エイルノン達の林間学校と懐かしい再会⑭
エルゴールに話をしている間、レルパックスの表情は固く張り詰めていて、エルゴールはレルパックスの周囲にだけ10年前の流行病が流行った頃の厳しい冬の空気がこびりついているような気がしたが、話し終わった後のレルパックスは穏やかな笑みを浮かべ、辛く厳しかった長い冬が終わって、やっと温かい春の訪れを感じているような喜びの色が表情に浮かんでいた。
「エルゴールさんは聡明な方ですから、多分そうされるだろうとは思いますが、一応念の為に口止めをお願いしておきます。エイルノンさんや他の学院生の皆さん達には、私が行った復讐のことは教えないで下さい。不法入国と身分詐称の罪だけで捕まるだろうと思っているエイルノンさんが、あの女の末路を知って、万が一にも今朝の自分の行いを一生悔やむようなことがあってはなりませんから……。
出来たらエルゴールさんも私の復讐の話を忘れて下さい。これは物語を好む神達さえ知らないだろう、名もなき民である私だけの復讐物語なのですから……。それではエルゴールさん。これで失礼させていただきます。もうお会いすることはないと思いますが、いつまでもお元気で、幸せに生きていってください。ごきげんよう。さようなら……」
「……さようなら、レルパックスさん。言い忘れていましたが、さっきはヨーグルトラッシーをごちそうになり、ありがとうございました。美味しかったです。それとヒィー男爵令嬢のことも……本当にありがとうございました。あの、レルパックスさんもお元気で……」
レルパックスは一度エルゴールに会釈した後、エルゴールを振り返ることもなく、そのまま歩いていった。エルゴールは黙ったまま、レルパックスの後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。レルパックスが見えなくなると、急にエルゴールの周囲を夏の暑さや祭りの音が取り囲みはじめ、エルゴールは小さく一度ため息を付いた後、自分の足元にピンク色の貝殻があるのを見つけてつまみ上げた。
「そう言えば去年、トリプソンが魔法の貝殻の話をしてくれましたね。確か、願い事を言ってからピンク色の貝殻を海に投げると願いが叶うと、初恋の女の子の母親に教えてもらったと……」
まるでおとぎ話のような話だが、実際にトリプソンの願いは、それを願った次の日に叶えられ、トリプソンの初恋の女の子であるイヴの願いも、7月にミグシスと結ばれたことで叶えられた。
「旅の恥はかき捨て……という言葉もありますし、ここは一つ、旅の記念に私もおとぎ話に乗っかってみましょうかね……」
エルゴールはありったけの力を込めて、ピンク色の貝殻を遠くめがけて海に投げて、心の中で願った。
(エイルもレルパックスさんも、あんな女のために一生思い悩み悔いることがありませんように。二人があの女をいつか忘れてしまい……、トリプソンもベルベッサーもロキ君も……私も、あの嫌な女をいつか忘れてしまえますように……)
エルゴールが願っていると、後ろから学院生達の声が聞こえてきた。
「「「おーい、エルゴール!そんな所で何をしているんだー!?そろそろ集合時間だぞー!」」」
「もう、そんな時間でしたか?教えてくれてありがとう!」
エルゴールは学院生達の元へと砂地を駆けていった。……このエルゴールの願い事は思わぬ形で叶えられることとなる。何故なら学院に戻ったエルゴール達は、その後、激動の時代を生きることとなったからだ。
林間学校からエイルノン達が戻ったのは8月の盆明けのことで、その日から3日過ぎた所で早馬がトゥセェックの城に来て、その次の日にはトゥセェック国中に、ついに最後の神が見たい物語が終わったことが通達されて、国中はお祭り騒ぎとなった。最後の神が見たい物語通りに、へディック国は終わりを迎え、へディック国に残っていた悪者達は一掃されたので、トゥセェック国とバーケック国とバッファー国の3つの国は協力して、新しい国造りを9月から始めることになった。
3つの国の王や重鎮達は、新しい国造りの責任者として、トゥセェック国で将軍をしていたイミルを指名して、彼を中心にして、一緒に国造りを行う一般の協力者を募った。それに一番に名乗りを上げたのはグラン・スクイレルと彼の家族達だった。彼等スクイレルはイミルを全力で支えて、国造りに集中するため、自分達が興したスクイレル商会を閉じ、自分たちが行っていた事業の全てをそれぞれの国に分散して委譲した。各国は当初、スクイレルがいなくなることで経済に大きな混乱を招くのではないかと恐れたが、各国の学院の卒院生達が、それぞれの国で働いていたので、彼等が中心となって、その事業を引き継いだことにより、大きな混乱もなく、やがてスクイレルの存在は3つの国の人々の記憶から徐々に消えていった。
スクイレル達の他にもイミルの協力者は大勢いた。3つの国の他に、元はへディック国の王子だったバッファー国の前王であるライトや、アンジュ・スクイレルの永遠の恋敵兼永遠の悪友である、バーケック国の前女王ルナティーヌや、トゥセェック国の前王と前重鎮達、そしてへディック国のカロン王によって国外追放されていた大勢の心ある元貴族達や仮面の弁護士によって国外に避難していたへディック国の民達……そしてイミルの血を分けた双子の兄のナィールとその妻のルナーベルが病がちなイミルを支え、新しい国造りを共にしていった。
9月過ぎに学院に帰ってきたイヴとピュアは、その後しばらくして二人共が身ごもっていることがわかり、二人はそれぞれの過保護な夫とクラスメイトに支えられながら、トゥセェック国で出産をし、それぞれの子どもが神様の子ども時代を終えるまで二組の夫婦はトゥセェック国の学院で働きながら子どもを育てることにした。神様の子ども時代が終わった後、イヴはミグシスと共にナィール夫妻に誘われて、薬草医が足りないという、新しい国の温泉地で薬草医院を開くことにし、ピュアも同じ地でジェレミーと薬膳食堂を開くことにして一緒に旅立っていき、新天地で家族や友人達と共に仲良く幸せな人生を歩むこととなった。
一年生の平民クラスの者達は学院を卒院後、新しい国にスクイレル村の全村人達と移住し、新しい国造りを手伝うと共に、大事な薬草が自生している温泉のある土地の修繕を始め、イヴ達が移住してくる頃には、同じ土地に住む村人として、再会を果たし、以降イヴ達と同じ村の友人同士としての親交を重ねながら、大事な友人を密かに守る者になることを選んだ自分達に誇りを持って、一生を幸せに暮らしていった。
バーケック国までの旅でイヴに尊敬と好感を持ち、バーケック国の役場で自分が尊敬して密かに憧れていたイミルグラン・シーノン公爵と再会を果たしたマクサルトは、バーケック国で息子夫婦と暮らすよりもイミルグラン……グランの下で働くことを望み、新しい国造りを手伝うことにしたグランの下で精力的に働いた。……ちなみにマクサルトがレルパックスに夫婦箸を買い付けに行くように頼んだ話は、本当の話であるが、この時にマクサルトはイヴ夫婦の夫婦箸だけではなく、ピュア夫妻の分の夫婦箸も買い付けて来るようにと言付けている。
エイルノン達は9月にイヴ達と再会を果たした後、”体験職業訓練”という形で、隣国の国造りに度々駆り出されることになり、残りの学院生活を多忙に過ごした。卒院した後、4人揃ってトゥセェック国の国勤めとなってからも、隣国が国として落ち着くまでの十数年間は、隣国の国造りに協力することが仕事であったため、4人は両国を行き来することとなったが、隣国に赴く際は、どれだけ忙しくても必ず自分の友人達の元に顔を出し、その度に旧交を温めた。
イヴやピュアの子達が大きくなる頃に、ようやく新しい国は落ち着き出し、その頃にはエイルノン達にも、それぞれに一生を添い遂げる相手や相手との子が出来ていた。彼等4人は新しい国の国造りにずっと携わっていたことにより、この国に愛着を持ち、この国で生きることにした旧友達とも別れ難いと思ったこともあり、4人揃って、この新しい国に転職をし、お互いの家族を連れて、旧友達に紹介しあい、お互いの家族を交えて新しい交流を重ね、共に幸せな人生を歩んでいった。
……ちなみに新しい国の名前は、”ヒール”と言う。
この回でこの話は終わります。次回はリアージュ視点での話となります。
※ちなみにレルパックスは10年前に神子姫エレンのことを男の子だとは気づかずに初恋をしていました。




