彼女達のファイナルイベント⑨
この回の話はこれで終わりです。
『次の走者、前へ。位置について、用意……ドン!』
スタートラインの側に立つ教師のドン!という合図で愛は他の走者達と共に走り始めたが運動が苦手な愛は、序盤早々出遅れて、一番最後となった。愛が借り物競走のクジが入った箱の所に来たときには、他の走者達は皆、クジを引き、中身を見て嘆き悔しがって唸っていた。
「うわぁ〜!”一年一組の教室の黒板消し”だと〜!別棟の4階の一番北にある教室じゃないか〜!ここから一番遠くだ!ついてねぇなぁ」
「ぎゃっ!”理科室の人体模型が手に持ってるリンゴ”だって〜?なんで私だけ、プチ肝試しなの?それにあそこも別棟の3階だったわよね!ああ〜、もう、大ハズレのクジを引いちゃった〜!」
「えっ?”運命という曲を作った音楽家の写真が入った額縁”って書いているけど、運命って誰が作ったんだったっけ?それに額縁は……本棟にある第一音楽室に飾っていたかな、それとも別棟の第二音楽室に飾っていたかな?うぎ〜、ただでさえ音楽、超苦手なのに〜!」
不平不満をゴネながら走り出す走者達を横目にしながらクジを引いた愛は、中身を見て目を大きくした。
(あっ、私、当たりだ。これならビリは免れるかもしれない)
救護所の裏から愛が走る様子を見ていたセデス達は、愛がセデス達の横にいる唯達に声をかけている様子から、どうやら借り物競争で愛が引き当てたのは”家族”だろうと予想した。
「わぁ、愛様、とてもついていますわね!これなら愛様の密かな夢である、運動会での一等賞が取れるかもしれませんよ!」
「本当ですね!頑張れ、愛様!」
小声でそう応援していると、何故か愛がセデス達の方を見て、走ってやってきた。
「良かった、ここに全員揃ってる!今から私と走ってもらえますか?」
「「「え?私達全員ですか?」」」
不思議なことに愛は唯達家族全員と真とセデス達11人が借り物なのだと言ってきた。
「ええ、そうです!お願いします!今なら私、もしかしたら一等賞が取れるかもしれないんです!」
愛がそう言った瞬間、唯達家族と真とセデス達の心は一つになった。雷斗はグラウンドに入り、後ろに続く千尋にこう怒鳴った。
「おい、ヘタレチャラ男!唯を抱きかかえて走れるか!?」
普通に生活する分には問題無しの唯だが、走るのはまださせたくないという兄心から尋ねる雷斗に、千尋は笑顔で唯を横抱きしてみせた。
「はい、師匠!愛しの唯ちゃんの一人や二人、余裕ですよ!」
唯は頬を赤らめつつも、娘の密かな夢の実現のためにと羞恥の気持ちを堪え、夫に礼を言って素直に抱きかかえられた。
「ありがとう、ちーちゃん!愛の夢を叶えるために頑張って走ってね!」
雷斗は愛を抱きかかえようとしたが、横からサッと伸びてきた手によって、それを実現させることは出来なかった。
「愛は俺が抱きかかえるから、こっちにおいでね」
世界チャンピオンの雷斗よりも素早く愛の手を引いた真は、恥じらう愛の体を横抱きにした。
「へ?うわぁ、真君!私は重いから横で走……キャッ!」
「大丈夫。愛の体よりも僕の……俺の君への愛情のほうが何倍も大きくて重いから。誰にも俺の大事な女性を渡さない!……君のためなら相手が悪魔だろうが神だろうが俺は……僕は勝ってみせる!」
雷斗は真が愛を横抱きするのを確認すると、グラウンドに入ってきたセデス達に声をかけてきた。
「おい、そこの人達!儂の世界一可愛い姪の初の一等賞がかかってるんだ。すまんが全力で走ってもらえないだろうか?」
「「「「任せてください!」」」」
「「「「喜んで!」」」」
「「「愛様の初の一等賞の為ならばどこへでも走りますよ!」」」
セデス達の快諾に、雷斗はニヤリと笑った。
「よし、では皆、行くぞ!目指すは愛の初の一等賞!」
「「「「「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」」」」」
「きゃ〜、皆、早い、早すぎるよ〜!目が、目が回っちゃうよ〜!」
世界チャンピオンの雷斗とその弟子である千尋や真と、前世の”影の一族”のスキルを持ち合わせて転生して、今世でも鍛錬を怠らなかったセデス達が、愛のために本気を出して走り出すとどうなるか……結果は火を見るよりも明らかで、愛は密かな夢である運動会での一等賞を初めて手に入れたわけだが、彼らの本気の走りに目を回して気を失ってしまったので、その喜びの余韻にゆっくり浸ることは出来なかった。
そしてまた、気を失った愛の手からスルリとクジの紙が落ちたのを見て、何気なく拾って紙を開いて中に書かれている文字を見たセデス達もまた、大いに驚愕し狼狽えたので、直ぐに愛達の前から姿を消すタイミングを失ってしまい……その結果、セデス達は忍者みたいな動きをすると評判の世界チャンピオンの雷斗の格闘技を習いに来た”忍者に憧れる外国人達”として、唯や愛と出会い親しくなり、長く付き合う中で、まるで家族であるかのような親しみをもつようになっていくのだが、それは前世と同じように唯達に忠誠を尽くすことを決めたセデス達への、紅の神からの”英雄のご褒美”であることに生涯セデス達は気づくことはなかった。
ちなみに借り物競争で愛が引いたクジに書かれていた言葉は、”忍者de家族”であった。愛の中学校の借り物競争では家族が仕事や病気等の何らかの事情で運動会に来ていない場合を想定し、”家族”と書かれたクジには他の借り物の名前も書くことが常となっていたので周囲の者達は、愛の引いたクジを書いた誰かが、”忍者or家族”と書かないといけないところをたまたま単語を書き間違えてしまったのだろうと結論づけた。
そして愛が家族だけではなく、英語講師に扮していたアダムやセデス達を誘って一緒に走ろうとした理由は彼らが揃ってピンク色の忍者装束を着ていたからであり、たまたま愛の家族の傍にいた忍者の姿をしている彼等を見て、両方を連れて行けば文句も出ないだろうと愛が考えたのだろうと学生達は噂し合ったし、愛の家族達も真もセデス達もそう思っていたから、誰も愛にその理由を改めて問うことはしなかった。
だから愛がクジに書かれた言葉通りに彼等を連れ出したのか、それとも書き間違いだろうと思って両方を選んで連れ出したのかどうかの真相を知っているのは、愛と再会して満足気に神様のお庭に還っていったイヴとミグシスと神達だけであった。
……こうしてイヴの”英雄のご褒美”を叶えるためだけに作られた”隠された物語をもう一度”は10月の天気の良い運動会の日に完結した。それは”僕のイベリスをもう一度”に隠されていた、たった5分の物語のように短い物語ではあったが、二人の女性のバッドエンドを回避し、一人の女性の命を救い、ある一つの家族が崩壊するのを未然に防ぐ、実に素晴らしいハッピーエンドの物語となったので、未熟な3兄弟神達の活躍を面白がって視ていた他の神々も、愛が皆と一番でゴールをして物語を終えたときは、見事な終わり方だったと感動し、スタンディングオベーションで”隠された物語をもう一度”を褒め称えた。
この世界で生きる愛が、前世と今世であまりにも多くの神々を感動させたからだろうか……?10月の運動会があった翌日、愛の生きる世界のとある場所で、あるゲームに出てくるポーションのラベルに描かれている薬草に似た草が誕生した。その草はまだ人類が足を踏み入れたことのない場所で静かにひっそりと芽吹く。
いつの日にか、”片頭痛”の特効薬……いや、あらゆる病に効く特効薬が開発されたと世界中で発表される日が来るかどうかは、今後の私達の選択次第……。
※この回で”隠された物語をもう一度”は終わります。次回からはまたまた時間が戻り、リアージュ視点でのお話となります。何回も戻ってしまって申し訳ないですが、もうしばらくお付き合いください。




