イヴリンとアイとの出会い(後編)
{私はあなたなの。あなたの前世が私だったの。でも私の記憶はあなたと共有するつもりはないわ。だって私のウン十年分の片頭痛との闘いの記憶まで持つのは、きっと辛いと思うから}
「?へん……ず……つう?」
アイは自分はイヴリンだと名乗った。アイはどうやら生まれ変わりというモノを体験して、今はイヴリンとして生まれたのだろうとも言った。
{あんまりの頭痛の痛さに、前世の私の記憶が呼び起こされちゃったのかしら?さっきのイヴリンの頭痛は、前世の私が経験した片頭痛の痛みの中で、ベスト3に入るくらいに中々パンチの効いた頭痛だったからからなぁ……?ああ、でも私は来世でも片頭痛持ちなのか……。ドンマイ、イヴリン。でもホントに辛いよねぇ、片頭痛は……。よし!こうなったのも何かの縁よね!ここは私が一肌脱いで、イヴリンに片頭痛との闘い方を教えてあげるわ!}
前世の自分が今世の自分を助けるなんて自分でも信じられないけど、前世のアイにしかわからない片頭痛という病気に対し、今世のイヴリンが恐怖しないようになるまで、傍についていてあげるとアイはイヴリンに約束をした。
そこからずっとアイは約束通りにイヴリンの傍にいてくれた。おはようからお休みまで片時も離れずに傍にいて、ずっと一日中イヴリンの話し相手になってくれた。アイはイヴリンのお姉様みたいに色々教えてくれたけれど、片頭痛以外の自分自身のことは語らず、何も教えてくれなかった。イヴリンが何度も強請って、ようやくアイの見た目は黒髪黒目の大人の女性だとだけ教えてくれた。
{私は前世の人生を精一杯頑張って楽しんで生き抜いたから、今世の私にも今世を精一杯頑張って楽しんで生きて欲しいの。だからね、片頭痛の知識以外の私の記憶はいらないのよ}
アイはイヴリンと一緒に家の図書室に置いてあった医学関係の本を片っ端から読み漁り、片頭痛のことがどこにも書かれていないことを知った。
{そんな……。こっちの本にも熱が出ない病気は病気ではないって書いてある。あっちの本にも熱が出ない体の不調は全部、気のせいだって書いてあった。それじゃ、この世界には片頭痛という言葉さえないってこと?……ううん、それだけじゃないわ。腹痛や歯痛、腰痛……等の体の痛みも、蕁麻疹や湿疹などの症状も全部が全部、熱が伴わないと病気とは認められていないんだ……。
外科手術やレントゲンのことが書かれた医学書もないところを見ると、西洋のどこかの昔の時代にタイムスリップしているようにも思えるけれど、現代で死んでしまった私が昔の時代に転生するなんてありえないと思うし……。もしかして、ここは私が住んでいた世界とは違う世界?……うん、そんな気がしてきた。きっとそうなんだわ!ここは前世の世界とは全然違う世界なのよ。
そうよね、だってイヴリンは3才児とは思えないような、大人みたいな言葉を話しているし、とても賢いわ!それにイヴリンやイヴリンの両親の容姿は、単に西洋人だからという言葉では説明できないほどのビジュアルよ!そうね、例えるなら……前世の漫画かアニメの登場人物みたいに素晴らしく美しい完璧な容姿をしているわ!何、このパッチリ二重の目に睫がバッサバサな、お人形みたいに可愛いイヴリンの容姿!イヴリンの両親なんかシミもシワもないし、ハリウッド映画に出てきそうな程の美人さん達だし!
うん、間違いない!ここは多分……絶対に異世界なのよ!だって生活様式は西洋っぽいけれど、話す言語が英語の音の響きはしていないし、西洋っぽい生活様式の割にはセデスさん達11人は、私が前世で好きだった日本のアレにソックリだもの。本やテレビでしか見たことがなかったアレが生きて、私の傍にいるなんて感動!凄いなぁ、生身のアレに会えるとは思わなかったなぁ……。
……ハッ、いけない!異世界のことやアレに思いを馳せている場合ではなかったわ!今はイヴリンの将来のことを考えて上げないといけないんだった!どうしよう、片頭痛が病気と認められていないなんて。これから一生、片頭痛と闘わなきゃいけないイヴリンのために私は一体、何をしてあげたらいいんだろう?}
アイはイヴリンが辛い闘いに身を投じる未来を憂い、誰にも理解されない片頭痛との孤独な闘いを一生し続けなければならないイヴリンのためにどうすればよいかと悩み考えた末に、イヴリンにイヴリンの味方となってくれる人を沢山与えたいと思った。
そこでアイは家族や使用人等関係なく、イヴリンが誰にでも感謝の心を持つように……、いずれアイがいなくなった後でも、イヴリンは独りではないと気づけるようにと願って……、イヴリンを人の優しさに気づく子になるように育てることにした。
またアイは前世の自分にはなかった、3才の子どもとは思えないようなイヴリンの聡明さに直ぐ気づき、アイが消えた後でもイヴリンが困難に立ち向かう方法を自分で探せるようにと願って……、イヴリンが読書が好きなのを利用して、さらに多くの書物を沢山読ませることにした。
……それから一年が経ちイヴリンが4才になり、イヴリンとアイはどうしようもない壁にぶつかった。
“公爵令嬢”。
前世のアイは貴族というものを知らなかった。
今世のイヴリンも公爵というのはお仕事の名前だと思っていた。
片頭痛を治す薬はないものの、アイのおかげで予防する知識も片頭痛になったときに行う出来るだけの対処の仕方も教えてもらったから、イヴリンは今までの日常生活を何とかこなせていたのだが、この生活が激変する事実を二人は知ったのだ。
その事実を知ったのは、イヴリンが自分の母様に久しぶりに会ったときだった。母様のきつく結った髪、イヴリンの片頭痛を誘発する、きつい匂いのする香水、身を拘束しているように見える窮屈そうなドレス、かかとの高いハイヒール……。それが貴族の女性の日常を過ごす姿だと、マーサやセデスに教えられたときの2人の驚愕と絶望感と来たら!
5才になったらイヴリンは貴族になる。5才になったらイヴリンは公爵令嬢としての身分に相応しい教養、身嗜みを身に付けなければならない。……おまけに4才になってからアイはイヴリンに話しかける回数が激減してしまった。アイが言うには、片頭痛の知識がイヴリンに身に付いてきたかららしい。
{元々、私の存在はイレギュラーだったんだから仕方ないわ。私はあなたなんだから、完全に消えるわけじゃないって!そう落ち込まないで、今は私達が出来ることに最善を尽くすべきよ!}
アイはいつも前向きだったから、イヴリンもいつも前を向いていられたが今回だけは別だった。何せ、物知りなセデスやイヴリンの父様のシーノン公爵や他の人達や、多くの本からも出来るだけ沢山の情報を集めてみたのだが、片頭痛持ちのイヴリンが公爵令嬢をするのは大変な困難が強いられると予想されたからだ。
困ってしまった2人の前に救いの手が現れた。イヴリンの義兄として、ミグシリアスという名前の少年がシーノン公爵家に養子に来てくれたことだ。イヴリンよりも10才年上の14才のミグシリアスは、大層美しい少年だった。イヴリンはミグシリアスの容姿が、アイと同じ黒髪黒目の少年だったので、とても嬉しく思い、直ぐにミグシリアスが大好きになった。
ミグシリアスは美しいだけの少年ではなく文武両道に秀で、しかもとても心優しい少年だったから、アイは自分が消えてしまった後のことを彼に任せられると安堵した。この少年ならイヴリンの片頭痛にも理解を示してくれる。イヴリンの公爵令嬢の人生を支えてくれる。……そう、アイは思ったのだ。イヴリンが自分がいなくなっても、これで公爵家は大丈夫だと考えたとも気づかずに……。
イヴリンはアイが思った以上に聡明になり、周りの人間の様子を観察し、彼らの不利益になるようなことを恐れるようになったことをアイは知らなかった。4才で片頭痛の痛みに独り耐えるイヴリンが、貴族の沢山の情報を前に途方に暮れ悩み、思い詰め始めたことをアイは知らなかったのだ……。
だから、アイは止められなかった。
公爵令嬢にどう頑張ってもなれないと悟ったイヴリンが、たった4才で大きな決断をしたことを……。