エイルノン達の林間学校と懐かしい再会②
林間学校の後半の行程では移動日と休養日があり、移動日だと早朝から馬に乗り、小まめな休憩を取りながら目的地まで移動するが、休養日だと旅の疲れを癒やしたり、旅先での町の文化に触れたり、夏遊びを思い思いに楽しんだりして過ごすことになっていた。
”夏の特別体験学習”として林間学校に同行していたロキとソニーは移動日ではそれぞれセドリーとアダムの馬に乗って移動し、休養日だと早朝から朝食の時間まで遊び、朝食後から二時間程、彼等の先生であるセデスから渡された夏休みの宿題をし、昼食後は昼午睡を取り、午睡後から夕方まではアイビーとイレールの姉弟に鍛錬の練習をつけてもらい、夕方から夕食まで学院生達……主にエイルノン達と遊んだり、一緒に町の大衆浴場に出かけたりして過ごしていた。
トゥセェックの南部にある海辺の町まで移動することになっていた今日は休養日であったため、昼食後にロキとソニーは昼午睡をし、セドリー達は明日の移動の準備をしていた。学院生達は昼午睡をしないため、各自で休養日を満喫することになっていた。エルゴールとベルベッサーは林間学校の実行委員長と副実行委員長であったため、明日の行程の最終確認をしようと大きな地図を見るために広い机がある応接室に向かっていた。
「あれ?学院長先生達、あんなところで何してるんだろう?」
ベルベッサーが渡り廊下の窓から見える人影に気付いて、声を上げた。エルゴールはその声に釣られて、自分も窓に視線をやってみると、学院長先生と教授達……トゥセェック国の前王と前重鎮達が険しい表情で中庭に集まっていた。彼等の側には学院では見かけたことのない、数人の者達が片膝をつき、何やら緊迫した表情で報告しているようだった。エルゴールは何事だろうかと窓に近づき、あることに気づき、あっ!……と心の中でだけ、驚きの声を上げたが、ベルベッサーにはこう言った。
「ああ、あれはきっと私達と同じように、先生方も明日向かう町の事で最終確認をしているのでしょう。私達も早く地図の確認をもう一度しておきましょう、ベルベッサー」
ベルベッサーはエルゴールの内心の驚きに気付かずに、そうだねと頷いて言った。
「そうだね。町の騎士団の人達の話では、今年の夏は何故か海上だけ大嵐になることが何度もあって、船の残骸とか流れ着いて掃除が大変だとか言っていたものね。いつ海上の嵐が陸に上陸するかわからないし、雨天でも大丈夫な道を確認しておかなきゃね」
「そうですね……」
エルゴールは相づちを打ちながら、もう一度窓をそっと見た。そこにいる数人の者達の額には白いハチマキが巻かれている。エルゴールがトゥセェック国に渡ってきた頃からハチマキはお洒落として、民達の間で親しまれていて、白いハチマキを巻いている者もよく見かけるから、それは一見すると何の違和感もないものであった。だがエルゴールは彼等の額の中央に銀糸で刺繍されている、あるものを見つけてしまったのだ。
(白い布地のハチマキに銀糸で刺繍された妖精……あれは神の見たい物語から我々を守るために結成された部隊の紋章……。何か、最後の神の見たい物語に関することで問題が起きたのでしょうか?)
バッファー国生まれのエルゴールは、バッファー国の者である母からおとぎ話としてバッファー国の英雄であるライトの話を聞いて育っていたため、エイルノン達より神の見たい物語に関する事情に詳しかった。またエルゴールの父であるシュリマンが10年前から事故死したシーノン公爵の顧問弁護士だった男と親密に連絡を取り合うようになり、大司教を辞めて”大衆劇”なるものをし始めたことに驚き、密かに注視し続けていたので、自分の父が民を何から救おうとしているかについても……深い事情は知らなくても薄々、気づきかけていた。
(父が大司教を辞めたのも、バーケック国の”英雄”ルナティーヌが女王を辞めたのも、トゥセェック国王が王であることを辞めたのも、トゥセェック国王に仕える重鎮達も揃って、城勤めを辞めたのも……多分、最後の神の見たい物語を早く終わらせるためなのだ……)
エルゴールは白いハチマキをつけた者達の唇の動きを観察し、心の中で首を傾げた。
(異国の遭難者?公爵令嬢?ピュア?……明日向かう町からの遭難者発見の報告で何故、学院長達はあんなに険しい表情になるのだろうか?遭難者と最後の神の見たい物語は、何か関係があるのだろうか?)
最後の神の見たい物語はへディック国で起きているはずだ。4つの国は最後の神の見たい物語は”偽りのウルフスベインにレクイエムを”という物語だと7月末に世間に発表したのをエルゴールは旅先の町で配られていた号外新聞で知った。あの”偽りのウルフスベインにレクイエムを”をエルゴールはエイルノン達とバーケックの”観劇”で見たから内容は覚えているが、それに遭難者などは登場してこなかった。しかも……。
(異国の公爵令嬢でピュアという名前で、私が思い浮かべるのは、ピュアさん……ピュア・ホワイティ公爵令嬢だが、彼女は今、バーケック国にお嬢様といるはずだ。他にピュアという公爵令嬢がどこかの国にいたのだろうか?)
ピュア・ホワイティ公爵令嬢は、お嬢様……イヴの大事な親友である。エルゴールはお嬢様の幸せを願っていたので、彼女の大切な親友の身に何か起きたのではないかと思い、詳しい事情を知りたいと考えた。そこで小一時間ベルベッサーと明日の行程の最終確認をした後、それを学院長先生に伝えてくると言って、彼から離れ、まだ中庭で険しいままの表情でいる学院長達に話しかけた。
「お忙しい所、すみません、先生方。明日の行程の最終確認をすませたので、その報告に来ました。……ああ、そうそう。先ほど銀色の妖精のハチマキを巻いた者を見かけたのですが、もしかして私の父のシュリマンから、最後の神の見たい物語についての連絡でも来たのですか?」
学院長をやっているトゥセェック国の前王も教授達となっている元重鎮達も、エルゴールの言葉に、ギクリと一瞬、身を固くさせたが、エルゴールがさも全てをわかっているのだとでもいうような風情で話しかけてくるものだから、てっきりエルゴールの父であるシュリマンからエルゴールは事情を聞かされている関係者なのだろうと思い込んでしまった。
そう信じてしまった彼等は今し方、知った情報で情緒が不安定になっていたのもあって、普段なら絶対に言わない秘密を……トゥセェック国民は陽気で穏やかな気質の者が多いが、沢山の異国の話が耳に入ることから物語好きで、おしゃべり好きで……どうやら、それは前王も元重鎮達も例外ではなかったようで、つい、うっかりと彼等はエルゴールの巧妙な誘導尋問に見事に乗せられて、ベラベラと全てを話してしまった。
夕食を終えた後、学院生達はロキとソニー達と一緒に蛍を見に出かけた。エルゴールはいつも通りの自分を演じていたが、内心は昼からずっと動揺が治まらずにいた。
(何と言うことだろう!最後の神が見たいと望んでいる本物の物語は、悪魔に命を狙われている善き神の愛し子を悪魔から守るために悪魔から見えないように隠し、彼女にかかった悪魔の死の呪いを悪魔に見つからないように隠しながら解くという物語だったなんて!しかも、その善き神の愛し子がお嬢様で、お嬢様を守る”英雄”は4つの国の国民全てだったなんて!)
エルゴールは夜空に浮かぶ、儚い光を放つ蛍を見て、お嬢様を……イヴを思い浮かべた。
(お嬢様は小さな頃は天使のように可愛らしくて優しくて愛らしかったし、大きく成長した今では女神のように美しくて賢者のように聡明なのに、可愛らしくて優しくて愛らしいままなのが変わっていなくて、まるで奇跡のような素晴らしい女性だとは思っていたけれど、まさか善き神の愛し子だったなんて……似合いすぎですね!きっと神々の国にいた頃のお嬢様も可愛かったのでしょうね……。見てみたかったなぁ……ハッ!
そんなことを考えている場合じゃない!お嬢様が悪魔に狙われていたなんて知らなかった。でも……7月の21日に呪いが解けたのですね。ああ、良かったです!お嬢様の死の呪いが解けて本当に本当に良かった!……あれ?呪いは解けて、最後の神の見たい物語は終わっているのに、何故、今更、悪魔の眷属らしき人物が現れたのだろうか?)
……そう、呪いは解けて、最後の神の見たい物語は終わった。その証拠に7月の21日の夜に天上から神々の歌が流れてきて、物語が終わったことを神が告げていた。なのに……ライトやルナティーヌから聞かされていた女悪魔の特徴を持つ女性……ピンク色のカールした髪に水色の瞳で、子どものような体格をしていて、傲慢で我が儘な性格の、ピュアという名前の16才の貴族女性……がトゥセェック国の海辺の町に遭難者として現れたので、学院長達は強く戸惑っていたのだ。




