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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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シーノン公爵家の使用人の秘密(前編)

 セデスは馬車の中の賑やかな声に微笑みながら、馬車を早くも遅くもない速度で走らせる。馬車の外見はは世間一般的によく見られる普通の箱形の黒馬車だった。執事の服から馭者の格好をしたセデスも、公爵家の執事から馭者へと、見事に様変わりをしていた。





 セデスはイミルグランが4才のころにシーノン公爵家でイミルグランの世話係として雇われたのだが、働き出して間もない頃に、こうイミルグランに言われた。


「セデス。貴族の使用人が足音を立てないのは当たり前だけど、普通の使用人は気配までは消さないから、気をつけた方がいいよ」


 昼間だというのに部屋にカーテンを引いて部屋を暗くしてくれと、イミルグランに言われてカーテンを引いていたセデスは、その手を思わず止めて、振り向いた。


「セデスは()()()になって、日が浅いの?腕は良さそうだけど、もっと普通っぽくしなきゃ。すぐに気づかれちゃうよ?」


 天使のように愛くるしい顔なのに、すでに4才で眉間に皺を寄せて、不機嫌そうなしかめっ面が標準装備となっていたイミルグランは、額に手を当てて、こめかみを揉みながら言った。セデスは驚愕したが、その気持ちは顔には一切出さず、小さな若君に深々と頭を下げた。


「ご忠告痛み入ります」


 イミルグランは軽く頭を下げて頷くと、セデスに細く長い布はないかと尋ねた。


「細く長い布……どれ位の長さの物をお求めでしょうか?」


「私の頭に巻ける長さの物が欲しい。実は私は……熱もないのに度々頭が痛くなる……痛いと感じてしまう体調不良なんだ。こういうときは暗い部屋で薄く細く長めの布で頭をきつめに縛って、静かにしていろと()()が言うんだ」


「わかりました。少々お待ち下さい」


 セデスがこう答えると、自分で頼んだはずなのにイミルグランは何故か目を大きく開けて、驚いたような表情を見せた。小さなイミルグランには、()()という名の心の友達がいた。セデスは貴族子女の子育ての際には、心の友達を否定してはいけないと育児書にあったので、イミルグランの言葉を尊重して、彼の頼みを聞いただけなのに、何故こうも驚かれるのだろうと内心思いながら、イミルグランの母親の()()()()()……それが丁度良い長さの布だったので……を差し出した。イミルグランは自分の額のところを、それできつく縛ってくれと頼み、またセデスが快く引き受けると、彼はまた驚き顔でセデスを凝視した。


「どうされましたか?」


「……いや、私が良いと言うまで、きつく額に巻いてもらいたいのだが、頼めるか?」


「はい、わかりました」


 セデスは頷き、これはかなり大人でも痛いのではないかと心配になるほどの締め付けをイミルグランに要求されたが、本人が望むならと黙ってそれに従った。額に白いリボンをきつく巻いて、不機嫌顔は相変わらずだが、よく見ると小さく安堵のため息をついて、満足そうな表情をしているイミルグランはセデスに礼を言い、暗い室内の一人用のソファに腰掛けて、静かに目を瞑った。


 その時のイミルグランはまだ、たったの4才だった。


 外の庭園で元気に走り回るナィールのように外を駆け回りたい年頃だろうに、イミルグランはこうして強い日差しが苦手だと言って、静かに部屋に籠もることが多かった。お茶の用意をしますと、部屋の退室を告げるセデスにイミルグランは目を閉じたまま、礼を言った。


 廊下を歩く自分を意識する。確かに目立ちたくない気持ちから、ついつい気配を消しすぎていた。自分を育ててくれた親世代の一族を失っていて、指摘する者がいなかったので気づかなかった。セデスは、もっとしっかりしなくてはと反省した。もう一族は()()()()()()しか残っていないのだから。


 セデスは元々王家に代々仕える、()()()()の族長の息子として生まれた。影の一族とは、姓を持たず、戸籍にも入らず、王と国のために、()として忠義を尽くす、誇り高き一族だった。王家を支え、国のために働く一族は数は多くないものの、始祖の代から王家に仕える忠実な家臣だった。そう……、()()()()()のだ。


 あれはイミルグラン達が生まれる前のことだった。ナロン王が、まだ第一王子だったころのことだ。ナロンの父であるアロン王は、本来秘密にすべき、影の一族の存在を、ナロンを生んだ正妃に口を滑らせてしまったのだ。


 正妃の生家の侯爵家は、狡猾な野心家だった。姑息で入念な、その謀略に影の一族は絡め取られた。謀略だと気づかないまま、影の一族は自分達が仕えていた王を暗殺する侯爵に手を貸してしまった。守るべき王を殺してしまったと悔いる暇も与えず、侯爵家は悪辣な追撃をしていった。


 国の史実をねじ曲げて、黒髪黒目を魔性の者だと根も葉もない噂を吹聴し、なお証拠を捏造し、黒髪黒目の第二王子の実母と実家の公爵家の一族を処刑し、第二王子の王位継承権の永久放棄をナロン王に進言し、第二王子を国外追放したあげく、しまいには、第二王子を影の一族全員で、必ず国外で暗殺しろと命じた。


「お前達は騙されたとは言え、その手で()を殺めたんだ。お前達は、もう王の守り手には戻れない。今後は我が侯爵家のための影の一族として、その血肉を永遠に侯爵家に捧げ、仕えるんだ!」


 影の一族の族長だったセデスの父親は、侯爵に騙されたとは言え、手を貸した自分達を許せなかった。そして自分達の私欲のために、王殺しをさせた侯爵を許せなかった。


「私達は道を誤ってしまった。お前達は生きろ。生きて心から望む、お前達の()に忠誠を尽くせ」


 過ちを犯していない自分の息子と、息子よりも年下の子ども達総勢11名を、密かに作戦から離脱させた後、影の一族は第二王子を逃がすために、侯爵とナロン王の兵達と死闘を繰り広げて、第二王子を新天地に送り出したが、セデス達を置いていった影の一族は誰一人、生きて帰ってはこなかった。


 残されたのは子どもばかりが11名。ゼデスは若干15才になったばかりで、長になってしまった。その後、セデス達11名は身寄りも行き場も失ったが、見た目の姿と年齢を変えて、人々を欺き、何とか戸籍を手に入れることが出来た彼等は、色んな職種に就いて生きてきたのだ。


 セデスは影の一族で培った技術を使って、老人に擬態して、このシーノン公爵家に入り込んだのだが……、正体を見破られてしまった。こんな年寄りに擬態しているが、セデスはまだ18才の青年だった。()()()というのが、何を指し示す言葉かはわからないが、こんなに怪しい人間、辞職か間者として調べられるかのどちらかだろうと思いながら、セデスはお茶の用意をして、イミルグランの部屋にノックの後に入室した。


(最後の仕事をきちんとしてから出て行こう。逃げる手段はいくらでもあるのだし……)


 部屋に入ると、イミルグランは固く目を閉じていたが、ミントティーの香りに気がつき、目を開けて、もの凄く珍しい全開の笑顔を見せた。普段の不機嫌顔からの、天使の笑顔の豹変は破壊力が凄まじかった。その豹変に思わずセデスは硬直してしまった。


「ありがとう、セデス。ユイに言われていたミントティーのことを伝え忘れていたのに、ちゃんと入れてくれたんだね」


 ミントティーは頭の痛くなるのを和らげることもあるって、ユイは言ってたんだよ!……と、子どもらしい笑顔で笑いかけてくるイミルグランに動揺しつつ、セデスは自分の処遇について尋ねようと口を開いた。


「あの、私は首で「ああ、そうだ!セデス!君に頼みがあるんだ!」……はい、何なりと」


 話を遮り、イミルグランはセデスを見上げた。


「私とナィールに、セデスの……足音も気配も消す歩き方を教えてくれないか?」


 イミルグランの突拍子もない申し出に、思わず素を取り繕うのをセデスは忘れてしまった。


「……へ?」


「このシーノン公爵家は由緒正しい家柄で、しかも金持ちだ。なので私はまだ神様の子どもなのに、命をよく狙われる。誘拐されかけたことも殺されかけたことも何度もある。今までは父の護衛がいたから事なきを得たが、不機嫌な怖い顔の私に両親が愛想をつかしたらしく、お前を雇ってから両親は護衛を連れて、領地に引きこもってしまわれたんだ。


 だから私は、とても困っていたんだよ。それに乳母が、この家の警備が手薄になったことを不安に思っているみたいなんだ。ナィールが襲われないかと……すごく心配なんだと思う」


「お坊ちゃまが大事と言い切る、あの乳母がですか?」


 セデスはイミルグランが一番大事だと言い、息子のナィールに『隅に引っ込んでいろ!前に出るな!後ろに控えろ!』と言って、いつも隅に追いやる、あの乳母が息子のことを心配し、気に病んでいるようにはどうしても見えなかった。セデスの納得できない様子を見て、イミルグランはクスッと笑って言った。


「あはは、セデスは子を守る母親のしたたかさを知らないんだな!あれはね、私を目立たせることで息子のナィールを守っているんだよ。ああやって彼女はナィールの金髪を染めてまで、ずっと必死にナィールを頑張って守っているんだよ」


「!?」


「ナィールが金髪だと知らなかったのかい?……ん?私がどうして気づいたかって?簡単だよ。私は香水や髪の染料の匂いが苦手なんだ。私の()()()調()は、きつい匂いで悪化するからね。染めたての匂いで、すぐにわかるのさ。


 だからセデスの3ヶ月に一度ですむ染料を、乳母にそれとなく教えてやってほしいと思ってたんだ。きっと乳母はナィールが綺麗な男の子だから奪われないか心配で、ナィールの髪を染めているんだよ。え?セデスはナィールの顔を知らないの?ああ、そうか、乳母はナィールの前髪を伸ばして他の大人がナィールの顔を見ないようにしているから、セデスは知らないんだね。なら、カーテンをめくって、見てごらんよ」


 セデスはイミルグランに言われた通りにカーテンの隙間から、外の庭園を覗く。今の時間、イミルグランは一人で昼寝をしたいからと、乳母に休み時間を与えていた。庭園で茶髪の男の子が、無邪気に蝶を追いかけるのを乳母は少し離れた所から母親らしく見守って……いや、彼女は子どもではなく、常に周囲を伺っていた。あの顔つきは、母親のものでは……ない。王を守っていた、かつての自分達と同じ、忠義を尽くす()()の目つきにそっくりだとセデスは思った。


 セデスは、ナィールをよく見てみる。彼はいつも乳母により隅に追いやられていたので、セデスは、その顔をマジマジと見たことはなかった。長めの茶色い前髪から覗く美しい碧眼のナィールはイミルグランに負けない位、美しい顔立ちだった。セデスは彼が金髪だと想像してから、もう一度見た。


「!!」


 セデスは、その顔に見覚えがあった。自分の父達を失う原因になった、あのナロン王に何故かナィールは、よく似ていた。まさか……と絶句するセデスに気づかないで、イミルグランは言った。


「どうだい?ナィールは綺麗だろう?ナィールは綺麗で母思いの優しい子なんだ。乳母も皆の前ではぞんざいに扱うフリをしているが、本当は誰よりもナィールのことが大好きで、命がけで守っているんだよ。片親だけれど、あんなふうに親に愛されるナィールが私は少しだけ……羨ましいと思う。


 ……ね、セデス。これで乳母が心配するのも最もだと、わかっただろう?セデスの()()()()()は身を守るのに役立つから、ユイが教えてもらえって言うんだ。頼むよ。いや、こういうときは『お願いします、セデス先生』と言うんだったな、ユイ」


 そう頼まれたセデスはイミルグランに請われるまま、2人に格闘術を教え、イミルグランのことを公爵夫妻に一任されていることを利用して、2人の教師となって、一般教養の他に帝王教育やら、施政者の心構えやら、国政理論、政治概論、外交戦略の立て方……等々の『王になる者が憶えなければならない教養の全て』を2人に授けた。


 2人とも、とても優秀な生徒だった。勉学はイミルグランが、武芸はナィールが、それぞれ僅差で勝っていたが、2人とも賢王で剣王との異名もあった、始祖王の再来になれるのではないかと思えるほど、才能のある青年に成長した。


 ……そう、15才とは思えない程に腕を上げた……はずだった。だが15才で、学院に入学するために出かけたナィールは、居直り強盗と()()()暗殺者に襲われた。国一番安全だと謳われる学院で、油断していたところを襲われたのだ。だがナィールは体中と顔に傷を負ったが、何とか魔の手から逃げ切って、命だけは助かった。


 イミルグランが学院の入学式で出会った、ナィールに瓜二つの容姿の王子の話を聞いた後、犯人捜しをしようとしたイミルグランを慌てて押し止め、ナィールを連れて逃げるように辞職した乳母を見て、セデスの疑惑は確信になった。


 ナィールの顔がナロン王に似ているのは当然の事だったのだ。

※乳母の行動はナィールを守るためとイミルグランが気づいたのは、前世でアイの母親だったからです。一部を除き、大抵の動植物の母体となった生き物は、どの生き物も子を守るために強く、したたかになるそうです。イミルグランは前世の魂の影響で、乳母がナィールをぞんざいに扱うのは、ナィールを守るためだと、すぐに気づきました。


前世のアイは忍者小説が好きで、その母親のユイはスパイ小説が好きだったみたいです。イミルグランが、カロン王の代理を完璧にこなせてしまったのは、セデスの仕業でした。影の一族の自分が見つけたご主人様=王という、無意識の意識により、王になるに相応しい教養を与えることとなってしまいました。

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