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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
プロローグ~長いオープニングムービーの始まり
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アンジュリーナと仮面の騎士(中編)

 アンジュリーナには生まれる前から婚約者がいた。婚約者の名前はイミルグラン・シーノン公爵という。


 ……昔、乗馬の催しに出席した時に、ぎっくり腰になったルナーベルの祖父であり、アンジュリーナの父親であるヤーズ侯爵は、当時10才の少年だったイミルグランに、その窮地を救われて貴族連中の前で恥をかかなくてすんだ。


 ヤーズは、それをとても感謝し、幼い少年の気遣いにとても好感を持って、イミルグランを気に入った。そして自分の再婚した妻の腹にいる子が娘なら、イミルグランに嫁がせたいと懇願した。イミルグランの父親は、息子は美形だが不機嫌顔で中々婚約者になってくれる貴族がいなくて困っていたので、その申し出を助かると言って、渡りに船とばかりにこれを了承したため、アンジュリーナはこの世に生まれる前に、すでに婚約者が出来たのだ。


 イミルグラン・シーノンという、アンジュリーナの婚約者は、アンジュリーナが生まれたときから、まだ赤ん坊で字を読めないというのに、月に一度は手紙を送ってきて、アンジュリーナの健やかな成長や健康、幸せを祈る言葉をくれていた。


 また季節の手紙では、手紙と一緒にその季節の花をアンジュリーナの部屋が埋まるほど贈ってくれて、アンジュリーナの誕生日には彼が手ずから作ったという、優しい香りのする花束と小さなダイヤモンドが届き、これが16個揃った日に、花嫁衣装の装飾に使ってほしいと誕生日カードに生真面目そうな綺麗な文字で書かれていた。


 ここまでマメに手紙をくれるのに、どうして会いに来てくれないのだろう?と不思議に思い、6才の頃にアンジュリーナはルナーベルと一緒に父親のヤーズの元に訪れて、それを尋ねた。父はルヤーズとチェスをしていたが、満面の笑顔で、アンジュリーナを迎えて、弾んだ声で言った。


「お前の夫になる方は、すごく優秀な方でな。学院生ながら、すでにカロン王子の補佐をしておられて、とても多忙な毎日を過ごされているんだよ。儂が見つけた国一番の出世頭で優良株だから、当然ではあるが、それだけじゃないぞ!


 お前を迎えるために立派になりたいからと日々勉学に励んでいると、儂にも月一の手紙と義理の両親になる儂達夫婦への誕生祝いや結婚記念日もカードと花束を贈ってくれる、とても生真面目な優しい青年なんだ。清廉潔白で眉目秀麗で文武両道に秀でる彼を見つけた父を、近い将来、お前は感謝することになるよ」


 そう誇らしく、イミルグランを称える父の横で、悔しそうに顔をしかめてルヤーズは言った。


「彼は凄く不機嫌顔だし、回りに()()()()()()と呼ばれるほど冷酷だって噂だから、お前は将来苦労するし、父上を恨むだろうよ」


 そうルヤーズは吐き捨て、チェスの途中なのに、そのまま部屋から出て行ってしまった。父と兄のどちらの言葉が正しいのだろうと不安に思うアンジュリーナを励ますように、ルナーベルは言った。


「大丈夫よ、アンジュリーナ!お祖父様の言葉がきっと、本当よ!だって、お父様はお祖父様に張り合ってばかりだし、何と言っても、こんなにお手紙をくれるんだもの!他の貴族の女の子達でも、こんなにお手紙を婚約者からもらっている人なんていないもの!だから、大丈夫よ!」


 自分の父とルナーベルの言葉が正しいとはっきりわかったのは、15才の時だった。アンジュリーナとルナーベルは、廊下にまで丸聞こえになるほど、声を荒げて、父を責めるルヤーズの言葉を聞いたのだ。


「父上はずるい!どうして私の娘をイミルグラン様の婚約者にしてくれなかったのですか!私の子の方がアンジュリーナよりも、3ヶ月も早く生まれたというのに!息子よりも若い新妻の生んだ娘の方が、孫よりも可愛いのですか!確かに彼は不機嫌顔ですが欠点はそれだけです!仕事は出来るし温厚だし、誠実で非の打ち所がない青年だ!領地経営も見事だし、彼の妻になれれば、この国の正妃になったも同然だ!


 彼がどうしてアンジュリーナに会いに来られないか、父上は理由をご存じでしょう?今実際に国を動かしているのはカロン王じゃない!彼だ!イミルグラン様が王の仕事をしているんだ!どうして私の娘のルナーベルをイミルグラン様に推さなかったんですか!父上!」


「どうしてって、お前が拒んだんだろうが!!儂が将来有望そうな少年を見つけたので、ぜひ縁戚になりたいから、孫を婚約者にとお前に打診したら、『あんな不機嫌そうな子ども!どれだけ美形だろうと不気味だから、例え彼が公爵を継ぐとわかってても私は拒否し、辞退させてもらいますよ、父上!ルナーベルには彼よりも優れた男を私が見つけてみせますから!』……と、言ったのはお前だぞ!自分にとって都合の悪いことをすぐ忘れるのが、お前の悪い癖だ!儂には先見の明があり、お前は見る目がなかった!それだけのことだろうが!!」


「ッグ!……そ、それは、その通りですが、なら、どうして、ルナーベルに縁談を見繕ってはくれないんですか!ルナーベルはアンジュリーナとそっくりの顔立ちで美しいのに、何で求婚をされないんですか!?父上は……ルナーベルが可愛くはないのですか?」


「孫は可愛いよ。当然だろう?孫でなくとも、ルナーベルもアンジュリーナも美人だった儂の母親にそっくりの美姫達だ。……だが、ルナーベルは貴族としては落第だし、淑女としても最低だ。あの子は我が侯爵家の役には立っていない。


 あの子の腹の音は、時と場所を選ばず鳴り響き、しかも大音量だから回りの貴族達の評判は悪いし、下位貴族が上位貴族をうっかり嘲笑う事態を引き起こして、下位貴族の地位や命を危機にさらしている。あの子は、我が侯爵家の品格や信頼を損ねることしかしていない」


「そ、それは!?それは……私の教育が至らないばかりに……。面目ございません!」


「貴族教育や淑女教育は、アンジュリーナと同じようにルナーベルにも学ばせていたはずだ。儂が言いたいのは、それをどう生かしているか、だ!腹の音など儂でもお前でも、誰でも止められんわ!精々気まずい空気の中、誤魔化し笑いが席の山だろう。……しかし、それすらルナーベルはしない!取り繕うことも誤魔化すこともせず、呆然と突っ立っているだけだ。何にも取り繕うとしないから、社交界の鳴き腹などと蔑まれる。


 それに比べ、アンジュリーナは、腹の音を大音量で響かせてしまっても……『あら?皆様、お耳汚しをごめんなさいね!私のお腹の天使がワルツをねだって、泣いてるみたいなの!だから、この後ワルツを弾いてくれるように、楽団に頼んできますわ!だから少し、席を外しますね!オホホホホホホホホホ!!』と、平然とした表情で一言皆に謝って、笑ってその場を離れ、会場を出てからトイレに行くために、笑いながら勢いよく走って行くだろう。そんな機転も度胸も、ルナーベルにはないだろう。……それに、アンジュリーナの一見、粗暴に見える報復が、ルナーベルの腹の音に思わず笑ってしまった下位貴族の命を救っているんだ。


 それを上下貴族達は見て知っているから、アンジュリーナの美しさだけではなく、貴族としての気高さ、機転の良さに、その度胸、淑女としての周囲の貴族を気遣う優しさ等評価し、社交界の紅薔薇として崇め、持て囃され、婚約者がいるにも係わらず、アンジュリーナへの求婚の申し込みは後を絶たない。アンジュリーナのおかげで、この侯爵家は品格を保っていられているんだ」


「……そうですね、アンジュリーナは女にしておくには惜しいほど、肝が据わっていますから」


「そうだろう?元々貴族の結婚は政略結婚なのだから、器量の方は二の次、三の次なんだ。貴族の妻は、茶会やパーティーを多くこなし、その家の利に繋がる人脈や信頼を築くことを何よりも求められる。


 だがルナーベルは腹の音により、それを上手く出来ない不利な立ち位置にいるのに、それを払拭させ、利に転じさせる気持ちや利口さや度胸がない。そんな貴族令嬢を他の貴族が妻にと思うわけがない。事実ルナーベルを妻にと願う貴族はいないだろう、ルヤーズ?儂も何件か当たってみたが、やんわりと辞退されたよ。


 まぁ、お前の子はルナーベルだけだが、儂には前妻の子がお前を含めて3人いるし、お前の弟達には優秀な息子がそれぞれ2人ずついるのだから、公爵家の跡取りには困ってはいない。だからルナーベルが16になっても相手がいないなら、本人もかねてから希望しているし修道院に入れた方がいいだろうな。儂の後妻の子のアンジュリーナは、儂の子達の中で一番優秀だし、このへディック国一番の優秀な男に嫁ぐんだ。我が侯爵家は安泰なんだから、そう悔しがるな」


 勝ち誇ったようなヤーズに、ルヤーズは噛みつくように叫んだ。


「いいえ!必ずルナーベルを結婚させます!必ず!必ず、シーノン公爵よりも()()()()()と!」


 どうしても父親に勝ちたいルヤーズは、シーノン公爵よりも()()()()()()()の相手、カロン王子の側妃にとカロン王に願ったところ、カロン王がそれなら直ぐに二人っきりで会わせろと迫ったため、ルヤーズは言われるままに未成年のルナーベルを仮面舞踏会に放り込んだのだ。

※ルナーベルが茶会等でお腹の音を鳴らしたときに何も出来なかったのは、幼少時に医師や両親等に嘘つき扱いや、意地汚いお腹だと嘲笑われた記憶により、どう言っても笑われると思い込み、身体も動かなくなり、声も出なくなってしまうほど、傷ついたからです。アンジュリーナはこの悪循環に気づいて、何とか励まそうとしましたが、上手く彼女を立ち直らせることができませんでした。10年後の乙女ゲームにルナーベルは出てきますので、詳しくは彼女視点のお話で。


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