんたホントに最っ低っー!」
「あんたなんか、顔と家が金持ちなところしか良いところがないじゃないの!この屑野郎!」
「成績がいくら良くても、人の気持ちがわからないあんたは馬鹿よ!それでもいいからって本気で私が言ったと思うの?もしかしたら自分を好きになってくれるかもしれないと思ったからこそ誘ったんじゃん!この人でなし!」
女達はそう言い捨てて走り去っていった。それを中庭の端の生け垣の影で見ていた”お姫様”は、ぐふふ……と口元を抑えながら笑い、心の中でこんなことを思っていた。
(アハハハ!残念だったわね!あんた達は所詮、千尋にとって、どうでもよい人間だったのよ!あのね、千尋は中身がどうしようもない屑で心の中が空っぽな男だけど、根は純情なイケメンなのよ!本当に大事にしている女には手を出さないの。ほら、私を見てごらんなさいな!幼稚園の頃からの付き合いだというのに、千尋は私には一向に手を出さないのよ。指一本だって触ろうとしない……それどころか私の姿を見たら、手を出して私に嫌われるのを恐れているのか、いつも顔をしかめて速攻で後ろを向いて走って逃げ出すのよ。
こんな誠実さを私だけに見せているのが、私を真実愛している証だというのに、それを未だに認めようとしないシャイな所もツンデレな感じで最高でしょう?……まぁ、そうは言っても千尋は健康な体を持つ若い屑な男だから、本当に愛してる女には手を出さない代わりに、イケメンの容姿に惹かれて誘ってくる馬鹿な女達を断らないのよね。そろそろあの悪癖を直してほしいんだけど、どうすればいいのか……。
そうだ!私達が正式な恋人となればいいんじゃない?だって相思相愛の仲なんだし、いつまでも千尋に他の女で我慢させてたのがよくなかったのよ!私だって他の女は全て遊びだってわかってはいるんだけど、やっぱり気持ちの良いものではなかったし、千尋につきまとう女達に勘違いするなと牽制するのも毎回大変だったんだから丁度いいわ!
どうやら今日は午前中で学校は終わるみたいだし、午後はまるっと予定がないはず。よし!今日は何が何でもシャイな千尋に愛の告白をさせて、正式に自他共認める恋人になって、その後一気に大人の階段を駆け上がるぞ!)
……と考えた”お姫様”は大人な世界の妄想をしてしまったので、ニタニタ笑いが止まらなくなってしまった。
「ウヘヘヘへ……たまんないわぁ〜!」
頭の中が妄想でいっぱいになってしまった”お姫様”は中庭の生け垣に隠れていた事も忘れて、思ったことを声に出してしまい、千尋と硬派イケメンに見つかってしまった。
「うげっ!また来たのか!」
「うわっ、また出た!ホントにしつこいな、お前の付きまとい女は!」
顔を引きつらせながらも千尋の次の行動は素早かった。ズボンのポケットから防犯ブザーを取り出して、ジリリリリリ……!とけたたましい大音量の音を鳴らせたのだ。すると防犯ブザーの音を聞きつけた教師達や用務員が走ってやってきた。中庭にやってきた教師達は苛立たしげな表情で千尋と硬派イケメンに安否確認した後、”お姫様”が逃げた方向を尋ね、探し回った。
「また、あの女か!どこだ!何回も何回も不法侵入してきやがって!」
「毎回来るたびに女子生徒に嫌がらせをしたり、八頭を追いかけ回したりして授業を邪魔しやがって!」
「今度こそ不法侵入の現行犯で確保して、警察に突き出してやる!」
教師達が走り去り、後に残ったのは腹パンを食らってうずくまる千尋と、軽蔑した目で千尋を見る硬派イケメンだけだった。……生前の”お姫様”は逃げ出したので、その後に続けられた千尋達の会話を知るよしもなかったのだが、死後に地獄に落ちた今は、もう何回視たかもわからない二人の会話を”お姫様”は忌々しげに視ていた。
「あのつきまとい女に執着されていることだけは災難だと、お前のことを気の毒に思うが、その顔の傷や腹パンはお前の自業自得だぞ。さっきの女子達に対するお前の態度は、最低最悪な屑そのものだったからな。いつまでもそんなことして人を傷つけていたら、今に罰が当たるぞ。それに将来自分の運命の相手と恋愛して結婚したいと思ったときに大いに後悔することにもなるぞ」
「お前、運命の相手なんて信じているのかよ?見た目は恋なんかには興味はない感じの硬派な男なのに、お前の中身は恋に恋する純情メルヘン野郎だったんだな。もしかして、まだ初恋もしていなかったりしてな。……そう睨むなよ。まさか図星?……わかった、マジごめん。
ハァ……。俺はそういうふうに純粋な恋に憧れられるお前が羨ましいよ。なぁ?お前も知っているんだろう?俺の家のこと。……俺の両親の実家は揃って、この土地に古くからある名家の生まれで、それぞれの親に命じられて愛のない政略結婚をして俺が生まれたんだ。両親は跡継ぎの俺が生まれた途端、それぞれの恋人の家で暮らしていて、俺のいる家には寄り付きもしない。
……なのにだ。愛のない結婚を強いられて自分の恋人と結婚出来なくて悔しい思いをしたはずなのに、最近になって自分達の家の利益のために、俺に自分達と同じように大学を卒業したら愛のない政略結婚をしろと言ってくるんだぜ……笑えるだろう?もっと笑えるのは、こんな不幸の連鎖を断ち切ってやりたいのに、それをする勇気も気概もないヘタレな俺自身だがな。
そうだなぁ……もしも万が一、俺が心の底から真実、愛する女性が現れたとしても、俺がその相手のところに行ったら、置いていかれる政略結婚で生まれた子どもが不幸になる。だから俺は誰のことも好きになんか絶対にならないし、運命の相手なんて信じない。後悔なんて絶対にするもんか」
……地獄で視ていた”お姫様”は、目の前に視える千尋を鼻で笑う。
(千尋の大嘘つき野郎。あんたは舌の根も乾かぬ次の日に、新入生代表として生徒会長をしているあんたの前に現れる、とびきり美しい唯を見て、柄にもなく一目惚れをしてしまうんだ。自分の容姿の良さをよく知っているあんたは自信満々で声をかけるが、秒で振られて、それがショックで一週間寝込むのよ。
それなのに姿を見ずにはいられなくて毎日唯の姿を探して遠くから見るようになって……やがて唯の見た目だけではなく中身に恋して、もっと恋焦がれるようになって……毎日追いかけ回すようになって、毎日告白して……でも毎日逃げられて毎回断られ続けて、思い余ったあんたは、絶対に唯をモノにしようと、公然の場で唯に断られないように周囲を味方につけて泣き落としながら告白する策を繰り出した。
でも唯はあなたの過去の所業を全て知っているので、あなたのことを信用することはできないと自分が皆の嫌われ者になる覚悟でキッパリと断るという正攻法で応戦し、逆に周囲を自分の味方につけて、皆にあんたに唯を諦めるように説得させるという反撃を返してきた。……あのときのあんたは、まるで聞き分けのない駄々っ子みたいに、諦めるのは嫌だと泣き叫んで、みっともなくて最高に笑えたわ。
あんたは唯の信用を得るために、今までの自分とまるで違った人間になる決意をし、女達の誘いを断り、頭を丸め、唯の兄がやっている格闘技の道場に通い詰めると同時に、政略結婚も実家を継ぐのも嫌だと言って実家と縁を切って、バイト生活の一人暮らしを始めて、やっと何度目かの泣き落としで交際を受け入れられるも、実際に唯と深い仲になるのは、それから10年後の二人の結婚式を終えてからだったんだから、さぞかし、そこの硬派イケメンの言った通りにそれまでの自分の行いを盛大に後悔する10年間を過ごしたんだろうね。……ザマァ見ろめ!)
何回目かもわからぬザマァ見ろ!と思った後、”お姫様”の意識は生前の自分に向かう。生前の”お姫様”は中庭を出て、体育館の裏のフェンスをよじ登り、学校の裏手にある竹やぶに逃げ込み……そこで唯に出会っていた。最初に唯が放った第一声だけは、こうして何度も人生を視させられなくても”お姫様”は覚えていた。何故なら……。
「うわぁ〜ん、やっと人類に出会えたよ〜!」
何故なら……唯は”お姫様”が出会った中で一番の美人……まるでかぐや姫が実在するのならば、こんな姿であったのではなかろうかと思わせるような、輝く美貌の持ち主であったのにも関わらず、見た目の美しさと発言の内容がそぐわない……ちょっぴり独特な第一声を放ったからだった。
※千尋は唯に出会ったことでヘタレチャラ男にジョブチェンジ(?)しました。
※千尋は信濃家に婿入りしています。ちなみに千尋の両親の家とその双方の祖父母の家は、後に没落していますが、それはスクイレルの仕業ではなく、昔から続く家族経営に拘り過ぎて、後にやってきた不景気を乗り切ることが出来ずに大損し、経営破綻を起こし破産したからです。




