彼女達のファイナルイベント⑧
雲一つない晴天であったが時間が進み、気温が急に上がったことがよくなかったのだろうか?それとも特別な学校行事である運動会に出ていることに緊張していた愛の心身がそれをストレスと感じてしまったからだろうか?理由はわからなかったが、愛はいつもの頭痛が来る予感を感じ取り、そのことに内心がっかりしながら愛の家族達のいる方を気にしていたので、バレーボールが自分に向かって飛んできたことに気が付かず、思いがけない直撃を受けたことで気が遠のき、目の前が真っ暗になった。
{愛、起きて!}
(っ!?)
バレーボールの衝撃を受け、そのまま体が後ろに倒れていく愛の前に、急に外国人の女性が現れたので愛は凄く驚いた。目の前は真っ暗なのに、そこに現れた女性の容姿だけはハッキリと見える。女性の髪は月光のような光を放つ美しい銀色で、女性の瞳は今日の空のように真っ青で、とても澄んでいた。愛はまるで女神のように美しい美貌を持つ女性が現れたことで、自分はもしかしたらバレーボールに当たった時に、打ちどころが悪くて死んでしまったのではないかと不安になった。
(あなたは誰ですか?もしかして女神様?私は死んでしまったのでしょうか?)
{大丈夫よ、愛は生きているわ。私はね、あなたなの。私はあなたであなたは私なのよ。母様に似た神様がカロンさんそっくりの神様を連れて、神様のお庭でミグシスと一緒に眠っていた私を訪ねてこられてね。母様似の神様が言うには、生前の私は、母様似の神様の弟子であるカロンさん似の神様に貸しを4つ作っていたらしくてね。その弟子の神様はいくつかの貸しを生前の私に返したらしいのだけれど、全ては返せなかったので、それで師匠の神様と共に私に謝罪をしに来たと言われたの。
そう言われても私にはカロンさん似の神様と関わった記憶はないし、誰かに貸しを作った覚えもないから謝罪はいらないと言ったのだけど、どうもね、それでは駄目なのだと言われてしまってね。神様が人間に借りを作ったままなのは、神様の沽券に関わることだから、残りの借りを師匠である自分がまとめて返すのが筋なんだと母様似の神様に言われてね、何か願い事はないかと尋ねられたの。
生前の私は愛に助けられ大事なことを教わったおかげで、一生を幸せに生きられた。大好きなミグシスと結婚して、子も出来て、大勢の家族や友人達も傍にいてくれてね、とても幸せな人生を送れたから、何も願い事はなかったのだけど、どうしてもと請われてね。それならば私の中で眠っている、私の恩人で大親友である愛と、もう一度だけ会って話がしてみたいと願ったの。
そうしたらね、神様がそれなら生きている愛と会わせてあげようと言うから私はすごく驚いたの。だって、そうでしょう?愛は私の前世なのに、どうやって生きている愛に会えるんだろうかと不思議だった。だけどね、母様似の神様はとても高位の神様だから、自分には時間も次元も関係ないし、無意識下の状態の愛となら話せるとおっしゃられたの。
……でもね、私は単なる一般人に過ぎないのに、そこまで厚遇してもらうほどの貸しを神様にした覚えもないことだし、不安になってしまってね。私は辞退しようとしたのだけど、父様が自分も心の中の親友にもう一度会いに行くと言うし、ミグシスが一緒についてきてくれると言ってくれたので、思い切って神様の言葉に甘えることにしたのよ。だから今日、愛が嬉しそうに運動会で頑張っているのを見ることが出来て、私、とても嬉しかった!……あっ、それより早く起きなきゃ!このままだと、借り物競争に出られなくなるわよ}
(え?出られなくなるのは嫌。だって中学最後の運動会だし、それに私は元気になった母さんに頑張って走るところを見てもらいたい……)
「愛ちゃん、愛ちゃん!……あっ、愛ちゃん、気がついた?大丈夫?」
「えっ?私……」
目の前の暗闇が消えたと思ったら、愛は純子に抱きかかえられていた。純子は状況を把握していない愛の様子を見て、簡潔に一連のことを伝えた後に、こう言った。
「それにしても、急にバレーボールが飛んでくるなんて思わなかったね。大丈夫、愛ちゃん?おでこ以外に痛い所はない?」
「う、うん。ありがとう、純ちゃん」
(さっきの女の人は何だったんだろう?ボールがぶつかったときに夢でも見ていたのかな?)
愛は純子に礼を言って起き上がろうとしたが、本部席にいた英語を教える特別講師が、そのまま動かないでくれと走りながら大声を出すので、愛は動かずに純子に身を預けたまま、講師が来るのを待った。
「愛様!……いや、信濃さん大丈夫ですか?」
臨時講師として愛が中学校に入学した年に、中学校にやってきた外国人の英語講師は日本人よりも流暢な日本語を話し、そしてとても過保護であることで評判の先生で、愛は彼のことをよく知っていたが、近づいてくる彼の頭を見て不思議に思い、首をかしげた。
(あれ?アダムさんは金髪だったかしら?本当は黒髪黒目のはずなのに、どうして金色に染めているんだろう?そうか、また何かのお役目で金髪にしているんだ!……え?何、今の?アダム先生は先生なのに、何故さん付けしているの、私?それにお役目って何?アダム先生は最初から金髪だったのに、どうしてそれを染めていると思ってしまうのだろう?)
愛がぼんやりとそう考えていると、アダムの顔色が青ざめてきたので、これ以上心配させたら自分は借り物競争に出させてもらえないと思った愛は慌てて言った。
「はい……アダム先生。ボールが当たった所は少し痛いですが、大丈夫です。私、このまま競技に出られます」
愛は大丈夫だと言ったのに、アダムは少し失礼します……と言って愛の額を見て、顔をしかめたので、愛はこのままではまずい状況になると思った。
(ああっ、しまったなぁ。返事を返すのが遅すぎてしまったんだ。どうしよう)
愛の心配は当たり、アダムは愛をそのまま競技に出させるつもりはないと言ってきた。
「赤くなっているではありませんか!競技に出たい気持ちはわかりますが、まずは処置することが先決です。さぁ、とりあえずは救護所で手当てを受けましょう。競技に出られるかは、その後に話しましょう」
アダムが過保護であることは中学生達の間では有名であり、いくら愛が大丈夫だと言っても、校医の許可が下りなければ競技には出させないという姿勢をアダムが崩さないことは容易く予想できたので、愛は項垂れながら、アダムに同意した。
「……はい」
競技は一時中断し、愛は英語講師に扮するアダムによって横抱きにされて、運動会本部席の隣に設けられた救護所に連れて行かれた。救護所にいる校医に患部を診てもらい、軽症だから競技に参加出来るとお墨付きをもらった愛はホッと安堵して、救護所に駆けつけてきた家族達や真に大丈夫だったよと手を振ってみせた。校医は軽症だったけれど、念の為にと愛の額に冷却ジェルシートを貼り、それが取れないように白いハチマキを結んでくれて、再びグラウンドに戻ってよいと言ってくれた。
「愛ちゃん、戻ってきて大丈夫なの?」
愛が救護所で処置を受けている間に順番が回ってきて、競技を走り終えた純子が声をかけてきた。
「うん、大丈夫。サッカーボールをヘディングするみたいにボールが上手く当たってくれたから、どこも切れていなかったし、少し赤くなっただけだったんだ。念の為にとおでこを冷やしているけれど、それ以外は何もないから走ってもいいって首里先生が言ってくれたの。じゃ、私は順番待ちの列に戻るから、純ちゃん、また後でね」
「愛ちゃん、また後で。頑張ってきてね!」
「うん、ありがとう!」
愛はそう言って、借り物競走の走者達の列の最後尾に並んで待っていたが、ふと頭に感じていた痛みがいつの間にか引いていることに気づき、額に手をやり、首をかしげた。
(あれ?頭痛が治まってる?……不思議、鎮痛剤を飲んでもいないのに痛みが引くなんて……)
愛が不思議がっている間に走る順番が来て、愛はスタートラインに立った。




