※リアージュのファイナルリトライ①
その年の3月18日付のクワイエット国の地方新聞では、ある女囚人が強制収容所で亡くなったことが小さく取り上げられていた。何故新聞社がその女囚人の訃報を記事として取り上げたかと言うと、女囚人がクワイエット国の囚人達の中で最高齢の50才で亡くなったからだ。女囚人はネルフ国がクワイエット国へと変わるのを4人の男達と共謀して妨害しようとした罪で逮捕された大罪人だった。
新聞記者が調べた所によると、女は元々異国で貴族家に生まれた者だった。女は傲慢で卑屈で、自分よりも身分が上の者や自分よりも美しい者を妬んで嫉妬し、その鬱憤を直接相手にぶつけることを家族に咎められた彼女は家の使用人達を虐待することで、鬱憤を晴らすようになった。また自分勝手で我儘だったこともあり、男爵家の子女としての務めも放棄し、9年間もの間、家で怠惰な生活を送っていた。9年後、女は婿となってくれる貴族男性を求めて学院に入学したが、誰にも相手にされなかったことに腹を立て、全ての貴族達を憎むようになっていった。
学院には、そんな女に対して唯一心優しく親切に接する保健室の先生がいたが、女は恩に感じるどころか保健室の先生が美しい容姿をしていることに嫉妬し、彼女を社会的に抹殺するために策を練り、その罪を他の貴族女性達になすりつけようと策を講じたが、自身の怠惰で無責任な性格が災いし、それらは未遂で終わった。女は全貴族達の怒りを買い、平民に下ったのだが、女は貴族であり続けることを望んでいたために、平民に下ることを受け入れられず、他国に逃亡した。
他国に逃亡した女は、ネルフ国が新しい国になることを阻止するために、他国に留学していた公爵家の息女を誘拐しようとしたが出来ずに困っていた4人の男達と出会い、意気投合し、彼等の仲間となった。偶然にも女の髪の色と瞳の色が公爵家の息女と同じだったことから、自ら公爵家の息女に成りすまして、一緒にネルフ国から大金を巻き上げようと算段を立て、男達と共に他国の商船に潜り込み、この国に潜入したが、海岸警備隊に発見され、4人の男と共に女も逮捕された。
5人の罪科は懲役20年で、その間は収容所で強制労働をすることが決まり、それぞれ違う場所で収監されることになり、その後4人の男達は自身の罪を悔い、大人しく20年服役し、その後出所し、それぞれの余生を静かに送っていったが、女だけは一向に罪を悔い改めることをせずに、「自分は無罪だ!ゲームのやり直しをしたいからセーブ場所に行かせろ!」等と口走り、入所後直ぐに脱獄を何度も企てたり、収容所の罪人達とも絶えず騒動を起こしたために刑期が伸びに伸び、女は34年後に亡くなるまで収容所で強制労働をする生活を送った。
女が亡くなったのは三日前のことだった。強制労働が終わり、独房に戻った後、その場でいきなりもがき苦しんで倒れたかと思ったら、濁った目を見開いて、「ホンットに現実感のあるゲームの世界って大嫌いよ!あのね、僕イベはたった一年間の学院生活のゲームだったはずよ!16才のヒロインが4月に入学して、その年度の3月15日の悪役令嬢の誕生日の日にゲームは終わるのよ!なのに、なんでゲームが終わるのに34年もかかってるのよ!こんなのゲームって言わないわよ!こんなの、まるで人生そのものじゃないの!もう、ホントに僕イベなんて大嫌い!こんなゲームのヒロインなんて神様に頼まれたって絶対にやるもんですか!」と叫んだ後、そのまま事切れていた……と記事は締めくくられていた。
紅の神は老婆となったリアージュが真っ暗な闇の世界に入って来たこととの知らせを受け、その空間に向かった。リアージュは右を見て左を見て上も下も見回し、戸惑っている様子だった。この空間は普段神達のいる真白の空間の《神の領域》ではなかった。ここは罪を重ねてきた悪人の魂達が死後に向かう地獄の入り口で、紅の神は地獄を管理している神に事情を説明して、地獄行きのリアージュの魂が来たら知らせてくれるようにと頼んでいたのだ。
(知らせてくれて、ありがとうございます!ああ、良かった!今回はきちんと寿命を全う出来たようですね)
紅の神はリアージュの前にいきなり姿を見せた。リアージュは目の前に急に現れた紅の神を見て、とても驚いた様子だったが、しばらくして首をかしげ、唸りだしたかと思うと、アッと大きく口を開け、しゃがれた声で言った。
「ルナーベル?どうしてここに?……それになんだってあんたは若いままなのよ!?」
紅の神は首をすくめて、リアージュの言葉を否定した。
「私はルナーベルではありませんよ」
「じゃ、あんたは誰なのよ!」
腰がくの字に曲がり、体中シミやしわだらけのリアージュは、学院にいた保健室の先生をしていたルナーベルにそっくりな容姿に变化している紅の神を見て、若き日の屈辱を思い出したのか、歯が全て無くなった歯茎をゴリゴリと擦り合わせるように歯軋りして、憎々しげに睨み付けてきた。
(相変わらずのようですね……。この人間は何も変わらなかった。……この分なら上手く乗っかってくれそうですね)
紅の神は眉をしょげさせると、さも申し訳無さそうな表情をわざと顔に浮かべた。
「私は弟子の不始末をお詫びするために、あなたに会いにきた者です。実はですね……」
紅の神は、生前のリアージュが井戸に飛び込んだ後に金の神に説明されたことを何も覚えていないのを知っていたので、その説明をもう一度し始めたのだが、老いた頭のリアージュでは、それを理解することが容易ではなかったのか、リアージュは歯が無くなった口をポカンと開けるだけで何の反応もしなかった。
(焦れったいことをしているのですね、紅の先生。そんな穢れた魂が天寿を全うするのを、辛抱強く待つだけではなく、ご丁寧に説明までしてやるなんて……。紅の先生ほどの高位の神ならば、それを使わなくても、ご自身の力だけでイヴちゃんの本当の願い事を一瞬で叶えてやれるはずですのに……)
地獄の管理をしている神が、紅の神の心に話しかけてきた。何故、彼がイヴの名前を知っているかというと、父神が3兄弟神達に提案した自習方法を伝え聞いた神々が、その物珍しさに、つい3兄弟神達が、どう自習したのかと興味本位で覗き視たことで、今回の珍事を全ての神達が知ってしまったからだった。不死の体を持ち、悠久の時を永遠に生きるように定められている神達は今回のことを、とても面白い余興みたいだと思い、まるで”観劇”を見る観客のように、父神の創造した世界で生きるイヴ達のことを全て視ていたのだ。
(ええ、確かに。イヴちゃんの本当に叶えてほしい願い事を私が叶えるのは造作ないことなのですが、今回、私は自分の力を使ってはならないのです。何故ならばイヴちゃんを”英雄”にしたのは、私の弟子の金の神ですから。”英雄”となったイヴちゃんは金の神が見たい物語のハッピーエンドを何も知らないまま、金の神に見せてくれたというのに、神であるはずの彼は、イヴちゃんの”英雄のご褒美”を正しく問いたださないまま、違うものを与えてしまったのです。
これは神の沽券に関わる一大事です。金の神が一人前の善き神を目指しているのなら、彼は絶対に自分自身の力だけで、きちんとイヴちゃんの本当の願いを叶えないといけないのです。とはいえ、未熟な彼の力では次元を超えて、時間を逆行して、さらに違う神が創造した世界の人間達の運命に干渉するのは大変に難しいことで、ミグシス君の分の”英雄のご褒美”を叶える力を使っても、イヴちゃんの本当の願いを叶えるには……ある者が必要なのです。だから私は……)
紅の神がそこまで言うと、地獄の神は神だけあって、紅の神が何を言わんとしているかを理解したのだった。
(ああ、そう言うことだったんですね。なるほど……。それは良い方法ですね。それをすれば、イヴちゃんの願いを叶えるための力は事足りるだろうし、あなたは弟子達に”お手本”を見せられる。それに、この魂も三度目の正直で、ようやく……)
紅の神が地獄の神と話している間、呆然と鏡に映る者達の一生を見ていたリアージュは、しばらくしてから、やっと鏡に写っている者達が僕イベのキャラクター達だと気づいたようで……彼等が皆、それぞれの相手と幸せな人生を過ごしていることを見ることで、先ほどの紅の神の説明……リアージュがどう言う経緯でここに来たのかをようやく把握したようで、猛烈に……紅の神の期待通りに怒りだした。
「ひどい!あの筋肉モリモリの金髪の男の娘のアイコン野郎のせいなのね!あいつのせいで、私は前世の世界から、ここの世界に異世界転生させられて、貴族籍を剥奪されて、犯罪者扱いされて一生を牢獄で過ごし、ずっと死ぬ瞬間まで強制労働させられる羽目になったのね!冗談じゃないわ!責任者を出しなさいよ!訴えてやる!」
「……確かにあなたは金の神のせいで異世界転生することになったことは認めますが、後のことは全部自分の招いたことなので訴えることは出来ないですよ。でも……」
紅の神は、そこまで言って、一旦、言葉を切った。
(……さぁ上手く、「でも」に喰い付いてきてくれますかねぇ?まぁ、喰い付いてくれなくても、最終的には問答無用で女に願わせるつもりでいますけれど、出来たら3兄弟達に人間との交渉のやり方のお手本を見せたいので、その教材になってもらえると助かるのですけどね)
そう思いながら紅の神はリアージュにある選択を示してみせた。するとリアージュは紅の神が拍子抜けするほど、あっさりと紅の神の「でも」に大喜びで飛びついてきたので、呆気にながらも紅の神は、《神の領域》で、この様子を視ているだろう弟子達に、人間との交渉のお手本を見せられてホッとした。




