エイルノン達の林間学校と懐かしい再会⑦
次の日、早朝に目覚めたロキとソニーに朝の散歩に誘われたエイルノン達は、他の学院生達やスクイレルの者達も誘い、全員で海岸沿いを歩くことにした。海岸沿いに出ると、朝だというのに空には黒雲が重く立ちこめ、海は濁った色の波が大きくうねり、まるで海自身に感情があるかのように、身の内に混入した異物を全て排出しようとしているかのように、強い波が浜辺を打ちつける度に、何かを吐き出していった。保養所の者の話に寄ると、今年の夏は異常気象が起きていて、陸地は何もないのに、海上の上だけ、何度も嵐が訪れていて昨夜も学院生達が寝入った頃に海の方では嵐が起き、豪雨も降っていたということだった。
雨の日や雨の次の日などは川や海には入ってはいけないため、皆は今年は海水浴は出来ないなと残念がり、せめて海に来たという記念に貝殻を拾って持ち帰ろうと砂浜を見ながら歩いていたために、最初はそれに誰も気付いていなかった。
「あ~!あっちにエイルノンがいる!ゲームで見たまんまのエイルノンだ-!え?僕イベのトリプソンもいる!どうして?ええっ、背が高くなっているエルゴールと、背が低くなっているベルベッサーがいる!何よ、これ?あれ、何でリーナが2人もいるの?どう言うこと?だってトリプソン達は私の横にい……あれ?あんた達、昨日舞台で見たときはイケメンでゲームで見たまんまだったのに、今見たら……超絶不細工の別人になってない?ミグシリアスなんか、まるで見る影ないじゃん!嘘、あれ、詐欺メイクだったの!?げっ、私また失敗したってこと?冗談じゃないわ、もうバッドエンドは嫌よ!」
突然、女性の大声が聞こえ、皆が顔を上げ、そちらを見た途端、セドリーとイレールとアイビーはギョッとした顔つきになった。
「「「げっ!ヒィー男爵令嬢だ!何故ここにいる(の)んだ?へディック国を出たという報告は二国の検問所からは来ていないのに!」」」
カニを捕まえようとしゃがんでいたロキは、自分の頬を抓った相手だと知ると、しかめ面になった。
「うげっ!嘘だろ?何で、ここにいるの?」
仲間達やロキの驚きの声を聞いたアダムは、ヒィー男爵令嬢に会ったことがなかったのだが、まるで仇敵に会ったかのように厳しい顔つきとなった。
「あれがグラン様ご一家を苦しめたという女悪魔か……!」
その言葉を聞いたエルゴールは、ハッとした表情になり、大声で言った。
「皆、あれはイヴさんを殺しに来た刺客です!見かけに惑わされず、速やかに捕獲して下さい!」
エルゴールの言葉に驚いた学院生達だが、スクイレル達が一気に殺気立ち、トリプソンやベルベッサーまで憎々しげに走り寄ってくる女性を見ていることに気づき、慌てて学院生達も揃って臨戦態勢となった時、どこからか中年男性の野太い声が聞こえてきた。
「おーい、あんた達、何してるんだー?出航はもう直ぐだぞ-!時間になったら船を出すから、戻ってこーい!」
エイルノンは声がした方向に港があるのを見、そこの船を見てから、ハイヒールを脱ぎ捨て、ドレスのスカートをたくし上げて、下着丸見えで走る女性を見、そして女性のことを「待って下さい!公爵令嬢」と言って追いかけて来る4人の男達を見……少し考えてから、女性を捕まえようと待ち構えるエルゴールに向かって叫んだ。
「エルゴール!捕獲じゃない!投げろ!あいつらの上に落ちるように投げ捨てろ!」
エルゴールはエイルノンが言わんとしてることがわからず、首を傾げた。エルゴールに上手く伝えられなかったエイルノンは相当に慌てふためき動揺したからか、その一瞬後、自分でも意味のわからない言葉を言い放った。
「”悪球返しのアーサー”!アッパースイングであいつ等の所に女を投げ返せ!」
(え?何だ、”悪球返しのアーサー”?アッパースイングって何のことだ?)
自分の意志とは関係なく口から出た言葉にエイルノンは戸惑ったが、それを聞いたエルゴールは瞬時に捕獲の姿勢を止めて、向かってくる女性に対して、自分の体を横に向ける不思議な姿勢を取り、こう口走った。
「わかったよ、英雄!見事にセンター返しにしてやるよ!」
エルゴールがそう言った途端、傍にいたトリプソンとベルベッサーも次々と不思議なかけ声……野次をかけ出した。
「かっとばせー、アーサー!ヒットを目指ーせーよ!ボークを装って、わざとボールをぶつけてびびらせる陰険ピッチャーなんかにびびってんじゃねーぞ、アーサー!」
「そうだぞ!アーサー!俺達の夢は甲子園なんだ!こんな性悪なんかにいつまでも構ってられねーんだよ!」
「わかってるよ、弘!勇!見てろ!」
エルゴールはそう言ったかと思ったら、目の前まで走って来たヒィー男爵令嬢の体を掴んだ直後、自分の鍛え上げた腕力と体の重心移動を生かして、彼女の体を彼女が来た方向にブンッ!という音を立てて投げ捨てた。エイルノンはエルゴールが投げ捨てた直後、塁と塁の間を走り向け、本塁に向かう走者のように、一人彼女を追いかけて走り出した。
「「「「ま、待っててくれ!今すぐに彼女を連れ……ドゴォッン!ぐほっ!?」」」」
エルゴールがバットで打った悪球は……エルゴールが素手で掴んで投げ捨てたヒィー男爵令嬢は、彼女を公爵令嬢と呼ぶ男達の所へ空中を飛んで行き、そのまま男達にぶつかり、男達は彼女を抱えながら砂地に倒れ込んだ。
「「「「っ??な、何だぁ?」」」」
男達が混乱しているのを確認しながら、エイルノンはわざと、さも申し訳なく思っているという表情を作って声を掛けた。
「すみませ~ん!大丈夫ですか~!」
そう言った後、エイルノンは男達に近づき体に怪我はないかと声を掛けながら、男達の身なりに目をやり、エイルノンに続いて走り寄ってきた学院生達と共に、男達を取り囲んで、助け起こしながら、男達の検分を行い……ある事実に気付いたが、それには触れない代わりに、男達にこう弁解の言葉を述べた。
「ホントにすみません!あいつ、子どもを襲う痴女が来たと思ったらしくて、そこにいる人をぶん投げてしまったんですよ!」
エイルノンが指さす方向には、片腕で何かを放り投げた後の姿勢のままでいるエイルノンと、子どもを庇うようにして立つスクイレル達とトリプソンとベルベッサーがいた。エイルノンの言葉を聞いた男達は、何故かホッとした表情となって、妙齢の女性が下着丸出しで走って来たら、子どもでなくても怖いだろうと言い、自分達も怖かったと引きつり笑いをした後に、自分達の連れが迷惑をかけたと謝罪をし出した。
「いえいえ、こちらこそ俺達の連れが怖い思いをさせてしまって、すみませんでした。彼女は酒癖が悪くて俺達も困っていたんですよ。もう直ぐに船に乗らないと行けないのに……」
本当に困った公爵令嬢で、手を焼いているんです……と続けられた言葉にエイルノンと、遅れてやってきたエルゴールやトリプソンやベルベッサーの眉がピクリと動いたが、彼等は何も言わず、サッとお互いの表情を窺い見ただけだった。
「おーい、あんた達、何してるんだー?5分後に出航するぞー!戻ってこーい!」
先ほどの男の声が聞こえたので、エイルノンは今だと思い、男達に有無を言わせぬように早口で言った。
「あっ!大変だ!出航するって言ってますよ!そうだ、お詫びに僕達が彼女とあなた達を船までお連れしますよ!おーい、皆、来てくれ-!この人達を船に乗せてあげてくれ-!」
エイルノンがそう言うと、トリプソン達が学院生達と示し合わせ、男達とエルゴールに投げられて気を失っているヒィー男爵令嬢を小脇に荷物を抱えるようにして持ち上げると、信じられないような速さで走り出した。
「「「「ひえぇっ~!?」」」」
学院生達は人を運んでいるとは思えない位の速さで男達と彼女を船まで運び入れると、船長は直ぐに船を出すと言ったので、エイルノン達はついでだから見送りますと言って、港で手を振って、船が無事に出航するのを見届けた。
「「「「助かったよ、君達-!ありがとうー!さようならー!」」」」
「「「「「「さよーならー!」」」」」」
船が動き、段々と船が小さくなっていくのを見て、エイルノン達はホウッと安堵の溜息を吐いた。これでもう、あの意地悪なヒィー男爵令嬢は……イヴを殺す女悪魔は出て行ったのだ。この国に来ることは、もう二度とないだろう。そう思って、もう一度、船見た後に保養所に戻ろうとしたエイルノン達は向こうから、やってくる男の存在に気付き、足を止めた。
「「「「あれは……!?」」」」
段々近づいてきた茶色いフードの男はエイルノン達の直ぐ近くに来るとフードを下げて、挨拶をした。
「皆様、おはようございます。お久しぶりですね」
「「「「ああっ!やっぱりそうだ!お久しぶりですね!どうしてここにいるんですか?レルパックスさん?」」」」
エイルノン達の前に黒髪黒目のレルパックスが、柔やかに挨拶をして立っていた。




