4人は、その乙女ゲームを作る⑤
12月の第二週の水曜日、英雄達の会社内では新しいゲーム制作に向けての会議が行われ、英雄達は初恋の気持ちが味わえる乙女ゲームを作りたいのだとプレゼンテーションを行った。恋愛系ゲームにおいて、初恋物はよく使われる鉄板ネタであり、真新しさがないと難色を示す者達を前に、英雄達は自分達がどうして恋愛系ゲームを苦手としていたのかを説明し、初恋を特別視している恋愛観を話し、だからこそ自分達が初恋の相手としてみたかったことを追体験出来るような乙女ゲームが作りたいのだと情熱的に語った。
会社の者達は今までにない英雄達の熱心さに驚いた。まるで英雄達の好きなスポーツ系のゲームのプレゼンテーションをしているような熱意のある語り口に、ついに英雄達が本気で乙女ゲームを作る気になったのだと思い知らずにはいられなかった。しかし初恋の恋愛物はゲームでもアニメでも漫画でも、実に多く見られるジャンルであり、今更英雄達が初恋の乙女ゲームを作ったからとて、それがヒットするかどうかはわからない。不安を口にする後輩達に英雄達は新しい試みを考えていると打ち明けた。
「「「「ええっ?!復讐ゲームの世界観やキャラクターや声優を乙女ゲームでも使うつもりとは、どういうことですか?」」」」
「ああ、昔と違って、今のユーザーはインターネットのSNS等を使ってゲームの攻略法を求めて情報を交換し合ったり、自分がプレイしたゲームの感想を言い合ったりするだろう?中には誹謗中傷やネタバレなんかを平然と書き込む困った輩もいて、それらの対処に昔から頭を抱えてきたが、今回はそれを逆手に取ってやろうかと思っているんだ。
俺達はあの復讐ゲームの世界観をそのまま乙女ゲームに組み込んで、国の名前や主要なモブキャラクターの容姿を少しだけ変えて、違う職種のキャラクターとして登場させたり、乙女ゲームのルートに前作の復讐ゲームに似たルートを作って、ユーザー達に復讐ゲームとの関連性をわざと匂わせて、インターネットのゲームサイト内で噂が立つように仕向けようかと考えている。そして勿論、攻略本にも関連性のことは触れないし、数年間は両者のゲームの関連性に関する質問等は一切答えないで沈黙しておこうと思っている。
……するとゲーマーなユーザーはどうすると思う?あの復讐ゲームを好んで購入する者の多くは、ゲームを子どもの頃から慣れ親しんだ、ゲームを心から愛するゲーマーと化した中高年男性が中心だ。きっと彼等は、俺達の乙女ゲームの一部のネタバレや誹謗中傷の噂を聞きつけて、噂の真相を探るために普段は手に取ることのない乙女ゲームをプレイするだろう。
恋愛物は女性だけが喜ぶジャンルではけしてない。男だって恋愛物を好む者は大勢いるし、男性も女性みたいに、恋愛に憧れるロマンチストな部分があることは、多くのギャルゲームが存在することで証明されている。手にとって実際にプレイをしてもらえれば、こっちのものだ。
俺達が加呂君の息子さんの初恋の話にときめいたように、きっと中高年男性ゲーマー達も初恋の気持ちを味わえる乙女ゲームにときめくはずだ……いや、俺達がときめかせてやる。形は乙女ゲームとするが性別を問わずにそれぞれが楽しめるように、女性目線のイチャラブと男性目線のイチャラブなイベントを沢山起こして、老若男女問わずに皆のハートをキュンキュンさせてやるんだ!」
英雄達が女性だけではなく、男性の……中高年男性をもターゲットに考えていると言うと、会社の者達は、それなら乙女ゲームじゃなくギャルゲームを作ったほうが良いのでは?と内心思った。何故なら女性ゲーマーよりも男性ゲーマーの方が何倍も人口が多かったからだ。しかし、会社の者達の戸惑いに気づいていない英雄達はさらに爆弾発言を続けた。
「「「「ええっ!復讐ゲームの時に世話になった絵師さんや声優さんや外注の人達にも話が通っているって、どういうことですか!?」」」」
目尻を釣り上げた者達に英雄達はたじろぎながら、こう言った。
「いや、話が通っているというか、先週の金曜日の忘年会で加呂君の息子さんの初恋話を聞いて感動したのは俺達だけじゃなかったんだよ。絵師の紗莉さんは、『是非、その乙女ゲームの絵は私に描かせてくださいまし!ああっ!あの優しくて可愛らしくて美しいお嬢様のお姿を皆々様にお見せしたいですわ!それに、ウフフフ……初恋イベントのスチル!公園デートや中庭デート、渡り廊下でのお二人の甘い会話!描きたいものがありすぎてたまりませんわ!』とか言って忘年会の途中でラフ描き始めて、すごく乗り気になってくれていたんだ。
それに主役の声をやっていた上条さんは『私は復讐ゲームの主役をやっていましたが、今度は隠しキャラがやりたいです!ええ、私はあの方の片想いの9年間を間近に見てきたものですから、誰よりも上手く真似てみせますよ』とか言い出すし、ヒロインの修道女をやっていた遥さんも『私は復讐ゲームでヒロインをしていましたし、今度は悪役令嬢が良いですわ!ええ、私は誰よりもあの天使なお嬢様のお近くで仕えていましたもの!あの清廉で優しい私の大事なお嬢様を完璧に演じきってみせますわ!』とか言い出してくるし、何だか俺達が目指している乙女ゲームのイメージを把握しているみたいな口ぶりで俺達の乙女ゲームの声優をやると前のめりで言ってくれたんだ。
しかも外注さん達も『『『我々は、その乙女ゲームがこの世に無事に誕生させるために生まれてきたんです!だから全力でお手伝いします!』』』とまで言ってくれたんだぞ!勿論酒の席のことだったから、俺達は本気にしていなかったんだが、今週の月曜には皆から新作制作のスケジュールを尋ねたいと連絡が入ったんだ。これはもう、やるしかないだろう!」
英雄達の言葉に会社の者達は目を見開き、息を飲んだ。あの復讐ゲームの制作に携わった面々は英雄達が退職するというのを耳にして、長く苦楽を共にした戦友である彼らへの餞にとの友愛の気持ちで集まってくれた、それぞれの分野で超一流と呼ばれるスペシャリスト達で、常ならば続けて次回作の契約など取れる人材達ではけしてなかったからだ。
復讐ゲームをリリースした際には、彼らが一同に集まって制作に関わっているというだけでも話題に上がったのだ。それが次回作も続けて同じ面々が制作しているとなると、さらに話題になるだろうことは間違いなく……なので、会社の者達は英雄達の乙女ゲーム作りを阻止することが出来なくなった。
こうして英雄達の会社は……一度目の人生と同じように乙女ゲームを作ることになり、その2年後に”僕のイベリスをもう一度”が一度目の人生と同じようにリリースされた。とはいえ、全部が全部一度目の人生と同じだったわけでは勿論ない。一度目の人生ではスポンサーの無理強いにより、仕方なく乙女ゲームを作ったが、今回は英雄達自らが復讐ゲームを作った時以上に本気を出して作ったので、”僕のイベリスをもう一度”は後に、初恋がリアルに感じられる乙女ゲームとして一度目の人生の時以上に人気を博し、後世に名を残す乙女ゲームの末席に加えられることとなった。
ちなみに一度目の時と同じように英雄達は、ヒロインの容姿をスポンサーの娘の容姿……菜有の娘である仁姫の容姿そっくりにしたが、その理由は一度目の時とは大きく異なる。彼らは、自分達の乙女ゲーム作りを省みることになったきっかけとなった彼女に何らかの感謝の気持ちを示したいと考えた。彼女は初恋をしたことがないと自分の父親に語っていた。だから初恋をしたことがない彼女に、英雄達の乙女ゲームで少しでも初恋の気持ちを体感して楽しんでもらえますように……と願いを込めて、彼女の容姿をヒロインの容姿に起用したのだ。
そして悪役令嬢が銀髪で空のように青い瞳になった理由も、それと同様で、そのモデルが誰であったかは言わずもがなである。花も実もある彼が、あの場で辛辣に言ったからこそ、英雄達は、やっと自分の後輩達の言葉を真摯に受け止める気になり、自分達の至らなさを痛感し、良い方向に変わるきっかけを得たのだから、その感謝は言葉に出来ない位深いものだった。だからこそ彼の容姿を悪役令嬢に起用した。
何故ならば物語において、悪役がいなければ物語は始まらず、物語が始まらなければ主役は主役になれないのだから、悪役は主役以上に大事な人物に他ならず、悪役こそが物語を動かす最重要人物だったからだ。それを英雄達に当てはめるならば、彼の発言がなければ、英雄達はもう一度乙女ゲームを作ろうと奮起することはなかったのだから、彼以上にふさわしい悪役のモデルは他にいなかった。
一度目の人生で英雄達が会社を退職して立ち上げるはずだった福祉系の人材派遣事務所の場所には、スクイレルの日本支社が新たに立ち上げた”スクイレルテール”という別会社が建設された。”スクイレルテール”は後に赤獅子印の家事代行サービス会社や福祉タクシーである黒狼タクシー、そして予防医療を推進するピンクのリス運動等々の事業をいくつも展開していった。
また本来なら英雄達が退職した後に、時代の波に飲み込まれ、縮小化するはずだったゲーム会社は新しい時代に対応したゲーム作りに重きを置いたことが功を奏して、縮小化することなく、その後も多くの人々を楽しませるゲーム作りに勤しむ会社のままであり続け、”僕のイベリスをもう一度”をリリース後は、スクイレル社からゲーム制作で使われる技術を医療現場で生かしたいとの技術提携の話を打診され、元々退職したら人の役に立つ仕事がしたいと考えていた英雄達は、それを快諾したことにより、スクイレル社と深く付き合うようになり、……その3年後には一流と呼ばれるゲーム会社となって、その夏のゲームショウにも参加することになった。




