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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
最後の物語”隠された物語をもう一度”
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最後の物語のオープニングイベント⑥

 夏の太陽は落ちるのが遅く、もう夕方の7時前だというのに辺りはまだオレンジ色だった。歩道をトボトボと歩きながら私は手元に戻ってきた携帯電話のことを考えていた。


 結局の所、私の携帯電話は盗まれてもいなかったし、犯罪にも使われていなかったし、売り払われてもいなかった。ファストフード店に現れた信濃さんが話してくれた話によると、私が慌てて席を立った時にぶつかった外国人のおじさんが、私がトイレから出て店を立ち去った後、直ぐに私が座っていた椅子の傍に携帯電話が落ちていることに気づき、私に追いつけるかもしれないと思い、後を追いかけて店を出て、店の前を歩いていた、模試帰りの信濃さんに声を掛けてきたのだと言うことだった。


「田中さんと私は同じ制服を着ているから、あの外国人のおじさんは、きっと私を田中さんだと思ったんだと思う。ほら、西洋の人は東洋人を見分けにくいって言うでしょう?」


 携帯電話を持っていない信濃さんは、自分の持ち物ではないと話した後、外国人のおじさんを交番まで道案内し、携帯電話を落とした持ち主が自分と同じ制服を着ていたらしいと警察の人に伝えた後、自分は外国人のおじさんが携帯電話を拾ったファストフード店に戻り、万が一、自分と同じ制服を着た誰かが携帯電話のことを尋ねてきたら、近くの交番まで来てもらうように言伝を頼もうと思って、この店に来たのだと私に説明をしてくれた。説明を終えた信濃さんは私を交番まで道案内しながら笑顔で言った。


「丁度会えて本当によかった!」


「ありがとう、信濃さん。本当にありがとう……」


 信濃さんにお礼を言いながら、私はチラリと信濃さんの右横にいる不機嫌そうな青年を見上げてから、信濃さんに謝った。


「あの、ごめんね。私のせいで帰るの遅くなっちゃったね。……っていうか、もしかして私、デートの邪魔をしちゃったのかな?本当にごめんね」


 私が謝ると信濃さんは、私の視線の先にいるのが信濃さんの隣にいる不機嫌そうな青年だったので、クスッと小さく笑ってから言った。


「ああ、これはね、違うの。田中さんに対して不機嫌なのではなくてね。彼はね、さっき私を田中さんだと思って、携帯電話を渡そうとした外国人のおじさんに怒っているの。フフッ、あのね、そのおじさんは私に話しかける時に『エクスキューズミー、マイプリンセス』って言ったの。それを聞いた真君ったら、『愛は僕だけのお姫様だから、あなたのお姫様じゃない!』って食って掛かっちゃって大変だったのよ。確か前に社会の先生が西洋の人は社交辞令で女性を褒める言葉を言うらしいと授業中に話してくれたことがあったでしょう?あれって本当のことだったんだね。私、びっくりしちゃった」


 信濃さんがそう言うと信濃さんの左横にいる、もう一人の青年が信濃さんの言葉にうんうんと頭を頷かせながら言った。


「本当だよね、俺もあの外国人のおじさんが、愛ちゃんの前に片膝を立ててしゃがんだときは本気でびっくりしちゃったよ。まるで長く遠征に出ていた老騎士が自国に戻って、自分の仕える姫君に再会の挨拶しているかのように見えて、思わず自分のほっぺた抓っちゃったもの。それにしても単なる社交辞令にまで、ヤキモチやくなんて心が狭いよね、真ってさ」


 ……そうなのだ。信濃さんの両脇にはタイプの違うイケメンの青年が二人もいたのだ。


(え?え?どういうこと?信濃さんは一人っ子だって聞いてるけれど、あの二人は兄弟とかじゃないよね?あのどちらかが恋人なのかな?まさか二人共彼氏ってことはないよね……)


 私が二人共が信濃さんの彼氏かもと思った瞬間、不機嫌そうな青年がジロリと私を睨んだ。


「自己紹介が遅れたが、僕は加呂(かろ)(まこと)。信濃愛の最初で最後の唯一無二の恋人は僕だけだ。こっちにいるのはジェレミー・阿明(あみん)。こいつは僕のクラスメイトで今日はゲームショウでバッタリ居合わせただけ。……僕が怒っているのは、あの外国のおじさんにじゃなくて、お前だ、ジェレミー。あれ程ついてくるなと言ったのに。それに……こら、愛の隣を歩くな!離れろ!」


 私を睨んだ後、信濃さんを自分の傍に引き寄せて、阿明さんという青年を手で払いのける仕草をした加呂さんに、阿明さんは、ヒェ〜、魔王が怒った〜!と大げさに怖がるふりをした。


「ああっ、怖い怖い!だって仕方ないだろう?9年間も付き合っているのにキスもしたことないって、今どき超清らかなお付き合いを頑なに守っているという天然記念物なお前の大事に大事にしているという恋人をお前の親友であると自負している俺は見たことがなかったんだから!お前と中学が一緒の奴にどんな彼女かと尋ねたら皆、青い顔色になって、お前が魔王化するからと口をつぐんで教えてくれないしさ!


 ゲームショウに来ているくせにゲームの展示をそっちのけで、時間ばかり気にしているのを見れば、ああ、これから恋人に会うんだなって、直ぐにわかったから、ついて来たんだよ。ついてきて正解だよ!何、この可愛い子達!真の恋人の愛ちゃんは白いハチマキにショートヘアがよく似合ってて、小柄なのがまるで子リスみたいに愛らしいし、こっちのおさげの女の子は背がスラリと高くて、泣いた後の目が真っ赤で子ウサギみたいに可愛らしいしさ!」


 平常時に初対面の男性にこんなことを言われたら、恋愛方面の経験値が皆無の私は当然狼狽えて、あたふたしていただろうと思う。でも今の私は携帯電話のことで頭がいっぱいだったので、阿明さんの言葉は全く頭に入ってこなかった。お目当ての交番はファストフード店から5分もかからない場所にあり、信濃さんに伴われて交番に入った私は、無事に携帯電話を取り戻すことが出来たのだった。






「あれ?お帰り、純子。遅かったな」


 家の玄関前で、仕事帰りのお父さんとバッタリ会った。お父さんは通勤カバンの他にスーパーの袋を2つ、手にしていた。お父さんは私の視線の先に気がついたようで、これは今晩の夕食だと言った。


「お母さんからメールが来てただろう?今夜は残業してくるってさ。だから今日は父さんがカレーを作ろうかと……ん?どうした、純子。目が赤いぞ?どうしたんだ?何かあったのか?」


「うっ、う……、うわあああああああああああん!!」


「っ!?な、どうしたんだ純子!……純子?」


「ううっ、お父さん!お父さん、あのね!私、怖かった!怖かった、怖かったよぉ、お父さん!すごく怖かったんだよぉ!うわあああん!」


 いつものお父さんの姿を見たら、何だかホッとして、私は堪えていたものが我慢できなくなって、もう中3だと言うのに、小さな子どものように声を上げて泣いてしまった。お父さんは目を数回パチクリさせた後、持っていた荷物を全部片手で持ち直した後、空いた片手で泣き止まない私を抱き寄せた。


「そうか……。怖かったのか、純子。それは大変だったな。もう大丈夫だぞ。純子には父さんがいる。父さんがお前を何者からも守ってやる。それに純子には母さんやお兄ちゃんだっている。家族で純子を守ってやる。だから、もう怖くないぞ。さぁ、まずは家に入ろう。そこで純子が怖かったものを教えてくれ」


 家族で私を守る……そう言ってくれるお父さんの言葉が嬉しくて、私は更に泣いてしまった。家に入った私は泣きながら、お父さんに正直に携帯電話を落としたことを話した。泣きながら最後まで話した私をお父さんは怒らなかった。


「腹が空いただろう?母さんとお兄ちゃんには食べてくるように連絡を入れておいたし、父さんと屋台のラーメンを食べに行こう。車の準備をしてくるから、純子は着替えて用意をしておいで」


 用意が終わって車に乗り込むと、お父さんは車を走らせながら、こう言った。


「今度の週末には皆で純子が大人になった祝いに寿司でも食べに行こうな」


「え?祝い?……そんな大げさだよ」


 私は生理になったことをお父さんに言っていないのに、どうしてわかったのかなと思いつつ、そう言うとお父さんは運転をしながら言った。


「大げさなものか。今日、純子は初めて自分のした失敗が最悪の未来につながらないように想像力を働かせて、勇気を出して行動出来たんだ。先を思い考えて行動したことで、純子は自分や家族を守っただけではなく、身も知らない誰かが悪人になるのを防いだんだ」


「自分を守っただけではなく、誰かが悪人になるのを私が防いだ?」


どういう意味なんだろう?と首をかしげる私をお父さんはミラー越しに見て、小さく笑った。

次話でオープニングイベントの話は終わります。

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