名前なき彼女達のイベリスをもう一度④
応接室にいた人達は、一斉にギョッとした表情で私に注目した。それはそうだろう。大事な話の最中に、いきなり見知らぬピンク色に髪を染めた喪服を着た妙な女が乱入してきたのだから。皆、目をパチクリとさせて驚いている。でも、その中で一番驚いていたのは私という人間を一番よく知っているお父様だった。
「仁姫?どうしてこんなところにいるんだ?今日は大事なアイドル声優の最終オーディションの日だろう?行けば必ず受かるように段取りは済んでいると言っておいただろう?……それにその格好は何だ?喪服なんか着て。それにそれに……仁姫の口から『すみませんでした』……などというきちんとした社会人のような謝罪の言葉が出るなんて……」
小さな頃から身の回りの世話をしてくれた理佐さんだけではなく、お父様にまで驚かれるほどに、現世の私は常識のない人間だった。そして、それを叱りもしないで黙認していたお父様。そのことが主な原因となって私は、この世界のお父様を助けるどころか……破滅に追い込んでしまったのだ。
お父様は、とてもやり手の実業家だったのだけど、一人娘である私に関してだけは、底無しに愛情を示してくれる父親だった。その傾向は最愛の妻を病気で亡くしてから、さらに加速し、私がここのゲーム会社の作るゲームの大ファンだという理由だけで、このゲーム会社の押しかけスポンサーになってしまう程だった。
そんなお父様は数週間前、バラエティ番組を見ていた私が、たまたま、そのバラエティ番組に出ていた人気声優を見て、自分もアイドル声優になって、自分の好きなゲームのキャラクターの声をやってみたいと言っているのを聞き、それを叶えようと、ありとあらゆるコネクションを使いまくり、そしてテレビの時代劇に出てくる悪代官みたいなゴリ押しをゲーム会社に強いた。
お父様のコネとゴリ押しだけでアイドル声優になった私は、”僕のイベリスをもう一度”のヒロインの声をした後は当然、他に仕事が入らず、直ぐに干されてしまった。お父様は私財を投じて、私を歌手デビューさせたり、写真集を出したりと、アレコレと手を尽くしてくれたけれど、それらが売れることはなく、これまたお父様が私財を投げ出し、全て買い戻すことを何度も繰り返している内に数年後、お父様は事業に失敗し、信頼を失い、家屋敷を全て手放さなければならなくなってしまった。
全てを失いボロアパートに引っ越して、生きる気力を失ったお父様を見て、そこでようやく私は自分で何とかしなければと思い立ったのだが、学校卒業後、一度もまともに働いたことがなかった私には、アイドル声優という前歴しかなく、就職に役立つような資格も実績もなかったので、良い就職先は一つも見つからなかった。
その当時、流行りだしたインターネットやSNSで自ら番組を配信してお金を稼いでいる人がいると、たまたま知った私は、アイドル声優という前歴を活かせるのではと、自分で番組を配信をすることを思いついたのだが、実力もなく、努力もしていなかったアイドル声優とは名ばかりの私の番組は、当然のごとく流行ることがなかった。視聴してくれる人が増えないことに焦った私は何とか視聴者を増やそうと、僕イベの裏話を話すことにした。すると少し視聴者が増えたので、気を良くした私は、つい言ってはならない秘密を……”僕のイベリスをもう一度”には”逆ハーレムエンド”が存在することを喋ってしまった。
お父様のゴリ押しで復讐ゲームを乙女ゲームに変更することになったゲーム会社の人達は、乙女ゲームを作る代わりに、今後このようなゴリ押しがまかり通らないようにと契約の見直しを求め、逆ハーレムエンドのことやイースターエッグのことを勝手に口外しないことを条件の一つに加えていたので、私のしたことは重大な契約違反となり、私は莫大な違約金を支払わなければいけなくなってしまった。
それを知ったお父様は、どうしようもない私を責めることなく、私を助けるために私の知らない所で自分自身に保険を掛け、自分の命で私の借金を払おうとし、私は変わり果てたお父様の姿を見て……発狂した私を見かねて、地獄の神が私の人生を強制終了させた。地獄に戻った私は、わたしとワタシにまた分かたれて、前世の記憶を取り戻し……ワタシは私のお父様が、自分のよく知っている人物に、よく似ていることに気がついた。その人物の名はナウセア。ナウセアは、まだバッファー国という名の国ではなかった頃の自国で大臣をしていた公爵だった。
ギンモクセイの白い花が咲く中庭を散歩している時、ナウセア公爵はワタシに話しかけてきた。
『お姫様、トゥセェック麺を食べに、今からトゥセェック国に行かれてはどうですか?』
『え?本当に今、行ってもいいの?』
国の大臣であったナウセア公爵は、ワタシの亡きお母様の幼馴染だった縁で、ワタシが物心つく前から、母親を亡くしたワタシを心配して、王であるお父様に内緒で、ワタシの様子を毎日のように見に来てくれる優しい人だった。神様の子どもの頃は偏食が激しく、食が細かったワタシを心配し、国内だけではなく、他国からも珍しい食材や料理を探してきては、ワタシの食への関心を引き出そうとしてくれた。
ナウセア公爵は、実の親以上にワタシに愛情を注いでくれる人だった。神様の子どもから、王の子どもになったワタシは勉強嫌いで、家庭教師達を沢山困らせた。ナウセア公爵は、”女王になるために必要な、ありとあらゆる教養”を学ぶのをワタシが嫌がっていると知ると、ワタシを平民の子どもに変装させて市井に連れ出し、ワタシが将来守らなければならない国や民の姿を間近で見せてくれて、ワタシに王族として生きる自覚を持たせてくれた。そんな公爵がワタシに隣国に行くようにと行ったのは、ワタシが16才になる一週間前だった。
『ワタシ、一度でいいから本場のトゥセェック麺を食べたかったから、すごく嬉しいのだけど、本当に行ってもいいの?確か週末の16才の誕生パーティの後に重大発表があるから、必ずお父様の傍にいるようにとワタシは命じられているのだけど……』
ワタシの父は国王であった。……とはいっても、父は執政が得意ではなく、実質的に、この国を動かしていたのは公爵で、影ではナウセア公爵こそが真の王だと囁かれていたことをワタシはメイド達の噂話を聞いて知っていた。
『ああ、それは大丈夫ですよ。16才で成人となるお姫様は今度、一人前の王族として……未来の女王として……国政に参加していくのだということを国民に通達するだけですからね。それに王はお姫様を大事にしすぎて、今まで社交の場である貴族のお茶会にも一切参加させず、パーティーでも誰とも会話することも踊ることも許してくれず、いつも壁の花をさせられていたでしょう?だから今回もきっと同じように壁の花をさせられるだけでしょうから、いつものように影武者を立てればバレはしないはずです。
まぁ、とは言っても、お姫様は16才になったら成人となりますし、国政にも参加するのですから、王が何と言おうとも、次回からは茶会にも参加をするべきですし、パーティーにも出て、他の貴族達と言葉を交わし、人脈を作り、女王となるために視野を広げる必要がありますから、今後は今までのように変装して食べ歩きに出ることは出来なくなります。だから心残りのないように思う存分楽しんできてください』
そう言ってナウセア公爵は、いつものようにワタシを庶民の娘に変装させると、いつもよりも何倍も、ずっしりと重い革袋の財布をワタシに持たせた。
『いつもの古井戸の所で従者を待機させていますから、気をつけて行ってらっしゃい。帰りはいつものように私の使いがこっそり迎えに行きますから、それまでは決して国に帰ってきてはいけませんよ。王様にバレたら怒られてしまいますからね』
『わかっているわ!いつもありがとう、ナウセア公爵!じゃ、行ってきまーす!』
『……気をつけて行ってきてくださいね』
それがいつもの食べ歩きではないと知ったのは、トゥセェック麺を求めて隣国に渡り、トゥセェック麺発祥の店があるという王都に入った後だった。




