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悪役辞退~その乙女ゲームの悪役令嬢は片頭痛でした  作者: 三角ケイ
”名前なき者達の復讐”最終章の裏側の挿話~6月7月8月
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ゲームではないリアージュのバッドエンド⑨

※この回のお話にお食事中の皆様の気分を害される表現(嘔吐)と暴力表現ががありますので、ご注意下さい。


「ダメダメ!家内から頼まれていたのは男4人と女一人だ!この人を乗せるわけにはいかない!」


「「「「そこを何とかお願いします!この者も船に乗せて下さい!」」」」


「ダメだ!俺は家内から気の毒な4人の貴族達と王子様と結婚する決意をした公爵令嬢を秘密で船に乗せてくれと頼まれたんだ!本当ならオレンジを運ぶ船には乗客は乗せない決まりになっているんだぞ!そこまで我が儘は聞けん!どうしてもというなら、全員、船には乗せないぞ!」


「……わかりました。船長さん、私は船には乗りませんので、どうぞ旦那様方と公爵令嬢様を船に乗せてあげてください。そういうことですので旦那様方、私はここでお別れすることにします。今までお世話になりました……」


 次の日の朝。港で男達を待っていたオレンジを輸出入する船の船長は手下の男をチラリと見てから、人数が一人多いと指摘してきたので、男達の唯一の手下であった平民の男が状況を察して、船には乗らないと言い出した。男達は手間の掛かりそうな公爵令嬢の世話を手下に押しつけようと思っていただけに、手下が船に乗れないことが不満であったが、町の者達の好意に甘えている立場では不服は言えなかった。4人の男達は手下の男が背負っていた彼女を受け取ると、これまでの手下の労を労おうと少しばかりの金を渡そうとしたが、手下は自国に戻ってからの男達の方が、何かと物入りだろうからと言って、金を受け取ることを拒んだ。


「すまんな、こんな形でお前をここに置いてきぼりにすることになって……。これから、どうするつもりだ?」


 男達の一人がそう言うと、手下はフードを指で引っ張り、顔を隠しながら言った。


「なに、私は平民ですからね……、どこでだって生きていけますので、どうぞ、私の事はお気遣いなく。本当なら旦那様方の船が出るのを見送りたいところですが、この船はオレンジを運ぶ船ですし、船員の家族でもない者が見送っていると不審に思われてしまうかも知れませんので、私は先に失礼させていただきます。では、旦那様方、いつまでもお元気で……」


 手下の男は別れの挨拶をしてから、チラリと一瞬ピュア・ホワイティ公爵令嬢を鋭く睨んだかと思うと、後ろを向いて、そのまま去って行ってしまった。


「おい、人目につかない内に早く船の奥に乗ってくれ!出航は15分後だからな!」


 男達は手下の視線に気づき、問いかけようとしたが、船長に急かされたので問うのを止めて、先に眠っているピュア・ホワイティ公爵令嬢を船に乗せようとしたところ、目を覚ましたピュア・ホワイティ公爵令嬢が青い顔色で、ウップ、ウップと言いながら口元を押さえて、こう言い出したので焦ることとなった。


「う゛ぇ~、ぎぼちわる~、吐ぐ~!」


「おい、そこで吐くのは止めてくれ!この船は食品を扱う船なんだぞ!衛生面には、殊更気遣っているんだから汚さないでくれ!」


「げっ!す、すまない、船長!令嬢を介抱したら、直ぐに乗り込むから!」


「ああ、もう本当に勘弁してくれよ、この女……いや、ピュア嬢。せめてヤツがいる時だったら、世話をさせたのに……」


「仕方ないだろう。早く吐かせて船に戻るぞ!」


「頼むから担いでいる間、吐かないでくれよ!」


 男達は慌ててピュア・ホワイティ公爵令嬢を皆で抱きかかえて海岸にあった公衆トイレへと担ぎ込んだ。公衆トイレから聞くに堪えない音が聞こえてきたので、男達は少しトイレから離れて彼女が出てくるのを待つことにした。こんなことでは先が思いやられるなと思いながら、男達はボンヤリと海の向こうに視線をやった。


 どうやら昨日まで、海は荒れていたようだった。空には黒雲が重く立ちこめ、海は濁った色の波が大きくうねり、まるで海自身に感情があるかのように、身の内に混入した異物を全て排出しようとしているかのように、強い波が浜辺を打ちつける度に、何かを吐き出していった。波が届かない砂地も重く湿っていたから、もしかしたら朝方まで海は荒れ、豪雨も降っていたのかも知れない。遠くから賑やかな話し声が聞こえ出したので、男達は何気なしに、そちらを見ると観光客らしき若者達が大勢で貝殻を拾ったり、カニを見つけたと楽しそうに戯れながら、こちらに歩いてくるのが見えた。


((((あれは……もしや林間学校の学院生だろうか?そうだったら、まずいぞ!彼女を攫おうとしているのがバレてしまうやもしれん。……ん?あれ?小さな子どもが2人もいるし、年寄り達も複数いてるぞ?子ども連れの学院行事なんて聞いた事ないから、学院生達じゃないのかな?……そうだな、あの年寄り達だって学院生の引率の教師にしちゃ、年が食い過ぎだものな。ああ、もしかして学院生じゃなくて、田舎に帰省中の子ども達と、その従兄弟達と祖父母なのかもしれないな……))))


 男達は近くまでやってきた者達の様子に意識を持って行き過ぎたことで、公衆トイレにいたはずのピュア・ホワイティ公爵令嬢が胃の中の物を全て吐き終わって男達の傍に来ていたことや、男達と同じように近くにやってくる者達に目をやっていたことに気付いていなかったので、突然、横から彼女の大声がしたのでギョッと目を剥いて驚いてしまった。


「あ~!あっちにエイルノンがいる!ゲームで見たまんまのエイルノンだ-!え?僕イベのトリプソンもいる!どうして?ええっ、背が高くなっているエルゴールと、背が低くなっているベルベッサーがいる!何よ、これ?あれ、何でリーナが2人もいるの?どう言うこと?だってトリプソン達は私の横にい……あれ?あんた達、昨日舞台で見たときはイケメンでゲームで見たまんまだったのに、今見たら……超絶不細工の別人になってない?ミグシリアスなんか、まるで見る影ないじゃん!嘘、あれ、詐欺メイクだったの!?げっ、私また失敗したってこと?冗談じゃないわ、もうバッドエンドは嫌よ!」


 そう言うなり、ピュア・ホワイティ公爵令嬢は向こうからやってくる者達の元へ向かって走って行った。男達は驚きすぎて、一瞬の間、出遅れたが、直ぐに気を取り戻すと慌てて彼女を追いかけた。ハイヒールを脱ぎ捨て、ドレスのスカートをたくし上げて、下着丸見えで走る彼女は先ほどまで嘔吐していたようには思えない程に素早かったが、下着を見せながらガニ股で走る姿はとても公爵令嬢には見えなかった。


「おーい、あんた達、何してるんだー?出航はもう直ぐだぞ-!時間になったら船を出すから、戻ってこーい!」


 船長の声が聞こえてきて、男達は走る足を一旦止めて、船を見た。このまま彼女を追いかけて時間までに戻ってこれるかどうか、わからない。自分達の手元にある残金は手下が遠慮するほど心許なく、今、船に乗せて貰えなければ、男達は帰りの旅の旅費がなくて、とても困ることになるだろうし、あの我が儘な公爵令嬢を連れて陸路を行き、9月までに自国にたどり着ける自信もなかった。


「「「「ま、待っててくれ!今すぐに彼女を連れ……ドゴォッン!ぐほっ!?」」」」


 そう言いながら、彼女を追いかけようと、彼女の方向に目をやった直後だった。ブンッ!!という音が鳴ったかと思ったら、何故か彼女が男達の所へ空中を飛んできて、そのまま男達にぶつかり、男達は彼女を抱えながら砂地に倒れ込んでしまった。ぶつかった彼女を見れば、でへへへ……逆ハーレム達成!とわけのわからないことを言ったかと思ったら、そのまま気を失ってしまった。


「「「「っ??な、何だぁ?」」」」


「すみませ~ん!大丈夫ですか~!」


 男達は走ってくる大勢の青年達に取り囲まれ、助け起こされた。その中の一人の金髪碧眼の青年が申し訳なさそうに謝ってきた。


「ホントにすみません!あいつ、子どもを襲う痴女が来たと思ったらしくて、そこにいる人をぶん投げてしまったんですよ!」


 青年が指さす方向には、片腕で何かを放り投げた後の姿勢のままでいる、黄緑色の髪をしている背の高い青年がいた。男達は下着丸出しで走ってこられたら、子どもでなくても怖いだろうと思えたので、あの青年の誤解は致し方ないと思った。大勢の青年達が彼女の顔を見ても何も言わない様子を見る限り、どうやら彼等は林間学校の学院生ではないようだと男達は安堵し、また向こうの青年が誤解してくれたおかげで、彼女を追いかける手間が省けて良かったと内心ほくそ笑んだ。


「いえいえ、こちらこそ俺達の連れが怖い思いをさせてしまって、すみませんでした。彼女は酒癖が悪くて俺達も困っていたんですよ。もう直ぐに船に乗らないと行けないのに……」


 男達がそう言うと、また船の方から船長の声が聞こえてきた。


「おーい、あんた達、何してるんだー?5分後に出航するぞー!戻ってこーい!」


「あっ!大変だ!出航するって言ってますよ!そうだ、お詫びに僕達が彼女とあなた達を船までお連れしますよ!おーい、皆、来てくれ-!この人達を船に乗せてあげてくれ-!」


 金髪の青年が声をかけると、大勢の青年達が男達と彼女を小脇に荷物を抱えるようにして持ち上げると、信じられないような速さで走り出した。


「「「「ひえぇっ~!?」」」」


 大勢の青年達は人を運んでいるとは思えない位の速さで男達と彼女を船まで運んでくれた。男達が船に乗り込むと船長は直ぐに船を出すと言ったので、青年達は、ついでだから見送りますと言って、港で手を振ってくれた。


「「「「助かったよ、君達-!ありがとうー!さようならー!」」」」


「「「「「「さよーならー!」」」」」」


 船が動き、段々港が小さくなり、男達はホウッと安堵の溜息を吐いた。長い旅はもう直ぐ終わるのだ。この国に来ることは、もう二度とないだろう。そう思って、もう一度、港を見ると、何故か大勢の青年達の傍に自分達の手下だった男がいるのが見えた。


((((あれ?彼等はヤツと知り合いなのか?))))


 問うてみたくても、もう海上にいるので聞くことは出来ないと知っている男達は、目を覚まして何やら喚いているピュア・ホワイティ公爵令嬢を何とかしろと言ってきた船長の言葉に溜息をついて、それに取りかかったので、その疑問を抱いた事すら忘れてしまった。






 8月の盆の終わりに自国に着いた男達と彼女は、海岸警備隊にピュア・ホワイティ公爵令嬢の名前を騙り、ホワイティ公爵を脅迫しようとした罪で捕まった。この話はネルフでは一時話題になったが、その隣のバッファー国やバーケック国やトゥセェック国では、最後の神様の見たい物語が、ついに終わったと大騒ぎになっていたので、ネルフの騒動は一度も話題にはならなかった。

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