エイルノン達の林間学校と懐かしい再会④
エイルノン達は去年の林間学校の際に訪れた店に今年も出向き、そこで夕食用の野菜や焼き肉用の牛肉や腸詰め、干物の魚や飯ごう炊さん用の白米やパンを購入したが、新鮮な魚介類は手に入れることが出来なかった。店の者の話によると、今年の夏は海上でばかり、大きな嵐がいくつも発生したために、いつものように漁に出られない日が多く、今朝も漁には行けなかったということだった。天候不良だったのなら仕方がないとエイルノン達は納得して保養所に戻ろうとしたが、これに納得しなかったのはセドリーだった。
「折角トゥセェック国の海辺の町に来たのです。ロキ様とソニー様には是非、ライト様がおっしゃっていたイセエビという幻の海老に味がそっくりだというトゥセェック国の海老を食べてもらいたいのです。申し訳ありませんが皆様、小一時間ほど私に時間を下さいませんか?今からスクイレル商会の支店に行って、イセエビを取り扱っている店がないか訪ねてきます。私が行っている間、役場前の特設舞台の周辺で果実水でも飲んで待っていてくださいませ。皆様、ロキ様とソニー様のことを頼みます」
セドリーはそう言った後、エイルノンに皆の分の果実水の代金を預けるとスクイレル商会の支店へと荷馬車を走らせて行ってしまった。そこでエイルノン達は役場前の特設舞台のあるところまで歩いた。
「じゃ、僕らは果実水を買ってくるから、エルゴールはロキとソニーと、そこで席取りをして待っていてね」
エイルノンはトリプソンとベルベッサーと共に果実水を売っている出店へと向かって行った。エルゴールは特設舞台から一番遠い場所にあるベンチに双子達と並んで座って待つことにした。町は夕方のオレンジ色に染まっていた。エルゴールや双子達の前を通り過ぎていく者達は、早くから祭に来ていた者達だったのだろうか?皆、満腹になったお腹をさすりながら帰路に向かう者が多く、中には眠そうな子どもを背に負ぶって帰る家族連れもいた。
エルゴールや双子達は、それを微笑ましそうに見ていたのだが、突然少年の悲鳴が聞こえ、そちらを見ると酔っ払いの男にからまれて、腕を強く引かれて少年が転倒していた。エルゴール達は即、席を立ち上がりかけたが、それよりも早く、麦わら帽子に緑のリボンがついた者達が少年を助け起こし、男を町の見回りをしている騎士達に引き渡していたので一堂は安堵し、また席に座り直した。青ざめた少年が父親らしき男性の胸に飛び込んで、大泣きしている様子を見ながら、ロキがポツンと言った。
「ああ、あの子は、すごく怖くて嫌な思いをしたんだ。可哀想に。どうして人は見た目で良い人か悪い人か、わからないんだろう?見ただけでわかっていたら、あの子は怖くて嫌な思いをしなくてもすんだのに……」
「?ロキ君はどこかで怖くて嫌な思いをしたのですか?」
「うん……。あのね、エルゴールさん。僕は従姉のルナーベル様をお迎えにへディック国に行っていたのだけど、そこで出会ったヒィー男爵令嬢という女性に初対面で会った時に、『ヒロインの私よりも綺麗なガキなんていていいと思ってるわけ!?』とわけのわからないことを言われて、頬を抓られてしまったんだ。僕はセデス先生や他の皆にも暴漢に遭ったときの訓練の授業で筋が良いって褒められていたのに、いざ本当に暴漢に遭ったら、まさか女性が……、しかも僕の姉様と同じ年の学院生が学院内で暴行を働くなんて思わなかったものだから、思うように身体が動かなくって直ぐには逃げられなかったんだ……。いざと言うときに動けないなんて、僕は忍者失格だよ……」
「そんなことないよ、ロキ。ロキは抓られた後は、ちゃんとイレールさん達の所に逃げて行って、怖い目に遭ったことを報告したんでしょう?スクイレルの皆が教えてくれた忍者体操では、暴漢に遭ったら直ぐに安全な所まで逃げること、もし直ぐに逃げられなくて暴漢に嫌なことをされたら、黙っていないで直ぐに自分を助けてくれる信頼出来る大人に報告することって教わったじゃないか!……だから教わったことをきちんと言えたロキは偉かったんだよ!立派な忍者になれると僕は思うよ!ね、エルゴールさんもそう思うでしょう?」
しょげるロキを慰めているソニーにそう言われたエルゴールは、ええ、勿論ですと相づちを打った。
「ええ、そうですね。私もロキ君は立派な忍者になれると思いますよ。誠に残念なことに、人に対して嫌なことや良くないことをする人は性別や年齢、身分や職業を問わず、どこの世界にも少なからずいて、善い人も悪い人も、見た目では全くわからないので、誰から身を守ればいいのかわからないから、いざというときに困りますよね。しかも人に対して嫌なことやよくないことをしようとする者の多くは卑怯でずる賢く、己の力や身分や立場を利用して、弱い者が抗えないようにすることに長けていますから、そういう悪い相手から自分の身を守るというのは中々に大変なことで、大人でも難しいことなんですよ。
勿論、一番いいのは暴漢に遭わないように自衛をすることです。知らない人についていかない。知らない人の馬車に乗らない。でも子どもと大人では体格も違いますし、力も違います。もしも捕まってしまったら大声で叫んで逃げられればよいのですが、怖くて声が出ない、怖くて身体が動かないときもあります。そういうときはロキ君のように自分が一番信頼している大人に何があったかを伝えることが大事なんですよ。だって、その後はロキ君は、その暴漢に頬を抓られることがなかったのでしょう?
それはきっと、ロキ君を大切に思う人達が、ロキ君が今後、その暴漢から酷い目に遭わないように働きかけてくれたということです。多分……注意勧告だけではなく、セドリーさん達はロキ君がその暴漢と2人きりにならないですむように配慮をしていたはずだと思います。……それにしても、あの男爵令嬢は10年経った今でも、そんなことをしているのですね……。ハァ……、本当にあの国の王といい、彼女といい、へディック国の貴族社会は腐敗しきっている!」
エルゴールが忌々しそうに言うとロキとソニーは不安そうな表情でエルゴールを見た。
「「エルゴールさん?」」
エルゴールは双子達の表情を見て、慌ててこう言った。
「すみません、2人とも。怖かったですか?私も少し昔を思い出して、当時の怒りが沸いてしまったのです。ロキ君、ソニー君、怖い思いをさせてごめんね。お詫びにといっては何ですが、今までと同じように、いえ、今まで以上に、私は君達を守ることを誓いますよ。この林間学校の間、セドリーさん達と同じ位に君達を悪しき者達から守って見せましょう。実は、これは自慢にはならない話なのですが、私は女顔だったせいか、よく暴漢に遭遇する機会が昔から多々あった経験から、暴漢に対する対処には手慣れているのです。2人に急接近する不審者が来たら、どんな相手でも投げ捨ててやりますよ!」
エルゴールが投げ捨てると言ったので、双子達は目を丸くして言った。
「「投げるの?」」
驚く双子達の表情が、いつもの明るいものに戻ったので、エルゴールは内心ホッとしながら、自分自身の袖を捲り上げて、力こぶを作ってみせて、笑顔で言った。
「ええ、暴漢相手に情けをかけたり手加減をしては、自分の為にはなりませんから。どんな見かけの者だろうと油断は禁物です」
「「なるほど!」」
ロキとソニーが感心したように声を揃えて返事をしたときに、丁度果実水を買ってきたエイルノン達が戻って来た。
「「「ただいまー!レモン水買ってきたよ-!」」」
エイルノン達は双子やエルゴールにレモン水を配りながら、町の噂話を2つほど聞いてきたと話をした。一つ目の噂は保養所にいた公爵令嬢の話だった。
「何でも今日の10時から激辛トゥセェック麺対決が図書館前で行われていたらしいのだけど、それで優勝したのが、何と保養所にいた外国人の公爵令嬢なんだって!優勝者には王都の老舗トゥセェック麺店で行われる全国激辛トゥセェック麺決勝戦に出場権が与えられるから、彼女が町に来ている人達の探している公爵令嬢じゃなかったら、9月に彼女は僕らの学院のある町まで、やってくることになりそうだよ」
ベルベッサーがそう言うと、双子達は顔をしかめて言った。
「えぇ~、何か嫌だなぁ、ねぇ、ロキ」
「うん……、嫌だね、ソニー」
「大丈夫ですよ。9月の学院なら皆がいます。君達の両親もお姉さんもお姉さんの旦那さんもスクイレルの家族達も、私達学院生達も、学院の先生方も皆ロキ君やソニー君を守りますからね」
双子とエルゴールが話す様子に首を傾げながら、トリプソンが二つ目の噂を話し始めた。
「一昨年と去年の特設舞台の出場者が少なかったらしく、今年は出場者を増やそうと町役場の実行委員が張り切って、参加商品を豪華なものにしたんだと!聞いて驚け!何と今年の参加商品は特製シーフードカレーの食券なんだ!その特製シーフードカレーとは、バッファー国の食聖と呼ばれる”英雄”が溺愛しているという薬草医の娘が考案したと言われている特別製のシーフードカレーでな、バッファー国では、これを食べたら一年間は風邪を引かないと言われるほどに栄養価の高いリン村の夏野菜がふんだんに入れられているシーフードカレーのことで……つまり、俺の妹分であるイヴが考案したシーフードカレーが賞品なんだって!」
トリプソンがそう言うと、その場にいた者達は目の色を変え、ロキとソニーはそれまで抱えていた不安を吹き飛ばしたようにイキイキとした表情になった。
「「「「「それは絶対に食べたい!皆んな、舞台に出よう!」」」」」
皆の心はイヴの考案したシーフードカレーを前にして、一つとなった。




