4人は、その乙女ゲームを作る⑥
ゲームショウが終わり、無事に声優達が家に帰ったとの連絡を受けた英雄達は、控室に行き、それぞれのコスプレ衣装を脱ぐことにした。
「なぁ、初老のおっさんが10代の王子のコスプレをするのは流石にイタすぎだったかなぁ?」
英雄は鏡に映るエイルノンの扮装をした自分を見ながら言った。
「仕方ないじゃないか、英雄。あの女から彼を守るための作戦だったんだから」
トリプソンの赤髪のカツラを外しながら、弘は隣で鏡を見て、げんなりしている英雄を慰めた。
「そうだよ。それに英雄や弘はまだキャラクター達と似た身長だったんだからいいじゃないか。俺やアーサーを見てみろよ。エルゴールは攻略対象者の中で一番小柄なはずなのに、実際にエルゴールのコスプレをしていたアーサーはイギリス人の親父さんに似て、この中で一番の長身だし、ゲーム内では一番長身のベルベッサーをやった俺なんて、まん丸体型のチビなおっさんなんだから、本人要素はまるで無しだったんだぞ!」
ポンッ!と自分のふくよかなお腹を叩きながら、勇が口を尖らせると、先に着替えを済ませていたアーサーが、まぁまぁと勇や英雄をなだめるように言った。
「まぁ、ここにいる皆がゲームのキャラクターに似ていたかどうかはどうでもいいことじゃないか。弘が言っていたように一番肝心だったのは、あのしつこい女から声優さん達を守ることだったんだから。……それにしても、あの女は、今日のイベントには現れなかったね。絶対に来ると思ったんだけど……」
「「「そうだな。どうしたんだろう?」」」
二年前、”僕のイベリスをもう一度”をリリースした英雄達の目論見通りに、”僕のイベリスをもう一度”……通称、僕イベは前作の復讐ゲームとの関連性をインターネットを利用するゲーマー達の間で噂されて、話題の乙女ゲームとなったが、当然インターネットの世界で噂されることが良いことばかりではないことを、まだパソコンが世間一般に流行っていなかった頃から独学でパソコンを勉強し、自らパソコンを組み立て、世界中にいるゲーム好きな者達ともっと語りたいと思ってパソコン通信を自ら開局したことがある英雄達が知らないわけがなかった。
そこで英雄達は国際弁護士として、いち早く外国とのインターネット関係での訴訟を何件か経験している加呂の妻である成美を顧問弁護士として雇い、インターネットの世界での悪質な嫌がらせや誹謗中傷からゲーム制作に関わった者達や英雄達の作ったゲームを愛する者達を守っていたのだが、二年経った今、最も悪質なユーザーが英雄達の前に現れた。それは”お姫様”と名乗るユーザーだった。
”お姫様”は何年も前からネットの世界に潜む性悪なユーザーで、イケメンと呼ばれる俳優や男性アイドルや男性声優に次々とストーカー行為を行ったり、綺麗で可愛い女優や女性アイドルや女性声優を次々とインターネットの掲示板等で誹謗中傷したりするので、良くない意味で有名人だった。”お姫様”は、とてもずる賢いユーザーで、いつもIPアドレスを特定されないような工夫をしてから、いくつかの別名のハンドルネームを用いて書き込む用心深さを持っていたので、誰もその正体を特定することが出来ずにいた。
……が、一方で”お姫様”はいつも意地悪で傲慢で自己中心的な誹謗中傷の書き込みをするのを他のユーザーから注意されると、直ぐに『訴えるわよ!』と書き込んだ後に逃げるので、どんなハンドルネームを使っていても、直ぐに”お姫様”の発言だと周りのユーザーにバレてしまう浅はかな所もあった。
英雄達が、その”お姫様”をよく知るようになったきっかけは、つい三ヶ月前のことだった。”お姫様”が僕イベのベルベッサーの声を担当している若手の男性声優に執着し、ストーカー行為をするようになったからだ。インターネット内の僕イベのファン情報サイトや彼のホームページに毎日狂気じみた愛の言葉を大量に書き込み、彼の所属する芸能事務所には大量のファンレターと一緒に盗聴器入りのぬいぐるみやマグカップ等のプレゼントが送りつけ、どこから情報を得たのか、彼が移動する先々で出待ちを行うようになったので、英雄達も何度か彼を守るために”お姫様”を追い払ったことがあった。
”お姫様”は良くない意味で業界で有名人だったから、過去に”お姫様”の被害にあった何人かの俳優やアイドルや声優達はこぞって彼に同情し、”お姫様”の対処法を伝授してくれたおかげで、ここ一ヶ月は”お姫様”は鳴りを潜め、姿を見せることはなかったが、本来なら海外で行われる予定だったゲームショウが日本で行われることになり、ゲームショウの初日である7月23日は、多くの声優がイベントで参加することになったので、ゲームショウの関係者達は”お姫様”がゲームショウに現れるだろうと予想し、その対策を取ることにしたのだが……、懸念していた”お姫様”は姿を見せなかった。
「本当にどうしたのだろう?何事もなくて良かったけれど、何だか薄気味悪い……」
何事もなくて良かったと言いつつも、何か釈然としないと英雄達は首を捻る。”お姫様”の執念深さは並大抵のものではないとの噂だったので、こんなにあっさりと引き下がるとはどうしても思えなかったからだ。
「もしかしたら他のイケメンに乗り換えたんじゃないか?」
「う〜ん、そうかもしれないけれど、明日も警戒は怠らないでおこう。……それにしても、今日は良い日だったなぁ。俺達の”ヒーロー”の姿を初めて見られたんだから」
アーサーがそう言うと、英雄達の表情は途端に明るいものになった。今日、英雄達は彼らが心から幸せになってほしいと願っている”可愛い恋人達”の片割れを見たのだ。ゲームショウの展示ブースにいた加呂から息子がゲームショウに来ていると教えられた英雄達は仕事を放り出して、教えられた場所に一目散に駆け出して、加呂と成美の息子をこっそりと見に行ったのだ。
「ああ、本当にあれは感動的だった。5年前に加呂君に話を聞いて想像していた姿よりも、うんと大きくなって逞しくなっていて、びっくりしたけれど、すごく嬉しかった。実物の真君を見られて、本当に良かったよ」
加呂と成美の息子である真は、9年前に愛と恋に落ちて以来、愛の父と叔父に愛との交際を認めてもらうため……そして何よりも自分の恋人である愛を誰からも守れる強い男になりたいと、愛の叔父と父が経営する道場に通うようになったため、その顔つきは精悍で体つきも細身ながらも筋肉質なイケメンとなっていた。
「出来たら俺達の”ヒロイン”である愛ちゃんも見てみたかったなぁ」
「今日はこの近くの高校で模試だったらしいから、もしかしたらどこかで愛ちゃんとすれ違っていたりしてな。そう言えば上条さんや遥さんは、ずっと愛ちゃんのことを心配していたなぁ。『今日は天気が悪いから倒れてやしないだろうか?』とか『今日は急に気温が上がったから、さぞかし辛いでしょうね』とか、まるで何かの事情で遠く離れざるを得なかった我が子を心配している親のように、愛ちゃんを気遣わない日がなかったから、きっと彼らも愛ちゃんを見たいと思っているだろうなぁ」
「それは僕イベに関わった皆が思ってることだよ。俺達だって絵師の紗莉さんや外注さん達だって、皆、愛ちゃんを見たいと思っているんだ。だから、あの子の体が良くなるようにと願をかけて僕イベにイースターエッグを入れたんだからさ。……そう言えば二人はイースターエッグを見た時に、自分達のことだとは気づいてはいなかったみたいだけど、すごく喜んでくれたって加呂君から聞いた時はすごく嬉しかったな」
”僕のイベリスをもう一度”という乙女ゲームに、”可愛い恋人達”の幸せを願ってイースターエッグを入れた英雄達は、是非とも”可愛い恋人達”に僕イベのゲームをしてもらって、”隠された物語”を見てもらいたくなった。だが頭痛でゲームが出来ないと言っている愛と、愛を守るために格闘技を習うことにしたためにゲームをしなくなった真が乙女ゲームが出来る年齢になった時に僕イベをプレゼントしても、プレイしてもらえないのではないかと心配になった。
そこで英雄達は愛の家族と友人である加呂を通じて『頭痛持ちでも出来る乙女ゲームかどうかを確かめてほしい』と言って、愛と同じ頭痛持ちであるという愛の母親にリリース前のテストプレイの協力を頼んだ。愛の母親は『頭痛持ちの自分でも、誰かの役に立てる事があるのなら』と快く引き受けてくれたのだが、妻を溺愛する愛の父親が『ゲームとは言え、唯ちゃんが他の男にアプローチしたり、ときめくのは嫌だ!』と嫌がり、どうしてもテストが必要なら自分が先にテストプレイをすると言って、加呂に渡されたゲームソフトとゲーム機を持って自宅の一室に閉じこもり、5日間で全ルートを攻略し、イースターエッグまで自力で見つけたのだ。
乙女ゲーム自体は気に食わないものの、イースターエッグの”隠された物語”は素敵なおとぎ話だと思った愛の父親は、5日間も引きこもっていた彼を心配していた妻や娘や娘の恋人、おまけに妻の兄を部屋に招き入れ、皆で”隠された物語”を鑑賞したらしいと後日、息子の話を聞いた加呂から報告を受けた英雄達は、手段はどうあれ目的は達成出来たと大いに喜んだ。
「そういや、僕イベがリリースされて二年が経とうとしているが、まだネットには一度もイースターエッグを見つけたという報告は上がってきていないなぁ」
「そろそろイースターエッグの存在を明かすべきかな?」
「そうだな、そろそろ明かしてもいい頃合いかもなぁ。そうだな、バレンタイン前に発表するというのはどうかな?日本のバレンタインは恋人のイベントと化しているから、ちょうどいいんじゃないか?」
「それはいい案だな」
……等と悠長に話していた英雄達だったが、やむを得ない事態が8月の初めに起きたために、ゲームショウが終わった次の月である8月には僕イベのイースターエッグの存在を明かすことになってしまった。
やむを得ない事態とは8月の最初の日曜日から始まった、”お姫様”の嫌がらせのことだった。それまでは狂気じみた愛の言葉を書き込むだけだった”お姫様”がまるで手の平を返したように、僕イベのファン情報サイト内に僕イベに出てくる登場人物への悪口や、僕イベの制作陣や僕イベを好んでいるユーザー達への誹謗中傷が連日書き込み、いくら忠告しても”お姫様”は書き込みを削除しなかった。
そして、あろうことか”お姫様”は、僕イベには逆ハーレムルートがあるという虚言まで言い出したのだ。僕イベと復讐ゲームの関連性を探っていたゲーマー達は、自分達の知らない逆ハーレムルートが存在するのかと騒ぎ出し、サーバーがパンクするほどネット内が大騒ぎとなった。
英雄達は、もしかしたら”お姫様”は、英雄達が僕イベに入れたイースターエッグを見つけたのではないかと考えた。だがイースターエッグの”隠された物語”はゲームではない。あれは英雄達に初恋の気持ちを思い出させてくれた、あの可愛い恋人達の幸せな未来を願って、英雄達が心を込めて作った5分間の物語だ。たった5分の映像ムービーを、”お姫様”はどうして逆ハーレムと言うのか?と英雄達は怒りに怒った。
「「「「あれこそ俺達の初恋なのに、逆ハーレムと言われるなんて耐えられない!」」」」
英雄達は会社の者達と相談し、皆の了解を得てから会社のホームページと僕イベのファン情報サイトに、僕イベには逆ハーレムルートは無いがイースターエッグは存在すると明記した。英雄達は僕イベを作った経緯や僕イベに対する思いを正直に綴り、自分達が僕イベに隠したイースターエッグである、”隠された物語”への思いや、イースターエッグ”の出し方を書き込むと同時に、誹謗中傷を止めようとしない”お姫様”を法的に訴えると決意表明をし、被害届を警察に提出した。
……その月の盆が終わった二日後、英雄達は僕イベの声優達と一緒に警察署に呼ばれ、ある映像を見せられた。
「あなた達が被害届を出した”お姫様”のIPアドレスを辿りましたら、この左側に立っている女性の家の物だと判明し、今、彼女の事情聴取の最中なのですが、皆さんも御存知の通り、”お姫様”にはいくつかの余罪と、もう一つ別件の容疑もありまして……。とりあえずはそちらの男性へのストーカー罪とゲーム制作会社への脅迫罪での立件を先にと思いましたので、皆さんにこれを見ていただきたいのです。彼女が”お姫様”で間違いないでしょうか?」
そこに写っていたのは、一人の老婆と美しい中年の女性で、警察官が英雄達に”お姫様”かと尋ねていたのは左側に立っている老婆のことだった。静止していた映像が動き出すと、左側に立っている老婆が中年の女性に何かを渡し、女性が礼を言って、それを食べ、しばらくして女性が頭を抱えて苦しみだして倒れ、それを見ていた老婆が女性を助けもせずに笑いながら暴言を吐き捨てた後、走り去っていった。あまりに恐ろしい映像に、英雄達は身震いした。
「あの……この女性は亡くなったのですか?」
恐る恐る尋ねると警察官は、倒れた女性はその場に居合わせた別の女性が呼んだ救急車に乗り、助かったと言ったので英雄達は胸を撫で下ろし、深い溜め息をついた。女性が死んでいなかったことに安堵した英雄達はもう一度、映像を見て、老婆の顔に注目した。するとベルベッサーの声を務めていた男性声優が、この女が”お姫様”だと断言をした。
「澪月さん、間違いはないですか?前に見かけた女の姿よりも、映像に写っている女は、すごく老いているように見えますが?」
アーサーが尋ねるとベルベッサーの声優を務める澪月は、ええ、間違いありませんとハッキリと言い切った。
「女性なんて化粧でいくらでも化けますから、見かけなんて頼りになりませんよ。でも僕は直に嫌がらせを受けた身ですからね。たとえどんな姿だろうと僕には見分けることが出来るんですよ。僕はね……どんな姿で生まれてこようとも、僕や僕の大事な者達を苦しめた人間のことは来世でもわかる自信があるくらいに執念深いんです。アーサーさん、皆さん。あの老婆が僕や皆さん達を苦しめている”お姫様”で間違いありません。僕には裁判所でもどこでも出向いて証言する自信があります!」
澪月が自信満々に言い切るのを見た後、もう一度映像に映る老婆を見た英雄達は、顔には見覚えはなかったものの、その口調や言動や服装には非常に見覚えがあったので、それを正直に警察官に伝えてから、警察署を後にした。
※この話は⑥で終わります。次回は8月の盆終わりの日に起きたことを書いていきます。




