彼女達のファイナルイベント⑤
運動会が始まり、次々と競技が行われる中、愛は親友の純子と共に借り物競争に出るために入場門に並んでいた。運動会の入場門は保護者席に一番近いため、競技に出るために入場門に並ぶ中学生達は、保護者席に座っている自分の親達の姿を見つけては、照れくさそうに手を振ったり、またはわざと顔を背けたりしながら競技が始まるのを今か今かと待っていた。
「うわぁ、うちの母さん、今年も泣き始めたよ。なんで普段はガミガミ怒ってばかりなのに、運動会や文化祭みたいなイベントになると、ああやって俺の成長を喜んで泣くんだろう?ああ、でも……」
愛と同じように借り物競争に出るために入場門の側で並んでいた男子生徒がハァ〜とため息をついて言った後、保護者席の一角を見て、口ごもった後、愛に生暖かい視線を送った。
「私のところもだよ。毎日、私の顔を見ているはずなのに、パパったら何枚も私の写真を撮るものだから、カメラの連射の音が煩くて、すごく恥ずかしいわ。ああ、でも……」
男子生徒の隣にいた女子生徒も照れくさそうにぼやいた後、口ごもった男子生徒の視線を追いかけるようにして、そちらを見て同じように口ごもった後、女子生徒も愛に生暖かい視線を送った。
(((ああ、でも……信濃さんのお家の人達ほどじゃないけれど……)))
愛のことを見知っている中学生達は毎度のこととはいえ、涙もろい愛の保護者達に苦笑した。自分達の保護者も、こういう運動会や文化祭では本人以上に盛り上がったり、時折泣いたりしているので、保護者というのは涙もろい生き物なのだなとわかってはいるのだが、愛の保護者達は自分達の親の比ではないくらいに涙もろく、愛が開会式前の行進で歩いている段階で、すでに感極まって毎年涙ぐむので、生徒達の間で愛の保護者は中学校の保護者達の中で一番涙もろいと有名であった。
「ハァ……。父さんったら、またあんなに写真を何枚も撮って……。あれじゃ去年みたいに運動会の最後まで写真が撮れないんじゃないかしら?去年みたいに叔父さんに怒られないといいけれど……」
愛がため息をついて自分の姿を撮影している千尋のことを心配していたので、純子は愛の背を優しくポンポンと叩き慰めた。
「今年は愛ちゃんの恋人の加呂さんがビデオで運動会を撮ってくれているんだから、きっと大丈夫よ。……ん?あれ?ねぇ、愛ちゃん。あそこにいる人達、誰のお父さん達だろうね?ほら、保護者席の後ろの方にいる人達。あそこに沢山の知らない大人の人たちが集まってるでしょう?……あれ?嘘……あそこにいるの声優の澪月さんじゃないかしら……?いや、まさかね。でも……」
純子が何度か目をこすったり、自分の頬をつねりだしたので、愛は慌てて純子の手を掴んで、つねるのを止めさせた。
「純子ちゃん、自分のほっぺたをつねちゃだめだよ。ああ、痛そう!ここ赤くなってるよ。……あのね、これは内緒の話なんだけどね、あそこにいるのは真君のお父さんの会社の人達なの。真君のお父さんはゲームを作る人でね、次のゲームの仕事で運動会の映像が必要になったから、うちの中学校の校長先生に協力を頼んだんだって」
愛にそう言われ、純子は目を丸くして、もう一度保護者席の後ろに目をやった。知らない大人の人達が何やらメモを取ったり、校舎や水飲み場や校庭の写真を撮ったりしているのが見えたので、確かに運動会を参観に来ている大人ではないなと思いつつ、少し首をかしげ、こう言った。
「それで知らない人ばかりだったんだ。でも、あの人達、私の気のせいでなかったら、愛ちゃんのお父さん達みたいに愛ちゃんばかり見てるように見えるんだけど、愛ちゃんの知っている人?」
純子に指摘され、愛も保護者席の後ろに視線を向けてみた。そのタイミングでそこにいた者達は、サッと愛から視線を外し、皆それぞれ明後日の方向を見だしたのだが、愛は自分が熱心に見られていたことに気が付かなかったので、純子の気のせいだろうと結論づけた。
「そうかな?私ばかり見ている?……う〜ん、真君のお父さんとお母さん以外は知らない人達だし、純子ちゃんの気のせいじゃないかな、きっと。多分こっちを見ているのは、次の借り物競走に興味があるからだよ。この中学校の借り物競争は毎年面白いもの」
「愛ちゃんがそう言うなら、そうなのかもしれないね。それに借り物競走は漫画やアニメではよく見られるもの。恋とか友情が生まれやすいのよ!」
「へぇ〜、そうな『え〜、二年生による徒競走はこれで終了です。今から二年生が退場します。皆様、盛大な拍手で見送ってください。……次は借り物競争です。出場者が入場しますので、皆様盛大な拍手でお迎えください』……やっと私達の出番だね、純ちゃん」
「そうだね、愛ちゃん」
放送部のアナウンスが流れ、愛と純子は話すのを止めて、前を向いた。純子は胸の前で手を合わせ、何やら祈り始めた。
「ああ、ドキドキするね、愛ちゃん。簡単な借り物に当たるといいんだけど……」
「うん、そうだね。私もドキドキしてる。私ね、去年の借り物競争のクジで大玉を引き当てたんだ。大玉は大きいから、直ぐに見つけられたのは良かったんだけど、大玉を転がして走るのは難しかったから、今年は大玉以外がいいな」
「それは大変だったね。そういえば私も去年は違う意味で大変だったんだよ。だって引き当てたお題が”眼鏡をかけていて左利きのスーパーマン”だったんだもん。クジを引いた瞬間は、どうしようかと焦ったんだけど、いつもは怖い数学の先生が、顔を真赤にしてスーパーマンの格好で現れたから、もう笑いを堪えるのに大変で走るのに苦労したわ」
「あれは面白かったね。先生達とかPTAの人達が借り物のお題の仮装をしてて……あっ、前が動き出したよ。純ちゃん、行こう!」
愛と純子が借り物競争に出る出場者達と一緒に入場門をくぐり、グラウンドの中央に歩いていくのを保護者席の後ろで立ち見をしている者達は、必死に目で追っていた。そこには雷斗と年が近そうな男女が大勢いて、皆が皆、愛が機嫌よく運動会を楽しんでいる姿を目を細めて参観していた。
「次は”可愛い恋人達”の愛ちゃんの出番みたいだね!それにしても、すごく可愛らしい子だな!」
「本当だね。まるで子うさぎか子リスみたいに小柄で愛らしい。資料作りのためだと言って、多少無理を言って、愛ちゃんを見に来た甲斐があったね!次のヒロインのモデルになってほしいくらいだよ」
「いやいや、待て待て。次作るゲームの主人公は愛ちゃんの叔父の雷斗さんがモデルのアクションゲームじゃないか。確かに愛ちゃんは可愛らしいけれど、どうもさっきの徒競走を見ている限りでは、愛ちゃんは運動はあんまり得意ではないみたいだし、アクションゲームのメインキャラクターにはなりそうもないぞ」
「それならサポートキャラクターとかはどうだろう?中世ヨーロッパ風の町並みの中に忍者みたいな動きが出来る主人公が活躍するサポートキャラだから、主人公の妹とかどうだろうか?ああ、それにしても愛ちゃんみたいな可愛い子が俺の孫息子の嫁になってくれたらなぁ……。んんっ!?何だ、このゾクゾクする悪寒は?急になんか命の危険を思わせる寒気が……あっ、愛ちゃんの恋人の真君がすっごく怖い目で、俺を睨んできて……って、まさかあんな向こうにいるのに、俺の喋っている言葉がわかったのか、あの子?
ああっ、嘘だろう!なんだ、あの子の後ろに見える黒い瘴気のようなものは?俺の目がどうかしたのか?うわぁ、こっちに来た!おい!ストップストップ!止まれ、黒魔王!冗談なんだから本気にするな!あれ?なんだ黒魔王って?なんか知らんがあの子に睨まれると本気で怖くて気を失いそうになるんだが……うわぁ、助けてくれ〜!」
保護者席の後ろの方でわいわいと騒がしくなっていることにも気づかず、唯は千尋や雷斗と一緒になって、「ああっ、愛ったら緊張して、手と足が一緒に出てるぞ!でも、そこが可愛い!さすが俺の可愛い娘!」とか、「あんなに嬉しそうに歩いて……。今日は頭痛にならなくて本当に良かったな、愛」とか、「今年の徒競走も一番遅かったけれど、一所懸命最後まで諦めずに走ってて、とても偉かったわよ、愛!次も頑張ってね!」と愛を見て応援していたので、校庭の端で、こっそりと愛と愛を見守る唯達を見守っている人々のことに気が付かなかった。




